刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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しょう‐めい【証明】

1 ある物事や判断の真偽を、証拠を挙げて明らかにすること。「身の潔白を―する」

  大辞林


第245話

 ――……血の味が濃密で、思わず反吐が出そうだ。

 おれは、目隠しの為に巻いたスカーフ越しに感じる女神――タギツヒメの気配を「心の眼」で捉えている。サーモグラフィ画像のように、ボンヤりとした状態で相手の位置や周辺の状態を確認することができる。

 《心眼》

 初代の百鬼丸も、伝承によればこの能力に秀でていたらしい。

 今のおれは、御刀を持たないために《迅移》が使えず、タギツヒメの移動速度に対応する方法が限られていた。

 (さて、どうしたモンかね)

 内心こまったおれは、正眼に無銘刀を構えたまま下手に動けずにいた。

 タギツヒメの不意打ちを警戒していたが、どうやら女神様はおれが仕掛けるのが当然と思い込み、全く動く気配がない。

 「随分とナメられたな」

 口端を皮肉に歪めておれは自嘲してみせる。

 ――すると相手は、

 「――案ずるな、貴様程度の出来損ないがここまで来られたのが奇跡なのだ。冥府へと帰れ」童女の声音で辛辣に言い返す。

 

 どの方向から斬り掛かっても容易にいなされるのが想像できた。

 ……どうする? 一旦逃げ帰る? まさか、馬鹿な。

 おれは暫くの間、攻めあぐねていた。

 長い間捜し求めていた仇敵だ。もう二度とこんな好機は巡ってこないだろう。

 

 ――――跳びたい

 

 体の奥底から湧く欲望。

 いま、皮膚の一枚下は細胞が弾けそうな程に興奮しているんだ。血流が過剰に巡る気がした。細胞壁どうしが衝突して破裂しそうだ。

 

 おれの迷いを見透かしたかのようにタギツヒメの高笑いが耳に届く。

 「先程まで威勢のよかった態度が嘘のように大人しいが――遠慮などせずともよいぞ?」

 明らかな挑発だった。

 (……だが)

 「――乗ってやるよ、クソッたれ!!」

 おれは考えるよりも先に、太腿に仕込まれたリボルバー方式の加速装置のギアを入れた。

 ガチャン、という重苦しい回転音と共に体が浮遊感に包まれる。

 足裏から噴射された最大のエネルギーを放つ加速装置が、迅移とは異なる物理加速でタギツヒメに迫る。

 

 

 

 Ⅱ

 「うわぁあああ!!」

 可奈美が叫ぶ。崩落する足元から落下した。

 タギツヒメの攻撃を避けるために、折神紫が強烈な斬撃を放ち、地面を破壊した。

 コンクリートの粉塵で視界が悪く何も見えない。――このままだと死ぬ、可奈美はそう思い、姫和とつないだ手を更に強く握った。

 ……――しかし、地面に叩きつけられることはなかった。

 激しい落下を柔らかく包む、不思議な感触の獣毛が体を押し包む。

 「この感触って……」

 『ねね~!』

 獣毛から太い鳴き声が聞こえた。

 「ねねちゃん!?」

 益子薫のペットである荒魂――ねねが、普段の小動物的な姿から本来の姿である四脚の獣として立ち、可奈美たちを受け止めたのだ。

 「……ありがとう」

 そう言って可奈美は獣毛を優しく撫でると、地面に降り立った。

 

 『よかった、間に合った……』

 安堵する人の気配がした。

 可奈美は懐かしい友の声の方に向き、思わず微笑した。

 「舞衣ちゃん」

 「うん」

 ビルへの突入前以来の再会だが、随分と久々に出会ったような気がした。

 「無事だったんデスネ、ヒヨヨン」

 舞衣の隣に立つエレンが、タギツヒメから奪還した姫和を一瞥し、喜びに弾んだ調子で肩を竦める。

 舞衣たちの後ろに控えた一際小柄なツインテールが、腰に手を当てる仕草をした。

 「……ったく、やれやれ。どのツラさげて帰ってくるんだか。胸が薄い分、面の皮が厚いな」と憎まれ口を叩きながら、薫の表情は普段よりも明るかった。

 それを横目で見ていた糸見沙耶香は、

 「……でも、薫が一番心配していた」

 「んなっ!! おい、沙耶香っ!!」

 羞恥で顔を赤く染めた薫がつま先立ちで素早く背伸びをして、拳骨をつくり沙耶香の頭をグリグリと攻撃する。 

 「いたい、いたい……」

 突然の反撃に沙耶香も驚きと同時に、可愛らしい悲鳴をあげた。

 

 

 姫和は、賑やかな周りの仲間たちを緩やかに見回す。

 (随分と懐かしいな……――)

 昔とは違う。

 復讐だけを目標に孤独に生きていた頃には想像も出来なかった賑やかな光景が、彼女の前にはあった。

 だから、姫和は真紅の目を大きく瞠り、ゆっくりと現実の光景であることを認識する。

 沙耶香の首をホールドする薫に、優しく微笑む舞衣とエレン。それから隣に立つ可奈美を順に見詰め、この仲間たちとの再会に胸が熱くなる。

 「……その、なんというか――心配をかけた。……ありがとう」

 感謝を口にしてから自然と笑みが浮かんだ。

 長らく、本当に長らく忘れていた感覚だった。

 母が亡くなってからは表に出したことのない表情。

 この気持ちを言葉にすれば、きっと、一言で済むものだろう。しかし、姫和は今、これまでの思いを込めて一言に詰め込んだ。

 ……――ありがとう

 それ以外に、彼女は言いようが無かった。

 

 

 

 「どうした、早く我を斃さねば世界崩壊まで時間がないぞ?」

 悠然と佇むタギツヒメ。

 彼女の目線の先には、膝をついた少年、百鬼丸がいた。

 「……ッ、ゲホッ、ゲホッ」

 大きく咽せ、切れた口内から血痰を吐き出す。

 (やっぱり、想像以上につぇえな、コイツ)

 因縁の仇敵の強さに今更ながら思い知り、簡単に撃退された事に百鬼丸は口惜しさが募った。

 口端に垂れた血筋を手の甲で乱暴に拭うと、疲労の蓄積した体に鞭を打ち立ち上がる。

 手の甲には刷毛で掃いたように朱が伸びる。

 呼気を整え――もう一度向かい合う。

 

 (おれは最初から何も〝持って〟なかったんだ。今更何を絶望すりゃあいいんだ?)

 弱気になっていた自分を叱咤するように皮肉っぽく口を曲げ、闘志を溜める。

 

 今、この体にも心にも数多くの無念に散った「人々」の記憶がある。

 足りない所を補い合い、いつもギリギリの危ない橋を渡ってきた。

 決して、恵まれた環境で生きてきたワケではない。

 生まれてからこの年になるまで、常に周りには敵ばかりだった。

 

 (なぁ、そうだよな、おれ達……――そんでも、ここまで来られたのは、やっぱりスゲーことなんだよな)

 剣を正眼に構えながら女神を正視する。

 ……――多分、おれ一人だったら臆病風に吹かれて逃げていたかも知れない。

 

 でも、今は違う。

 

 「おれは、おれ自身が何者なのか……もうわかんねーけどな、いいかタギツヒメ。お前がこのクソタレな世界を滅ぼすなんて最高にイカした事をするのに反対はしねーよ。楽しそうだよなァ」

 

 「ほぅ」

 タギツヒメは意外そうな表情になって、百鬼丸を見返す。

 「……ならば貴様は黙って、我の宿願が成就する所を見ておればよいのでは?」

 「いいや、違う。ぜーんぜん違うね。いいか、おれだってこのクソタレで理不尽で、どうしようもない便器みてーな世界滅んでも構わないけどなァ、でも……」

 と、言葉を区切る。

 本当にどうしようも無い世界にも、そこにも救いがあると百鬼丸は知ってしまった。

 首筋に当たる黒いリボンの感触がそれを教えてくれた。

 〝刀使〟

 百鬼丸の暗い人生の前に、ひと時の安らぎを与えた彼女たちの存在だけは、救いだった。

 

 『……ねぇ、約束して。貴方がどんな体になっても私は怖くないよ。だから、自分が分からなくなっても、どうしようもなく悲しくなっても、忘れないで。一人じゃないから――』

 黒い獣の姿になった時、衛藤可奈美が耳元で囁いた。

 

 ……――一人じゃない

 

 そう言ってくれた時、百鬼丸の心は救われた。

 どうしようも無く孤独に苛まれ、絶望に打ちひしがれた時に温かな抱擁と少女の体温が感じられた。

 そして、自らの髪を束ねた黒いリボンを右手首に結んでくれた。

 

 

 

 「柄にもねーけどな、戦う理由だけはある! お前を復讐心以外で潰したい理由がある! それだけだ!」

 

 連続の激戦による疲労で心身共に倒れそうな状況にあっても、百鬼丸の記憶から湧き上がる温かな思い出が、精神に種火をつくり、それが循環して心を体を奮い立たせる。

 

 胸を張り、

 「まだ負けねーよ、おれを完全にブチ殺すまで終わらねーぞ!」

 吼える。

 己が何者であるかを証明すべく――全力で吼えた。

 

 

 

 

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