刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第254話

 ……なんで、どうしてお前は抗わないんだよ!

 そんなに物分かりよく、お前は斬り刻まれたいのかよ? ふざけんな!

 

 益子薫は、両手で掴んだ巨大な御刀――《祢々切丸》を左上段に構え、白い影と化した少年を睨み続けた。

 「くそ馬鹿やろうっ……」

 下唇を噛みしめ、己の無力さに悔しさが募った。

 確かに、荒魂と共生を目指す益子家の者として、世界崩壊を招く百鬼丸の存在は排除せねばならない。彼の論理は全て正しく、だから苛立つ。

 (だからってな、お前が消えて誰も悲しまないワケじゃねーんだぞ)

 薫は危うく、そう叫びそうになった。だが、理性がそれを押しとどめた。

 今、己の正直な言葉を吐露すれば、きっと気分はスッキリするだろう。だけども、世界の崩壊は防げない。

 目前では、まるで剣舞の如く、可奈美と姫和の攻撃を防ぐ百鬼丸の姿があった。最早、あの三人の剣戟に近寄る事が不可能になっていた。

 百鬼丸は、己の中に封印したタギツヒメの膨大な力を抑えながら、ワザと少女たちの攻撃を受けている。……自身を弱らせ、その上で隠世に行くつもりらしい。

 肩先と脇腹の傷から、橙色の粘着質な液体が溢れていた。

 彼が動くたびに、その飛沫が周囲の地面に飛び散る。

 可奈美も姫和も傷つく仲間へ刃を向けることに躊躇していない筈がないのだ。その証拠に二人とも、辛さを堪えるような悲痛な表情を必死で隠していた。

 

 ……それなのに。

 

 (どうして、お前だけはそんなに清々しい顔できるんだよ!)

 薫は、まるで、己の死が救いであるかの様に百鬼丸がニコニコと笑っている事に腹が立っていた。

 ムカつく、ムカツク、むかつくッ――――

 

 ぜんぶ、全部、世界の不幸が自分のモノだって言いたげなあの顔がムカつく!!

 桃色のツインテールを結ぶ黒いリボンを靡かせ、薫は口を真一文字に結び覚悟を決めた。

「おいっ、百鬼丸!! 覚悟しろっ、きぇええええええ!!」

 黒ローファーを鳴らし、渾身の一撃をキメるために飛び出した。六人の中で一番小柄な薫が、一番大きな御刀を百鬼丸目掛けて振り下ろす。

 刀使の家に生まれた者の宿命として――覚悟と信念をもって、今まで荒魂と向かいあってきた。

 ねねみたいに、長い時間をかけて「友達」になれる奴だっている。

 そう、荒魂は絶対に討滅すべき対象ではないことを知っている。人と必ず分かり合える存在である――それと同時に、世の中に害をなす荒魂を討つ覚悟も持たねばならない。

 

 

 薬丸自顕流独特の叫びで、渾身の一撃を百鬼丸へ叩きつける。可奈美と姫和は咄嗟に、バックステップを踏み距離をとる。

 迫る刀の影を感じながら百鬼丸は、

 「……へっ、」自嘲気味に笑いを零す。

 落ち着き払ったその表情は、今まで決定的な一打を待っていたかの様だった。

 巨大な鋼鉄の塊は、断頭台の刃の如く百鬼丸の左腕を遠慮なく吹き飛ばす。宙に舞った百鬼丸の左腕は刀を握ったまま高く回転しながら橙色の液体を撒き散らす。

 ぐっ、と強く歯噛みしながら薫は俯く。

「馬鹿野郎、絶対に許さねーからな」

 骨と肉をすり潰した気持ち悪い感触が掌に感じられる。

 それ以上に、これまで苦難の旅をしてきた友の腕を斬り飛ばした罪悪感と、悲しさが一気に押し寄せた。

 「ああ、そうか。ありがとうな」

 少年は、神様になった百鬼丸は優しい声音で感謝の言葉を述べる。

 (一番聞きたくない言葉だよ)

 キッ、と睨みつけるように薫は少年の方を見た。

 「……くっ、馬鹿野郎がぁよぉ」無意識に震えた声。

 それ以外に薫は言葉に出来なかった。

 百鬼丸は純粋な、他意の無い微笑みを浮かべている。

 「――――今だ、畳みかけろ!!」

 薫が、腹の底から怒鳴る。

 

 

 ◇

「うん!」「ハイ!」

 それを合図に、弾かれたようにエレンと舞衣が飛び出す。

 可奈美と姫和の体力を回復させる瞬間が必要と判断し、抜刀した。

 エレンの御刀《越前康継》と舞衣の《孫六兼元》の白刃が煌めく。

 一太刀は、右肩の上を斬り、もう一撃は右足に迷う事なく斬りつけた。深く刃を入れた影響で、骨の部分まで削ったらしい。鈍い感触が柄越しに伝わる。

 「「――――っ」」

 刀使のふたりは、言葉にできない苦いモノが込み上げるのを感じた。

 写シではない、筋肉繊維を一本一本、断ち切る生々しい手応え。

 「グッ」と痛みを喉の奥で堪える百鬼丸はしかし、苦悶に歪む表情から無理やり破顔してみせた。

「――それでいい、お前たちが斬ったのは人間じゃない……化け物だ」

 バキッ、と間髪を入れず金色に輝く拳が百鬼丸の顔面に叩きつけられた。

 目を丸くして、拳の主を見る。

 エレンは眉間に深い皺を刻み、怒りの眼差しを向けていた。

「まるまるは化け物じゃありマセン。――……友達デス」

 青い目の端に微かに涙を浮かべる。

 驚いたような顔をした百鬼丸は、小さく頷く。「……そうか」そう呟いた。

 「そうです……百鬼丸さんは、ずっとわたし達の仲間なんです」舞衣も、翡翠の美しい瞳で見返す。「妹たちも、貴方のこと大好きなんですよ」

 幼い妹たちと戯れていた少年へ、文句のような口調で言い放つ。

 「……そっか、悪いな。全部忘れてくれ。でも、ありがとうな。おれも大好きだったぜ」

 最後まで悪役に徹しきれない少年は、不思議と感謝の言葉しか言えなかった。

 深々と貫いた刃を思い切り引き抜き、エレンと舞衣はその場をすぐに離脱する。

 その反動で、百鬼丸は左側から体が崩れかけた。

 

 すかさず、一つの小柄な影が飛びこむ。

 「…………百鬼丸、百鬼丸は私たちが祓う」

 紫紺の瞳を逸らさず、沙耶香が真横に一文字、剣閃を迸らせる。

 分厚い筋肉の胸板に傷跡が描かれた。

 前かがみの姿勢のまま色素の薄い髪を、思わず少年の右肩に押し当てる。

 「……百鬼丸、消えないで」

 矛盾した一言だった。剣を振るい、百鬼丸を斬りながら、それでも少年に消えて欲しくないと思ってしまう。

 未だ整理のつかない心情の中、沙耶香は共に逃亡した時の弱り切った少年の孤独な影を思い出していた。

 額越しに感じる百鬼丸の温もり。

 もっと、喋りたいことがあった筈なのに、口下手でどう言っていいのか分からない。

 沙耶香は頭をあげて、少年を視界に映した。

 「――よくやったな。これでお別れだ」

 「……ッ、いやだ、百鬼丸っ、いやだ」沙耶香は、柄にもなく子どもみたいに駄々をこねた。

 もう、この少年を一人にしたくないと思った。

 『百鬼丸から離れろ!!』

 凛とした声が聞こえる。

 剣士の性質として、反射的に沙耶香は機敏に少年から離脱した。

 

 背後から声を放った人物……十条姫和は、切り揃えた前髪に重なる緋色の瞳を、百鬼丸に合わせる。

 

 

 「最後は私たちが終わらせる」

 

 すくっ、と姫和の傍で立ち上がった少女、衛藤可奈美も剣先を百鬼丸に向け、無言で頷く。

 「終わりにしよう」

 




『サヨナラだけが人生だ』(――引用、井伏鱒二『厄除け詩集』より)
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