刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第30話

庫裏の天井窓際から青い三日月の光が射し込む。

静かな夜が来た……。

 久々の静寂に、百鬼丸は意識を先鋭化させてゆく。

 

 あの、皐月夜見が打ち込んでいたノロのアンプル――どこか違和感があった。そういえば、以前原宿駅周辺で荒魂の反応を探知できなくなったことがあった。

 (……だとするとあのアンプルに関係があるんだろうか?)

 夜道を歩きながら、百鬼丸は考える。しかし答えは出ない。

 

 大部屋での話の後、刀使の六人は宿泊所に向かった。百鬼丸は一人、庫裏の書庫で泊まることにしていた。

 

 それを話すと朱音は、

 『さすがに、貴方を野宿のような状態にしてしまうのは……』と、渋った。

 百鬼丸は頑なに懇願すると、呆れながらも許可が下りた。

 

 六人と別れ際――可奈美が何かを思い出したかのように歩み寄ってきて、

 「ねぇ、百鬼丸さん。朝に付き合ってくれる?」

 小声で囁いた。察するに、剣術の稽古だろう。

 「はいよ」

 気軽に頷いた。

 「おれは、村の東側にある庫裏に泊まっているから何か用事があればきてくれ」

 そう伝えた。

 可奈美は「庫裏……あ、あの大きな蔵みたいな建物だね?」夜闇の中を指差す。

 大体の方角は一致していたので百鬼丸は「そうだ」と頷いた。

 

 「じゃあ、また明日だね、百鬼丸さん」

 陽気に弾んだ声音で別れた。

 

 (ああやって、笑ってたら普通の女の子……なんだよな)

 百鬼丸は背中を向けて歩き出した。

 

 

 

 それからわずか数時間後。

 「――で、なんだこの状況は?」

 頭を抱えながら、百鬼丸は嫌気のさした眼差しで自らの左肩に擡げる小さな頭を眺めた。甘栗色の――左側をひとつに結んでいる尻尾のような髪。

 見まごうことのない、可奈美の頭だった。

 

 百鬼丸が目覚めたのは早朝の四時ころだった。一日三時間しか眠れない彼には特別早起きではない。しかも、昔からの習慣から横になっては眠れず、柱や壁などに背中を預け、あぐらをかいて眠る。

 

 四月の山は肌寒く、毛布の一枚に包まって眠っていたのだが、いつの間にか、自分以外の他人の温もりを感じていた。

 どうやら、勝手に百鬼丸の眠っていた所に気配を殺し、毛布の中まで忍び込んだらしい。

 すぅ、すぅ、と可愛らしい寝息をたてながら可奈美は口端に透明な涎を垂らしていた。

 

 (そういえば、殺気以外は眠ってたら気がつかないんだよなぁ)

 一人旅の頃は悪意と殺気に敏感だった。だがここ最近は、感覚が弛んでいるみたいだった。

 「お前らのおかげ……かな」

 久しぶりに人間らしい生き方ができているのだと実感できる。

 ふと、隣りをみる。小動物のような可愛らしい動作で、可奈美は「うぅ~ん」と唸る。

 百鬼丸は暫く眠らせておきたかったが、いたずらもしたくなった。小鼻を摘んでやった。

 すると、

 「むぅ~~っ」

 苦しそうに呻いた。

 その顔も声も面白くてもわず、

 「くっ……あはははは」笑ってしまっていた。

 ――だが、それでも起きない可奈美に百鬼丸は、ひとつの疑問を持った。

 

 (この娘は余に強すぎる……)

 今まで自戒してきたが、彼女の強さの根源を知りたくなった。心眼は本来、緊急時や相手に許可を得て使用することにしていた。が、今は可奈美の一種異質な存在故の好奇心に負けて、心眼を使う。……これまでは人に深入りすることを恐れ、決して行わなかった事だった。

 

 可奈美の、むきたてのゆで卵みたいにすべすべした肌に自らの額を当てて《心眼》を発動する。

 

 2

 ……柩の前に立つ幼い娘。

 参列者も、皆悲しみに包まれていた。

 啜り泣く大人たちの中で柩を、ただ普段通りの顔で見つめる娘。

 

 (これは可奈美の……記憶か)

 

 百鬼丸はまだ幼い可奈美を、半霊体の透明な体で葬儀の場に佇み見守っていた。

 剣術の最初の先生だった母――美奈都。

 

 百鬼丸は後悔した。この《心眼》はランダムで相手の記憶の中を彷徨う。

 そもそも、他人の記憶は好奇心から土足で踏み入ってよいものではないのだ。

 それ故、自戒してきた。……だが、もっと可奈美や姫和、他にも色んな人間のことを深くしりたいと思ってしまった。

 

 (その結果がこれかよ)

 自らを嘲るように内心で呟く。

 

 と、視界は唐突に暗転した。

 

 再び焦点が定まったとき、濃い霧か霞が漂う長く広い石段の半ばに百鬼丸は立っていた。

 

 「……ここは、どこだ?」

 周囲を見回すが、視界の色は失せてモノクロの世界観だけが広がっていた。恐らくどこかの山奥の神社だろう。だが正確なことは分からない。上の方向に辛うじて鳥居が見えるため、そう判断した。

 

 「アンタさ、乙女の記憶の中に勝手に入ってくるってどういう料簡してるわけ?」

 強い叱責が背後からきた。百鬼丸は思わず身構えた。

 

 そこに立っていたのは、先程の葬儀の遺影に飾られていた……そう、可奈美の母、美奈都だった。だが、遺影の頃より大分若い。

 乱雑に髪を頭の後ろに束ねている。

 黒い制服に白のスカート。モノクロ世界だから目立っていた。

 「なに? 人の顔をジロジロみて。あっ、もしかして美人だから見とれてた……とか? あははは」

 男勝りで快活な性格のようだ。ひと目で解る。

 

 百鬼丸は、

 「貴方は可奈美の母で間違いないな?」

 と尋ねた。

 しかし、

 「いんや、違うよ。正確には未来の自分(美奈都)かな?」

 美奈都はそう言いながら、頬を軽く掻く。

 「あっ、違う違う。だから、可奈美の記憶とか頭の中に勝手に入るな、って警告してるの」剣呑な雰囲気でいう。

 

 なるほど、確かに最強の刀使というに相応しい風格だった。

 

 百鬼丸は躊躇わず、左腕を噛む……が、腕が抜けない。

 

 「あれ?」

 もう一度噛む。だが、腕に丸い歯型がつくだけで意味がない。

 美奈都は不審そうに百鬼丸を眺めながら、

 「なにしてるの? 早くかかってきなよ」

 と告げた。

 百鬼丸はいつの間にか握っていた太刀を何の疑問もなく正面に構え、地面を蹴る。

 

 美奈都の口が釣り上がる。

 「なるほどね。君、相当いい体と反応してるよ……殺人剣では達人かもね。けど、対人ではまだまだあまちゃんだね」

 快活に言い切り、正面から飛んでくる轟々と音を裂く軌道を避け、百鬼丸の下腹部を狙い撃ちにする……筈だった。

 それに反応して、鋭い一撃を避けると、美奈都の脾腹へ打ち込もうと横に素早く薙ぐ。

 この動作を待っていたかのように美奈都は剣先をくるっ、と回転させ百鬼丸の小手をしたたかに打つ。

 

 手の甲が痺れるが、剣を手放さず体勢を低く落とし、美奈都の胸囲の領域に潜り込むように動いた。

 だが、最後の審判のように百鬼丸の喉元には太刀の剣尖が当てられていた。

 

 「……アンタ、相当バカだね。自分の手みてごらんよ。確かに夢の中とはいえ、本物の太刀で斬られて、手の甲から血が流れてるのにも構わず次を仕掛ける。たしかに戦士としては正しいよ。でも剣士としては失格。自分を護ることが出来てない。まるで狂戦士。手合わせをしてきた中で一番不愉快かも」

 美奈都は厳しく冷たい声でいう。

 と、そこで美奈都は気がついた。百鬼丸の刃先も彼女の喉元に届く寸前で止まっていた。

 初めて美奈都は瞠目して、にぃ、と笑う。

 「……ごめん。やっぱ訂正。アンタ相当強いわ。でも、そんな戦い方を続けてたらきっとすぐ死ぬよ」

 百鬼丸は強い光のこもった双眸で、

 「構わない。この身がいくら傷ついてもおれは、必ず勝つ」

 美奈都はどうやら手抜きをしていたようで、それがさらに百鬼丸を苛立たせた。

 

 心底馬鹿にしたように美奈都が「はぁー」と息を吐く。

 「ねぇ、君本当にバカでしょ? ――はぁーーーーっ。よし分かった。これから、君には護るための対人戦は今の私と可奈美が教える……久々に見込みのある人材だもん」

 美奈都は言いながら、百鬼丸の顔をみる。

 「……まぁ、可奈美をお嫁にするなら最低限、可奈美に勝てないとねぇ」

 いやらしい笑い方で口を歪めた。

 

 「…………そこで、なんでおれをみるんだ」

 

 「いやーーだって、実際問題あの子に勝てる男子はおろか人類はいないでしょ? でも、目の前にその候補がいるとあれば――まず、親の私が見定めないとね」

 

 「でもさっき、自分は母親じゃないって……」

 美奈都は不機嫌に、

 「それはそれ、これはこれ。いい? ……ああ、それと、可奈美はここの夢のことは起きたら覚えてないから、君もそのつもりで。それにあの子可愛いでしょ? 私ににて」

 「ああ、そうだ。……あんたに似て可愛いよ」

 真顔でいう百鬼丸に一瞬驚きとも恥ずかしさともつかぬ震えた声で、

 「現実ではあの子にはここでのことは内緒だから。いい?」

 

 ああ、と頷いたとき、現実に引き戻されるような感覚がした。

 

 3

 目を覚ましたとき、目の前には可奈美の琥珀色の胡乱な瞳が現れた。

 長い睫毛が戸惑いがちに瞬き、淡い桜色の唇の上に珠の輝きがうっすら跡を曳いた。しかも、本物の嗅覚が反応したようで、柑橘系のように甘く爽やかな香りが鼻腔に伝う。

 

 百鬼丸は、

 「……え~っと、オハヨウ」

 カタコトで挨拶を述べた。

 可奈美はその態度が不服だったのか、

 「ねぇ、百鬼丸さん。朝から稽古するって言ったよね?」

 もちみたいにぷくーっ、と柔らかな頬が膨らむ。

 (この変な状況より、剣術か)

 内心、戸惑いながら百鬼丸は、

 「ああ、そうだな。――いいや、違う。可奈美。なんでおれの寝てる毛布の中に入ってきた?」

 未だおでこを突き合わせたまま、尋ねる。

 「えっと、驚かせようと思って?」

 自分自身のことなのに、なぜか語尾が疑問形。

 「それより、なんで百鬼丸さんは私のおでこにおでこ当ててるの?」

 意外な反撃。

 「えーっと、それはおれの寝相だ。うん、そう。ホント。本当」

 「う~ん、そっか」

 

 「…………。」

 「…………。」

 

 気まずい沈黙。わずかな時間が、永遠にも思えた。

 「えっと、そろそろ離れてくれるかな、百鬼丸さん」

 その返答に弾かれたように百鬼丸は「お、おう。任せろ」とどもりながら、可奈美の繊細な両肩を掴んで自らの身を離す。

 

 奇妙な心臓の脈拍が擬似の耳元まで鳴る。

 

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