刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第26話

――折神家邸

 プライベートというより政治家や財界人などが多数出入りするため、公共的な場所といえるだろう。

 折神家親衛隊とは、即ち折神紫を直属で護衛するのが主目的である。が、最強と名高い刀使の紫自身に護衛が必要という訳もなく、内実は雑務や紫の仕事の補佐が主である。

 

 夜に煌々と輝くシャンデリア。

 「キミには、今後後方での勤務を命じる」

 親衛隊第一席、獅童真希はそう冷ややかに告げた。

  どこかヴィクトリア調を思わせる室内の椅子、長机などの家具類。華麗さの中に実務性を有した執務室。親衛隊の席所有者にのみ与えられた一室である。

 椅子に腰掛け、机に両肘をついて指を組む真希。

 その執務机を前に佇む橋本双葉は反射的に、

 「な、なんでですか? 今回はお役に立てるように索敵から偽装工作も行いましたし、何か間違いでも――」

 「ええ、貴方は命令を守れなかった。ご自身で理解しているでしょう?」 

 真希の傍でワインレッドの髪先を弄ぶ此花寿々花は、つまらなそうに視線を投げかけて、追い打ちをかける。

 「我々が命じたのは、夜見と共に索敵。貴方が交戦する、そんな命令を出した覚えはありませんわ。それに緊急時は必ず近くにいる親衛隊の者に連絡。それも満足にできていない貴方には、甘すぎる処分だと思いますけど?」

 呆れとも叱責ともつかない口調。

 「……っ、で、ですが」

 真希の目が光った。

 「言い訳かい? 確かに、キミの義兄……百鬼丸と言ったかな? 色々あるのはわかる。だが、組織の中で行動する以上、身勝手な行動は他人を巻き込む。分かったか。話は以上だ」

 静かな声音で、秘めた怒りを多分に含んでいた。

 「はい……」

 下唇を強く噛んで頷く双葉。

(きっと、この人たちはわたしが弱いのを疎んじているんだ。……本当はわたしだって、強くなりたいのに……)

 悔しくて、悔しくてたまらない。もし、自分を切り刻めるんだったらそうしたい。湧いてくる様々な後悔。

 手慰みに御刀の柄を触りながら、

 「失礼しました」

 頭を下げて足早に退室した。

 

 その逃げるように走り去る哀れな双葉を見送る二人は同時に溜息をついた。

 「寿々花には嫌な役割を押し付けたね」

 真希はちらり、と隣りの寿々花に視線をやる。

 寿々花は肩をすくめながら苦笑いで応じる。

 「――いいえ、こういう役割は真希さんには似合わないでしょう? でも、双葉さんには少し言いすぎた、と思ってしまいますわね」

 「そうだな。彼女も今は力が足りない、そう自覚的だからこそ貪欲に責務をこなしている。決して無能ではない。だから、紫様も親衛隊への入隊を許可した。――だが、あの百鬼丸という男のことになると、歯止めがきかないみたいだ」

 「あら? そういえば、真希さんも一度お会いしたのではなくて?」

 苦虫を噛んだような顔で、

 「そうだ。あの男には不意打ちだが、一度敗れている。でも分かる。奴は強い」

 他人を素直に賞賛する真希――そんな珍しい光景を目の当たりにした寿々花は目を見張り、「くふっ」と吹き出した。

 「な、なにかおかしいか?」

 「いいえ。ただ、真希さんはお優しいんですのね」

 「どういう意味だ? 寿々花?」

 すっ、と目を細めて髪先を手放す。

 「今度の舞草殲滅作戦では必ず百鬼丸と対峙することになるでしょう? 兄妹での対決を回避させる心配りを忘れないお優しいお方ですのね」

 真希は椅子に身を預けて、溜息を漏らす。

 「キミは随分皮肉がうまいんだな。別にそんなつもりじゃない」

 「あら、そう――」

 物思いに耽るように、寿々花は少し俯いた。

 

 

 

 (わたしが弱いからいけなんだ……弱いから誰からも必要とされないんだ――もっと、もっと強くならないと……早く強くならいと……)

 ノロがほしい、もっと打たないと……。

 今にも泣き出しそうな熱い目頭を我慢しながら、双葉は分厚い赤絨毯の上を足早に歩く。自身の失敗と、能力不足。たった二つのことすら克服できない。握る拳が痛いくらいに力がこもる。

 と、長い廊下の向こうから人の気配がする。

 双葉は頭を上げると、燭台に似た灯りが廊下の両側に配され、その光の輪が滲む。尚も凝視すると、薄闇の奥から皐月夜見と燕結芽が並んで歩いてきていた。一方的に喋る結芽に黙って相槌をうつ夜見。

 思わず、

 「夜見さん」

 と言いながら歩く速度をあげて夜見に飛び込むように抱きついた。

 「……? どうかされましたか?」

 突然の出来事に理解できないようで、夜見は表情を変えず、しかし声を潜めてきいた。

 「あの……わたし……ひっく……ごめんなさい」

 呂律がうまく回らず、自然と嗚咽を漏らしていた。こんな筈ではなかった、と恥じれば恥じるほどに、涙は止めどなく溢れて、夜見の胸元を濡らす。

 「落ち着いて下さい」

 宥めながら、双葉の肩に手を回そうとした双葉を、憎々しげに目を眇めた結芽。抱きついた双葉の体を強引に押して夜見から引き剥がすと、その侭御刀を抜き切先を喉に突きつける。

 「ねぇ、私の夜見おねーさんを取らないでくれる?」

 壁際に追い詰めながら、結芽が吐き捨てる。まるで玩具を取られた幼児のように純粋な怒りだった。

 「あっ……ご、ごめんなさい」

 袖で鼻水と涙を拭う様子が、かつての自身と重なった結芽。彼女の心中に、まるでかつての自分に対する怨嗟でも吐くように、

 「ねぇ、知ってる? 弱いと誰も助けてくれないんだよ? 双葉ちゃんも弱いから真希おねーさんとかに怒られたんじゃないの? 弱いと誰からもいらないって、言われるんだよ?」

 嫌味っぽい口調だったが、明らかにその言葉を吐き出しながら、結芽自身も傷ついていた。

 「燕さん」

 結芽の左肩を強く掴む夜見。

 「夜見おねーさん?」

 いつもと同じ無表情の中に、潜む強い憤りの色。それは付き合いの長い結芽には分かった。大人しく御刀を収めた結芽。

 そんな二人をしゃくりを上げながら、交互に眺めた双葉は、

 「あ、あの失礼しました……」

 足早に駆け去った。

 

 そんな小さい背中を眺める夜見に、結芽が抱きつく。

 「なぜ、あんなひどい言葉を言ったのですか?」

 目を下げて嗜める。

 撫子色の髪が胸元に埋まりながら、拗ねた声で、

 「だって、双葉ちゃんはこの先も、皆と過ごす時間があるもん――私には今しかないの。夜見おねーさんとも、真希おねーさんとも、寿々花おねーさんとも、紫様とも今しか一緒にいれないんだもん」

 その言葉はどこまでも、悲しく響いていた。

 夜見は静かに小さな頭を撫でた。

 

「次に会った時には謝るべきです」

「…………うん」

 潤んだ瞳を瞬き悲しみを堪えると、顔を上げた結芽は不服なのだろうかぷくーっ、とほっぺたを膨らましていたが、小さく頷いた。

 

 

 

 

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