「お嬢ちゃん、少し休むといい」
大関はバリケードから身を乗り出して、ボウガンで荒魂たちを的に射撃を繰り返す。
「でもまだ荒魂が……」
平城学館の制服を着た少女、岩倉早苗が肩越しに困惑を示す。
「大丈夫だ。ようやく増援もきた。それにこのボウガンのお蔭で大分楽になってる」
そう言って、大関はコツン、と黒光りするボウガンを指で叩く。
――……かつて、舞草の里を襲撃した際に、「対刀使専用」の武器として導入された悪名高い代物。《写シ》という刀使のみが使う事のできる防御術を唯一、無効化できる特殊な鏃は、写シを解除すると同時に、鏃も生身の体に喰い込む仕組みであった。
『こんな面白い玩具を作るとは、いやはや、タギツヒメくんは楽しいなぁ』
高笑いと共に、このボウガンを対荒魂用の武器へと変更させたのが、百鬼丸の心臓に人格を宿した男、レイリー・ブラッド・ジョーの発言だった。
彼の考案した通り、ボウガンを改造した結果、刀使でなくとも、荒魂の動きを一定時間、拘束することが可能となった。
大関は、逃走中から舞草の関係者伝いに、改造ボウガンの作成方法を連絡していた。
(あの野郎は気に食わないが、今だけは感謝してやるか)
内心でボヤきながら、太鼓腹をゆすり、狙いを定めて荒魂に一撃を放つ。
「君は少し頑張り過ぎだ、さぁ、少し休むんだ」
見事な射撃技術に感嘆しつつ、「はい」と早苗は頷いた。
防御戦線は、なんとか持ちこたえているものの、時間の経過と共に悪化するだろう。――しかし、大関たちに百鬼丸少年は約束したのだ。
『――皆を守りますから』
たった十四歳の少年が、臆面もなく言い放つ姿を、大関は鮮明に覚えている。
疲労の色を隠せない早苗は、《写シ》を解除し、深く息を吐いた。
疲れた自分に活を入れようと、頬を叩く。
そんな生真面目な様子を見て苦笑いを漏らした大関は、
「……百鬼丸くんがいる。だから安心して少し休みなさい」
と、言った。
早苗は、ちょっとだけ驚いた顔になって、
「凄く信頼しているんですね」
「――ああ、そうだ。田村――オレの自慢の部下も百鬼丸を信頼〝していた〟んだ。あの子はそれだけの覚悟がある。情けない話だが、もう、普通の人間の大人じゃどうしようもないんだ。悪いね、君たちみたいな若者に世界の命運を託すなんて」
「いいえ。……きっと、戦っている刀使も皆、大事な人の為に戦っているんです。だから頑張れるんです」
(――そうだよね)
内心で、姫和の面影を思い浮かべる。
いつも孤高に、鍛錬を重ねた寡黙な少女。
彼女も口にこそ出さないが――きっと、誰かのために戦うだろう。
早苗の迷いの無い答えを聞いた大関は、苦笑いして少女の頭を撫でた。
「そう言ってくれると、嘘でも気分が楽になるよ」
まだ若い学生の彼女たちを死なせてはいけない、大関はボウガンに矢を込めて、狙う。
一歩もバリケードの向こうへと侵入させるワケにはいかないのだ。
Ⅱ
「――まさか、結芽が子供の相手をするとは思わなかったよ」
驚きと共に、獅童真希は肩を竦める。
押上駅の地下構内。
押し寄せた荒魂の大群は、元折神家親衛隊の第四席、燕結芽が瞬く間に片付けた。
――そして、討伐から帰還する折に、結芽は一人の幼い少女と共に手を繋いで帰ってきた。
どこか鼻高らかといった表情で、お姉さんぶる結芽が、真希と此花寿々花には奇妙に映った。
真希の隣で、ワインレッドの髪を指先で弄ぶ寿々花が「くすっ」と思わず微笑を漏らした。
「いいじゃありません? あの子――……結芽も、成長している。喜ぶべきことではなくて?」
「そうだが……」
二人は遠目に、結芽と幼い少女のやり取りを観察していた。
まるで本当の姉妹のように仲良く、喋りながら時折、笑いあっている。
ふと真希が、
「結芽はあんな顔もできるんだな」
今更知った。剣を握る年少の刀使という側面ばかりを見てきた親衛隊の面々は、日常の中にいる燕結芽という少女の当たり前の生活に思いを馳せた。
「ボクたちもいずれは刀使でなくなる。その前に……どう生きていけるのか。過ちを償うには長い人生になりそうだね」
「……そうですわね。ですが、そこまで気負う必要もないのでは? わたくしたちは、ただ、粛々と行動をするだけですわ」
そうだね、と小さく呟いた真希は、しばらく、ほんの少しの時間に生まれた「平和」な瞬間を噛みしめていた。
結芽が、傲慢で独善的だった少女が、今は幼い少女のために膝を曲げて女の子と同じ目線で話をしている。
(どうして、もっとこういう道を示してあげることが出来なかったんだろう)
真希は、後悔した。
その気持ちを汲み取ったのか、寿々花は苦笑いしながら、
「――真希さんが気にすることではないですわ」
何気ない口調でフォローした。
(あの子を延命させて成長するだけの時間を与えた……あの人のように、わたくしたちは万能ではないのですから)
百鬼丸の果たした延命措置によって生き永らえた結芽。
それは、まさしく神の所業であった。
所詮、人間である自分たちには、不可能な方法だった。
「わたくしたちの出来る事は、人々を厄災から守ること。今はこれがわたくしたちの使命ですわ」