(……――君はつくづく馬鹿者だな、百鬼丸くん)
胸の中から聞こえる嘲りに、少年は苛立ちを覚えた。……百鬼丸の心臓には、かつて倒した大量殺人犯のレイリー・ブラッド・ジョーの人格がそのまま宿っていた。
少年は心臓を取り戻す代わりに、この難儀な人格も同時に引き継いでしまった。
◇
『君は自分の中に色んな人格を入れる趣味でもあるのかい?』
面白そうに喋るジョー。
眉間に深い皺を刻み、「なんでだよ」と文句を言う百鬼丸は軽く舌打ちをする。
百鬼丸は宿願でもあったタギツヒメを『倒した』直後だった――――
『もしかして自己犠牲的な精神で行動したのかい?』
「うっせぇ、言ってろ」
百鬼丸は不機嫌そうに吐き捨てて、屈んだ状態から緩やかに立ち上がる。
白い髪に白い肌、生まれたての溶鉱炉に似た橙色の瞳。
まるで、先程倒したタギツヒメの容姿にそっくりの姿となっていた。
『まったく、タギツヒメ討伐をする筈が、君が女神を取り込むとは思わなかったよ』
呆れ気味にジョーはボヤく。
もし、あのままタギツヒメを斃していれば世界崩壊は終わらなかっただろう。いわゆる、時限爆弾のような策略を用意していた女神の意表を衝くため、やむなく百鬼丸自身が女神を吸収した。――十条姫和が『鹿島神宮』で取り込まれたように、少年もまた同様の措置をとる。
『だが君も知っているだろ? それは一時的な延長措置に過ぎない。世界崩壊はまだ止まってないぞ』
ジョーの言葉は正しかった。いくら百鬼丸が己の内部にタギツヒメを取り込んだところで《隠世》と現世の融合が止まったワケではない。
「……分かってるよ」俯き加減に呟く。改めて、己の体を眺める百鬼丸。
薄く体が発光する状態、体内から溢れる無限のエネルギーが自身を「普通とは明らかに異なる存在となった」と認識させるには十分だった。
「そう言えばお前、最近おれに喋りかけなかったな?」
『寂しかったのかい?』
「フザけなるな。理由を言え」
『……恐らく、ボクの人格定着が不安定になっている。それに、この隠世との距離感が縮まっているワケだろ? ボクのような不安定な存在は存在するのが難しいのさ』
淡々と説明するジョーの話を聞きながら、百鬼丸は「そうか」と理解を示した。
「おれはどうすればいいか――お前になら解るだろ?」
『ほぉ、そんなにボクを高く評価してくれるのかい? だがそうだね。解る、と言いたいが――合理的な判断を君がするとも思えない』
「いいから言え」
『――君はこの状況を待っていた節があるね? タギツヒメを倒すのではなく、己の内部に取り込む。そして……君もろとも現世から消える』
「…………。」
『沈黙は正解と受けとるよ。そうか――君程度のミジンコ脳みそでもそう考えるのか。これは面白い。でもどうやって消滅するのか――それは彼女たちを利用する気だろうね。刀使か。君にとって随分と都合のいい存在になったもんだ』
「ああ……そうかも知れねぇ。何とでも言えよ。それ以外に方法はねーだろ」
『…………。』
「沈黙は正解って受け取るぞ?」
『まぁ、いいか。退屈はしないね。いいだろう、君がどこまでやれるか特等席でみせてもらうよ』
ジョーの皮肉交じりの一言を受け流した百鬼丸は、真っ白になった髪をかき上げて天空を仰ぐ。
(時間がねぇな……)
水面のような不安定な揺らめく空間が上空から迫りくる。
「死にたいワケじゃないけど、生きたいわけじゃねぇもんな」
覚悟を決めた表情で百鬼丸は一人頷く。
……この世界なんて別に滅んでも構わない。ただ、そこに生きる大事な人たちだけを守りたい。
(それだけなんだ、なんてな)
柄にもなく感傷的な気分になったことを自嘲気味に鼻を鳴らして笑い飛ばす。
Ⅱ
「……どうして、百鬼丸はそんな事をいうの?」
沙耶香の声音が震えていた。
紫紺色の真摯な眼差しがおれに向けられている。
「お前たちがおれにダメージを与えるだけでいい。それであとは――おれが迅移を使って隠世の深層まで行く。タギツヒメを弱らせるためにもおれを斬れ」
「…………斬られる、それが百鬼丸の望み?」
「ああ、そうだ」
おれは迷いなく肯定した。実際、本当にその通りだった。
だけど、沙耶香は下唇を噛んで両手を胸の前で重ねて悔しそうに表情を歪めた。
「…………それが本当の望みなら」言いかけて言葉を止めた。
斬る――その一言が出ないようだった。
(なんだよ、お前まだ全然変わってねーじゃん)
おれは思わず、笑いそうになった。……お前、まだ優しいままなんだな。
でも、今、おれを斬ってくれないと本当に世界がマズい。迷うな、そう言いたくなった。
『確かに百鬼丸さんの言葉は正しいです』
と、別の声がした。
おれがその方角に頭をやると、舞衣が鋭い眼差しでおれを睨んでいる。
「貴方のいう通り、ここで貴方を斬らないと駄目だってことは理解しました」冷静な口調で喋る舞衣。
「な? だったらサクッとさ、終わらせようぜ」
「だからって言って、私たちが何も感じずに貴方を斬ることが出来るとでも?」
「――出来るだろ? その為の刀使だからな。お前たちは遊びでこんなことしないだろ?」
「だとしても、沙耶香ちゃんを悲しませる貴方を私は許したくないです。個人の意見なんて今は意味がないかも知れない。――頭では分かっています。貴方のやり方が正しい、そんなこと言われるまでもないですよ。それでも――沙耶香ちゃんをこうやって悲しませるような人のいう事が、やり方が全部正しいなんて思いません」
「舞衣にしては随分と非合理的な意見だな?」おれは挑発めいたことを口にする。
「ふっ」と嘲りのような笑みが舞衣の口端に浮かぶ。「――貴方に私の何が解るんですか? ううん、私以外だってそう。貴方はそうやって人との関わりを避けて全部自分の都合のいいように解釈して――都合のいい時だけ私を知っているように言うんですね?」
「――確かにそうだな。いや、その通りだよ」おれは彼女の指摘が全て正しいんだろうと思い直した。――だから、
「そうだったな。おれはいつも逃げてたな――ごめん。……でも、もう時間がないんだ。な、頼むよ――都合がいいって解ってる。でも、もう頼めるのはお前たちしかいなんだ。頼むよ――舞衣、それでもおれをまだトモダチだと思って見捨てないなら、ここで斬ってくれないか?」
……――おれはどこまでも卑怯だった。
言葉でのやり取りに不利を感じたから…………おれは『お願い』した。
理論の部分ではなく、感情に訴えかけた。
……――そうすれば相手を思い遣る気持ちの強い舞衣ならば、『理解』してくれると信じて。
おれは、柳瀬舞衣という少女を真正面から見据える。
案の定、先程まで硬い表情だった舞衣の顔にも、動揺の表情が現れていた。
おれはどこまでも卑怯だ…………それでいい。どんな手段を使っても勝つことを求めてきたように、今のおれは目的達成のためにどれだけでも、相手を利用する。
『君は悪い男だな。フフフフ、まあ面白いよ』
胸の奥から皮肉るような笑いが聞こえてきた。それをおれは無視する。
「まるまるは、どうやって消えるつもりデスカ?」
独特なイントネーションが、おれに質問する。
視線を移すと、エレンがいた。
「ん? ……――お前たちがおれを切り刻む、それで弱った状態から隠世の深層に向かう」
隠す必要もない。おれは素直に計画を伝える。彼女たちには協力をしてもらう手前、なにも隠す必要がない。
「でも、それだとひよよんの時みたいに、タギツヒメに乗っ取られる可能性もありマスヨ?」
……確かにそうだ。なるほど、エレンの指摘はごもっともだ。
「そうだな――おれを信じてくれ、としか言いようがないな。失敗はできない。時間もない。方法はこれ以外にないだろ?」
「そんなギャンブルじみた計画に参加できまセンネ」まるで、子供を諭すような口調だった。
「……だったら他に方法あるのか? ハッキリいう。今はまだ倒したばかりだからタギツヒメの回復も間に合っていない。今がチャンスなんだ」
「……………。」
「これはギャンブルなんかじゃない、確実な方法なんだ。それに、ギャンブルなんて言うなら、お前たち六人もここまで命かけてきただろ? ……それだけでギャンブルに勝ったんだ。あとはおれを斬る。それだけさ」
『こんな馬鹿な弟子だと思わなかったよ――――』
低い、冷たい声音がおれの耳に届く。
何故だか、言いようもない怖さのようなモノを感じた。
「あ~、こりゃあマズったな」おれは、ここまで来て沈黙を貫いていた人物の気配を意識し始めた。
栗色の髪、琥珀色の強い意志を宿した双眸がおれを、丁寧に眺めている。
「へへへ、お師匠様は怖いな」ワザとふざけた調子で誤魔化す。
しかし、彼女は一度も笑わず、むしろ氷のような冷気を放つように、おれを半眼で睨む。
「――私に初めて出来た弟子がここまで馬鹿だって思わなかったんだよ」
繰り返して強く念押しする。
――……衛藤可奈美。
おれは、彼女の存在にゾワッと怖気が走った。得体の知れない彼女の恐ろしさを考えないようにして、
「これでようやく、本気で斬り合いができるだろ?」
闘う方向へと誘導する。
「そうかも知れないね。…………」
それまで冷たかった表情が一転して普段のように明るくなった。
「――でもね、私は剣術が好きなんだよ。……殺し合いが好きなワケじゃないって、剣を通して分からなかったかな?」笑みを表情に貼り付けたまま、厳しい口調で詰問する。
「そ、それは……でもさ、もう時間が」
「うん? 違うよ、世界を救うとか、そんな話はしてないよ百鬼丸。いい? よく聞いてね? 私は凄く怒ってるんだよ?」
凍えさせるような口調で可奈美がおれに言った。