刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第246話

……目が全く見えない、というのは正確ではない。

百鬼丸の片目は肉眼であり、先程の夜見に与えた際に自ら抉り出した。――では、もう片方の目は? ……義眼である眼球は、肉眼を摘出する際に、一時的な接続不良を起こしたに過ぎない。

つまり、義眼の回復を待てば視界は確保できる。

だが、少年には時間が無い。

与えられた時間というのは、刻一刻と消費されているのだ。

 

血反吐が乾いて模様のような黒のタンクトップで頬の傷を乱暴に拭う。

「ふーっ」

改めて、現状の危うさを認識する百鬼丸。

足の加速装置にも使用限界がある。――あと四回が上限だ。

瞑った目から溢れた血は既に止まっており、心臓の過剰な収縮も落ち着いた。

 

相手は女神タギツヒメ。

 

それも、他の女神を取り込んだ状態で手を付けられる存在ではない。

 

 

――行くぞ

 

誰かがおれに囁いた気がした。

……いや、本当は誰が言ったかなんて百鬼丸には分かってる。

(おれの中の「おれ達」だ。)

正眼に構えたまま、靴底を浅く削って飛び出す。

いつもの先制攻撃。いつもの無鉄砲なやり方。

 

タギツヒメとの距離は約8m。

全身の感覚を研ぎ澄ませ、《無銘刀》に潜む魑魅魍魎どもを開放する準備をした。

数百年前から各地で斬り伏せられ幾千万の化け物の命と呪いを宿した凶悪な刀。ある意味では御刀よりも、由緒ある刀である。

「おらぁあああああああ!!」

百鬼丸は力いっぱいに横に薙ぐ。

タギツヒメは、ただ左に握った刀で攻撃を受け止める。

「――ッ!!?」

タギツヒメの表情に、驚愕の色がひろがる。

 橙色の瞳を動かし、少年を一瞥する。

 予測は簡単だった。彼がいま、どのような攻撃を繰り出しても攻撃が当たることはないだろう。全て予測が可能で、奇襲すらも見透かす。

 まさに「神の掌の中」であった。

 ――ただ一撃。タギツヒメは、その攻撃の威力にまでは着目していなかった。

 強烈すぎる真直ぐな太刀筋が容赦なくタギツヒメに襲い掛かる。

 余りの威力に、タギツヒメは足元が滑ったように後退した。

 (なんじゃ、この威力は?)

 もし、真正面から何度も打ち合っていれば隙が生まれる。そんな危うい強烈な一撃だった。

 剣戟の金属音が凄まじく、火花が鮮やかに弾けて二人の顔を照らす。

 

 

 ◇

 ……おれは、ただひたすら刀を握って《心眼》から見える景色で闘う。それだけだ。

 大量の空気を肺に溜め込み、息を詰める。

 血管を巡るヘモグロビンが過剰に運搬される錯覚すらした。

 剣同士の一秒未満の斬り合い。

 少しでも対応を間違えれば首が飛ぶ。

 ――本当に久々の感覚だった。長らく、おれはこの戦いの手触りを忘れていた気がする。

 もし、一撃でも間違えれば命が刈られる。

 頬の薄皮を何度も鋭い刃先が掠めた。おれは致命傷でない限り、怪我は無視して剣を振るう。

 おれの攻撃はすべて予測されたかのように防がれる。しかし、おれの渾身の連撃には堪りかねた様子で、何度も自らの体勢を立て直すために、横のステップが増えた。

 だが、おれも致命的な一撃を与えることは不可能だと、本能で理解していた。長期戦になればコッチが不利。

 (だったら……)

 おれは無理やり足の加速装置を逆噴射になるよう、足の場所を変えて一気に噴射煙を足裏から吐き出す。

 後退して体勢を立て直す――。しかし、タギツヒメはそれを許さないように《迅移》を用いておれを追撃する。

 ――この瞬間だ。

 おれは、自然と口端を曲げた。

 微かに宙に浮いた躰を前傾姿勢に曲げて、抜刀術のように納刀状態への動作を行い、タギツヒメが刃を振るうタイミングを見計らう。

 後ろ方向へ移動しながら反撃の一撃を加えるために、おれは予備動作で挑発した。

 無論――、タギツヒメはおれの意図など気付くだろう。……しかし、隠世に潜ったタイミングで未来予知などしても、結果は変わらない。あくまで、予知は予知。

 

 「――ッ、一々癪に障る!」

 タギツヒメは焦れた口調で毒づきながら百鬼丸の背後に回り込む。

 

 だが、彼の居合の間合いは「刀圏」――、すなわち全方位で反射的に斬撃を放つ領域だ。

 タギツヒメが突出の構えを取ると同時に百鬼丸もほくそ笑んだ。

 体を半回転させて、逆噴射の勢いを得たまま居合の斬撃を打ち込む。

 ガキッ、と盛大な刃同士の衝突音がした。

 耳を劈くような金属の擦れた不快な音。

 タギツヒメは腰だめに御刀をクロスさせて受け身の姿勢になる。

 稲妻が迸ったように光芒が煌めく。

 火花がバチ、バチ、バチ、と帯電した無銘刀の等身から幾つも弾け、一撃の重さに別の威力を加えた。

 

 

 身を捻りながら、辛くも地面に着地した百鬼丸は俊敏に立ち上がり、霞の構えをとる。

 今の一撃に持てる精神力を込めたが、恐らく無駄だろう。

 ――案の定、タギツヒメは無表情に百鬼丸を見据えている。

 「たかだか、出来損ない風情に押されるとはな」

 悔しがる様子もなく、ただ事実を確認するような淡々とした口ぶり。

 「さて、貴様の児戯など見飽きたわ。……もうよい、去ね」

 刃を頭上に高く掲げ、腕を下ろして水平に構える。

 剣尖は百鬼丸に向けて準備を終える。

 

 

 一瞬、ほんの一瞬だった。

 虹色の輝きがおれの《心眼》を覆い隠した。何も見えない。

 「まずッ!!」

 体だけが頭とは別に行動していた。

 反射的にタギツヒメの連続攻撃が30連続突撃――。

 おれは、ようやく回復した義眼を血で染まったスカーフ越しから見た。

 流星群のような輝きがおれに襲い掛かる。

 「うぉぉおお」

不意に背筋に悪寒が駆け抜けた。

――死ぬ

本能以上に厳然たる事実がおれの心を捉える。

高速で迫りくる剣先をおれは辛うじて防ぎ、弾き、致命傷にならない攻撃は無視した。たった一振りでは物理的にカバーできない。

太腿の加速装置にも深く傷が入る音が聞こえた。

左右の肩にも剣先が喰い込む。それでも止まることなく、タギツヒメの剣が鮮やかな輝きを増す。

おれは初めて戦いで「恐怖」という感情を味わった。

これまでの敵と違い、勝てる算段がつかない。

ダラダラと衣服に生温かい液体が洩れるのを感じる。これはおれの血液だ。

 

なんとか全ての攻撃を防ぎきったおれは、満身創痍だった。

これまで、なけなしの闘志を燃やして戦ってきた。だが、それすらも無意味だった事を悟る。

――勝てない

単純な一言が脳裏に浮かぶ。

 

どう足掻いても勝てない。

「くそっ、くそっ、くそぉおおおおおおおおお!!」

おれは遮二無二、斬り掛かる。

タギツヒメは、肩を竦めて「愚か者め」と吐き捨てた。

もう一撃も剣を合わせないという意思表示をするように、半身を引いておれの突出を受け流す。

その勢いのままおれは地面に転がった。

崩落したコンクリートの地面の瓦礫に全身をブチ当てる。

 

 

「我を殺すためにここまで来たのであろう? ならばもう少しでも頑張ってみよ。その程度か?」憐れむような言葉でおれを見下した。

 

 

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