1
二〇時を回ったところで、村の集会所にくるよう伝えられていた。
六人と百鬼丸は点在する石灯籠の灯りを頼りに夜の畦道を歩く。
「ふぅ~、久々にイワナを食えた」
百鬼丸は満足そうに食事で出されたものを喜んだ。元来、山奥で生きてきた彼にとって山の幸は馴染み深いのだろう。
「そうか? 田舎の料理はほとんど鍋にしちまうからな。オレはまだジャンクフードの方が好きだけどな」
薫が頭の後ろに手を回しながら反駁する。
百鬼丸は「はぁ~」と目線を下に、憐れむように溜息をつく。
「いいか、今回出されたイワナはな、天然ものだ! 養殖と天然ではイワナの口先に違いが出る! まず、尖っているのが天然もの。丸いのが養殖。しかも、天然には牙みたいにギザギザの歯がみえる。身が引き締まっていて、およそ川魚とは思えないほどの旨みが凝縮されてるんだ! みょうがやすだちを添える場合もあるが、天然ものは塩だけで十分だ。いいか、イワナは雑食だがほぼ肉食にも近い。それなのに、臭みが全然ない! だが、川釣りではまず、希少で釣ることすらできない。なぜなら、人の足音が地面に伝、水面に波紋を広げる。その水面の揺らぎだけで逃げ去る。だから釣り場にきても、イワナの姿は見えない。……あと、日本昔ばなし風に根流しすっぺ、なんてやるなよ? 根流しの根は人体に害はないが、イワナのいた川の汚染をして生態系が狂うからな? あと、イワナと一緒に出てきた山菜の天ぷらも最高だったな。わらびに、ぜんまい……この季節柄だとタラの芽も最高だな! 炊き込みご飯にしてもよし、まさに山菜は万能だ! だが、あまり山奥で取りすぎるなよ? クマとか猪のテリトリーを犯したと判断されて、攻撃を受ける。なにより、奴らの貴重な糧を奪うな。あくまで少し分けて頂く、という精神が必要だ」
饒舌に山の食材について語る百鬼丸。
薫はドン引きで「お、おう。そうだな」と返事をするより他なかった。
そして薫は何となく、百鬼丸にこの話題をふらないようにしよう、という決意をさせた。
村の集会所、畳の大きな部屋にはフリードマンと折神朱音が待っていた。
「やぁ、皆待っていたよ」
フリードマンは気安く手を振って笑いかける。
「今日、君たちには二〇年前の真相を語ろうと思う」
隣りに正座した朱音はおもむろに口を開く。
あの時、あの場所で何が起こったかを……。
2
教科書で教わる「相模湾岸大厄災」とは、現在の折神紫と伍箇伝の学長五名による大荒玉の討伐――そう記されている。世間一般でも共通の認識だった。が、事実は大きく異となる。
「あれからもう二〇年の歳月が流れたのですね」
しみじみ、というよりは苦いものでも吐露するように朱音はいう。
と、突然襖が開いた。
「あっという間、だったな」
スカートスーツの上から山吹色のどてらを羽織る理知的な女性が言葉を引き継いだ。一見敏腕女弁護士か、大企業の幹部、と言われても遜色のないほどの雰囲気があった。
「紗南センセー!」
ぴょこん、とエレンが反応した。
長船女学園の学長、真庭紗南。無論彼女もあの事件に参加した刀使の一人である。
「あの日のことは昨日のことのように思い出せる」
遠い目をしながら呟いた。
紗南に目配せして、ですが――と、朱音は一旦言葉を区切る。
「ですが、大荒魂討伐から名前を抹消された二名の刀使がいました……柊篝と、藤原美奈都。つまり、十条さんと衛藤さんのお母様方です」
「なっ!?」
姫和は瞠目した。
(藤原美奈都が可奈美の母だと!?)
思わず声を荒らげて、
「なぜ言わない!」可奈美を問いただした。
少しむっ、とした様子で可奈美は、
「だって、聞かれなかったし……それに、藤原は旧姓で、今は衛藤美奈都だし……」
抗弁した。
呆れながら薫が、
「自分の母親のことだろうが。大体、刀使だったころについて何も聞かなかったのか?」
可奈美は一瞬考え込んだが、「だって、お母さんとそういう話したことなかったんだもん」と困惑ともつかぬ口調で自信なさげにいう。
「――でも、そっか。お母さんが」
母が大勢の人を救った、その事実が知れただけでも可奈美には嬉しかった。幼いころに触れ合った強くて優しい母の像と実像が一致した気がした。
舞衣が、「あれ? 可奈美ちゃんの剣の最初の師匠って……」
「うん。そうだよ。お母さんだったんだ。ちっちゃい頃から毎日しごかれてた」
懐かしそうに言い添える。
そして、本当の英雄――あの時、命を文字通り削って役割を果たした篝と美奈都に対し、何も報いることのできなかった、と悔いる紗南。
現状、二〇年前の大荒魂より力を増している。可奈美が御前試合のとき目撃したのは折神紫に憑依した、そのときの大荒魂。名を『タギツヒメ』
江ノ島から消えた巨大な荒魂は、完全には消えず、タギツヒメは奥津宮に隠れた。しかし、その事実は折神紫により隠蔽された。
その後、伍箇伝の学長に就任した「元英雄」たち。しかし、そこに二人の名前はなかった。その頃には篝も美奈都も家庭をもち、子をなしていた。
折神紫は、刀剣類管理局と特別祭祀機動隊の統制と強化を図った。さらにそこから、新技術の発達がめざましく、現在に続く礎となった。
それからほどなくして、美奈都が亡くなり、篝に連絡をしたとき、違和感を覚えた。電話口で篝が悔恨し美奈都に赦しを乞うていた。なぜ、そんなにも悲痛な様子になってしまったのか?
朱音はひとり、書庫から折神家に伝わる内容を紐解いた。
それによると、篝の命と引き換えに荒魂を隠世に引きずり込むという方法。
この方法は現実的だったのだろうか?
刀使とは、『写シ』などを御刀から隠世の層から力を引き出している。迅移とは、その隠世の層の異なる時間を移動して加速し行う技である。深層にゆけばゆくほどに加速する。
だが、加速も無制限ではない。限界値まで加速すれば、隠世の深淵にたどり着く。すると一瞬が永遠となり、時間の概念が溶ける。
時間とは不可逆であり、一定の方向にしか流れない。しかし時間がなくなれば当然外界全ての現象から切り離される。二度と人の世に戻ることはない。
この技を行える人間はひと握り……篝のみが行えた。
篝は、しかし無事にあの時の事件から生還をしている。
それは美奈都がギリギリのところで引き止めたのだった。
……では、疑問が残る。現在の折神紫自体は誰か? 結論は簡単だった。その討伐された筈の荒魂「タギツヒメ」である、と。
つまり、人に巣食う荒魂は、人の器を持った化物である。
フリードマンが、
「その協力者が《サマエル》のレイリー・ブラッド・ジョーだろうね。二〇年間動けない間に、彼はタギツヒメの協力者として裏工作や、その六年後に発生した《知性体》を統率し、組織化した。彼の目的は分からない。だが、ロクでもないことを考えているのは確かだろうね。厄介なことに、現在の彼は隠世の深淵を覗いたとしか思えない。でないと、S装備を始め、あの技術群の数々は生み出せないだろうからね」
今まで黙っていた百鬼丸は、
「厄介だな」
柱にもたれかかったままの腕組みを解き、吐き捨てる。
「――ああ、厄介だ。タギツヒメの復活の日までは、同盟関係を構築し、この社会を蝕み続けていたんだ」
同じ技術者として尊敬はする……が、それ以外に彼に対する感情は嫌悪だった。
ふと、紗南は柱に佇む少年に気がつき、
「ああ、君が例の百鬼丸だな?」
鋭い眼光を無理やり押さえ込むような表情の少年を一瞥する。なんとなく、全体的にちぐはぐな印象を受ける少年だった。
黒い髪の毛を乱暴に後頭部で束ねて結び、秀でた眉の間には皺が刻まれている。
想像以上に、アンバランスな風体だった。年頃は十四だと聞いていたが、その横貌には一切の甘さも幼さもなく、鍛え抜かれた刃を思わせるものだった。
「――ああ、はい。そうです」
(やはり、《サマエル》という単語を聞くだけであの様子か。危なっかしい子だ。まるで、むき出しの刀だな)
大きく首を横に振り、紗南は息を吐く。
「ま、追々君の力も借りるだろう。よろしく頼む」
「……ええ、分かってます」
百鬼丸は幾分落ち着いたように頷く。
二人のやり取りに目線を向けていた朱音は、目前に単座した姫和に意識を戻し、
「篝さんに送った手紙を読んだのですね?」
そう姫和に尋ねる。
「……っ」
彷徨わせた瞳は、しかしまっすぐ目の前を捉える。
無言で頷く姫和。
この手紙から、全てが始まった。
御前試合の決勝から折神紫への攻撃……
百鬼丸は左の肉眼で、正座する姫和の後ろ姿をみる。漆のように黒い髪は流麗に腰元まで垂れている。
この少女も、己と同様に『タギツヒメ』を追っていた。――運命の螺旋が、衛藤可奈美を惹きつけ、百鬼丸や、薫エレン、舞衣、沙耶香を巻き込み……そしてこの場に集結した。
運命論者ではない百鬼丸でさえも、この時ばかりは運命というか、宿命を感じざるをを得なかった。