「――貴様は、まことに哀れな存在じゃな」
タギツヒメが弱々しい口調で頭を上げ、横目で少年を睨む。
紡錘形の頭上から延びた光線は、暗雲の向こうにある《隠世》と繋がっていた。
「へへ、ああ、そうかい……――だがな、一つだけ聞きたい。なぜ、おれの肉体を奪わせた? ……なァ、おい、答えろ」
目元を縛ったスカーフが緩んだようだ。
赤黒く血で染まった目元の布の下には眼球は無く、真っ黒な空洞だけが空いていた。
タギツヒメは一瞬だけ、少年の殺気に反応する。
「ほぉ、貴様――また、凝りもせずに他人へ肉体を分け与えたのか? であれば、最初から無くても同じではないか?」
スクッ、と立ち上がったタギツヒメが残忍な表情を浮かべて挑発する。
百鬼丸は首を傾げ、口端を釣り犬歯を剥き出しにした。
「おい、いいか。この肉体は〝おれたち〟が決めて分け与えたんだ。……自分自身で決めたから今のおれに後悔なんてない。だがな、他人が勝手に分捕っておいて、知りませんじゃあ、通用しねぇーんだよ!! おれの体はおれがどう使うか決める。勝手に奪ったんなら、それを全部奪い返す。ただ、それだけだ」
剣を正眼に構え、タギツヒメを見据える。
「答えろ、タギツヒメ。お前はどうして、おれの体を奪った? 何が目的だったんだ?」
「……………貴様は、ノロをその身に宿しておるのであろう?」
子守歌でも唄うように、女神は口を開く。
「微かな残滓だが――ある。だからなんだ?」
「ならば解るであろう? ノロの〝想い〟を」
タギツヒメはどこか人間くさい口調で、百鬼丸に問いかける。
(なんだ? 突然?)
困惑しながらも、構えを解かず、寧ろ強烈に臨戦態勢へと移行する。
「だったらなんだ? それが、どう関係するんだよ?」
「元々、御刀と呼ばれる――金属も、ノロと人間が忌諱として扱う物も万物は同じ。人間の勝手で生み出した力は……――」
「違う! おれが聞きたいのはなんでおれの体を奪ったか? それだけだ!!」
「――もし、貴様の肉体で現世と隠世の均衡を保つことができる、そう言われたとすれば、貴様は肉体を差し出すか?」
「――は?」
唐突な言葉に、百鬼丸の頭は真っ白になった。
……こいつは一体何を言っているのだろう? 単なる誤魔化しではないだろうか? 真実を語る筈がない。
百鬼丸には様々な感情が去来し、頭の中を巡る。
「どういう意味なんだよ?」
タギツヒメは目を細めて、少年を正視した。
「じゃから言っておる。貴様には無数の因果が絡まり、それに付随して霊力が高い存在になっているのだ。……――貴様が我の本来目的である現世の崩壊に邪魔な存在じゃった」
「だったら、殺せばいいだろ」
「話はそう簡単ではない。貴様の肉体には、因果の絡まり合いによって膨大な霊力が宿っておった。それを我と人がいう荒魂が必要であった。それだけの事じゃ」
「ふっ、ざけんじゃねーよ!! お前らの勝手で奪っておいて、大人しくしていろだと? 出来るワケねーだろ!! 返してもらえないとしても、テメェをブチ殺すまでおれは戦うからな?」
肩を大きく上下させて荒い息を落ち着ける。
(許さねぇ、お前だけは絶対に許さねぇからな!!)
しっかりと柄を握り直して足を一歩前に踏み出す。
百鬼丸のいきり立った様子が可笑しかったのか、タギツヒメは「ふっふふふふふっふ」と不敵に笑い始めた。
「んだオメェ――?」
こめかみに青筋を浮かべて恫喝する百鬼丸。
「いや、先程……千鳥の娘も貴様と同じような姿勢で我に向かってきた。それと重なっただけじゃ」
千鳥の娘――……?
「可奈美のことか?」
百鬼丸は呆気にとられ、茫然とした口調で呟く。
「ほぉ、あの娘はそういう名前なのか。まぁ、よい。我の胸に傷をつけたあの輩たちも全て消し去る―ー」
憎悪に満ちた声音で女神が宣言する。
「させねーよ、ボケ」
俯き加減に肩を震わせていた。
「……?」
タギツヒメは不審に思った、彼がここに来て怖気づいたのだろうか? 推測するにしても、人間の感情を計測することなど女神ですら出来ない。
「なぁ、可奈美もお前と戦ったんだよな?」
「だからなんじゃ?」
白と黒が綯交ぜになった前髪を上げて、眉をハの字に曲げて困ったように微笑した。
「あいつ、すっげ―強かっただろ?」
心底明るく百鬼丸は問いかけた。
「……ッ!?」
この場で斬り合う相手と対峙する様子とは違う、どこか誇らしい清々しいような態度に、タギツヒメはたじろいだ。
少しの間、無言になったタギツヒメの態度から、百鬼丸は大方を察する。「――……やっぱりそうか。強いもんな、アイツ。特に誰かを想うと滅茶苦茶強いんだぜ? なんせ、おれの剣の師匠だからな」
バキリ、バキリ、と首を左右に傾け軋んだ音をたてる。
「――さぁ、始めようか。第二ラウンドの開始だッ!!」
そう言うが早いか、百鬼丸は地面を蹴って素早く間合いを詰めた。