刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第252話

  姫和の一言に冷静さを取り戻した百鬼丸は、荒い息を落ち着け、ゆっくり頷く。

 「ああ、そうだ。姫和――さぁ、時間がない。殺り合おうか」

 「……大荒魂を討伐する」

 姫和は母の悲願でもあった目的を思い出す。たとえ、当初の標的であったタギツヒメではないにしろ、相手は世界崩壊をもたらす存在に違いはない。

 ただ、違うのは――――これまで共に旅をしてきた「仲間」という点だけだった。

 小烏丸を握る手が強く鳴る。

 (百鬼丸、お前が今何を考えているのは……私には分からない。……けれど)

 緋色の瞳が孤独な少年の像を映す。

 「ここで……お前を」

 と、言いかけた。その瞬間、

 

『――――お前は、ここで倒すッ』

 視界の外から不意に、残影が襲い掛かった。

 ガギッ、と激しい金属同士の衝突音が響き渡る。百鬼丸は頭を少し斜め上に動かし、襲撃者に苦笑いを零す。

 「残念だけどアンタ一人だけだと……おれは倒せないよ。折神紫」

 突然の襲撃者の攻撃を一刀で軽く防ぎ、そのまま腕力で弾き飛ばした。

 紫は僅かに表情を歪めて靴裏をズズズ、と浅く削りながら地面に着地する。

 「――アンタの考えでは、他の誰にも手を汚させずに自分一人でおれを倒す予定だったんだろうな……だから機会を窺っていた。…………」冷静に分析する少年。

 屈んだ姿勢からゆっくり立ち上がり、紫は再び御刀を構える。

 その様子を複雑な表情で眺めつつ、百鬼丸は肩を竦めた。

「おれもアンタ一人に倒される方法も考えたよ――でも、駄目なんだ。おれが〝手加減できる〟のにも限界があるんだよ」一旦言葉を区切る。「……アンタ一人じゃおれを倒せない」

 念押しするように呟いた。

 透き通るような白い長髪をかき上げ、空を仰ぐ。

 上空には『隠世』との境界線を示すように、水面のような不確かな空間が迫っていた。

 はぁー、と呆れたように溜息をつく。頭を正面に戻し、

「さ、こんなもんだろ。いいから来いよ。じゃないとお前ら全員おれがブチ殺すことになるぞ?」不敵に口元を歪めて挑発した。

 

 

 自衛隊の撤退を支援するため、伍箇伝に所属する刀使の混成部隊が殿軍の役割を買って出た。

 次々と襲い掛かる無数の荒魂たちから人々を守るために剣を振るい続ける。

 ――しかし、人員にも限界がある。

 ジリジリと負傷者を出して戦力を削られていた。巨体を傍若無人に動かし、破壊の限りを尽くす荒魂を一体倒すのに、刀使は複数人で連携して斃さねばならない。

 戦力比でも絶望的な状況だった。

 (それでも、ここで食い止めなきゃ……)

 空から雪のように降る黒灰に似た物質が、次々と荒魂たちを生み出す。そんな望みすらない状況でも、岩倉早苗は唇を噛みしめて闘う。

 左腕を負傷したが、まだ戦える。――自らを叱咤して左右を睥睨する。

 既に、前面は異形の怪物たちが人間の抵抗を嘲笑うように、列をなして行進する。

 左右に配された高層ビル群の間に伸びる広い道を化け物どもが、パレードでも開催するように賑やかに蠢き、街灯を踏みつぶし、コンクリート舗道に亀裂を走らせ、迫りくる。

 カタカタ、と無意識に早苗の手元が震えた。

 こんなにも絶望的な状況は今までに経験したことがない。周囲に残る刀使たちの表情を窺っても、早苗と同じかそれ以上に動揺していた。

 

(20年前の江ノ島に向かった刀使も同じ気持ちだったのかな?)

 ふと、そんな事を想う。

 名も無き犠牲者の中に埋もれた存在。

 自分もいま、その数字の一人になろうとしている……。

 だが、ここで自分が逃げれば他の刀使も、そして家族すらも失う。

 刀使だけが、荒魂に対抗しうる唯一の存在。

 「十条さん……ううん、姫和ちゃんたちが逃げずに立ち向かってるんだよね」

 自らに言い聞かせるように呟き、胸を強く握った。

 希望ならば――――ある。

 それが、早苗を……否、この場に残る刀使たちに微かな勇気を与えていた。

 満身創痍の状態から、なけなしの力を振り絞り、彼女たちは最期の時になるかもしれない…………その寸前まで戦おうと決めた。

 

 

 

 視線を前に戻すと、荒魂たちの波は僅か50m付近にまで近づいていた。

 早苗は全身に怖気が走る。こんなにも禍々しい光景は初めてだ。だが、それでも尚踏みとどまる理由は、ある。

 「やらなきゃ……」と、深呼吸する。

 周囲の風景はまさに、地獄だった。

 高層ビルの硝子は荒魂たちの行進によって壊れ、バリィンと甲高い音を鳴らす。まるで地獄のファンファーレのようだった。パラパラと煌めく硝子破片たちは微妙な気流にのって舞い散る。

 

「…………え?」

 そんな中、早苗は目を疑った。

 荒魂たちと殿軍を担う早苗たち刀使の混成部隊の間に、小さな人影があった。

 その人影は丁度、荒魂と刀使の中間地点に位置しており、ゆっくりとした歩調でメインストリートの車道を横断していた。

(まさか、逃げ遅れた民間人!?)

 早苗に衝撃が走った。

 まだ逃げ遅れた人が居たのだ! 

「皆、ここはお願い!」

 周りの刀使たちに言い残した早苗は、咄嗟に隊列から飛び出した。

『えっ、ま、待って!』

『岩倉さん、危ない――』

 制止する者の声も聴かず、そのまま迅移によって加速した早苗はすぐに逃げ遅れたであろう人物のもとまで到着した。

 

 

「だ、大丈夫ですかお爺さん?」

 早苗は息を切らしながら、道路をゆっくり横断する老人に声をかけた。

 彼は目が見えておらず、右手に持った青竹を白杖代わりに使っていた。汚い着物姿で、大きく腰を曲げ、背中には大きな琵琶を担いでいた。

「お嬢ちゃん、アンタ……刀使かい?」

「えっ?」

 唐突な質問に驚きの声をあげた。

「はい、そうです。お爺さん、いいですか? 荒魂がもうすぐ近くまで来ていますからわたしと一緒に逃げましょう」優しく諭すように言った。

 盲目の老人ならば避難が遅れたのも納得できる。早苗は、一人合点し、老人の手を握ろうとした。

――しかし、老人は早苗の手を優しく拒み、禿頭を左手で撫でる。

 白く濁った両目で早苗と顔を合わせ、ニッ、と笑顔を見せた。

「優しいお嬢ちゃんこそここから逃げなさい。そのために、この老骨はここに来たんだ」

 孫娘に言い含めるように盲目の老人が言う。

 「ど、どういう事ですか!? 自殺するつもりですか? だめです! お願いだから一緒に――」

 老人はニヒヒ、と人の悪い笑い声をあげた。

 「いいかい、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんみたいな可愛らしい娘に心配されるのは嬉しいがね、申し訳ないが足手纏いになっちまうんだ――」

 

 

 

 まるでタイミングでも見計らったように、空を遊弋していた飛行型の荒魂が数体、老人と早苗を目掛けて殺到した。

 

 ――まずい、と早苗は本能で察知した。

 一体でも厄介な飛行型の荒魂を数体相手にする……しかも老人を守りながら、戦えるだろうか? 一瞬だけ不吉な想像も頭を過った。

 「早く逃げて下さい」必死に懇願した。

 とにかく、老人一人でも守らねば…………早苗は死を覚悟した。

 

 チン、と涼やかな金属の音が聞こえた。

 

 次の瞬間、襲い掛かってきた飛行型の荒魂の首が美しく切断されていた。

 早苗は己の目を疑った。

「えっ、なに……?」

 まったく現実感の無い光景が拡がっていた。

 ドスン、ドスン、という重量感のある響きが肚を震わせる。首のない胴体たちが地面へと転がる。

 再び、チン、と音が鳴る。

 目線を老人に移すと、彼は琵琶の長い首を握っていた。

 「仕込み刀?」

 まさか、と自分の呟きを否定する早苗。

 この老人が今の早業を行ったのだろうか? あり得ない。普通の人間はおろか、刀使ですら荒魂の単独撃破には相当な技量を必要とする。だのに、この老人は目にも止まらぬ速さでやってのけた事になる。 

 「お嬢ちゃん、いい子だ。…………向こうに居るお嬢ちゃんたちを纏めて逃げる準備はいいかい?」

 聞き分けの無い子供に言うように、老人は語り掛ける。

 早苗は不思議と彼の言葉に素直に従う方が良いと直感で理解した。

 「はい。でも、あの……」

 死なないで、と言おうとして老人は少女の言葉を察したように「ニヒヒ」と笑う。

早苗の頭を、枯れた手で柔らかく撫で、

 「いい子だ。……だが、この老骨は残念だが今まで簡単に死ぬなんて出来なかったからこうして生きてるんだ」自信と哀愁の漂う口調で言い切った。

 それから皺くちゃにした表情で、逃げるよう促す老人。

 

 

 「それに、この不始末にこの老骨も責任がある。出来の悪い教え子を持つと、ソイツの尻ぬぐいしなきゃならんのは――爺の役目かもしらんがな」

 皮肉っぽい口調で老人は言った。

 「教え子、ですか……」不安そうに早苗は疑問を口にした。

 

 「――アア、百鬼丸という馬鹿者でなァ」

 言いながら、琵琶から仕込み刀を振り抜き、白刃を煌めかせる。

 「アヤツの不始末は、弟子の不始末のようなもんでなァ…………ニヒヒ」

 意地悪く笑った老人は、迫りくる荒魂の行進に立ちふさがるように真正面から対峙し、何も気負うことなく、ひとり佇む。

 「さ、可愛らしいお嬢ちゃん。お帰りの時間だ。ここからは大人の時間だ」

 小柄な老人は、手首を器用にクルクルと回転させ、異形の怪物たちに舌なめずりをした。

 汚れた着物の袖がふわり、ふわり、と風に靡く。

 着物は複雑な皺の模様を描きながら風に波紋を広げる。

「ゴミ掃除だ」

 

 

 

 

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