刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第39話

 撮影が終わった後のジョーは、上機嫌だった。

 

 あの日、ステインは《サマエル》と名乗る謎の集団に属した。しかし想像と異なり、あまりの行動の無さに、単独行動を取ろうと思っていた矢先の事だった。

 百鬼丸という、少年に出会った。

 彼はオールマイトと異なり、自らを守る対象以外には頓着しない傾向を有していた。今まで、「正義」「みんなのため」とのたまう嘘つきどもと違う……そのくせ、絶対に自らの信念を枉げない生き様に、ステインは彼を宿敵と決めた。

 

 どんな理由でもいい。はやく戦いたい。

 しかし、それには時間があと少しだけ必要になる。

 元々、他人との行動を好まない一匹狼のステインにとって、ソレは苦痛でしかなかった。けれども、あの少年は必ずジョーを殺しにくる。

 必然、彼との遭遇率は上がる。単純明快で、偽りのない結論。

 

 ステインはひとり、廃病院の片隅の廊下で刀に調整を加えていた。通常の刃と異なり、刃先から鍔にかけて、刀身はギザギザになっていた。無論、ワザとである。

 相手の体を傷つけて、出血させやすくしている。

 ……彼の《個性》凝血には必要なギミックといえた。

 「チッ」

 鋭く舌打ちする。

 この世界、刀使には《写シ》という厄介なシロモノがある。体表に薄白い膜を貼って、防御するのだ。つまり、一度攻撃しただけでは凝血は期待できない。二度、切りつけなければならない。――となると、自然、一刀から二刀流にならざるをえない。

 

 そんな心配をしていた折、ジョーに呼ばれて《サマエル》の武器庫に連れられた。廃病院を利用したこの場所はつい数日前から拠点のひとつとして、されている。

 

 ここでは、ありとあらゆる重火器、刀剣類が修造されていた。

 

 その中に長方形の強化ガラスに何十もの鎖で封印された刀が置かれていた。

 

 「これはなんだ?」ステインは強い眼差しで前方を歩くジョーに問う。

 

 首を後ろに回しながら、

 「これは《無銘刀》だよ。伝説の刀工が鍛えし六振りのうちのひとつ。あとの二つは百鬼丸が持っているね。君には、このひとふりを渡そう」

 理解しかねた。

 なぜ、わざわざジョーが《無銘刀》を持っているのだろうか?

 いいや、それ以前にどうやって手に入れたというのだろう?

 

 疑問が尽きないが、ステインは百鬼丸との闘い以外は余分だと考え、口を閉ざした。

 

 (悪はあくまで、〝悪〟だ。だから、余計なことは考えなくていい……)

 

 彼の矜持であった。

 

 はじめ、ヒーローに憧れ、そして現実に裏切られ、傷つけられた彼にとって、悪とはアンチテーゼとしての役割でしかなかった――最初は。

 しかし、悪に染まるにつれて、己一個の確固たる原理哲学が形成されるようになった。

 

 すなわち、悪とは世界に刻む、悪徳の記憶である、と。

 

 厳然たる、そして、純然たる悪。

 

 何者にも侵されない悪。

 

 この「力」を、悪行に使う。無神論者のステインも、しかし地獄を考えたことがある。もし、そんな場所がるなら自分は真っ先に堕ちるだろう。それに悔いはない。

 

 しかし、己の悪を打ち砕く正義によって、この身を滅ぼしたいと考えていた。

 

 だが、元の世界では死に場所を求めても、それが達せられることはなかった。

 

 であれば、この別世界によって、その目的を達成しようと考えた。

 

 

 己の犯した過ちに言い訳をする気は毛頭ない。罪過についても同様である――

 

 「俺はこの一生を燃やし尽くしても惜しくない、そんな相手と殺し合いたい! そのための力になるのかッ!」

 

 錠を解除したジョーに怒鳴る。

 ジョーは鷹揚に笑い、

 

 「可能だよ、可能だ……君は、いわば我々の剣だ。剣は考えなくてもいい、ただその機能を我々に与えてくれさえすれば、ね」

 

 取り出された刀には、ステインでも解るほどの強大な妖気を放っていた。漆塗りの鞘に収められた刀を無造作にジョーは放り投げてわたす。

 

 鯉口を切ると、刀身には不可解な文字が刻まれていた。

 

 勢いよく抜刀すると、強烈な圧迫感が刀身から迸って使い手の精神を蝕むほど邪悪な感じがした。

 

 「あの小僧はこんなものを二つも……?」

 

 ステインは頬に流れる汗を感じながら、たずねた。

 

 「そうだ。彼の持つ無銘刀は、それ以上に純粋なものだ。だから、精神が崩壊してもおかしくないだろう。どうした? それを捨てるなら今のうちだぞ」

 

 ジョーの挑発に、ステインは口端を曲げる。

 

 「断る。俺には俺のなすべき信念がある。悪は全てを呑み込む。俺はコイツをねじ伏せてやるッッ!」

 

 新たな力に、フツフツと細胞の全てが踊り狂う。

 

 三白眼を細め、箒を逆立てたような髪を片手で掻き毟り、喜悦に満ちる。

 

 「そうか、それはよかった。では、君には期待しているよ……」

 

 2

 

 サマエルの計画は、既に整っていた。

 

 この国に宣戦布告。

 まるでだれも予想しなかった事態。

 綱渡りのようなギリギリの平和を享受し続け、いつの間にかそれが恒久的な状態だと錯覚した家畜のような国民。危険の感受すら忘れた国の指導者たち。

 

 かりそめにも、隠世との接続状態にある世界のどこにも、「平和」という文字はない。あるのは、「勘違い」と「無意識」の狭間にある危うい日常だった。

 

 

 廃病院のロビーに集められた《知性体》は、少なくわずか六人に過ぎない。しかし、ノロに蝕まれた「人」の形状をした荒魂たちは多く六〇名はいるだろう。彼らは赤銅色の目をしているからわかりやすい。

 

 そもそも、人間を拉致して片っ端からノロを打ち込めば、荒魂人間になる。彼らは従順なゾンビのようだった。

 

 ――それから、巨大な一〇メートル級の荒魂が二五体、廃病院の外で身を潜めている。

 

 午後九時。

 ジョーは、そんな部下たちを満足そうに眺めながら、満足そうだった。

 

 「いいね、反逆というのは。いつの時代もこんな風景があるのだろうね。全てが明日、決まる」

 

 ジョーはなおも、歩きながら、荒魂たちに労いの言葉をかける。

 

 「この世界に安寧なんてものはない。目に入っていないだけだ。本当は……」

 

 「「修羅道」」

 

 声が揃ったことに驚いたジョーは背後を振り返る。ステインが佇んでいた。

 

 「君とは、こんなところで気が合うんだな、まったく」

 苦笑いともつかぬ様子だった。

 

 「――充実した死が欲しくば、充実した生を行え」

 

 「だれの言葉かな?」

 

 「知らん。だが、俺の人生の行先は決まっている」

 

 「素晴らしい。君をスカウトして本当によかった」と、破顔するジョー。

 

 ステインは赤いマフラーを翻しながら、背中に交差させた刀の柄を触る。脚部などに収納した短刀やナイフ、軍靴を改造したスパイクも馴染む。

 

 「準備は十分だね?」

 

 「――ああ」

 

 「今までありがとう。楽しかったよ」

 

 差し出したジョーの手を一瞥して、

 

 

 「死ね、くそったれ」

 

 ステインは唾を吐いた。

 

 「あははははは、最高だ、最高だ! 異方の来訪者よ!」

 

 

 運命の日は、刻一刻と近づいていた。

 

 

 だが政府は当初、このジョーの宣戦布告を真面目には受け取らなかった。否、受け取りはしたものの、公共施設、国会議事堂をはじめとする行政機関、インフラ設備などの防護を固めはした。……形式的には。

 

 だが、テロリズムの標的はいつだって、弱い民衆であることを、「平和」だった国は知らなかった。

 

 まして、敵は異形の化物――荒魂である。

 

 

 4

 日本標準時、午前四時。

 

 小高い丘に位置する廃病院の森は沈黙の中にあった。

 

 涼やかな風が腐葉土の香りを運ぶ。

 

 輸送用トラックが、数台停車している。

 

 不気味なまでの静けさが、粛々と行動する「人影」に奇妙な印象を与えた。

 

 長い、長い一日が始まった。

 

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