刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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今回の内容は実際の建物、人物、事件、事故とは関係ありません。


第40話

 1

 東京都と埼玉県の境に位置する国内最大のショッピングモール。小さな街がすっぽりと収まる程の規模である。ショッピングモール付近には巨大な湖もあり、敷地面積は約二十七万㎡、駐車台数は一万台。四季を問わず賑やかな憩いの場として人々は利用していた。

 

 巨大な湖を「L」字に沿うように建設された構造は、各ブロック八箇所によって構成されている。

 

 休日ともなると、万人の規模の人間がこのショッピングモールに押し寄せる。

 

 午前一〇時三十五分ごろ。

 商品および資材搬入用の通用門に、三台のトラックが停車した。検問を行う警備員は眠たげな欠伸をしながら、運転席を一瞥する。

 この日もいつものように忙しく、そして過ぎ去る同じ「一日」でしかないと思っていた。

 

 しかしトラックの運転席にはガスマスクをつけた男が手を振っていた。丸いプラスチックの目元部分は不気味に笑っていた――

 

 くぐもった声で、

 「やぁ、おはよう。そしておやすみ」独特の挨拶をした。

 このとき、警備員の男は本能から彼が危険だと察知して、咄嗟に机の下にある警報ボタンを鳴らそうと動いた。

 だがその勇敢な行動も無意味と化した。

 バァン、と乾いた破裂音と共に受付窓は蜘蛛の巣状に罅が入り、警備員の男は背後の壁に強く打ち付けられていた。がくり、と頭を垂れて脳漿と血を周囲に撒き散らしていた。

 

 運が悪く死んだ……わけではなかった。

 

 狙いすまされたかのように、しばらく誰も駆けつけて来ない。いや、それどころか防犯カメラすらマトモに作動していないのだった。

 

 次々と通用門から列をなして侵入するトラックは計六台だった。

 

 この大型ショッピングモールの防犯システムは既に、ジョーの手によって陥落していた。いわば、目と耳を塞がれた状態でボクシングを挑むようなものである。

 

 兇弾によって斃れた警備員はこの日の虐殺の記念すべき一人目となった。

 

 2

 この大型ショッピングモールに接続する道路は計六ヶ所あった。――だが、休日ともなると大渋滞が発生していた。一箇所につき三キロほどの混雑となっていた。

 車がひしめき合う中、車列の先頭に位置する大型運搬トラックは微動もしなかった。……むろんこのトラックの前には、車など一台もないのだ。

 

 この奇妙な光景は、後の証言でも得られた。しかも、六ヶ所全てである。

 

 午前一一時五分

 

 全ては計画通りだった。

 

 まず、ショッピングモールに繋がる埼玉と東京側の道路に駐車したトラックが突如、発火したかと思うと、車体が空き缶のように空中を舞った。車列のフロントガラスから、人々はしばらくその異様な数秒に注目していた。

 トラックは頭から道路に突き刺さり、激しい爆炎にその姿を消した。銀色の巨大な箱のような荷台から無数の「なにか」が放出された。

 その「なにか」は周囲に撒き散らされ、十秒以内に全て爆発し始めた。

 最初、渋滞に苛立っていた人々も、トラックが舞い上がり、爆炎を輝かせた頃から異常事態だという現実を受け入れはじめた。

 

 だが中には、相当なマヌケもいた。

 車を捨てて逃げる人々の中にも、携帯端末のカメラ機能で現場の写真や動画を撮影する連中がいた。彼らは無論、この連鎖爆弾の格好の餌食となり、気がついた時には体の肉片を辺に撒き散らすハメになっていた。

 

 現場は酸鼻を極めた。

 

 クラスターボムのように詰め込まれたプラスチック爆弾たちが、次々と破壊の魔の手を広げていった。あまりの勢いの凄まじさに、黒煙と炎が晴れた休日を、地獄絵図に塗り替えた。

 

 

 

 3

 そんなショッピングモールモール周辺の事情がまだ伝えられていない午前一一時一〇分。

今度は通用門から侵入したトラックたちが、各搬入路に停車した。――あとは、外の地獄と同様の地響きを鳴り立てて、激しい爆炎で虐殺の始まりを告げた。

 

 その間、ジョーはモールの空調設備室に立ち寄っていた。

 彼は台車を押しながら、鼻歌を陽気に歌っている。

 右手にはデザートイーグルが鈍い銀色を輝かせて、標的を待つようだった。

 

 『関係者以外立ち入り禁止』

 と、記された扉を我が物顔で開き、警備員らしき人を見つけるたびに、引き金をひいた。撃鉄が落ちて、銃口が火を噴いた。

 

 空気をビリビリと震わす強すぎる衝撃に、平穏だった日常の人々は驚いた。従業員たちはジョーのいる方向を、数秒……白痴のように眺めていた。

 

 映画の撮影だろうか?

 

 そんな、現実逃避も長くは続かなかった。

 

 「諸君、それではまた会おう」

 

 ガスマスクのこもった声が、カラカラと笑いながら空調室に進んでいった。

 

 ジョーを追うように駆けつけた人影が、一斉に通路にたむろする従業員へ射撃を開始した。火箭が眩く、次々と人間たちをなぎ払う。

 

 

 

 虐殺を背にしながらジョーは無機質な扉の前に佇み指を動かす。

 暗証番号を求める電子ロックも既に、ジョーには無意味だった。彼は適当に数字を打ち込む。しかし、電子制御が既に奪われた状態であればデタラメでもよいのだ。

 

 薄暗い、コンピュータの青白い画面だけが並ぶ部屋。

 ショッピングモールの本棟を司る空調室の部屋を見回し、巨大な箱を乱暴に開く。いくつものポリタンクに液体が揺らめいていた。

 

 神経ガス

 

 有名なVXガスとは異なり、大気中に散布されて約二〇分で濃度が薄まる……そんなガスをジョーは簡単に作ってしまっていた。

 

 ポリタンクから嬉しそうに子供を抱き抱えるようにして、ジョーは透明な液体を、通気口の枠へと流し込んでゆく。

 

 この三分後、モールの本棟の通気口や空調機から毒ガスが散布された。

 

 ガスの効果は、ジョーの試算通り二〇分で終わった。

 

 たった一時間以内に、約六百名もの人々が犠牲になった。

 

 この異様な虐殺は、国が始まって以来の事件となった。

 

 4

 

 「どうかな? 我々荒魂のやり口は?」

 

 ジョーは、中央完成制御室にいた。ガスマスクを外して、爽やかな笑みを浮かべていた。まるで七〇年前の原子力爆弾を投下したあとを歩き回った時を思い出すかのように。

 

 「……キサマら人間は下らん」

 

 赤黒いマントに覆われた姿から、いかにもつまらなそうな返事が返ってきた。

 

 「吾レは人間に復讐するためにここにいるのだ! 勘違いするなよ」

 白い着流しに、青色の帯。ボロボロの袖からは赤茶けた肌……黄金の瞳。赤い髪に白い毛先。まさに異形とも言うべき容姿だった。

 

 ジョーは肩をすくめて、

 「スルガ……君には赤羽刀の件で感謝しているんだ。仲良くやろう」となだめた。

 

 「――フン」

 彼の足元にばらまかれた百本ちかくの御刀たちを、スルガは素足で踏み散らかす。

金属同士の擦れあう不快な音がたつ。

 

 「君もこのショーに参加したのは、ボクの描くこの光景が見たいからだろ?」

 「悪趣味な……あの〝ステイン〟と名乗る男はどこだ?」

 おや? という表情でジョーが驚く。

 「彼はどうやら、刀に愛されているらしいな。彼は、今屋上だ。……愛しの彼を待っているんだろうな」

 

 スルガは踵を返して出口へむかう。そして、一度足を止め、

 「その百鬼丸という男、貴様らが執着するほどの者なのか?」

 ノイズ混じりの声に、ジョーは同意の首肯をする。

 

 ……そうか

 

 言い残して、部屋を退出した。

 

 5

 ジョーがスルガを見出したのは、テロを実行する三週間前だった。鎌府の学長高津某の気まぐれで増設された研究室の中にいくつもの廃墟があることが分かった。そこをしらみつぶしに探索していたところ、このスルガ……という、異形の者と出会った。赤羽刀が発生させる荒魂たちを操り、人間社会を混乱に陥れていたらしい。

 

 ジョーは初見でスルガを気に入った。

「君が欲しい……君の力を、人間どもに復讐するため、ボクに貸してくれないだろうか?」

 懇願するわけでもないが、優しい笑みに湛えられた狂気……人ならざる者のスルガをしても、彼の内に秘めた恐ろしさに一瞬押された気がした。

「吾レを? 人間如きが? バカな」

「ボクは人間であって、人間じゃない。君にはボクの正体が分からないのかい?」

 彼の言葉通り、神経を研ぎ澄ますと膨大な霊力が彼には溢れていた。

 

 「――ボクは知性体。荒魂の中でも特別種さ。しかも元の人間の人格を有したままの、ね。どうだい? 協力のほどは?」

 

 スルガの胸には、鬱屈した澱のようなものが蓄積されていた。

 

 しかし、このジョーという危険極まる男にほだされたのかもしれない。理由などどうでもいい。彼といれば、退屈はしないで済みそうだった。

 

 「いいだろう。……お前は吾レにどんな地獄をみせてくれる?」

 それは、初めて味わう他者への「期待」だった。

 

 ジョーは、

 「君の望む以上のモノを……」

 恭しく、紳士然としながら囁く。

 

 この暗く湿った、廃墟の研究棟の砕けた天井からいくつもの光が差し込んだ。

 

 

 6

 この前代未聞の大虐殺をいち早く連絡を受けた折神家では、急遽会議が開かれる……予定だった。

 

 

 しかし現実は不可解な事ばかりだった。

 当主の折神紫は、テロの一報をきいても眉ひとつ動かさず「そうか」と返事をしただけだった。まるで以前から知っていたかのような反応だった。

 それだけならば、問題はない。

 

 今回の事件では、巨大な荒魂の発生も確認されている……あの、モニタージャックをした「ジョー」と名乗る狂人の仕業だと誰もが気がついていた。

 

 だが政府要人を含め、今回の事件には淡白な反応を示すのみだった。

 

 その変化の一端――荒魂の大規模討伐の総指揮に、親衛隊の席なしの双葉が選ばれた。

 突然の命令に、唖然とする他ない双葉は、命令者の獅童真希の部屋に駆け込んだ。

 

 「これは一体どういう事ですか? なんで、席なしのわたしが?」

 

 突然の事態に混乱しながらも、なんとか自らの言いたい要件をいえた。

 

 真希も硬い視線を双葉に向けながら、

 

 「……分からない。今回のテロ事件はSTTの案件だ。その周辺に出現する荒魂の退治が、特別祭祀機動隊の役割だ。が、今回は親衛隊の席ありは皆、紫様の護衛任務を受けている」

 

 「な、なんでですか? ――そんな」

 

 真希は顔を歪めながら、

 「以前、紫様を強襲した十条姫和を含む舞草の残党が紫様を再び狙っている。確証はないが、そんな情報があった。だから、ボクたち親衛隊の席ありは容易に動けないんだ。理解してくれ」

 

 双葉は、生唾を飲み込んだ。

 

 情報では埼玉と東京の境で一〇メートル級の荒魂が暴れているとのことだった。一体でも厄介なのに、数体が同時に暴れている。S装備で多数の刀使を投入したところで、勝てるイメージが掴めない。

 

 そんな双葉の不安を読み取ったように、真希は、

 「大丈夫だ。いざとなれば、ボクたちも一時的に君の支援にいけるハズだ。……だが、問題はその投入できる刀使だが」

 

 小さく溜息をつく。

 

 現在、伍箇伝の状況は複雑だ。折神家率いる直属の刀使……というのは少ない。つまり、伍箇伝を統率することが本来の目的だからだ。

 だが公権力(折神家)に従順といえるのは、京都の綾小路武芸学舎。そして鎌府女学園の二校のみだった。

 

 舞草の拠点制圧作戦に絡んで、美濃関学園と長船女学園には強制捜査を入れていた。あとの平城学館は表向きはことを構えていない。しかし襲撃者十条姫和の件といい、小烏丸の所有者隠しの件といい、十分に警戒する要素となっていた。

 

 ――となれば、現在折神家の持ち駒は二校。

 

 しかも、通常通りの任務でも手一杯な現状、鎌府から動員できる刀使の最大は五〇名が限度。

 

 「……綾小路の支援が必要になりますね」

 双葉は現時点での問題点を整理し、冷静に告げる。

 

 真希もそれを理解していた。だから、

 「ああ、そうだね。もう相楽学長には話をつけてある。京都から四〇名、刀使が投入される予定だ。――あちらも近畿エリアをやりくりしながらだから、これが限度なんだろうね」

 

 鎌府も、関東一円の監視区域としている以上、どれだけ投入できても一箇所につき五〇名。西からの応援で四〇名。

 

 一見多すぎるくらいに思えた。

 

 

 「S装備も導入される……これで、制圧には問題ないだろう」

 

 真希は苦い口調だが、双葉を元気づけた。

 

 様々な責任を抱え込んだ真希の苦悩を双葉は察すると、

 「分かりました。これから折神家親衛隊所属、橋本双葉。鎌府、綾小路の二校の刀使を率いて鎮撫に向かいます」

 固い口調で敬礼をすると、機械的に部屋を出た。

 

 あとに残された真希は深い息を吐いた。

 

 そのすぐ後に扉がコンコン、と叩かれた。

 

 ――どうぞ、と返す暇もなく扉が開かれた。

 

 「ああ、キミか」

 安堵の微笑を漏らす真希。

 

 親衛隊第二席、此花寿々花は意味ありげな顔つきで真希の方に歩み寄る。

 

 「……双葉さんに任せたのは、こんな時の為なんでしょうね」

 

 親衛隊は、時として伍箇伝の刀使を指揮して荒魂の討伐を行う。かつて……二〇年前の反省から、大規模な刀使の集団戦についても一応の訓練もある。

 

 しかし、その指揮権は折神家が有する。それは権力を一元化することにより、命令系統の明確化を図る、という建前があるからだ。本音は、折神家の権力の集中にほかならない。

 

 では翻って、親衛隊の面々をみると、指揮官といえる能力を有するのは、獅童真希と此花寿々花の二人しかいない。

 皐月夜見は、直接の指揮よりもその周辺の索敵から工作に至るまでの支援能力に用いられている。

 燕結芽……に関しては論外といえた。個人の力は秀でていても、他者とのコミニュケーションを必要とされる指揮官には不向きであった。

 

 とすれば、真希と寿々花が仮に現場での対応で不在の場合に誰が大規模な刀使の指揮を行うのだろうか?

 

 双葉に期待されていたのは、この部分である。

 

 軍隊であれば下士官のような彼女もゆくゆくは、このような事態に備えての配属だったのだろう。

 

 そう、寿々花は推察していた。

 

 ……事実、その通りになってしまった。

 

 

 「いったい紫様はどこまでお見通しなんだろうね」

 寂しそうに笑う真希。

 

 まるで、手の届かないものを求め続ける子供のようにすら映った。

 

 「あら? 真希さんが弱音とは珍しいですこと」

 

 「……そうかもしれないね。でも双葉には頑張ってもらわないと」

 

 ええ、そうですわね。

 

 つぶやきながら、寿々花は真希の背後の窓に目線を投げる。非日常の人間社会を嘲笑うような、綺麗な昼の青い空だけが『日常』の風景のひとつとして存在していた。

 

 

 

 

 ◇

  「チッ……はぁ……」

 田村明は舌打ち混じりの溜息を漏らした。

STT(特殊機動隊)に所属する彼は、今年で三一歳になる。四年前に試験を受けて入隊をした。これまでの出動経験では『荒魂』などの異形の怪物だった。

しかし、今回は表向きには「テロリスト」すなわち人間である。

 

今事件で特別に支給された装備の中でも、アサルトライフルのG36があった。普通、この国で治安維持部隊が使用するようなシロモノではない。明らかに火力がある。

 

一応の訓練で射撃を試したが、まさか実用する場面があると思わなかった明は、装甲車に揺られながら、矢継ぎ早に無線で伝えられる惨状に二〇年前の「相模湾岸大厄災」を重ねていた。

二〇年前……相模湾岸付近の祖母の家に訪れていた明は、あの惨状を目の当たりにした。当時十一歳だった彼は、避難誘導に従い祖母を連れて人群の中を行動していた。

真っ暗な雲に紅色の空が禍々しく映った。

大人たちは、異形の怪物に全くの役立たずだった。

いくら文明の利器である「銃」をぶっぱなしても意味がない。そんなことは小学生だった明でも理解できる現実だった。

 

 ――その中でも、刀使と呼ばれる少女たちは懸命に戦っていた。

 彼女たちは、自ら死地に赴き異形の怪物「荒魂」を駆逐していた。避難誘導も率先して行っていた乙女たちの姿を忘れることはなかった。

 勿論、彼女たちの「遺体」がシートに隠され運ばれる様子も。

 事件の後、世間は刀使を英雄として祭り上げた。一方、犠牲者も過剰な悲劇的な演出によりクローズアップされた。

 だが、明は知っている。

 あの時、あの現場では全てが異様な〝日常的〟光景として扱われていたことを。

 避難していた人々や、無力な大人たち……それに、刀使たち自身までが犠牲を当然のような態度で受け入れていた。

 

 子供心に、こんな世間はおかしいと思った。

 

 だから、彼女たちのような刀使の役にたつ仕事をしようと思った。

 

 そして、特別機動隊に入隊した……。

 

 しかし、現実は非情だった。つい数日前に舞草と呼ばれる公権力に反発する刀使集団の殲滅作戦に駆り出されたばかりだった。

 (オレはこんなことがしたくて、この組織に入ったわけじゃないんだッ!)

 内心悔しく歯噛みしたが、結局凡俗な明は、仕事と割り切り出動した。

 刀使を殺すことすら許可されていた作戦に。

 

 

 

 『お前ら、どんなひどいことをしても当然だと思っているのかッ!!』

 

 唐突にそんな台詞が蘇った。

 

 あの時、明たちの前に猛然と嵐のような暴力を振るう鬼――のような少年が絶叫して、機動隊の侵入を防いでいた。――たった一人で。

 

 明は東経路からの侵入部隊だった。――が、進入路となる足元が地面に埋まった。しかも夜空から催涙弾が雨あられのように落下して、呼吸困難になるまで白煙にむせび泣いた。

 

 数分で攻撃は終わった。同僚を含め多数の負傷者を出した(死者は幸い、いなかった)。

 皆口々に「あのクソガキを見つけたらぶちのめす」「殺してやる」などと喚き散らしていた。

 

 だが明は、そんな彼らを尻目に本来の志を思い出していた。

 

 彼……あの鬼のように強く、純粋な少年の姿こそが自らが思い描いていた理想の自分だった。

 

 もしも、自分が刀使を守れるヒーローになれるなら、と漫然と思い描いていた姿が明確に目前に現れたのだ。だから、舞草の拠点制圧が失敗に終わったのも正直、ホッと安堵していた。

 

 「おい、明大丈夫か?」

 真向かいの同僚が、心配そうに声をかける。

 「……ああ、すまん。きいてなかった。悪い」

 「いいや、誰だってこんな大規模テロは不安だよな。本来は自衛隊が出るんだろうが、あくまで国内治安維持はコッチ(STT)の仕事。そうなってるらしいからな。それに、自衛隊の派遣には膨大な時間と国会の審議が必要らしくて、時間がかかる。だからアサルトライフルを支給されたんだ。お笑い種だよな」

 そう言ってコツン、と銃身を軽く叩く。

 いつになく饒舌な同僚も、心細いのだろう。

 

 「今回の件、多分敵は荒魂なんだろうが、外見が人間な以上やりにくいよなぁ……」

 

 「ああ」

 「あと十分で到着だ。それからは、徒歩で移動して現場で待機らしい」

 G36の安全装置を確認して明は瞑目する。

 願わくば、刀使の娘たちに凄惨な現場を目撃させず事を処理できるように、と。

 

 

 2

 綾小路武芸学舎、中等部一年の内里歩は、不謹慎であるが今回の遠征に多少浮ついた心持ちで臨んでいた。

 久しぶりの実家に戻って休日を満喫していた彼女のもとに、緊急招集命令が下った。学長と折神家連名の招集である。ことの重大さが察せられた。

 

 支度を済ませて、数十分後に学校に到着した。

 

 既に校門の広いスペースには数十人の人影が集まっていた。

 

 そこに背広の四十代ほどの男が、鋭い目線で周囲を見回しながら、

 「君たちにはこれから、関東に向かってもらう。事情を知っている者もいるだろうが……」と、声を枯らして連絡事項を繰り返し伝えていた。

 

 だが彼の言葉の続きはわかっていた。ちょうど、昼頃に緊急ニュースとして報じられていた大規模テロに関連した大荒魂の討伐だろう。

 

 

 計四〇名の刀使が集められた。

 京都駅から、特別運行の新幹線に乗り東へ赴いた。旅行で一度行ったきりの関東だったから、歩は緊張半分と期待半分だった。

 親友の田辺美弥も一緒で心強かった。

歩たちは慌ただしく招集され、気が付くと新幹線の座席シートに身を深く沈めていた。

 流れゆく車窓を横目に、

 「これからどうなるのかなぁ……」隣席の美弥が何気なくいう。

 まだ未熟な中等部の彼女たちも、世間では立派な刀使だった。

 「だ、大丈夫だよ。荒魂の討伐さえ終われば、すぐ帰れるよ」

 歩は硬い表情で笑顔をつくり、親友を励ます。

 内心ではあの凄惨な現場を見ずに済むなら普段の任務と変わらない、そう思い込むようにしていた――

 

 その後東京駅に到着し、車両に乗せられ現場へと派遣されることになっていた。

 

 S装備は現場着用を命じられ、車中にて実習で教えられた通りの手順を思い出しながら歩は、次第に高まる緊張の心臓の鼓動を感じていた。

 

 結果論に過ぎないが、内里歩はこの日の事が、まさか今後のゆく末を左右するとは思ってもみなかっただろう。

 

 

 

 3

 ぐっ、と御刀の柄を握る手が強まる。

 歩は細長いヒビの入ったオレンジ色のバイザーから必死に目を凝らす。ちょうど左手側に巨大な淡水の湖を臨み、朔風が水面に小さな漣をたてる。鼻に水の濃い匂いがする気がした。

 

 最初は完璧だった――一体どこで間違えたのだろう。

 

 

 

 

 

 綾小路の刀使が到着して早々のことだった。

 S装備を装着した歩たちはすぐさま、民間人の保護に回された。鎌府と折神家の到着が遅れるとの連絡があった為(恐らく鎌府の刀使が出払い集まらなかったのだろう)、本来は野営本部での待機の筈だった。しかし、大荒魂がショッピングモールの湖側に出没した、との報告がきた。

 

 現場の指揮系統は現在、特別機動隊の指揮官が指示を下している。

 荒魂に唯一対抗できるのが刀使しかいない場合――彼女たちに頼るのが自然な流れだろう。鎌府を待っていては事態が悪化する。そう判断され、たった四〇名の刀使が前線へと送り出された。

 

 現在時刻は午後四時。事件発生から随分時間が経過していた。

 「美弥、大丈夫?」

 歩は、チームを組む親友に明るく声をかけた。

 その彼女は小刻みに震えながら「うん、平気だよ」と口を釣り上げる。それが咄嗟の嘘だとすぐに理解できた。痙攣したかのような親友の笑みに、歩自身にも不安が募った。

 

 等間隔で設置された外灯の鉄柱に備え付けられたスピーカーから、楽しげなジャズ音楽が流れる。全く場違いな印象を受けた。

 歩は携帯端末のスペクトラムファインダーの画面と周囲を交互にみながら、ゆっくりと前進していく。この湖エリアは避難が完了しているという。

 次第に濃くなる夕色が周囲の風景を染め上げる。

 

 一チーム五人で構成された部隊。

 

 この湖エリアは広大で、二手に分かれてまだ逃げ遅れの民間人の探索と討伐を行う予定だった。

 

 湖畔沿いには計三チーム一五人の刀使が陣形を崩さず進んでいた。

 

 

 ……ヴォォオオオオオオオオ、ヴォオオオオオオオオオオオオオ

 

 と、唐突に遠雷の如く地面を振るわす咆哮が、綾小路の刀使たちの体を硬直させた。

這い寄る恐怖心を振り払うように、「写シを貼れ。ばっ、抜刀!」と、隊長が半ば悲鳴のように叫ぶ。

 

 体を守るS装備の鎧も、今の歩には心もとなく感じられた。

 

 ヴォオオオオオオオオ、ヴォオオオオオオヴォオオオオ

 

 また咆哮。

 

 今度は別の方角からだった。ゆうに二体の大荒魂がいる。

 (どこ? どこにいるの?)

 歩はバイザー越しに、怯えに歪む視界を彷徨わせた。

 夕暮れに沈む湖の奥に林立する木々の中だろうか?

 

 もう一体は――

 

 

 「あ、歩っ! 上、上、上に!」

 

 美弥の声の通り天空を確認する。茜色の空が美しく、その遥か彼方に小さな粒ほどのサイズの四脚の異形な姿を確認できた。

 

 まるでスローモーション撮影しているかのように、巨大な荒魂が落下してくる。本能が鈍ってしまった歩は、「えっ」とマヌケな発音で瞬きをするだけだった。

 

 その巨体との距離が近づくにつれて、現実を受け入れた。

 「――歩、逃げて」

 迅移を使わなければ……しかし、足が萎えて力が入らない。徐々に混乱した頭が体を凍らせていった。

 「バカ者ッ!」

 隊長格の綾小路の年長刀使が、迅移で歩の腕を掴んで落下位置から連れ出した。

 

 数秒後――地震のような地面の振動が、刀使たちを恐怖に駆り立てた。

 

 舗道のブロックを吹き飛ばしながら、羽の生えたワニのような荒魂が獰猛な口と歯を剥き出しにする。

 

 「散開して距離を保て!」

 歩の腕を掴む刀使が、声を張り上げて命ずる。

 人形のようにこわばった綾小路の刀使たちは、各々頷き間合いを取り始めた。

 

 「いい? 二度とあんなことしないで。死ぬの。理解して……」

 厳しい口調で、年長の刀使は歩を叱る。

 「……はい」

 半ば夢の出来事にすら思えた歩は、呆然とした調子で返事をした。

 「しっかりして――」

 と、叱責しようとしたところで、『ヴォオオオヴォオヴォヴォヴォ』というけたたましいサイレンのように耳をつんざく荒魂の鳴き声が響く。

 

 ――しかもまた別の方向から。

 

 湖畔から派手に水飛沫をたてて、爬虫類型の一〇メートル級の荒魂が岸から飛び出した。

爬虫類の荒魂は、その長い尾を横に振り周りの刀使たちを吹き飛ばす。次々と硝子玉が砕けたような甲高い響きが鼓膜を震わす。

 

 写シを貼っていたとはいえ、彼女たちは地面に簡単に転がって気絶してしまった。

 

 「「ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォオオオオオオオオオオオ」」

 

 二体の荒魂が同時に天に向かい叫び上げる。この世の終わりを告げるかのような盛大な音量の絶叫に、残った刀使たちは言葉を失った。

 

 こんな化物を相手にしないといけないのだろうか?

 

 誰しもの胸に、そんな事実が突きつけられた。

 

 

 

 4

 「美弥……?」

 歩は親友が荒魂の尾に弾き飛ばされる瞬間を目撃して、ようやく正気にかえった。理不尽に対する怒りが感情を支配し、腕を掴んだ年長の刀使を一瞥する。

 「すぐに、戦わせてください」

 と、願い出た。

 「そんな事を言ってる場合じゃないでしょ!? まず、気絶した刀使を助けないと……」

 冷静な彼女の口ぶりの裏に焦りが見え隠れしていた。

 

 「ヴォヴォオオ」――という咆哮の直後、歩たち二人を巨大な鉤爪の四本が襲い、強烈な衝撃に吹き飛ばされた。運良く歩は写シが剥がれず済んだが、地面に横たわる年長の刀使に目をやると、写シという守りの加護が消えていた。

 

 バイザーに亀裂が入ってしまった。S装備も万能というわけではないらしい。

 

 歩は冷静になった頭で周りを視認する。一五人いた刀使の殆どが地面に倒れて動かない。死んではいないだろうが、このままだとマズい。

 

 自ら招いた思慮の無さと迂闊さの窮地に、泣きそうになる。

 

 ドシン、ドシン、と巨体をゆすりながら、二体は歩の方へとゆっくりと、確実ににじり寄る。

 

 一瞬襲う眩暈のあと歩は無心でただ祈る――「誰か助けて」と。バイザーの奥の目をつぶる。迫り来る巨大な物質が肌感覚で否応なく理解できる。呼吸が浅く短くなる。

 

 ……もうだめだ。

 

 諦めた。途端に弛緩した筋肉は、肩から順番に力を緩めて、息をたっぷり飲み込んだ。

 

「ヴォオオオオオオオオ……」

 荒魂から吐き出される咆哮が、中途半端で終わった。

 

 (――えっ?)

 

 と、恐る恐る目を薄く開いた。

 

 歩のすぐ目前に濃緑の制服に身を包んだ、少女を認めた。――彼女の年の頃はあまり自分と変わらない。そう歩は思った。

 

 「だっ、大丈夫ですか?」

 その少女――否、刀使は穏やかそうな口調で安否を訊ねる。

 

 「あっ、はい!」

 

 よかったぁ~、と安堵しながら、肩越しに絶妙な剣技を連続して大荒魂に叩き込み続けている。

 

 「調査隊、六角清香……参ります!」

 普段しないような鼓舞のような宣言をして自らを奮い立たせる。

 

 小柄で華奢な体を必死に動かして、荒魂たちの攻撃を躱しつつ、反撃を試みる。的確な一撃一撃が、荒魂たちを翻弄する。

 彼女は相当な剣術の腕前、天才なのだ。否応なく、その力量差を思い知らされた歩は、

 「強い……」

 素直に呟いた。彼女は気が付くと御刀を抱き寄せていた。

 

 「みんなが……来る……まで、我慢……ッ、しないと……」

 清香の頬に汗が流れた。相当辛いのを耐えているのだ。しかし、時間稼ぎのために、この場の刀使を守るために勇敢に巨大な荒魂に抗い続けている。

 

 低い唸りが空気を切り裂き、凶悪な棘を有した尻尾が清香の死角――双方向の斜めから殺到した。

 

 「まだ……我慢っ、しないと……」

 清香は唇を必死に噛んで、呻くように言葉を発する。暴力的な風圧の接近に耐え、後ろへ逃げ場のない状況の中で、涙を大きな瞳に湛えて、逃亡する欲求を堪えていた。

 

 

 「あ、……あっ」

 

 歩は渇いた口内から漏れる単調な声で、清香に「逃げて」と伝えようとした。このままでは、せっかく助けにきてくれた彼女が本当に死んでしまう――

 

 清香と自らの死を、覚悟しようとした時。

 

 『よっしゃああああああああ、よく我慢したなぁああああああああああ!!』

 

 少年の明るく場違いなまでの声が木霊した。

 

 歩はその声のした方向へと目線を動かす。

 

 上半身に白いシーツを巻きつけた人影が、空中でスライディングでもするような格好で夕暮れの空中を滑空しながら、右足を突き出し、爬虫類型の荒魂とワニ型の荒魂を勢いよく蹴って湖面へと叩き落とす。爆発でも起こったかのような衝撃と、滂沱の水飛沫が舗道を激しく濡らす。

 

 「うそ……」

 人間わざではありえない映像が、歩の目前で行われた。あの質量のある荒魂たちをたった一撃の飛び蹴りだけで水底へ沈める――ありえない。

 そのありえない奇跡を起こした白いシーツの人影は、煩わしそうに白布を自らではぐり取った。

 

 長い黒髪を後ろで無造作に束ねただけで、舞い上がる髪は宵闇の迫る空に溶けそうな漆黒をしていた。どこかチグハグな印象を受ける顔には不敵で馬鹿にしたような表情。

 背丈はそれほど高くはないのは、猫背気味だからだろうか。

 両腕は包帯で巻かれている。

 

 「~~~~ひっ、百鬼丸さん!」

 涙に潤んだ声が些か弾んだ調子で、〝その人〟の名前を呼ぶ。

 

 先ほど助けに入ってくれた六角清香は、驚きと羨望の混ざった様子でぽーっ、と百鬼丸を見つめていた。

 

 呼ばれた当の本人は、

 「おう、お久しぶり!」

 悪ガキのように破顔して親指をたてる。

 

 こんな異様な状況でも、彼だけには違う時間が流れているような妙な安心が感じられた。

 

 「あの、どうしてここに……?」

 清香の問いの声に上擦ったような、奇妙な動揺がまざっていた。

 

 「――話はあとだ。まずは、アイツラをお片づけしないとな」

 

 百鬼丸は、肩越しに言いながら、スルスルと腕の包帯を解き、口で次々と肘から指先までの下膊を抜いた。

 

 「えっ!? うそ……」歩は別のショックに目を見張る。

 

 百鬼丸の両腕には、青白い妖気の宿る刃が二つ――煌めいていた。

 

 派手な飛沫を上げた荒魂たち二体も、岸に再び這い上がり、唐突な乱入者に明らかな敵愾心を向けている。

 

 「ちっとは、おねんねしてろよ、クソ野郎」

 ニタッ、と口を歪めて百鬼丸は自然体に近い様子で身構える。

 

 「あの人は、大丈夫なんですか?」

 無意識に、清香に尋ねていた。また、彼も怪我をしないだろうか――

 

 しかし、そんな歩の心配を微笑で返した清香は、

 「平気ですよ。あの人は強いですから」

 全幅の信頼を寄せた言葉は、歩を安堵させるのに十分だった。

 

 夕から宵に落ちかかる境界時間――。

 

 いま、たった一人の鬼が動き出した。

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