刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第32話

 

俺の中で獰猛な衝動が猛り狂っている。それを必死で抑えてきたが、そろそろ我慢の限界だ。

 「おい、早く俺にあのガキと戦わせろッ!」

 C-4(プラスチック爆弾)に細工を施すジョーに向かって訴えかけた。

 「ああ、もうそろそろ準備が出来次第いこうか。といっても、最初のフェーズに移行したらあとはノンストップだよ」

 愉快そうに口端を曲げ、ジョーは鷲鼻をヒクつかせた。

 「爆弾もいいだろ?」

 彼の工作台の上には、殺戮兵器とは思えないほどの工具類が並べられていた。

 「プロはその場で用意する、とはよく言ったものだ。ボクの頭脳をもってすればホームセンターは武器庫になるからね。でも、通常兵器も捨てがたい。テロリズムは、その意志律がある限り決して絶えることはないだろうね」

 ……テロリズム

 俺は、俺が元の世界で行ってきたことを、「テロ」だと定義されてきた。

 「ステインくん、君も仕事道具には愛着があるようだね。ナイフに仕込み刀、スパイクに至るまで全部きちんとした手入れを欠かさない。まさにマイスターという奴だね」

 からかう様に笑うジョー。

 「チッ」鋭く舌打ちすると、俺は外の空気を吸おうと地下室を出た。

 扉のノブに手をかけた時、

 「……いいかい? 君とボクたちは一蓮托生だ。この世界は君の世界ではない。だが、君は――」

 俺は言葉を引き継ぎ、

 「俺は〝悪〟だ!」

 そして正義に倒される役割の……な、と加えようとしてやめた。あの男に言わなくても理解しているだろう。

 

 冷えたビル風が猛烈に吹き付ける。

 屋上に続く野外の階段を上りながら、疼く殺意を必死に抑えた。

 赤いマフラーを翻しながら、俺は遠い夜に埋没した町並みを見下ろす。航空障害灯が、いたずらに建物の頂きを浮き彫りにしている。

 結局どこの世界も退屈で、それでいて偽善に満ちている。息が詰まりそうだ。

 夜空の展らけた屋上について、タバコを銜える。町並みは穏やかというより凡庸だ。

 薄い白光の半月が空の中天にかかっている。

 煙に目を細めながら、俺は来るべき百鬼丸との対決に意識を高める。

 初めて出会った時、俺は理解した。あの男はオールマイトと異なる――まるで、キリストやブッダの系譜に連なるタイプの自己犠牲を厭わない男だった。

 もし、ヒーローの定義を「強さ」のみに置くのであれば、強い「悪」すらもヒーローたりうるだろう。だが、あの男は確かに、自己犠牲の中に強烈な使命感を帯びた双眸を有していた。

 今まで出会ったことのない種類の男だった。

 「早くやりてぇな……」

 俺という「悪」がどの程度なのだろうか? それは鏡のような存在である百鬼丸と対決すれば解る。

 この世界は退屈しないで済むかもしれない……

 「ふっ、はははは」

 楽しくなって、俺は笑う。

 この醜くて、反吐が出そうな世界も、そう悪い場所ではないのだと知れた。

 「待っていろ、百鬼丸……」

 

 

 1

 こんなはずではなかった――、百鬼丸は開口一番そう釈明しようとした。

 露天風呂、濃い湯気の中に温暖な水音が聞こえる。

 

 タオルで胸から腰元を隠した舞衣は明らかに侮蔑した視線で、

 「……ねぇ、これって一体どういう状況?」

 百鬼丸へにっこりと微笑みかける。しかし、そこから受ける印象は朗らかなものでなく、氷柱のように冷ややかで剣呑なものだった。

 「ええっと――、突然抜かれてびびったんだよ!」

 百鬼丸は反駁した。

 へぇ、と舞衣は笑顔の仮面を外さない。寧ろ固まったままの笑顔に能面のような怖さすら感じる。

 「抜かれた? 抜いた? なにしてたの? 沙耶香ちゃん?」

 女教師のように指名する。

 その指された沙耶香は、四つん這いの百鬼丸の下、まるで押し倒されたように仰向けになっていた。

 「……百鬼丸に(転んで滑った所を助けてもらう形で)押し倒された」

 プロパンガスにバーナーをブチ込む発言だった。

 驚いた百鬼丸は、

 「ええええええ!? えっ、えっ? なに? おれを殺そうとしてるの? そうなの? スパイだったの?」

 まさか味方だったはずの援護射撃が、バンバンと裏切りの殺戮射撃に変化した瞬間だった。

 「……それに、百鬼丸の(左腕)を抜いた」

 完全にチェックメイト。言い訳不可能なレベルの誤解だ。

 「えーっと、もう、そういうコトをしてたって事でいいのかな? 百鬼丸さん? ……ううん、変態さん」

 なぜだろう? 笑顔に殺意が含まれているように感じるのは。

 百鬼丸は慌てて反論しようとして、真下の沙耶香に目をやる。

 色素の薄い髪が湿って、長い前髪が半分顔を覆っている。ハの字に眉を曲げ、困ったような表情をしていた。どこか、小動物っぽくて保護欲がわくように身を竦めている。

 百鬼丸は……深く溜息をついた。

 

 (仕方ないな。ここは男を見せる場面だな)

 ぎこちなく背後を振り返り、

 「ああ、そうだ! もうなんやかんや、おれの責任だ!」

 爽やかな笑顔で言う。やりきった、なんか知らんけどすごく大切なものを失った気がするけど、後には退けない。

 百鬼丸はたっぷり息を吸い込み、

 「女子中学生はサイコーだぜ」

 ぐっ、と親指をたてる。

 

 「――そう、分かった。じゃ、死にましょうか」

 舞衣から死刑宣告を受けた。

 

 このあと、百鬼丸は想像を絶する折檻を受けた。

 

 2

 なぜ、こんなことになったのか……少し、時計の針を戻す。

 

 可奈美との朝の鍛錬を終え、百鬼丸は舞草の里を単独で調査することにした。

 (ここは、余りにも守りが脆弱だ)

 と、思ったからである。

 舞草の拠点といっても、普通の山村に変わりがない。これでは一度敵襲にあえばすぐに陥落するだろう。百鬼丸が住んでいた頃の山はもう少し険しく、四方を崖が囲んでいた。

 「少なくとも、時間稼ぎくらいできるようにしたいなぁ」

 百鬼丸は、ノロのアンプルに対する昨日の違和感に予想がついた。

 あのノロのアンプル自体が、おれたちを追う追跡用の囮だった――しかも、あのアンプルが出す固有の周波数が百鬼丸自身の放つ心眼のテレパシー周波数と相殺しあって、以前も原宿での荒魂を辿れなくしていたのだ。あくまで、推測に過ぎないが……

 

 ……折神紫、という人物は相当隠世に深入りしているらしい。

 百鬼丸は手近な木の幹に八つ当たりの拳を叩きつける。みしぃ、と軋む音がすると木に亀裂が入った。

 「あくまで推測のいきをでない。取り越し苦労になるといいなぁ……」

 青く雲の少ない空を見上げながら、百鬼丸は冷静さを取り戻して舞草の里をみる。

 

 2

 結局、百鬼丸の施した対策案というのはごく簡単なものだった。

 まず、北側は狭隘な岨道の続く谷間。西には森が広がり、東は単なる斜面。――そして南は山の入口に繋がる道。

 

 (西も東も南も、守るには明らかに弱い)

 木を利用したトラップを用いるにも、限界がある。

 ――とすれば、岩場の巨大な岩で道を塞ぐしかないだろう。

 

 「まぁ、そうだよなあ。そうそう素晴らしいアイディアなんてあるはずないし、そういう簡単なものの方がかえって厄介だしな……」

 独り言をブツブツ言いながら、百鬼丸は涼やかな夕暮れを迎えていた。

 

 カナ、カナ、カナ、と蜩が鳴く。哀愁の漂うその鳴き声は、懐かしさとか寂寥の感情を呼び起こす。

 蜩は気温が低ければ鳴き始める。逆に暑ければ、沈黙をする。山間部には生息するが、一般的な街などには生息しない理由である。

 

 百鬼丸は目を眇めながら、

「露天風呂にでも入るか」

 そう言いながら、体をあちこちを点検する。

 人工筋肉は、普通の人間と同じく凝り固まる。血流が悪くなれば動作にも影響が出る。無理な運動や、隠しギミックなどを使用しなければ、異常な高温にならない。寧ろ、最近は足のギミックを使っていないので、内部機器が降温状態にあり、今日くらいは温めようと判断した。

 

 

 

 この里は湯脈が豊富らしい。

 湯は透明に透き通り、地熱に温められたタイプの温泉だ。百鬼丸が好んでいるのは、硫黄の香りのする白く濁った風呂である。普通の人間ならば、匂いや白く濁っているために避けるのだが、慣れると普通の温泉には戻れない。

 

 「とはいえ、久々だなぁ」

 舞草の里の外れに湧く温泉は、簡単な脱衣所など入浴設備が数箇所ある。

 山で潜んで暮らしていた頃は他人がこれない場所で温泉や山の幸を味わっていた。

 脱衣を済ますと、男湯の風景の悪さに不満を感じた。

 「なぜ、なぜこんなに風景が悪いんだ……露天風呂の醍醐味を殺しているぞ」

 全裸で怒る。

 しかし、文句も長く続かず涼やかな微風を全身に受けながら入浴した。

 「あ~、生き返るぞーーー」

 体の毛穴が開いた感じがして、その刺激がたまらない。

 人は誰もおらず、貸切状態。

 露天風呂の広さも中々ある。

 「泳ぎたい」百鬼丸はつぶやいた。

 と、

 「あはははは。ダメだよ百鬼丸くん」

 嗄れた老人の声――フリードマンが手ぬぐいで一部を隠しながらお湯に浸かりにきた。

メガネを外さないから曇っている。

 フリードマンは体でも鍛えているのだろうか。そんなに体はたるんでない。

 「あれ? なんでまたここに来たんですか?」

 「偶然だよ。いやーそれより、百鬼丸くん。君の体に興味があってね」

 唐突な発言に」ふぁっ!?」と百鬼丸は驚いた。

 「君の体はゼンカイの最高傑作なんだろうね。どうだい、少し見せてくれないか?」

 百鬼丸はじじいに言い寄られる現状に「なんだこの状況は」と当惑した。

 

 しかし、フリードマンは遠慮することなく百鬼丸の腕や足、目や様々なギミックを一々調べていた。

 「君のこの腕は……そうか、幹細胞から培養してより増殖を促すように改造された活性細胞なんだな。……これは、人工筋肉か。なるほど、点検しやすいように透明なんだな。これは……」

 

 「はぁ~」

 百鬼丸はげんなりした。癒されにきたのに、これでは落ち着かない。が、フリードマンの気の済むまでは付き合うことにした。

 

 

 

 「いやいや、すまなかったね」

 大分時間を取られて、落ち着かなかった。結局、フリードマンは調べるだけ調べると、すぐに帰ってしまった。

 「なんだ、あのじーさん」

 ふっ、と口に笑みがこぼれる。昔、義父の善海もあんな研究熱心だった。懐かしい記憶がよみがえってきた。

  

 「別の風呂にでも入るか……」

 

 3

 山の風呂は混浴が多い。その例に漏れず、この温泉群にも多数の混浴風呂がある。

 「やっかり、高台の開けた位置からだと眺めが違うなぁ」

 百鬼丸は全裸で「がはははは」と高笑いした。

 ここも貸切だった。

 

 「ふぅーーーい。生き返る。極楽極楽」

 目を細めながら息を抜く。何度も温泉に浸かるのは最高だ、百鬼丸は弛緩しきった表情で首や肩を回す。

 「敵か……」

 不意に双葉のことを思い出して、苦い顔つきになった。

 もし救えるならば救いたい……でも今の自分ではどうすることもできない。いいや、自分だからこそ、救えないのではないか? 百鬼丸は自問自答していた。

 

 ――と、ぴたっ、ぴたっ、と誰かの足裏が歩いてくる音がした。

 「……またですか、フリードマンさん?」

 げんなりとした口調で訊ねる。

 しかし、相手は途中で足を止めた。

 (あれ? フリードマンさんじゃないの?)

 冷え込んできた気温が、温泉から出る湯気を濃くした。

 「ふりーどまん? ……違う」

 湯の濃い濛気の中から否定がきた。――この声は聞き覚えがある。確か……

 「い、糸見沙耶香!?」

 百鬼丸は驚いて立ち上がった。

 湯気の中の小柄な人影は「ひっ」と怯えたように、一歩後退した。

 

 怖がらせてはいけないと考え、

 「ま、まあああアレだ。せっかくだし風呂に入れよ。裸の付き合いだぜ(?)」

 慌てていたとはいえ、失言だった。百鬼丸は逃げ去る退路を自分で断ち切ってしまっていた。

 「――わかった」

 しかし、拒否するだろうと予想した相手は何の躊躇もなく、ちゃぷん、と足先から湯に浸かった。

 しかも自分で言っておきながら百鬼丸は「あれ?」と困惑していた。

 

 

 (なんだこの状況、なんだこの状況。マズイ絶対マズイ。もう誤解とかのレベルじゃなく薫と姫和にはボコボコにされて、可奈美は軽蔑した目でおれをみて……うん? いや待て! それはそれでご褒美ではないだろうか)

 

 一人で考えていると、沙耶香が百鬼丸の傍まで近寄って肩が触れ合った。

 「――ふぁっ!?」

 驚いた百鬼丸を上目線で、

 「……裸の付き合いって言った」

 「ああ、そういう事ね……って、おれのばかぁあああああ。さっきのおれすごくばかぁあああああ」

 頭を抱えて悶絶した。

 一瞬びくっ、となった沙耶香。

 「……大丈夫? どこか痛いの?」

 「良心が痛いです……」

 

 

 

 4

 「……。」

 「……。」

 気まずい。沈黙がこんなにも苦しいとは思わなかった。

 おれは風呂から上がろうにも、チン様が見えないか心配であがれない。

 「しかし、珍しいな。一人風呂が好きなのか?」

 背中を向けながら百鬼丸は訊ねる。

 「……ううん。さっき、舞衣と一緒にこの露天風呂に入る約束をしてた。だから舞衣はあとからくる」

 

 「うぬぅううううううううううう?」

 間違いない、これは誤解ルート一直線だ。

 

 おれは、はやくこの場から逃げねばならない。いくら混浴とはいえ、数々の誤解がおれを変態大王たらしめている。その上、この現状では言い訳は不可能。

 

 と、沙耶香が珍しく自分から口を開く。

 「……ねぇ、どうして可奈美は強いの?」

 純朴な疑問だった。

 おれは横目で沙耶香を見ながら、

 「あの夜、可奈美と対決したときか」

 「……うん」

 「なんでおれに聞く?」

 迷う素振りもなく、

 「……百鬼丸も強いから」

 「おれは強くないよ」

 「……ううん。強い。すごく強い。あの時の殺気も怖かった」

 ノロを体内に取り込んだと知った時、激昂して暴走しかかった。それを指しているのだろう。

 「その節はすまないです」

 「……別に気にしてない」

 「そもそも、お前――沙耶香は、自分の意志でノロを受け入れてないんだろ?」

 「……うん。どうしてわかるの?」

 おれの視界に沙耶香が入ってくる。それを見ないように目をつぶりながら、

 「心眼……心の中を読まなくても解る。沙耶香は自分で今まで考えて動く事ができなかったんだろ?」

 確信を衝いたようだ。暫く、口ごもる様子だったが、

 「……そう。今まで人に言われるように動いてきた。それで皆が喜ぶから」

 消え入りそうな声音でぽつぽつと語る沙耶香。

 (似てるなぁ……義妹のアイツに似てる)

 だから、放っておけないような感じがしたのか。おれは独り合点がいく。

 目を開いて沙耶香に向き直る。

 「おれも可奈美は強いと思う。対人戦ではおれでも勝てない。正直、おれも戸惑っている」

 おれの告白を心底意外そうに見開いた瞳でみる沙耶香。

 「……百鬼丸は強いのに?」

 「ええっと……そうだな、強いのに、だ」

 「……どうして?」

 今のおれの気持ちを自然に吐露する。

 「多分、可奈美が強いのはそれだけ魂というか心があるんだと思う。おれの剣は自他を問わず傷つける刃物だ。だけど可奈美は誰かを守る、一緒に悩んで進む覚悟の寄り添う剣なんだ。それが一番難しいと思う。力があれば誰かを害することしか考えられなくなるからな」

 「……私は、強くなれないかもしれない」

 毛の色素が薄く色のない髪が夕色に染まる。俯いて長い前髪が表情を隠す。沙耶香は今まで才能という存在を意識してこなかったんだろう。「神童」ゆえに。

 (ああ、コイツは――)

 「おれと同じだな」

 思わず口をついて言っていた。

 「……?」

 おれの言葉に興味をもったのか、顔をぐっと持ち上げる。

 「おれは沙耶香と違って、勝手におれの進む道に入り込んで抜け出せなくなっていた……自分勝手な勘違いだけどな。その点は沙耶香と同じだった。だけど、可奈美と剣を合わせて分かった。今持っている自分の力は一体なんのために使うか――沙耶香は誰のために力を使いたい?」

 長い沈黙。

 そりゃそうだ。誰だって、剣を握っていれば眼前の勝負で頭がいっぱいだ。むしろ、いままで勝ち続けた奴がいきなり手痛い敗北を喰らえば、スランプにも陥る。

 「……考えたこともなかった。自分で考えるのは苦手だから」

 「――そうか? 沙耶香は自分の意志で舞衣を頼ってここまで来たんだろ? もう十分自分で行動できるし、考えられるだろ? それに可奈美に負けて悔しい。だったら、お前はこれからも強くなれるぞ」

 おれと違って、道を引き返せる、そう思った。

 修羅道はおれの宿命だ。

 だが、沙耶香は何度でもやり直せる。

 

 「……でも」

 おれはカチンときた。どうして、自分の力を、価値を信じてやれないのだろうか?

 「おい、なんで迷ってやがる。迷う悪い口はこれか? おん?」

 沙耶香のほっぺたをお見切り引っ張る。きめ細やかな瑞々しい肌が伸び縮みする。――昔、双葉にしたことを思い出した。

 「……いふぁい」

 うっすら涙目になりながら、訴える。

 「ふっははは。そうだ、痛いだろ? 痛いって言ってるだろ? 痛いっていえるじゃねーか。難しく考えることなんてないんだ。お前は強くなれる。これからもっと、もっと。だから悩め。この強いおれが言うんだから間違いない! 自分を信じろよ」

 髪の毛をくしゃくしゃにして揉む。

 肩を思い切りすくめて沙耶香は目をぎゅーっ、と瞑り頬を紅潮させる。

 再びおれを上目遣いで見上げながら、

 「……うん。百鬼丸がそういうなら信じてみる」

 おれは呵呵と笑った。

 沙耶香はおれから目線を逸らしながら、何かを呟いた。

 

 「まぁ、でも妹を想い出したよ。沙耶香をみていると。あ、そろそろ逃げねーとな。んじゃ」

 おれは思い出したようにザバァン、と立ち上がり、さっさと退散することにした。

 脱衣所かおうと風呂から上がり、石のタイルを歩いていると背後からおれを追う気配があった。

 「……待って」

 「おい?」

 振り返ろうとして、おれの左手首を掴まれて引かれた。

 「あっ、ちょ――危ない!」

 無理におれの左手首を引いたからすっぽりと半分ほど腕が抜けてしまい、しかも体勢が崩れた。

 このままでは沙耶香に刃が刺さるかもしれない。

 おれは倒れゆく少女を庇うために、思い切り体をねじり重心と体勢を変えた。そして、抜けかかった腕に戻すように同一方向に地面に倒れゆく。

 問題なく刀身は収まった。

 「あっぶな」

 思わず呟いた。

 頭を打ち付けないように、おれは右を沙耶香の後頭部に手を入れてクッションにして、腰には左手をいれて地面との直接衝突を防いだ。

 「はぁ……はぁ……あぶねーだろ。どうした?」

 真下の仰向けになった沙耶香を一瞥して……おれは「ぶっ」と鼻血を吹き出しそうになった。

 そりゃそーだ。タオル一枚が胸から股を隠しているだけで、それ以外は生まれたままの姿だから。

 「……ごめん」

 眉をハの字に曲げて謝る。なんというか、小動物を連想する仕草だった。守ってやりたくなる感じだ。

 「いいや、いいよ。それよりどうして……」

 と、おれが言葉の途中で感じた気配。

 

 『沙耶香ちゃん。ごめんね、遅くなって。湯加減はどうかな?』

 優しく穏やかな声音。

 聞いたことがある、間違いない。

 遠くで衣擦れのする音。

 間違いない。

 

 四つん這いのおれは天空を仰ぎ見た。

 

 おれは今から辞世の句を考えていた。

 




刀使ノ巫女最終回面白かった(小並感)

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