刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第38話

 舞草の拠点を殲滅する作戦は、結果から言えば失敗に終わった。理由は様々あるが、一番大きかったのは、奇襲の失敗であった。特別機動隊の行動を先回りするかのように全ての侵入経路に妨害工作がなされており、およそ一時間三〇分後に村へと機動隊が突入した時には、既に舞草と思われる関係者は逃げていた。

 

 しかも、機動隊五七〇名のうち、二四〇名が重軽傷を負ったために迅速な事後処理すらできずに終わった。

折神家主導の作戦で、このような敗北を喫するのは初めてのことであった。

 しかも秘密裏に、親衛隊最強と名高い燕結芽が一時敵に人質としてとられたという。

 だが、それから一週間。――ほとんど、脱走者側からの行動はおろか反応が分からず仕舞となった。

 

 有り体にいえば、向こう側からの音沙汰なしであった。

 

 鎌倉。

 折神家屋敷では、舞草の襲撃脱走に絡めて全国に捜査網の徹底と共に当主、折神紫への襲撃に備えて屋敷の防備なども強化徹底されていた。

 

 いっそう慌ただしく、殺伐とした雰囲気を感じながら双葉は分厚くなる資料の山に埋もれていた。これから、国会での特別法案で刀使に絡む問題があるそうだ。

 詮索はしないが、あまり深入りしたくない内容だった。

 「はぁ……落ち着くなぁ」

 半ば現実逃避しながら紅茶を啜る。……夜見が勝手に使って良いと言われ、残してくれた紅茶は、独特なものばかりだったが、その中にあったカモミールだけは双葉だけでも知っていた。

 

 その名前を知っている茶葉で紅茶を淹れることにした。

 高そうな白磁の茶器にお湯を注ぐ。

 いい匂いがした。

 白いカップに口をつけながら、ぼんやりと執務椅子に背中を預ける。

 

 この屋敷には今、親衛隊は双葉しかいない。他の席ありの全員が出払っていた。

 

 午前十一時三〇分。

 あと、三〇分で正午だ。朝から事務仕事をしてきた双葉は疲れた目と肩を揉みながら、軽い湯気の向こうに映し出されたTVのモニターを眺めていた。

 本来は、国会の答弁など難しい番組をみるために設置されたモニターも、ラジオ代わりの賑やかしとして、適当につけていたに過ぎなかった。

 

 お昼のワイドショーがやけに騒がしい。

 (さて、もうひと頑張りするかなぁ)

 そう、思って身を起こす双葉。

 

 ――異変は突如として発生した。

 

 『……ただいま入ってきた情報です。現在、各都市の巨大街頭モニターがジャックされているとの報告です』

 緊迫した口調で、男性アナウンサーが表情を硬くして原稿を読み上げる。

 

 突如、テレビの画面が切り替わった。

 

 RECと赤い点で右上に表示された、チープな個人ビデオの画面だった。

 『あーっ、あーっ……映ってるかな? うん? よし、いいぞ』

 最初に響いた声は渋く、しかし陽気だった。

 画面の右側から姿を現したのは、四〇代ほどの西洋人の男性だった。銀髪の髪を後ろでひとつに束ねている。彫りの深い顔立ちは、海外の有名な俳優と言われても遜色のないほど優れていた。

 白いワイシャツに、灰色のズボン。そんなシンプルなファッションも、洗練された印象を受けた。

 その彼はニコニコしながら、

 『どうも。ボクの名前はレイリー・ブラッド・ジョー。君たちにわかりやすく言えば、アレだね。荒魂だよ。……それで、荒魂のボクから、君たち人間に対して宣戦布告をします。ボクたち《サマエル》は、数日以内にこの国を乗っ取ります。それが嫌だったら、今から告げる条件を受け入れてください』

 スラスラと、まるで友人にでも話しかけるようにジョーは喋りまくる。

 

 「……なんなの、コイツ?」

 双葉はティーカップをゆっくりと執務机に置き、目を細める。

 なにか質の悪い悪戯だろうか? それとも、なにかの番組の企画? とにかく、こんなことをしたら、人々が混乱するに決まっているのに笑えない。

 憤りながらも、ジョーの演説に注意をむける。

 

 『この国の全てを《サマエル》に差し出すこと。これが無理な場合は、容赦なく人間たちを殺します。ま、大してさっきの要求と変わらないよね、アハハ……ああ、古き良き時代は終わったのだ! 人が人を殺せる、正常な世界は! これからは、荒魂が人を殺すのだ……! 悲しいねぇ、でも君たちも散々、他の動植物を殺しまくったんだから、お互い様だよね。じゃあ、政府国民諸君、さらばだ。お返事をお待ちしているよ』

 

 それ以外にもベラベラと語っていたが、双葉には主旨のみしか理解できなかった。約六分間にわたるお喋りがあっという間に過ぎ去った。

 

 途端に画面が通常のワイドショーに切り替わった。

 番組では出演者をはじめ、司会の男性も困惑した顔つきで、ジョーと名乗る男の演説に呑まれていた。

 

 双葉は、あのジョーと名乗る男の顔を以前にどこかで見た気がしていた。

「荒魂――? まさか、人間を蝕んだ荒魂が……」

 ありえない、と言いかけて口を噤んだ。いいや、有り得る。現に、双葉自身がノロのアンプルを体内に受け入れているではないか。

 彼もまた、このノロの力で飛躍的な能力を獲得し、あのような世迷言を?

 

 

 いずれにしても、荒魂関連であればこの折神家の管轄内だ。仕事が増える。

 「愉快犯ならいいけど……」

 気が付くとぬるくなっていた紅茶をすすりながら、双葉は胸がザワつくのを感じていた。

片隅の本能が告げていた。

 

 ――彼は危ない、と。

 

 2

 原子力潜水艦《ノーチラス号》は、日本列島付近の太平洋深海を航行していた。

 

 訳も分からず数日、こもっていると、気が滅入りそうになっていた。

 

 「くそっ、あのバカ変態野郎ッ!」

 ドン、と船室の壁を強く叩きながら薫は怒鳴った。これで何度目の八つ当たりか分からない。

 

 「薫……」

 エレンは沈んだ面持ちで、薫の肩を触り慰めた。

 

 船室に居る他の四人も、各々暗い表情で俯いたり苛立ちを感じていた。

 事前に敵襲があるかもしれない、そう折神朱音に伝えられていたが、いざその状況になると、大人たちは現状を把握するだけで精一杯だった。

 

 まして何も知らない六人は気が付くと、潜水艦に乗り脱出をしていた。

 助けてもらった人々を切り捨てて、逃げてしまった。その後ろめたさが、この部屋の空気を重苦しいものにしていた。

 

 「――あのバカ……百鬼丸はなぜ、自分だけで対処しようとしたんだッ」

 姫和は悔しそうに拳を握り憤る。

 寝室としてベッドが設置された船室は狭い。しかし今はこの狭さが、自分にはお似合いのような気が、姫和にはしていた。

 

 「……百鬼丸、朱音様に言ってた。必ず〝刀使〟を守るって。祭のとき、神社の境内で喋ってた」

 沙耶香が、ポツポツと言った。

 あの日、人の多さに疲れた沙耶香は静かな場所を探して神社を歩いていた。そこで、聞き覚えのある声がして、身を隠して話をきいていた。

 

 物思いに沈んでいた舞衣は、

 「待って、沙耶香ちゃん。それが本当なら――百鬼丸さんは最初から私たちを逃がすために残ったって事に……」気がついて顔をあげる。

 ふと、対面の可奈美に視線を投げかけた。

 

 可奈美は目を閉じて瞑想していた。

 薄く目を開き、

 「多分、百鬼丸さんはご当主様――折神紫を止める。そのために私たちを守って逃がしてくれたんだよ。でも、紫様……タギツヒメに会いたかったのは百鬼丸さん自身だと思う」

 淡々とした口調で語る。

 

 ガチャッ、と重厚な船室の扉が音をたてた。

 

 緊張を漂わせた雰囲気のフリードマンが、

 「みんな、大変だ。今アメリカ本国から得た情報なんだが――日本でテロの宣言があった。恐らく百鬼丸くんの肉体を奪った荒魂、知性体の仕業だろうね」

 

 潜水艦での移動中全ての情報を遮断していた。その結果、日本での情報収集が遅れたためである。

 

 

 「ホントですかグランパ!」

 エレンが金髪を乱して、祖父に問う。

 フリードマンは首肯する。

 「異様な事態だ。我々はこれから折神家に奇襲をかける準備をしている……そのタイミングを見計らったように、奴らが動き出した。知性体を指揮するのは、レイリー・ブラッド・ジョーと名乗る元人間だ。奴が仕組んだなら全て納得がいく」

 

 米国で天才の称号を欲しいままにした科学者。

 彼と荒魂が交わることにより、世界への壮大な復讐が始まった。

 

 「そいつも止めないといけないんじゃないのか?」

 薫が苛立ちを隠さずにいう。

 

 間を置かず、「……大丈夫だよ薫ちゃん」と可奈美が答える。

 

 「どういう意味だ?」

 

 「百鬼丸さんは、そのために残ったんだと思う」

 

 ――まさか、と薫は言いかけて百鬼丸の意味ありげな横顔を思い返し、口を噤む。

 

 彼ならば有りうるだろう。

 

 複雑な表情を浮かべた船室内を尻目に、

 

 「私が、必ず成し遂げる」

 

 姫和は小さく一人、誰にも聞こえない決意を呟いた。

 

 

 3

 夜虫の鳴く声が騒がしい。

 潅木の茂みに身を隠しながらおれは、冴えた月明かりを頼りに道すがら枯れ枝を拾った。激しくなる風に、弱々しく灯る種火。仄赤く熾った火が弾けて、次第に勢いが盛んになる。手をかざして、風から勢いを守る。

 

 「こんなものか……」

 おれは、カモシカを山で見つけて狩った。内蔵など腑分けして解体し、食べれる部分を小分けにして、削った木の串に刺した。火に焙られた獣肉から黄金の脂が滴り落ちて、火を更に盛んにする。

 焼けるまでおれは昏い空を仰ぐ。ちょうど、流星群の時だったから夜空に長い尾を曳く星を眺めていた。

 今は一体何月何日だろう。

 逃げた連中は大丈夫だろうか。

 しかし、うろたえても仕方ない。そう自分に言い聞かせる。

 

 大分いい匂いになったな、とおれは串を一本掴んでかぶりついた。口の中で動物性タンパク質が、油っぽくひろがる。二つ、三つ、と咀嚼しながらかぶりつく。味なんて分からない。空腹ならなんでもうまいのだ。

 

 人目を避けて逃げる。だが、情報は欲しい。だから、おれは舞草の村から携帯ラジオをひとつ拝借した。

 

 ニュースはずっと、舞草の捜索と紫を襲撃した二人の行方の追跡。それに終始していた。しかし、何時間前に連中……《サマエル》の情報が入った。

 

 何度も繰り返されるジョーの演説で、おれは悟った。

 

 奴らはおれをおびき出そうとしているのだ、と。

 

 ジョーの演説には、おれへの挑発があった。奴は他の人間なんて興味がない。強く意識しているのは、おれだけだ。――それはおれも同じだった。

 

 奴を抹殺するために、おれはここにいる。

 

 音声だけのジョーだが、彼が一体どんな身振り手振りかは用意に思い浮かぶ。あの胡散臭い笑みがおれを苛立たせる。

 

 「お前を今からぶっ殺しにいくからな……」

 

 おれは肉脂で汚れた口を腕で拭うと、連中《サマエル》をぶちのめす算段を考え始めた。

 

 

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