刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第35話

 縁日、というのはどうも性に合わない。

 百鬼丸は頻繁に視線を左右にやりながら、気まずそうな顔で華やぐ人々と喧騒を抜ける。まるで酢でも呑んだような表情で百鬼丸は足をはやめる。

 社殿に続く石畳道の両側に整然と並ぶ屋台。

 昼ごろには、縁日の準備をする賑やかさは最高潮に達した。

 

 「……さて、どうしたもんかね」

 人ごみを抜けた百鬼丸は所在なさげに、しばらく周りを観察した。

 彼らは人としての営みの中に身を置いている。人としての充実した生活を送るだろう。どの人にも笑顔や、親しみの様子が百鬼丸の瞳に映る。

 この、日々を生きる人々の生命を脅かす異形の怪物から「刀使」が守ってきた。

 仮に異形の化物が消滅したとしたら? 

 この世のどこかに、おれの居場所はあるだろうか? わからない。しかし、いくら考えたところで、今更おれはこの安寧の輪には入れないことは間違いない。

 百鬼丸は歩き出した。

 「ぶぇっくちっ」

 と、突然くしゃみが出た。

 「誰かうわさ――は、されてるだろうなぁ……」

 背筋がぞわっ、とした百鬼丸。彼はまだ知らない……彼の居ないところで、露天風呂の衣服を盗んだ変態犯人として勇名を馳せていることを。無論、百鬼丸は無実で、冤罪である。

 

 

 

 そして、彼が仮に現場に居合わせたならば、こう釈明するだろう。

 『なにィ? おれが犯人だと? ……そう怒るな。おれは悪くないし、無実だ。無実だが、お前たちの怒りを鎮めるため仕方なく、仕方なく殴られてやる。さぁ、ボコボコにしてくれ。いいか、手加減するなよ? おれは犯人じゃないし、無実だけど、疑われれば仕方ないから、ボコボコにしてくれ。気を晴らすための行為だ。さぁ! ぶってくれ!』

 

 もはや取り返しの付かないド変態と化していた。彼はあまりに調教され過ぎたのである。

 

 

 1

 琥珀色の瞳が、

 「あれ? 百鬼丸さんいないね?」

 人を探していた。

 可奈美たち六人は浴衣に着替え、境内に続く涼やかな林道をゆく。下駄の音をカラン、コロン、と響かせて歩いていた。

 薫が、

 「――さぁな。あのクソ変態ペド野郎がどこにいるか気になるのか? 可奈美はそんなにアイツが気になるのか?」

 そう問われ、「うぅ~ん」としばらく唸ったあと、

 「せっかくだから、お祭り一緒にまわりたいと思ったけど……」

 あはは、と少しだけ寂しそうに微笑する。

 隣りの姫和は目を細め、

 「あんな変態……」と渋い表情でいった。

 「まるまる、散々な評価で可哀想でス」肩をすくめ、首を振るエレン。

 「……百鬼丸、村の外れでみた」

 沙耶香が足をとめ、呟いた。

 「えっ? 沙耶香ちゃん、それ本当? ……じゃあ、もしかして昨日、泥だらけだったのって何かしてたのかな?」

 

 

 2

 山に入る道すがら、ずっと彼は考えていた。

 百鬼丸には二つの課題があった。

 

 一つ、人を殺さず足止めすること

 二つ、三方の守りを行う際にどの地点を重点的に防護すること

 

 殺してよいのならば、様々なトラップが考えつく。――しかし、あくまで相手は人間だ。

 しかも、たった一人でゲリラ戦を展開しなければならない。

 刀使は主力戦力ではあっても、工兵などの補助戦力ではない。

 (時間が……時間がない……全く無い)

 籠城とは援軍を期待するか、籠城による時間稼ぎの二つの意味合いがある。今回は後者だ。攻め手は豊富な人員と物資を背景にした戦力である。

 「……こりゃ、無理かもな」

 たった一人の籠城。

 その単語が浮かび、バカバカしさに鼻で笑おうとした。

 『刀使を守って下さい……』

 朱音の言葉が不意に思い出された。

 

 「――チッ、あんなこと約束しなけりゃよかったな」

 後ろ髪を縄で結んだだけの頭をガシガシと掻いて、肩を一度落とす。

 両頬をバシバシ、と叩き、

 「よぉし、やるかッ!」

 決意をあらたにした。

 

 

 

 3

 舞草の刀使の詰所である社殿の小屋に赴いた百鬼丸は、長船女学園の二人を発見した。

「ええっと、米村孝子と小川聡美だな?」

 呼び捨てにされたひとり――孝子は、耳元辺まで伸びた黒髪の勝気な少女だった。

「なにか用でも?」

 舞草での訓練で百鬼丸に痛い目にあって、やや不機嫌である。

「確実に敵がくる……こんなギリギリに伝えて悪い、防御に時間がかったからだ」

 突然の物言いに戸惑ったのは、聡美だった。彼女は大きな三つ編みを左肩から垂らしている。

「……そんな、証拠は?」 

 百鬼丸はただ無表情に首を振り、「証拠はない……だが、人体投与されたノロ特有の感覚が近づいてくるんだ」朴訥に言い放つ。

「信じられるかっ、大体お前はなんの権限があって、この村の三方向を塞いでいる?」

 孝子は激昂気味に返す。

「別に信じてくれなくてもいい。……ただ、準備だけはしてくれ。もし、仮に敵がきたらおれは、必ず東から時計回りに移動している……覚えておいてくれ」

 そう言い残して、詰所を出た。

「孝子……多分、あの子は嘘をついてないと思う」聡美は心配そうな視線で百鬼丸を見送った。

 苦虫を噛むように、

「わかっている……だけど、確証がない」

 まさか、百鬼丸の「勘」を頼りに行動するほど、組織の実働部隊を預かる孝子にとって判断に苦慮するものはない。個人的であれば信じることも可能だ。いいや、信じてやりたい程の誠実さを感じていた。

「ちっ」

 百鬼丸という少年を信じてやれない立場の自分が歯がゆく、舌打ちをした。

 

 

 

 4

 「それは、本当ですか?」

 朱音は目を瞠り、しばらく声が出せずにいた。

 「――ええ、本当です」

 百鬼丸は社殿奥で、祭事の準備を手伝っていた折神朱音を見つけると、人気のない境内裏に呼び、事情を説明した。

 

 

 一通り聞き終わったあと朱音は、

 「でも、どうして」疑問を口にした。

 百鬼丸は右の義眼を動かし、

 「ノロのアンプルです。エレンの持ち帰ったアレが位置情報を特定するシロモノになったんだと。おれの荒魂を探知する思念のソナーと同程度の周波数で位置を知らせるんだ。もうココの場所がバレてると思ってもらっていい。だが、信じてくれなくてもいい。おれは二日でできる限りの妨害はつくった。フリードマンと朱音さんを逃すだけの時間はつくった。……何だかんだ、舞草でおれが自由に動ける権限を与えてくれていたのは、アンタ……朱音さんだろ? 感謝してる。だから、アンタたちを助けたい。恐らく敵は夜陰に乗じてくる。夜山の行動範囲は限られるからな」

 

 

 矢継ぎ早に与えられる情報に、朱音の脳内はショート寸前だった。

 「ま、待って下さい……では、これからどうすれば?」

 百鬼丸は迷いの無い目で、

 「……できるだけ、人を傷つけずに妨害する」

 「相手が人間であれば命を奪うようなことは……」

 「約束はできない」

 「えっ?」

 慄然と百鬼丸の顔を見返した。

 「相手の対応次第だ。もし、相手が危害をくわえるなら、命を奪わないまでも、ある程度の報いは受けてもらう」

 「――ですが、相手の方々も仕事として」

 反論を試みようとする朱音の言葉を遮り、

 「そうだ、相手も仕事だ、任務だ。――だが、この国には職業選択の自由がある。そして、仕事だからと言ってどんな酷いことをしていい理由にはならない。命を奪うような行為をするなら、その仕返しも覚悟しなきゃならん。それが――仕事だろ?」

 暗い瞳の百鬼丸。歴戦の死線を超えた者のみが有する独特の醸し出す雰囲気を感じた。

 朱音はこのとき、百鬼丸少年という正体の一端を知った気がした。

 

 

 

 「……分かりました。敵襲は今日なのですね?」

 決意の固まった声で、訊ねる。

 「ああ、今日しかない。準備と移動距離で割り出すと今日だ」

 

 

 

 顎に手をやり考え込んだ朱音。

 「今から下山して陸路で移動するには、恐らく包囲網ができているでしょうね」

 「ああ」

「となると潜水艦ですか」

 《ノーチラス号》だけは、舞草の一存では決められない。米海軍所属のため、フリードマンの交渉が必要となり、また許諾がおりるまで時間もかかる。

 必然、出発は夜になる。

 朱音の苦悩を読み取った百鬼丸は、

 「……まぁ、おれがもっと早く言ってればよかったんですけどね。おれ自身も確証がもてるのは敵が近づいて来るしかないんです。それにおれ一人が喚いても信頼されるわけないですしね」

 おどけた調子で百鬼丸は笑う。

 

 しかし、その様子がひどく物悲しく朱音にはみえた。

 「なぜ、そこまでしてくれるのですか?」

 堪らず聞かずにはいれなかった。

 少年は、

 「おれを信じてくれた人がいる限り……絶対その相手は守ります。それに、貴方が刀使を守ってくれって言ったじゃないですか? 約束は確実に履行されないといけない。おれは、おれ自身が嘘つきにならない為に、絶対に刀使を守る」

 言い終わると同時に、楡の木が大きくざわめき、擦れあう無数の葉音がきこえた。

 エメラルドグリーンの光が枝の間を縫い、射し込む。

 

 

 

 

 点々と葉影を貼り付ける百鬼丸を一瞥し、

 「今日は祭事があります。露店もあって、楽しいですよ。百鬼丸さんもいかがですか?」

 朱音は無意識に、少年を年相応の子として扱ってやりたくなった。――非力な自分ができるのは、こんなことくらいしかない。

 百鬼丸は驚いたように口を半開きにし、

 「――ええっと、どうも。その……提案は嬉しいです。けど、おれはいいです。おれは、人の中にいると落ち着かなくて」

 はにかんだ。

 「そうですか。無理なことを強いてすみませんでした」

 「い、いえ。ではもう行きます」

 百鬼丸は駆け出した。

 残された朱音は、大人としての立場からしか彼と触れ合えないもどかしさを感じた。本来であれば、彼のやることは止めるべきなのだろうが、現状は彼のとる行動が最適解のだ。

 すなわち、「防護の準備をしつつ待機」である。

 「情けない……ですね」

 子供にばかり負担を強いる自身に対して愚痴をこぼす。

 

 

 

 

 5

 笛太鼓の音色を遠くで聞きながら、百鬼丸は最後の準備を終えた。

 小川の流れる付近の斜面に膝を突き立てて、衝撃波を与える。

 「――まぁ、こんなものだろう」

 ある程度でいい――膝を地面から離して、樹林から射した陽の光を浴びた。

 セミが鳴いている。

 涼やかな微風が、濃密な腐葉土の香りを運ぶ。

 切り出した杉の木を積んで、先端の削り出し加工を終えていた。あとは、無断で拝借する予定の自動車を数台。

 これだけで、合計一時間近くは……いいや、刀使の協力を得ても30分が限界だ。

 「殺さないなら、上出来だろ」

 百鬼丸はぼやいた。

 精神を落ち着ける。

 「あとは、待つだけだ」

 百鬼丸は無理やりに眠り込むことにした。体力が必要だ。馴染み深い山だ。眠れる。安眠ができるのだ……

 

 

 6

 午後七時すぎ頃、舞草の拠点となる山村の哨戒任務に当たっていた長船の一人の刀使が、詰所に血相を変えて地面に転がり込んだ。

 半ば悲鳴のように、

 「米村隊長!」

 叫ぶ。

 その刀使の胸には杭のように長い棒が突き刺さっていた。

 「……ど、どうした? それは?」

 その心配に返事をする暇もなく、

 「いま、村の四方を特別機動隊が包囲しています! わたしが、事情を聞きに行った際に、実弾と共に喰らいました。《写シ》を剥がさないように……皆に伝えてください」

 

 

 つい数分前。

 百鬼丸の予想通り、南側の哨戒に当たっていた長船の刀使二人は、無数のヘッドラインの明かりに驚いた。

 この先は村に続く道である。

 車両から降車した特別機動隊員は列をつくり、盾で防護を固めた。

 そこに事情を問おうと近づいた。

 だが。

 ――発射しろッ

 という鋭い言葉と共に実弾と別のナニカを発射した。

 

 咄嗟に長船の刀使は《写シ》を貼った。しかし杭のような一撃を胸に受けた。

 (早く知らせないと……)

 その使命感だけで、詰所まで赴いた。

 

 そう言い終わると、失神寸前の様子だった。このままでは写シが剥がれると判断し、孝子はすぐさま、杭状のものを抜いた。この子は想像以上にタフな精神力を持っていたようだ。

 

 「……これは、ボーガンの矢?」

 実弾とセットで射撃したとなれば、刀使を殺しにきている。

 そのとき、不意に百鬼丸の顔が浮かんだ。

 あの、彼の一言一句が全てこのときの瞬間を予見していたのだ。そして、全て的中してしまった。

 「――くそっ」 

 改めて、己の判断ミスを悔いるしかない。

 それを慰めるように肩に手を優しく置いた聡美は、

 「それで、百鬼丸くんは?」

 報告にきた刀使は、意識を失う寸前の最後の余力で、

 「……いま、前線の……刀使数人を率いて、防戦を展開して……います……」

 

 

 7

 その言葉通り、百鬼丸は特別機動部隊の展開すると予測される場所、ルートを選別していた。

 彼が駆けつけたときには、すでに一人手負いになっていた。

 話し合いで決着がつくならいい、そう思っていた百鬼丸の期待は見事に裏切られた、そしてブチ切れた。

 「…………キサマら、許さんぞ」冷徹に言い放つ。

 先鋭化した木材と鉄鋼を抱えた百鬼丸は、前面に展開した隊列の特殊機動部隊をわずか三分で単独制圧した。

 

 

 ――恐らく敵の大義名分は「特別災害予定区域」という名目からバリケードで囲い、舞草と民間人を見極める魂胆だろう。

 

 であれば、話は簡単だ。

 装甲車両の進入を阻むために、村に続く山道を人工的に発生させた土砂崩れを発生させればよい。これにより、特別機動隊(STT)の連中は徒歩での移動を強いられる。

 さらに、補給部隊となる後続車両から「催涙弾」を奪う。

 前方と土砂崩れにより寸断された状態であれば、百鬼丸単独で制圧は可能だ。

 また、相手もまさか補給部隊を狙うとは思っていないだろう。あくまで、「刀使」を想定しているのだから。

 

 そのために必要なことは、山の地質調査と地下水の確認、そして人工林の有無である。

 

 幸い、この山は全ての条件が揃っていた。

 そもそも温泉がある時点で、地下水も人工林も、クリアできると予想していた。地質に関しては、周囲との山の条件が重なり、クリアしたことになる。

 

 村の東から侵入するはずだったSTTの隊員たちは戸惑った。本来ならば想定通り、ここの斜面はなだらかな樹林のはずだった。最近は雨も降っていないはず……しかし、隊員たちの膝は泥濘に埋まっていた。

 いわゆる流砂現象である。

 地震の際に発生する地面の沈殿化だが、まず通常時ではありえない。

 地層の土砂の構造配列が変化しなければ不可能である……。

 隊員の一人がふと夜を見上げた。

 シュポン、シュポン、と気の抜けた音が天空から落ちてくる。細く白い煙の尾を引いて……

 「まずいッ、催涙弾だッ!」

 そう警告したときには、すでに遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊撃のため急ぎ駆けつけた聡美は、現状をうまく理解出来ずにいた。

 百鬼丸の言葉通り、東から順番に四方を回ったが、どこの方面も敵の侵入を阻んでた。

 一巡し終わると、最初の地点に戻ってきた。

 東側に佇んだ百鬼丸は無表情にSTTの隊員たちを眺めながら、聡美の気配に気いた。

 「ああ、きましたか」

 と、まるで待ち合わせでもしていたような態度だった。

 付近に煌々と燃える篝火に、横頬を照らしながら自若泰然としている。

 落ち着きはらった、不気味なまでの余裕。これが、あの頼りなさそうな、人を嫌う風の少年と同一人物だろうか?

 「君は一体なんなの?」

 肩から垂らした三つ編みを揺らし、思わず口走る。

 百鬼丸は肩ごしに、

 「おれは単なる〝化物〟ですよ――人間とは違う、ね」

 皮肉っぽい口調で答えた。

 味方ながら得体のしれない少年を、半ば呆然と眺める聡美。

 しかし、そんな彼女をお構いなしに、

 「さ、次に行きましょう。南――つまり正面。ここを抑えないと」

 足早に百鬼丸は山の夜闇を進んでゆく。

 「……わかった」

 大人しく従うことにした。

 

 8

 南は最も機動隊の人員が多く、かつ開けた場所であり攻めやすく守りにくい地形である。

 「もう朱音さんとフリードマンさんは逃げたかいな?」

 とぼけた調子で、後ろ斜めを歩く聡美に尋ねた。

 「ええ、孝子が護衛をしているから恐らく――大丈夫だと思う」

 百鬼丸は無言で頷くと、

 「足元に気をつけろ。細竹槍を無数に地面に埋めている。連中の分厚い靴底を貫くほどの威力はなくとも、人間は自然と足元に恐怖心を覚える」

 言葉通り、薄闇の地面には斜めに突き立てられた細い竹槍が巧妙に地形を利用していた。

 目視で50名ほどの隊員たちが、足元を気にしながら、前進する。

 

 敵との距離は約70メートル。

 「……よし、やるか」百鬼丸は呟く。

 軽自動車二台、軽トラ一台が後輪片側を木製の直角三角形の上に置いた。

 タイヤと台座の間には瓦礫の破片を挟んでいた。後輪の持ち上がった部分のタイヤの上部は刳り貫かれ、円筒状の中に瓦礫が詰まっていた。

 「これは?」

 不安そうに問うた聡美。

 百鬼丸は無言で、足元に置いたピアノ線を屈んで引く。すると、同時に三台の車の後輪が回転し、挟まれた瓦礫は猛スピードで特別機動隊の透明な盾に衝突した。

 時速八〇キロから一〇〇キロほどの回転から生み出される速度の弾丸。

 ゴン、ゴン、と猛烈な衝突音がした。しかも、機動隊は実弾の発泡を行おうにも地面の不安定性と飛来する瓦礫の弾丸に怯んでいた。

 一歩間違えば重症か、死亡する危険性すらあった。

 それをなんの躊躇もなく、百鬼丸は実行している。

 「……あと五分後には、あんたたちも逃げてくれ。あくまで、この工作はおれ一人の仕業だ。後々こんな工作してた――ってバレるのはよくないだろ?」

 初めて振り返り、悪戯っ子ぽい顔でいう。

 確かに、彼のいうとおりかもしれない。けれど、彼のおかげで労せず機動隊の侵入を阻んでいる。

 「……あとは、お手製のバンブースリングで隊列の横から十字砲火にできる。あの竹槍地面のあとはバレバレの落とし穴……を囮に二段構えの落とし穴だ」

 一体この二日間で彼はなにをしていたのだろうか?

 背後を振り返ると、H鋼が六本、直立で道を塞いでいた。しかも、電線がその六本に繋がれているため、高圧電流の紫が、H鋼に帯電している。この電線の配線は実に巧妙を極め、地面に電流が拡散しないよう、H鋼に巻きつけ、かつ侵入経路の道を遮る工作がなされていた。

 

 これはまるで、戦争……

 

 思わず聡美は声に出した。

 

 百鬼丸はただ口端を釣り上げ、

 「おれもここまでする予定じゃなかった。だが、連中が刀使を……あんたたちを殺しにかかってきてるから、おれも容赦はしない。自分たちのしていることと同等の苦痛を与えてやる」

 

 この日、舞草の拠点制圧に向かった特別機動隊五六〇名は不運に見舞われた。

 装甲車両六台大破。

 補給物資のうち、催涙弾を全て奪取される。

 村の突入から僅か一二分で七七名が負傷した。

 彼らは文字通り、訓練を受けたプロである。しかし、彼らは小細工とも思えるブービートラップに苦戦していた。

 

 ……のち、彼ら隊員の証言によると一番恐ろしかったのは、H鋼を小脇に抱え、それを振り回した「鬼」だったという。

 黒髪を大きく振り乱し、「お前たち、命が惜しければこの先進むべからず」と絶叫していたという。いくら、射撃しても、H鋼を全面に押し出し盾にする。さらに、二本目のH鋼が突き出される。質量五〇〇キログラムが飛び出すのだ。いくら機動隊の盾で防いでも、衝撃で腕や肩が複雑骨折する。

 

 上半身は裸に、二本のH鋼を抱えた百鬼丸は肩を大きく息をつき、壮絶な顔をしていた。汗が滝のように垂れて、引き締まり鍛えあげられた筋肉の皮膚を滑る。

 夜闇の冷気に、体表の湯気があがる。

 

 百鬼丸は文字通り「鬼神」の如き活躍をしていた。

 

 南側は膠着状態に陥った。

 

 西も同様である。

 

 北は一六メートルの岩が道を塞ぐ。

 

 全てが、全ての戦線が、膠着した。

 機動隊は恐れをなして、退却の気配をみせた。

 

 それを眺め、幾分冷静さを取り戻した百鬼丸は汗に塗れたまま鉄骨を地面に叩き落として、

 

 「あとは撤退だけだ。任せた」

 頑張れよ、と聡美の肩を叩き百鬼丸は再び夜の中に姿を消した。

 

 

 9

 その後、尚も戦線に留まる人員の士気を削ることにした。

 百鬼丸は体育座りの姿勢になった。両膝小僧の空洞に、催涙弾を詰め、村の四方を見下ろせる位置につくと、瞑目して落下位置を予測して間接射撃を行う。追撃砲のように膝小僧の銃口から放たれる催涙弾は、的確に効果を発揮した。

 

 心眼で確認すると、機動部隊の人々の煙に咽ぶ感覚がいくつも知覚できた。……だが、まだだ。まだ足りない。

 催涙の煙幕が消えると同時に絶え間なく発射した。

 奪取した内の千発をわずか十三分間で消費した。

 

 ――百鬼丸の脚部は、加速装置と銃砲を兼ねて備えている。

 

 加速装置の場合使用した後のデメリットがあり、普段は使わない。だが、衝撃波を放つ場合――例えば、加速時の全身に負担される衝撃を敢えて、今回のように地面に逃すのであれば、デメリットは無い。

 それに比して、銃砲はかなりの頻度で使用する。

 

 

 無慈悲に、容赦なく、百鬼丸は侵入者を悉く痛めつけた。

 

 特別機動隊の立場からいえば、奇襲の予定だった。しかも、敵は「ノロ」に蝕まれた刀使が仮想敵だったのである。

 まさか、事前情報にない反撃を受けるとは思っていなかったのである。

 

 

 10

 

 舞草の里の上空を旋回するヘリの無線から、現場指揮官の苛立つ声と共に燕結芽の投入の一時的な延期を伝える旨がきた。

 

 後部座席に足を組んでスナック菓子をかじっていた結芽は、形のよい眉を顰め、

 「えぇ〜!? こんなんじゃ全然楽しめないよぉ〜!!」

 不満を爆発させた。せっかく暴れられる機会を失うハメになりかねない。窓の遥か下を見ると、神社の社殿があり、その周囲に篝火が焚かれてい、長船の刀使たちが集結している。

 「ふぅ〜ん、そっか。やっぱり、それしかないよね」

 ひとりごちに、胸元に抱えた御刀の《ニッカリ青江》にぶら下がるマスコットキーホルダーに焦点を合わせ、意地悪い笑みを浮かべる。

 

 月光は冷ややかに、雲間は絶え間なく流れた。

 この日の夜はまだ長く続きそうである。

 




スイマセン、色々ご都合展開ですし、色々「無理あるんじゃね?」ってところはスルー推奨です……スンマセン。
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