「――――っせ……返せ!! 姫和ちゃんを返せ!!」
可奈美は肉体の限界を超え、千鳥を振るった。
世界の破壊を目論む女神、タギツヒメの圧倒的強さに怯むことなく、何度も《写シ》を剥がされても、そのたびに強靭な精神力で立ち向かう。
迅移で間合いを詰め、あるいは離して360度の方向から斬撃を加える。
通常の刀使であれば、真っ先に失神するような過酷な戦闘を、たった一人――単なる人間の少女が果敢に女神と渡り合う。
タギツヒメは二振りの御刀で防御と攻撃を使い分け、可奈美を巧妙に惑わす。
――……その筈だった。
「返せ、返せ、返せぇえええええ!!」
鼻先を掠める刃を寸前で躱し、前へ、前へと可奈美は歩を踏み出した。いくら《写シ》を貼っているとはいえ、無謀にもみえる攻めの姿勢だった。
(こやつ……)
ただ、タギツヒメだけは目を大きく瞠り息を呑む。
今の可奈美の無謀にも見える攻めこそが、タギツヒメにとって脅威であった。事実、タギツヒメは無意識に足を後ろに下げ、守りへと転じていた。
女神は、視界の端に映る人物、折神紫が膝を屈している姿を捉えた。先程、簡単にあしらった――最強の刀使である。
その彼女でも太刀打ちできなかった女神に対し、何度身を斬られても攻撃を止めない。
パッ、
パッ、
パッ、
と、激しく火花が明滅しながら三振りの刃たちが無数に交わる。
「やぁああああああああああ!!」
疲れを感じることなく、親友を取り戻すために渾身の力を込めて叫ぶ。
気持ちで負けたくない。
可奈美の中で、これまでにない激情が起こっていた。
「……ッ、面倒な」
タギツヒメはいつの間にか追い詰められていた。
人間を侮り、愚かな生き物の愚行を嘲笑っていたタギツヒメは、まさに愚かな「人間」に圧倒されていた。
タギツヒメは迅移を発動し――――後方まで一時的に距離をつくったものの、すぐに可奈美が迅移を用いて間合いを詰め、前のめりに突出する。
三つの繊細な刀身が織りなす軌跡が、複雑な文様のように残像を光らせつつ、タギツヒメの焦りを顕著なものにした。
可奈美の繰り出す強烈な斬撃に、初めてタギツヒメが圧し負けた。
「くっ!」
タギツヒメが初めて苦し紛れの一撃に、可奈美の《千鳥》を弾く。空中へと可奈美の腕が伸びあがった。完全な隙が生まれ、女神は好機を逃すことなく、可奈美の左腕を斬り飛ばした。
「――――っ、」
苦悶の表情に歪めながら、宙に跳んだ己の左腕を視界の端に捉える。
(……今しかない)
可奈美は咄嗟に、このピンチを好機に転じる――その瞬間を見つけた。
大きな動きで振り抜くモーションを取った女神は油断していた。胴体がガラ空きとなっている。
「帰ってきて、姫和ちゃん!! 私はここに居るからッ!!」
頭上に高く掲げた刀身は背景の紅月と重なり、妖しい色を帯びる。
一気に打ち下ろされた刃がタギツヒメの胴体を斬りつけた。
Ⅱ
――……誰かが私を呼ぶ声がする。
胎児のように体を丸めて、御刀《小烏丸》を抱きかかえた少女……十条姫和は、深い眠りから目覚めた。
タギツヒメの体内に取り込まれた彼女は、同化していた女神イチキシマヒメから分離した独立存在として生きていた。
あの日、可奈美と鹿島神宮での決闘を経て、タギツヒメに取り込まれた時から姫和は女神の体内で眠り、奈闇の中に囚われていた。
(ああ、まったく……本当に、どこに居ても――)
完全に目覚めた姫和は視線を上げる。暗黒が支配する空間に出来た一筋の傷にも見える光の裂け目を発見した。
(お前が来るんだ――……)
小烏丸を鞘から抜き放ち、濡羽色の流麗な長髪を散らせ、真紅の瞳をただ一点へと集中させた。
霞の構えで姫和は、美しく切り揃えられた前髪の下から強い思念を放つ。
遠くから聞こえる、自分(姫和)を呼ぶ声。
「可奈美っーーーーーーーー!!」
それに呼応するように、姫和は剣尖を細長い光の裂け目へと突き立てた。
Ⅲ
「はぁ…………はぁ、ッ、急がねーとな」
綾小路の刀使たちを連弾式の加速装置で掻い潜り、追っ手になりそうな刀使たちには、予め用意した催涙弾を加速装置のバレルに装填して噴射煙と共に混ぜてかく乱した。
もしも、冥加刀使と対峙した時の保険として大関に手渡された装備だった。
「マジで焦った」
大粒の汗を額から流しつつも、屋上に繋がる扉に手をかけて押し開いた。
ゴォオオオオオオオ、と圧倒的な風圧と共に広い空間が百鬼丸の前に現れた。
百鬼丸の「心眼」を通した視界には、膝を屈したタギツヒメが映る。
女神は、己の胸に手を当て一切動く気配もない。何かに打ちひしがれるように、その場から動く事を拒んでいるようだった。
長年捜していた宿敵の、意外な様子に一瞬たじろいだ百鬼丸だったが、すぐに頭を切り替える。
「タギツヒメ…………――どうした? おれとは遊んでくれないのか?」
挑発する口調で歩み寄りながら相手の出方を窺う。いつでも斬り合いの準備はできている。
右手に握りしめた《無銘刀》も、戦いを今か今かと待ちわびているようだった。
俯き加減だったタギツヒメが、頭を上げて百鬼丸へと意識を向ける。
「――なぜだ?」
「は?」
「なぜ、人間は結び付く?」
弱々しい声音に混ざった質問に、百鬼丸は思わず毒気を抜かれた気がした。