刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第255話

  (その状態が続くのは辛いのだろう…………)

 一之太刀の構えをとりながら、姫和は切り揃えられた前髪に重なる目で百鬼丸を窺う。

 彼は、次々と御刀による攻撃を受けてボロボロの状態だった。――己の内に封じたタギツヒメが再び復活しないようある程度、自身(百鬼丸)にダメージを負わせてから『隠世』へゆく計画らしい。

 

 ――神を己の身に宿す

 

 それがどれだけの苦痛を伴うか――少なくとも、折神紫と姫和だけは理解できる。

 体の奥底から溢れる膨大過ぎるエネルギー。脳内が処理できない程の情報でパンクする感覚。

 (今思い出すだけでも気持ちが悪い)

――姫和は同じ苦痛を味わった者として、百鬼丸の事がよく分かる。

 (いま楽にしてやる)

 《小烏丸》の剣先を少年の胴体中心に合わせて力を溜める。

 体表を守る仄かに白い《写シ》の膜が七色に輝く。

 

――――たとえ、この身が消えようとも使命を果たす。

 

 先鋭化する意識の中、不思議と穏やかな気持ちで姫和が少年を見返した。刀傷でボロボロになった少年の表情は、どこか晴れやかだった。

 この世に生まれ落ちた時から抱えてきた全ての「業」を背負った彼は、その重たい荷物から開放される時がきた……まるで、そう言いたげだった。

 

 《神》となった少年の橙色の瞳が、偶然にも姫和の視線と絡む。

 「――――っ」

 姫和は、自身の中で言葉にできない感情の動揺を感じた。

 ふーっ、と長い黒髪を靡かせた少女は不意に訪れた迷いを振り払うように奥歯を噛みしめる。

 「……百鬼丸、お前も感じているんだろう。ノロが抱える根源的な深い孤独に。人は子をなして連綿と宿命や性質を連綿と受け継ぐ。――だが、ノロは違う。時間の環から外れた存在だ」

 言葉を紡ぎながら、姫和は足摺をして奥義を発動するタイミングを窺う。

 可奈美もそれを察知したのか、姫和の邪魔をさせないよう正眼に御刀を構え直し、周囲を警戒する。

 「タギツヒメも聞いているんだろう? 女神たちもまた時間を超越した存在……ゆえに、時間を畏れない。真に恐れているのは御刀だ。御刀で知性が無くなるほど切り刻まれてしまえば、仮に別のノロと融合しても元のタギツヒメでもノロでもない。別のナニカだ。命ある存在で言えば『死』にも等しい。――その死の概念がありながら、時間の環から外れている。その孤独を癒せないと知っていながら……暴れていたんだ」

 

 

滔々と語る姫和の声に耳を傾けながら、百鬼丸は頷いた。

「そうだ。おれも今、タギツヒメたちと融合して気付いたんだ。コイツらは、本当は寂しかったんだ。だけど、その孤独を埋める方法はない――姫和の言う通りだよ。おれはコイツらを憎んできた。だから、強くなる事ができた。……でも、知っちまったんだよ。コイツラの〝気持ち〟も。――へっ、おれの胸の中でタギツヒメさんが言ってらぁ、『お前たち刀使はその荒魂を斬り刻んできたんだろ?』って」

 皮肉っぽく口端を曲げて、呆れたようにいう百鬼丸。肩を竦めてヤレヤレ、とでも言いたげだった。

 姫和は、思わず苦笑いを零しそうになった。――誰にも内心を悟られないよう、俯いて再び口を開く。

「そう。私たちにできることは斬り祓うことだけだ」

全ての準備が整った。

 十条姫和は意志を決する。

 ――――この瞬間を待っていた。

 

 「受け取れ、百鬼丸!! これが私の一之太刀だッ!!!」

 青白いスパークの細い線が無数に外気に迸る。一瞬だけ、隣に立っていた可奈美の網膜を真っ白に染め上げた。

 刀使のみが使える高速移動の《迅移》

その最高クラスである五段階目の迅移を発動したのだ。

 「――えっ!?」可奈美は呆気にとられた。

 当初の作戦と違うことに驚き、思わず素っ頓狂な声をあげた。

 姫和とふたりで攻撃する手筈だったが、姫和は直前になって予定を裏切られた――いや、正確に言えば、初めから姫和はこうするつもりだったらしい。

 彼女が加速する間際に「可奈美、あとの事は頼む」と言い残し、すぐさま姿を消した。

 

 

 ◇

 ドスッ、と質量のある突きを胸の中心に感じた。

 胴体を貫く太い刀身。両刃の特徴的な御刀。

 百鬼丸はすぐさま、それが姫和の一撃だと気付いた。まったく姿形が見えなかった。神の目を持ってしても、捉えきることが出来ない速度……。

 身体が凄まじい勢いで加速している。百鬼丸は、周囲が真っ暗な闇に覆われ、虹色の光線の束が肉体を透過するオカシな感覚に全身が包まれた。

「これから先、お前は時間と空間の定まりもない次元の最奥の狭間へと追いやる。永遠の牢獄だ」

「――ああ、そうだな。助かったよ。そろそろ刀を離せ。今ならまだ間に合う。御刀を引き抜いて逆方向に加速すれば今ならまだ間に合う。元の世界に戻れるんだ。な、急いで――」

「黙れっ!!」

 短く、鋭く叱責する姫和。

 彼女は百鬼丸の胸板に右半身と額を当てながら、濡羽色の髪間から緋色の目を百鬼丸に合わせる。

「お前、ふざけんなよ!! 戻れなくなっちまんだよ! 可奈美たちは? 他の奴らはどうする? お前が消えちまって悲しむ奴が多くいるだろうがっ! お前がこんな事なんてしなくていいんだよ! 馬鹿なのか!」

「うるさい! 馬鹿はお前の方だ! 何を一人で恰好つけている! 全部自分で背負えば全て解決するとでも思ったのか! 愚か者め。だからお前が嫌いなんだ……私と似ているお前が大嫌いだ!」

「ああそうかよ、だったら、早くおれから離れろ、今すぐにだ!」

「――いいか、お前が今から行くのは本当の永遠の牢獄だ!」

「ああ分かってるよ、だからなんだよ」

「きっと退屈で死にたくなるだろうな」

「……嫌味かお前は」

百鬼丸は思わず、普段言い合うような口調になった。

「ふっ、くくくく」

少年に寄りかかった格好の長い黒髪の少女は、肩を震わせ笑った。

「――懐かしいな。こんな言い合い。ああ、嫌味だ。喜べ。――そしてお前に伝えたい事があるんだ」

「馬鹿、早くしろ、もう時間ないんだぞ! 逃げろって!」

「――――なぁ、百鬼丸。私もお前と共にその永遠の牢獄へ行く。正直、タギツヒメたち女神だけを封じるのに身を捧げる事に躊躇はあった……でも、今は違う。お前がいる」

「馬鹿か、なに寝ぼけた事いってんだよ、頼むからお前を巻き込みたくないんだ!」

 まるで百鬼丸の訴えなんて聞こえていないように、姫和は顔を上げて少年の頬まで顔を近寄せる。

「……一度しか言わないから、よく聞くんだ馬鹿者。お前と一緒ならば、私は永遠の牢獄も永遠の世界も怖くない。なにせ、お前みたいな馬鹿者と一緒だからな――退屈なんてしない」

 言い終わってから姫和は、美しく切り揃えられた前髪を揺らして百鬼丸の頬を擽る。

 「私も一緒にお前と隠世の深部まで行く」断固とした決意を述べた姫和は微笑を浮かべていた。

 「は!?」

 少女の決意に、間の抜けた声が洩れた。

 


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