刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第249話

――――天空が迫る。

世界の滅びを願う女神、タギツヒメの宿願の一つであった『隠世』と『現世』の融合する瞬間が刻一刻と近づきつつあった。

そんな中、都下23区に展開していた特別祭祀機動隊及び警察隊、並びに自衛隊の撤退が決定。

最早、防衛戦線の維持が不可能となった。

 

 

 

 

黒い灰に似た物質が降り、雪のように外気を舞う。

タギツヒメが破滅の祈祷を行った高層ビルに近い東京駅周辺。

特別祭祀機動隊――および、自衛隊の主力部隊は甚大な被害を被りつつも、撤退戦へと移行を始めていた。

 

自動小銃の発砲音を聴きながら、

「ったく、ゲホッ、ゲホッ、これじゃ田村の野郎に笑われちまうな」

 太った腹を揺すって苦笑いを零す大関。

 彼は自衛隊の撤退用の車両に乗り込みながら、負傷した右肩の傷口の痛みを堪えた。応急処置の包帯が赤く滲む。

「あまり喋らないで下さい」

 心配そうに言った少女――岩倉早苗は、大関を気にかけた。

「すまないね、心配をさせて。…………」

 大関は、荒魂の攻撃から疲弊した刀使を庇って負傷した。

「いいえ。それよりありがとうございました」

「ははは、大丈夫だよ。オレたちみたいな何も出来ない大人は捨て駒覚悟で――」

「捨て駒なんて、冗談でもそんな言い方しないで下さいっ!!」

 鋭い口調で早苗は反駁する。

「お、おお」

大関は初めて、少女が大声を出す姿を見て驚きで目を大きく開いた。「――いや、すまない」

毛先のふわっ、としたボブカットの髪を横にふるふると振って、小さくはにかむ。

「……皆さん、大事な私たちの守りたい人たちなんですよ?」

 言いながら大関の左手を握る。

「だから、一刻も早く怪我を治療して下さい」

握った少女の手は小刻みに震えていた。

「…………」

世界崩壊の中、混乱した状況で十代の少女が恐怖を感じないはずがない。

「――普通の生活に戻れたら、甘いものでも奢らせてくれ」

 大関は優しく笑いかけた。

 口元を綻ばせた早苗は、「はい。絶対に約束ですよ?」と強く頷いた。握った手を離す。

 一呼吸を置いて、すくっ、と早苗は立ち上がり車の外へと出た。

 車両の外では自衛隊の現場指揮官らしき人物が、左耳のインカムの指示を聞きながら部下たちを撤収させるために命令を飛ばしていた。

 ビルの壁を破壊して接近するムカデ型の荒魂を確認できた。

 早苗は御刀を構え、自衛隊の指揮官らしき人物を窺う。

 「わたし達刀使が殿軍になって敵を引きつけますから、その間に撤退を急いでください」

 突然の申し出に指揮官だった人物は、インカムから意識を隣の少女に向けた。

 「急に何を……それじゃ君たちが危険じゃ」

 「荒魂たちをけん制しつつ、わたし達も後方へ撤退します。――荒魂は無視していいから急いで」

 早苗にしては珍しい、命令口調かつ硬い声音で言い放つ。

 それだけ事態が切迫していた。……事実、荒魂たちの数は時間の経過と共に増加の一途を辿っている。

 苦悩の表情に歪んだ指揮官は、「分かった。ただし、君たちもくれぐれも無事に帰ってきてほしい」と本心を告げた。

 彼の目には、疲弊した刀使たちが映っていた。

 殿軍は部隊の最後尾に位置し、敵の猛攻を防ぐ危険な役割である。普通であれば年端もゆかぬ少女たちに任せるものではない。……だが、こと荒魂に関しては別だ。

 刀使でなければ荒魂に対抗ができない。

 指揮官らしき人物は踵を返して、「急いで車両に乗り込め! 荒魂は刀使に任せて急げ」と鋭い口調で命令した。

 早苗に背中を向けたまま、指揮官の男は、「必ず、皆で戻ってくるんだぞ」と念を押した。

 キョトン、とした早苗は彼が自分たちを社交辞令ではなく、本心から心配している事に思い至った。

 「はい」

 年相応の笑顔を浮かべて返事をする。

 

 それから一歩、前に足を踏み出して鎌府の刀使たちと目配せをしながら陣形を整え、荒魂の迎撃体勢をとった。

 (姫和ちゃん……――やっぱり、わたしには守りたい人が沢山いるんだよ)

 柄を強く握って《迅移》を発動させる。

 

 Ⅱ

 「――頼むよ、おれを殺して英雄になってくれ」

 百鬼丸は、穏やかな口調で目前に立つ刀使たちに言い放つ。

 空から黒灰のようなモノがチラチラと外気に乗って地上に降り注ぐ。――やがて荒魂へと成長するであろう物質が地面に積った。

 鼻から息を深く吸い、百鬼丸は目を開く。

 橙色の瞳が現れた。……溶鉱炉の熱に似た色合いの目が、新雪のように真っ白い肌とコントラストを表し、タギツヒメのような神々しさを獲得していた。

 髪の毛も白く染まり、体のすべてが薄く光を放っている。

 地面に突き刺したタギツヒメの御刀二振りを握りしめ、思い切り引き抜く。

 未だに、困惑する刀使たち六人を見回す。

 彼女たちが思ったよりも乗り気でない事を察した少年は、肩を竦めて呆れた顔をする。

 「――もう時間がないぞ」急かすように戦いを促す。

 

 

 なんで、どうして、こうなっちまったんだっ……――!!

 オレは拳を握って目の前の馬鹿野郎を睨む。

 「おい、百鬼丸! お前それで自己犠牲をやって恰好つけたつもりか?」

 自分でもなんで、こんなに悔しいのか分からない。

 声が届いたのか、アイツは首をオレの方に向けて「ああ、薫か。久々だな」と気さくに挨拶してきやがった。……どこまでも、穏やかな表情で。

 「薫、前に教えてくれたよな――? 荒魂を斬る理由を考えるって話さ。あれ、沙耶香にも教えたんだろ? なら、今回は簡単だよ。お前は迷わずおれを斬ればいい。今のおれは世界を滅ぼす存在だ」

 「ふざけんじゃねぇ!! お前一人で世界の危機を救うつもりか? なぁ! オレは確かに荒魂を斬る……祓うことを沙耶香に教えた。だからオレ自身で納得して斬るんだ! なんでお前が勝手に決めるんだ!?」

 「ねねー!」

 オレの肩に乗ったねねも文句の声をあげる。

 だけど、アイツは肩を竦めて頭を軽く掻いた。

 「……――おれは、もし自分の最期を迎えることができるんなら、どんな風に終わるのがいいか、ずーっと考えてきたんだ。…………そんで、さ。やっぱり最後は知らない奴にやられるより、お前たちみたいな〝トモダチ〟の手で終わるのがいいなって思えたんだ」

 悪びれる様子もなく、アイツは優しい口調で言い放つ。

 「お前の勝手な自殺みてーなのにオレたちを巻き込むな!」

 「……それは悪いと思ってる。でもさ、おれはもう、ほら、人間じゃないんだ。――正確に言えば最初から人間じゃない、気に病む必要なんて――」

 「ちげぇよ、お前が人間だからオレたちはお前と居たワケじゃねーんだよ!」

 こいつは、最初から何もわかってなかった。

 今のアイツにはオレの言葉はきっと届かない。……それでも、オレはこんなやり方が間違っていると自信を持って言える。

 「いいか、百鬼丸。お前がなんでも全部自分で抱えるみてーなツラが気に食わないって言ってんだ」

 「……――なぁ、薫。スマン。正直、おれさ、なんでお前が怒ってるのか全然わからねーんだ。でも、気を悪くさせたならスマン。おれはタギツヒメを内部に取り込んでいるから、自殺もできねーんだ。こんな方法で悪いけど、でも頼めるのお前たちしかいねーんだよ」

 困ったようにアイツは、両手を合わせて頼む仕草をした。

 (なんでだ! なんで、お前はそんな風に平然としてられるんだよ!)

 

  オレはワケが解らない気持ちで、ひどい徒労感に襲われていた。そんな時、ふと隣から一歩進み出る人影を感じた。

 

 「…………百鬼丸の言ってること、間違ってる」

 見ると、沙耶香が胸元に右手を当て、真直ぐにアイツを見据えていた。

 

 

「――こんなやり方、絶対間違ってる」

 今までに聞いた沙耶香の声音の中でも強い芯の通った一言だった。

 アイツはその視線を真正面から受け止めて、軽く頷いた。

「沙耶香、お前もすっげぇ強くなったよな。……おれが抜け殻だった時に守ってくれてありがとうな」

 最期の別れみたいな言い方で、アイツは感謝を伝えた。

 (なんなんだ! なんでお前ッ!!)

 オレは言葉にできない不快な感情が湧いた。隣を見ると、沙耶香も同じだったようで、何か棘の刺さったような沈痛な顔だった。

 「……どうして? こうしないといけなかったの?」

 震えてた。

 「ああ、そうだ」

 「……わたしが百鬼丸を守りたいと思ったのは、こんな事をするためじゃない」

 「悪いな、無駄なことさせちまって」

「……ちがう、百鬼丸は寂しそうだったから、一人じゃないって伝えるために守りたいと思っ」途中で言葉が途切れた。沙耶香は、これ以上喋ると何かが溢れるような様子だった。

「――そっか。すげーな沙耶香。初めてであった時より凄く成長したよな。……でも斬ってくれ。おれを。その真直ぐな価値観でなら、おれは何度斬られても後悔ないぜ」

 アイツの言葉を聞いた沙耶香は、ショックを受けていた。目を見開いて、自分の胸元を強く握って俯いた。

 

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