刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第257話

全身を貫く激しい痛みに耐えながら、百鬼丸は五感が次第に薄れゆく感覚を覚えた。

指先が動かない。

(やべぇな……。)

全身の末端が、氷のように凍結するようだ。体が飛び散るような激痛に歯を食いしばる。

隠世に送る――――次元時空の狭間を通り抜けるように、高速で全てが通り過ぎる。

現世を離れ、どれほどの時間が経過したのだろう?

つい、数秒前だろうか。それとも数日前だろうか。時間の概念すら危うい。

百鬼丸は、意識が薄れゆくのを強い意志で繋ぎ留め、可奈美と姫和を助ける方法を必死で考える。

 

(こいつらだけでも、現世に帰る方法がねーのか)

自分はともかく、彼女たちまで永遠の牢獄に囚われる必要はない。百鬼丸は考え込む。

――――と。

己の胴体を貫く刃の共振が強くなるのを感じていた。

まるで、何者かと惹かれ合うように御刀《小烏丸》が震えた。

……――どういう事だ?

 疑念が少年の頭を過る。

 目前を見ると、姫和も可奈美も御刀の共振が強くなることに驚愕している様子だった。

『百鬼丸くん、ここは深層までいく方が得策だぞ』

 胸の奥に住み着いた人格、レイリー・ブラッド・ジョーが助言した。

(んだ、テメェ急に)

『まぁ、そう怒るな。その前に――君の体内に宿した女神たちと君を分離する必要がある。深層に到着する寸前に彼女たちを蹴り飛ばして刀を引き抜くんだ』

(そんな単純な方法でイケるのか? タギツヒメたちもおれ達の会話聞いてるだろ?)

 愉快そうに一笑に付すジョー。

『なーに、ここまで隠世の奥まで運ばれれば彼女たちも今更どうしようもない。君の中に居る意味もないからね』

(…………。)

 確かにその通りかも知れない。

 納得した百鬼丸は、ふたりの少女を改めて凝視する。

 半身を百鬼丸の胴体に密着させ、鞏固な意志を示す姫和。その少女に寄り添うように、姫和の腕に優しく手を重ねる可奈美。

 

 自分(百鬼丸)と、隠世の深層まで付き合ってくれると言った少女たちの言葉が鼓膜に甦る。――嬉しくないワケがない。

 ……――おれはもう満足したんだ。

 内心で呟く。

 百鬼丸は《小烏丸》の鍔に手をかける。

 グッ、と腹部に力を入れながら、数センチ動かす。血の代わりにノロが粘つきながら細長い傷口から溢れ出た。ゴボッ、と指間を細い糸のように垂れた。

 激痛に表情を歪め、百鬼丸は無理やり強張った笑みを浮かべる。

 突然の行動に、姫和の身が硬直している。仲間の胴体を貫くだけでも相当の勇気と覚悟が必要だった筈だ。だから、こうして相手が刃を押し返す動作にどう対応すれば良いか分からない様子だった。

 「ここまで付き合ってくれて、悪かったな」

 「何を言っている?」怪訝に眉を顰める姫和。

 「どうしたの?」気にかけるように訊ねる可奈美。 

 そんな彼女たちの反応を半ば予期していた百鬼丸は、安堵すら感じていた。

 残る力を振り絞り、胴体と刃に隙間が出来た部分を更に広げるために掌底で鍔を押し出し、最後は足裏で鍔を無理やり押し返した。

 ――その瞬間。

 ボゥ、と傷口から膨大な焔が巻き上がったような気がした。

 人の形を模した焔が百鬼丸の傷口から生まれ、一瞬にして視界を真っ白に染め上げるようだった。

 

 膨大な情報や力が一気に抜けた反動で、百鬼丸の内部から急速に力の衰えのようなモノを感じた。圧倒的な力を抑えていた反動だろう。急速な脱力感が少年を容赦なく襲う。

 

 迅移の高速移動から切り離された百鬼丸は、錐揉みするように隠世の深層まで落ちていく。

 

 ……――結局、おれは何のために生まれたんだろうな。

 

 離れ離れになる刀使たちの滲んだ輪郭を眺めながら、そう思った。苦しい事ならばいくらでも思い出すことが出来る。自分が生まれたことで、引き起こされた問題だってあった。

 

(ま、どーでもいいか。そんなこと)

 感覚が喪失していく腕を上げて、少女たちに親指を立てる。

 生まれた意味は分からないが、それでも彼女たちと出会えた事だけには、クソタレな運命様にも感謝してやってもいい。

 彼女たちが口々に何かを叫んでいるが、上手く聞こえない。きっと、怒っているだろう。

 ――悪いな

 本当ならば、色々と謝りたいことがあるのに、今はうまく言葉にできない。もっと、相手の事を考えられたら良かったんだろうか…………

 パチン、と鋏で切られたように意識が途切れる。

 

 ――……おれの役割は終わった。

 

 妙な満足感が百鬼丸を満たしていった。

 

 

 ◇

気が付くと、見知らぬ広大な空間に立っていた。

周囲に目線を巡らせても、濃いミルクと溶かし込んだような霧が立ち込めるだけ。

左右も分からないまま、少年はズタボロの体を引き摺りながら、歩き出した。

刀傷からの流血は止まっており、意外な事に胴体の中央に穿たれた刀の穴も塞がっていた。

白っぽく変色した胸板の皮膚を左義手の指でなぞり、首をひねる。

「これって、どういうことだ?」

(それは、タギツヒメが排出された影響さ。膨大な焔の化身となった彼女が外部に出た瞬間の炎で、止血されたんだろうね。ついでに皮膚の癒着か。)

冷静な説明に少年は不機嫌にハナを鳴らす。

ああそうかよ、と吐き捨てて歩き出した。

 

 

 

どれほど移動しただろう?

その感覚すら分からなくなった頃――突如、霧が晴れて視界が開けた。左右に分かれた霧が目前に一筋の道筋をつくる。

その先には、古めかしい階段があった。

細く長い石階段が上へ向かって延びている。階段のゆく先は濃霧のような気流が視界を遮り、うまく周囲を視認することが出来ない。

階段の方まで行くと、石段の間に青苔が点々と生え、荒く削られた石の表面と共に古さを感じさせた。

一歩、少年が足を伸ばして階段を上っていく。

素足ではあるが、足裏に伝う温度は一切感じられない。

怪訝に思いつつ、片足を引き摺りながら無心で階段の終着点を目指す。

「ふぅ」と、疲れてもないのに溜息をついた。

「あなたは誰、ですか?」

凛とした涼やかな女性の声が聞こえる。目を凝らすと、階段の半ばに誰かが立っていた。朧げな人影は、黒鉛を滲ませたような輪郭で、正確な容姿まで確認できない。

思わず身を固くした少年は、腰を低く落として警戒する。あいにく、頼みの綱だった筈の加速装置もクラッシュ状態だ。

しかも、ぶきであるはずの御刀も、分離した際に女神たちから奪われている。下手に戦えば、満身創痍の状態も相まって負ける可能性が高い。慎重に発言に気を付けるように、少年は無理やり口元に微笑を浮かべる。

「お、おれは――本当の名前なんてない。だが、あんたに教えるんなら一つ。荒魂退治の百鬼丸だ」

言いながら、気恥ずかしくなって顔を逸らす。

……沈黙。

長い沈黙がふたりの間に落ちた。

「ふっ、ふふふ。変な人ですね」

険のとれた口調に代わっていた。

「荒魂を退治するって君が?」

 本当にできるの、とまで言わなかった。彼女なりの優しさだろう。

その態度に不服な少年は口をへの字に曲げて再び前を向く。

「そういうあんたは誰なんだ?」

「私? 私は……柊篝」

 名乗った瞬間、それまで輪郭を滲ませた蔭の蟠りが一斉に溶け、女性の姿を見せた。

旧鎌府高校の制服を身にまとった女学生。

濡羽色の美しい髪を、どこからか吹く微風に靡かせていた。特長的なのは、整った顔立ちに生真面目そうな表情。そして、緋色の瞳。

「ひより? ひよりなのか?」

少年は、無意識に口走っていた。

「ひより? ひよりって……」

どことなく、面影のある雰囲気や佇まいに惑わされ、少年は混乱していた。

(ん、いや違う。よく見ると全然違うわ)

少年は腕で目をゴシゴシこすって、改めて篝を眺める。

黒を基調とした制服の上着――特に胸部の部分には、大変豊かなふくらみが確認できた。

「ああ、ごめん。普通に人違いだったわ」

少年の下品な視線に、思わず篝は棟前を隠して赤面する。

「ちょ、ちょっと! どこみて判断してるんですか!?」

なんとも、杓子定規的な堅物感あふれる言い回しに、少年は懐かしさすら覚えた。

ギャーギャーと抗議する篝をよそに、少年は肩をすくめて笑う。

「そっか、あんたが姫和のかーちゃんなんだな」

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