刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第3話

 「お姉さん、危ないからそこの二人を連れて逃げなよ」

 そう、少年が言った。

 

 「あ、は、はい」

 清香は戸惑いながら頷いた。

 

 「あの、ありがとうございます」

 

 正直、清香は安堵していた。仮に刀使でなかったとしても、この場に誰かがいる事が心強かったのだ。

 

 少年は困ったように、

 

 「うーん、いや。お礼はいいよ。ホレ、早いきな」と肩を竦める。

 

  清香は、しかし、現状をまだ上手く認識できず、少年に一瞥をやる。

 

 痩身の、虚ろげで猫背気味の少年。

 

 (本当に、あの荒魂をこの人が……? そんなまさか――)

 眼前に蠢く大蛇の荒魂を一刀のもとに斬り伏せたのだろうか。だとするならば、剣術の技倆は化物としか言いようがない。

 

 (とにかく、ここから離れないと……)

 

 仲間を安全な場所へと移動させようとした途端、

 

 「ヴォオオオオオオオオ」

 

 荒魂が怒り狂う。悠然とほくそ笑む百鬼丸に対し、憎悪の絶叫で威嚇し、半分になった巨頭を低く構える。

 

 はぁ、と落胆の息を吐き、

 「また同じ手か……いい加減学習しない奴だ」

 トン、と馬鹿にしながら右肩に刀の峰を置いた。

 

 「なあ、そういえばタギツヒメ――っていうのを聞いたことがあるか?」

 百鬼丸は目の前の荒魂に向かい、訊ねた。

 

 当然だが、相手は人語を理解するハズもない。

 (タギツヒメ? どこかで聞いたことが――)

 後ろで聞いていた清香が眉を顰める。

 

 「ん? なんだお姉さん。聞いたことがあるのか?」

 首だけが振り向き、百鬼丸は尋ねた。

 

 「え!?」

 

 一言も喋っていないのに、どうして心の内が?

 

 「今、思ったこと口にだしてないのに……」

 

 驚愕に固まる少女の様子に、苦笑しながら、

 

 「あははは。そうか。おれは人の心が読めるんだ」

 

 と、云った刹那――大蛇の荒魂が地面スレスレに突進を敢行した。削れた半顔を地面に密着させ、もう片方の獰猛な口と牙で百鬼丸を咬み殺す算段らしい。

 

 清香は思わず、

 

 「危ないっ」と咄嗟に叫んだ。

 

 が、百鬼丸は不敵な笑みを口元に湛えたまま、その場を動こうとしない。

 

 ただ一言だけ、「知ってるよ」と答えた。

 

 距離を縮める荒魂の巨躯が周囲の外気を圧縮し、一挙に突撃方向へと放出する。全身を纏う風速一五メートル以上の暴風がふたりを襲う。

 

 ――死んでしまうッ、と清香は目を強く瞑った。

 

 五秒、いや十秒ほど経っただろうかーー?

 

 

 ……だが、いくら待っても強烈な衝撃が来ない。やがて皮膚の感覚から暴風の勢いが次第に衰えるのが分かった。

 

 恐る恐る目を開くと、荒魂の巨躯は美しく切断されており、縦に長く美しい断面によって荒魂の内部器官の構造がみえた。そして、その縦の切れ目の中心部に百鬼丸が佇んでいる!

 

 「……うそっ、凄い」

 己の臆病で目を逸らした……しかし、あの少年は一人で荒魂を討ち取った。清香は刀使としての自身の未熟さと、眼前の百鬼丸への憧憬の念と複雑な感情の混ざった眼差しで暫くの間、眺めていた。

 

 

 未だ黄昏時――森には本来の静寂が戻っていた。

 

 2

 「それで、お姉さんに聞きたいんだが〝タギツヒメ〟を知っているんだよな?」

 

 百鬼丸と清香は、気を失った刀使たちを安全な場所まで移してやり、本部の救援が来るまで太樹の木陰で対座していた。

 

 「……はい、あの……でも、正確に言うと私じゃなくて、三年の十条先輩が、いつだったかそう呟いていたことがあって」

 

 太樹の下の岩に腰を落ち着け、指を組み換えながら話す。

 

 「ふーん、その十条センパイ? とやらは今どこにいる?」木の幹に背中を凭せ掛けながら訊く。

 

 「えっ……? 今は御前試合で関東の方に向かったはずです。ここにはいません」

 

 「ちっ、そうかありがとう。しかし、無駄足にならずに済んだ。助かった、じゃあ」

 

 この場を足早に立ち去ろうとした百鬼丸を清香は思わず、

 

 「あ、あの、待って下さい!」

 

 と、足止めをした。

 

 「ん? まだ他に何か用か?」

 

 「い、いえ――貴方のおかげで助かりました。でも、普通、刀使じゃないと荒魂は討伐できないのに、どうして貴方は倒すことが?」

 

 特別祭祀機動隊の公開資料にも、男性で荒魂を討伐した人間の記録など存在しない。清香はふと、その資料の中に荒魂討伐者不明の欄を思い出した。

 

 「もしかして、最近荒魂討伐者不明の正体って……」

 

 百鬼丸は鼻で軽く笑い、

 

 「ああ、おれかもしれん。だが一々面倒だろう? 事後処理なんぞ。それにおれとしても世間に正体を知られたくない。だから、悪いがお姉さんには俺のことは黙っていて欲しい」

 

 「えっ、無理ですよ! あの大型荒魂なんて私一人で倒したことになっちゃうし――」

 

 

 「構わん。手柄が欲しいワケじゃない。おれは、おれから全てを奪ったタギツヒメをぶっ殺してやらねばならんのだ。ま、それ以外にもおれから奪った荒魂どもを殺さねばならんのだがな」

 

 

 これ以上、何を言っても聞かないだろう。清香はそう思い、素直に頷いた。

 「分かりました。……でも、もし今度会う機会があればなにかお礼でも」

 

 「ああ、分かった。そのゴゼンジアイって場所に行けばいいのだな?」

 

 ガクッ、と清香はずっこけた。

 

 「えっ? あの、失礼ですけど、御前試合は場所の名前ではなく……」

 

 百鬼丸は目を点にして、

 「ほう、そうなのか。すまんが、色々教えてくれ」

 

 本部の増援が到着するまでの約四〇分間、清香は様々な社会に関するレクチャーをするハメになった。

 

 (ほんとに、この人大丈夫なんでしょうか?)

 

 恐ろしく世間知らずな目の前の少年と、先程の荒魂退治に活躍した百鬼丸が同じ人間には思われなかった。

 

 

 粗方の説明が終わると、

 

 「よし、とにかく東へ向かえばいいのだな?」

 

 と、確認すると素足の侭に、

 

 「じゃあ、助かった。ええっと、名前は……」

 

 「六角清香といいます」

 

 

 「ああ、それじゃ、清香。重ね重ね助かった、それじゃ」

 

 手を気安く挙げ、裸足の侭駆け去った。

 

 「……は、はぁ」

 

 返事もきかず、その侭消えた。あまりの淡白な反応に戸惑いながら、背中を見送る清香。

 

 鳥啼が樹間を伝い、幾重にも木霊する。

 

 すーっ、すーっ、と寝息をたてる同僚の刀使たちを見守りながら、清香は昏くなる空を待った。

 

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