刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第240話

……――彼岸花が川辺の土手一面に咲いている。しかし、俺の目前になど曼殊沙華が咲いている筈などない。

(これは幻か?)

 朦朧とする意識の中、ステインは一人、怪訝に思う。

 (高層ビルの屋上で闘っていたはずだ)

 何かがおかしい……、ステインは強い違和感を覚えた。

 彼の考え通り、ビルの屋上に川辺は存在しない。かつ、曼殊沙華の花畑などあり得る筈もないのだ。

 

彼の二重写しになった視界の先には、女神が白く発光しながら佇む。

「貴様は、その生身でよくぞここまで戦った。だが、所詮は人。迅移も扱えぬのではお主に勝ち目なぞない」

謳う様に、童女の声音で冷酷に告げるタギツヒメ。

 

 

(迅移か……。)

 夜見に聞いたことがある。別次元の空間へと潜り、高速移動を行う技術。

 生身の人間だけであれば不可能な技術も今、ノロを取り込んだ肉体であれば可能性はある。

 

女神との斬り合いで既に、ステインの全身には無数の刀傷が出来ていた。溢れる血液が、次第にステインの衣服を濡らす。心臓が脈を打つたびに、血液が漏れ出る感覚がした。

息も上がっており、肺は更なる酸素を求めていた。――だが、男の三白眼だけは違う。

何一つ、諦めてなどいなかった。その証拠に不敵な目つきに妖しい光が宿る。

「ハァ、ハァ…………ッ、タギツヒメ。お前は俺を単なる人間だと思っているんだな?」

ステインはもう一度だけ搾りつくした肉体に活を入れ、舌を噛む。

 口腔内に血が溢れ、そこから荒魂たちが発生する。俺は口を開き、血の蝶を吐き出す。

 華麗な羽搏きと共に俺の体表に留まる。

 ――準備はできた。あとは、頃合いを見計らって奇襲をかける。

 

歯を剥き出しにして、赤く長い舌を出してせせら笑う。鼻先で交錯させた双刃を頭上へ掲げ、何かを待っている様だった。

ステインの体内感覚では「時間」という概念が溶け始めた。

己の手に握られた《無銘刀》たちに意識を込める。長い、長い時間をかけて鍛え抜かれた呪われし轆轤家の名も無き刀たち。

人体を素材とした刃たちへと同化するように、ひたすら心を静めて意識を研ぎ澄ます。

風も、水も、人間たちすら一瞬だけ――ほんの一瞬、静止した気がした。

 

――……その時だった。

 

 細胞の一つ一つから爆発的なエネルギーを感じた。

 

 

「迅移――、貴様を斬るにはその技術が必要なのだな?」

ステインの全身に血液で象られた蝶が妖しく群れで舞う。

 

 

《悪》を目指して生きた男は、このとき、あろうことか別次元の「隠世」へと潜る技術――迅移を会得した。

 

 

……いや、「会得した」という表現は正しくない。

 

「ウォオオオオオオオオオ!!!」

吼えた。

 

腹の底から叫び、ズタ袋のような足を前に踏み出して《迅移》を発動した。

 

 

 

タギツヒメの目は大きく見開かれた。

「貴様、なぜ愚かな真似を……いや、生身の人間風情が出来るとはおもわなかった」

初めて称賛らしい言葉を漏らした。

七色の煌めきに彩られた人体は、時間軸の概念を捻じ曲げ、タギツヒメの下へと迫る。

 

 

その一歩が10mの距離を縮める。

「その首を貰う! タギツヒメッ!!!!」

大きく振りかぶった刃が背後に懸かる赤月を背に、妖艶な光を反射した。

 

タギツヒメは、ただ、防御するでもなく、反撃するワケでもなく、無言でステインを眺めていた。

――ビュン、

風を切る虚無な音が響いた。

 

 

……――彼岸花が川辺の土手一面に咲いている。しかし、俺の目前になど曼殊沙華が咲いている筈などない。

(これは幻か?)

 朦朧とする意識の中、ステインは一人、怪訝に思う。

 彼の考え通り、ビルの屋上に川辺は存在しない。かつ、曼殊沙華の花畑などあり得る筈もないのだ。

「俺はどこに来たんだ?」

 先程まで世界を破滅させる女神と対決していたはず、だが、今はどうだ? 

 川辺に立って、夕陽が沈みゆく地平線を眺めているだけ。

 気が付くと、己の両手から刀が消えていた。

 周囲へ視線を巡らせると、全く見知らぬ風景が拡がっていた。

 元の世界に戻ってきた――という可能性は低い。いや、確かめようにも人が居ないのだ。

 「あの世、というワケか?」

 首を傾け、ステインは怪訝に眉をひそめる。

 昔の日本の田園風景が拡がる光景を見つつ、足元の曼殊沙華を一瞥した。

 

 

 Ⅱ

 カラン、と金属が地面に落ちる音がした。

 虚しく響く音に耳を傾けながら、タギツヒメは目を細める。

「貴様は所詮は人間。隠世へと生身でゆけば、その次元の中へと迷い込む。次元の入り口から空間へ移動することが出来ても、出口までは生身のままでは辿りつけぬ」

 無銘刀たちに言うように、タギツヒメは呟いた。

 余りに呆気ない戦いの決着に、内心でタギツヒメは安堵していた。

 これ以上、訳の分からない男に相手をする暇などないのだ。

 招かれざる客というのは、いつもタイミングの悪い時に来るのだ。

 

 

「今日は客が多くて困る」タギツヒメは、愚痴をこぼして肩越しに新たな人影たちを窺う。

 

――……そう、彼女たちのように。

 

タギツヒメの背後には、衛藤可奈美と折神紫が非常階段の出入口に立っていた。

苛立ちの籠った目つきで、

「貴様らも邪魔をしききた様だな?」低い声音で問いかける。

 

 

無言で可奈美が一歩、前に出る。

世界の破滅を願う女神、タギツヒメと真正面から向かい合った。

緊張した様子もなく、栗色の髪の少女は女神と対峙する。

「返してもらうよ、小烏丸」

 可奈美が正眼に構えながら言った。

 タギツヒメを真正面から正視すると、S装備のバイザー越しに気を引き締める。

 

 キィイイイン、と《千鳥》が不思議な共鳴を響かせる。

「どうしたの、千鳥!?」

 可奈美は、困惑しながら愛刀を一瞥した。

(もしかして……)

 可奈美は直感した。

――そう、以前のように『隠世』との距離が近くなった時の現象が、今この瞬間に発生したのだ。

 

――強い力で惹かれ合うような感覚。

御刀である《千鳥》がタギツヒメの方に、磁力が働くように引きつけられていた。 

 

隣で千鳥の反応を窺っていた折神紫は、御刀とタギツヒメを交互に見比べる。

(――そうか)

彼女はすぐに、ある一つの考えが浮かんだ。

「生きているぞ、衛藤可奈美。十条姫和は生きている。タギツヒメの中で、その共鳴――小烏丸の意志として!」

 紫の言葉を聞いた瞬間、可奈美の中で頭が真っ白になった。

 ……――生きている?

 あの時、鹿島神宮で助けてあげられなかった親友が生きてる。

 目を大きく瞠り、紫を見下ろす。

 落ち着いた雰囲気の紫は普段通り冷静で、こんな場面で嘘をいう性格でもない。

 嘘ではない。なにより理屈ではなく、いま握っている千鳥から伝う感覚が、紫の推論を肯定するようだった。

 「……生きてる? ――……そう、なんだ」

 目の前で友を喪った光景が今でも生々しく脳裏を過る。

 あの時、自分(可奈美)を庇い身を挺して守ってくれた姫和の表情。儚く微笑む横顔がどうしても焼き付いて離れない。

 二度と大切な人を失いたくない。

 「泣いてる場合じゃないよ――千鳥も、私も! せぇやああああ」

 裂帛の気合を込めて、刃を振り下ろす。

 

 

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