……白刃が、襲い掛かる。
明確な攻撃の意志を持った軌道は、百鬼丸の胴体の中心を狙う。
(――やはり、最初は姫和か)
攻撃を躱しながら、小烏丸の肉厚な刃を冷静に眺める。
「……ッ、どうして笑っているッ!!! 真剣に戦えッ!!」姫和が緋色の瞳に強い光を湛え、思い切り怒鳴った。
姫和の当初の目的は大荒魂の討伐だった。それは姫和の母、篝の宿願でもあった。そして今、大荒魂と化した百鬼丸を討つことに間違いはない筈だ。
「そうだな」
憎むべき対象となった百鬼丸は頷く。純白の長髪を外気に漂わせながら、彼女の怒りは正当だ、と一人納得する。
しかし、想像していた以上に刀使と戦う事に悲壮感も絶望も感じなかった。そう、まるで――
(初めから運命で決まっていたみたいだ……)
姫和の初撃を回避した百鬼丸は、他の五人を横目で窺う。
彼女たちは散開し、一人の少年を包囲するように円陣を組み、死角からの攻撃をするようだった。
(――それでいい)
タギツヒメと一体化した百鬼丸は最早、世界を滅ぼすだけの存在となり果てていた。
唯一、荒魂を祓うことができる剣薙の巫女『刀使』が、己(百鬼丸)から世界を救う。
これ以上に正しく、疑う余地のない事実に百鬼丸は、清々しさすら感じていた。
『きぇええええええ!!!』
猿叫が、聞こえた。
祢々切丸の巨大な刀身が頭上から襲い掛かる。
「次は薫、か」
お前らしいな、と口元が綻ぶ。荒魂との共生を目指した一族の少女。だが、一方で人に危害を与える存在を『祓う』ことに躊躇しない強さ。そんな思いの籠った一撃だった。
百鬼丸は素早い足取りで再度ステップを踏む。
巨大な刀身は地面を激しく穿つ。
……――ずっと、ずっとクソタレな世界だと思っていた。生きているだけで苦しく、楽しみもない世界だと思っていた。早くこんな世界は滅べば良いとすら思っていた。他人を呪っていたことも、一度や二度じゃない。
どうやったって、人間同士は分かり合えない。争いを辞める方法だってない。
(だけど、お前らと出会えた事だけは、間違いじゃないよな)
ヴォン、と空を切る鋭い音。
薫の一撃を避けた直後、間髪を入れずエレンが斬撃を繰り出した。
「アイツとのコンビネーションは完璧だな」
百鬼丸は寸前のところでエレンの刃から遁れた。
円陣の唯一の逃げ道である誰もいない空間へと百鬼丸は体を動かす――その刹那。
「はぁっ!!」
一瞬の閃光に似た煌めきが、百鬼丸へと撃ち放たれる。
「ぐっ、やっぱりこんな攻撃を――計算したんだな」
百鬼丸は咄嗟に剣で不意打ちを防いだ。
舞衣が、翡翠の瞳を少年に向ける。
居合の型で一撃を打ち放った後の姿勢で、二撃目を構える瞬間だった。
円陣を組んだタイミングから、咄嗟の機転で長船の二人が攻撃を繰り出して撃ち漏らした相手を確実に仕留める作戦だったのだろう。
(つくづくこーえな)
内心で苦笑いを漏らし、つま先で地面を軽く蹴って間合いを広げる。
「……百鬼丸、戻ってきて」
着地すると、視界の端から袈裟斬の軌跡が見える。
「次はお前か――」
紫紺の瞳は百鬼丸の像を映す。糸見沙耶香が、寂し気な表情を浮かべながら斬撃を放った。
思い返せば、一番変化した少女なのかも知れない。
人形のように、ただ人の命令にだけ従い生きてきた沙耶香。彼女は今、明確な意志のもとで御刀を振るっていた。
沙耶香の刃を左手の刀で弾き返した百鬼丸。
次の攻撃がくる前に、少年の体は再び僅かな空間を求めて、体を移動させた。
――しかし。
死角から体を滑り込ませたのは他でもない、衛藤可奈美……百鬼丸の剣の師匠だった。
彼女の栗色の髪がフワッ、と一瞬宙に浮き、下から潜り込むように百鬼丸の前へ闖入し、御刀《千鳥》の切先を撃ち出す。
ザッ、と左肩の上部を浅く削った。
「やっぱり、このおれへ最初にダメージを与えるのは師匠だよな」
上半身を捻って、喰い込みそうな刃から遁れ、可奈美へ二つの剣撃を振るう。
琥珀色の瞳が機敏に動き、まるで事前に予期していたように、二つの刃を避け、視界の死角へと立つ。
心なしか、剣の柄を握る可奈美の手は、迷いを振り払うように手の力が強くなった気がした。
しかし、息をつく暇はない。
ヴォン、と右わき腹を激痛が襲った。
灼けるような痛み。
百鬼丸は視線を下に向けると、御刀《小烏丸》の刀身がわき腹を浅く貫いていた。
「……へへ、いい突だな」
強がるように百鬼丸は顔を歪めて、肩越しに姫和を見返す。
険しい筈の姫和の表情には、小さく戸惑いで曇っていた。
百鬼丸はふーっ、と呼気を整え、周囲の少女たちに向かって叫ぶ。
「その調子でおれを切り刻め!!」
――もう時間の猶予がないんだ、そう言いたくなるほど百鬼丸は切迫した気持ちを押さえて、刀使の少女たちへ戦闘を促す。