『姫和ちゃーん!』
真っ暗な空間に響く少女の声。
衛藤可奈美は、《迅移》によってタギツヒメを憑依させた少年、百鬼丸を隠世の深層まで追放した。無論、可奈美だけでなく、十条姫和という少女と共に……。
この時間・空間から切り離された延々と地平の果てまで続く暗闇は、さながら『永遠』という名の牢獄の如くである。
「どれくらい経ったのかな……」
可奈美は思わず、呟く。
隠世に百鬼丸を追放し終える間際、百鬼丸は可奈美たちを蹴り飛ばして行方をくらませた。
結果、姫和とも別れてしまい現在に至る。
もう、長い間歩き続けているようにも思えるし、つい数分前だった気もする。今の可奈美は、時間の概念が曖昧になっていた。
…………と。
キィィン、と御刀《千鳥》から共鳴音が鞘を通して伝う。
「えっ?」
不意の出来事に面を喰らった可奈美は、改めて鮮やかな紅塗りの鞘を眺める。
(まるで、行先を示してるみたい……)
御刀を目前に掲げると、共振の強弱がある事が解った。
恐らく、この共振の強い方角に何かがあるに違いない――可奈美は直感した。
「……うん、分かったよ」
優しい声音で可奈美は同意する。
きっと、この御刀の示す道に何かがある……だから、迷わず行くと決めた可奈美は、強い意志を持った足取りで進んでいった。
◇
まるで、暗黒の森林を分け入るような気持ちで可奈美は歩く。
いつの間にか、頭上には青く輝く無数の星々が冷たい光を放ちながら、暗闇の空を飾り立てる。
尚も進んで行くと、地平の果てから軒先を連ねた民家が視界に捉えられた。
「うそ、どうして……?」
その集合住宅の風景は、可奈美が見慣れた実家のある区画であった。
ここは隠世であって、現実世界ではないハズ……可奈美は戸惑い、足を止めた。もしかして、現実世界に帰ってきたのだろうか?
しかし、それにしては人気がなさ過ぎる。
それに、上手くは表現できないが、ここは現実世界を似せて作った別の場所――そんな直感が可奈美の胸を過る。
とにかく、ここが現世か確かめるべきだ。
そう決心した可奈美は、再び足を前に進む。
見慣れた家門の前に立つと、不思議な気持ちになる。
可奈美は門を軽く押すとキィィ、と金属質な音と共に敷地内へ入った。
「私の……家だよね」
半ば茫然とした口調で、可奈美は独り言ちる。
幼い頃から見慣れた茶色い外壁の2階建ての民家。余りにも完璧に再現された家は、久々に帰郷した気分に浸らせてくれた。
「なんだか変な気分……」
思わず、笑みがこぼれる。
「誰かいるかも」
何故だか、可奈美はそんな気がした。
小走りで玄関扉を開くと、靴を脱ぎ居間に向かう。
「おとーさん? おにーちゃん?」
家族を呼んでみる――――当然ながら返事などない。
「やっぱり誰もいない……」
落胆した声音の可奈美は、開け放たれた居間のガラス扉前に立ち尽くしていた。
(ここは現実世界じゃない)
一瞬、勘違いしそうだったけど、やっぱりここは違う。生活感が一切ないモデルルームみたいな空間だ。
改めてその認識が強められた。――――と。
トン、トン、トン、と背後の廊下から誰かの足音が近寄る。
可奈美は思わず背後を振り返ると、
『可奈美っ!?』
夢の中で聞き慣れていた懐かしい声が聞こえた。
「えっ……!?」
背後から姿を現したのは若き日の藤原美奈都、可奈美の母であった。
◇
「これは、私の家……なのか」
十条姫和の目前にもまた、一軒の民家が佇んでいた。
のどかな田園風景の中にポツンと鎮座する茅葺屋根の古民家は、正しく姫和の実家だった。
(まさか、あり得ない)
姫和は、理解が追い付かず首を横に振る。
百鬼丸を深層に追放するため《迅移》の最高レベルで加速し、現実世界から離れたハズ。なぜ、今、目前に実家があるのだろう?
「なんなんだ……」戸惑いながらも、自然と姫和の脚は実家の方へと向かっていた。
暗闇の中を歩き続けたあとに見る実家は、とても懐かしく、胸を焦がすほどのノスタルジーが姫和の感情を揺さぶっていた。
◇
玄関に入ると、丹念に空間の四隅を眺める。
古民家特有の経年で変色した木目や、荒い壁の表面、上がり框。何年も過ごしてきた場所だ。間違えるワケがない。
姫和は、驚きつつも、懐かしい光景にうまく言葉が出ない。
下に目線をやると、揃えられた大小一組ずつの靴を発見した。女性用の靴と、幼い子供用の靴……それは、かつて幼い姫和が外出する時に履いていた靴そのものだった。
「そうか、ここは私の記憶の中の家というワケか」
妙に納得してしまった。
どうりで、すべて自分の記憶と寸分たがわぬ光景だったワケか……姫和は一人で疑問を解決すると、靴を脱いで畳の部屋に入った。
足裏に伝う畳の感触が、幻想とは思えないほど現実的だった。
「空気も匂いも、全部本物じゃないか」
姫和は、不思議な気分になりながらも、とにかく家を探索することに決めた。
アンケは都合上、明日までにさせて頂きます。
スマヌぞよ。