刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第41話

 百鬼丸の脚部から熱気と共に濛々と蒸気がジーンズの布越しに揺らめいていた。

 

 ――ちっ

 

 と、不機嫌な舌打ちをしながら彼は腰を落として両刃を肩の位置、水平に保ち構える。疾い速度で飛び出し、横並びの巨大荒魂の間を縫うように駆け抜ける。

 

 「「ヴォオオオオオオオ」」

 

 激しい鳴き声と同時に橙色の液体を撒き散らして身悶えする。すかさず百鬼丸は体を翻して右足を折りたたんで曲げると、勢いよく腰を回して二つの巨獣を蹴り飛ばした。

 「く」の字に折れ曲がった荒魂たちは再び水没する。

 哀れな連中は頭をプカプカと浮かべて、水から這い上がろうと試みる。百鬼丸はトドメをさすために湖の浅瀬まで歩き、太腿部分まで着水させる。ジュー、と水に冷やされた足から白湯気が立ち上る。その侭、刃先をワニと爬虫類の異形で巨大な頭部を刺し貫く。

 

 「くたばれ」

 一言告げた。言葉通り――

 

 悲鳴の跡形もなく、灰となって荒魂は消滅した。

 

 

 

 一部始終を眺めていた歩は、「どうしてあんなことができるんですか?」瞬き一つせず、いや、できず清香に訊く。

 問われた彼女は首を振り「わかりません」と答える。

 ノロすら残さない完璧な闘い。一方的に立ち回り、華麗に勝利する展開。

 

 つよくなりたい、と歩は思った。――ただ彼のように人の領域を超えたような強さに近づけるだろうか。不思議な魔力めいた「強さ」に魅入られてしまっていた。

 

 そんな純真な思いが、後の彼女を狂わしてゆくとも知らずに……

 

 

 1

 「んで、なんでここにいるんだよ?」

 浅瀬から上がった百鬼丸が、清香に聞いた。

 

 水に濡れた百鬼丸をぽけー、とみていた清香は「はっ」と正気を取り戻したように、ごほん、と咳払いをする。

 

 「え、えっと……ですね、今は赤羽刀を探す調査隊に所属していまして……」

 両手の指先を絡ませながら、これまでの経緯を百鬼丸に教える。

 

 百鬼丸と別れたあと、様々な人と出会い……自らが不足していた部分を補ってくれる友人たちと出会えたことなどを、一生懸命に語った。

 

 聞きながら百鬼丸は「うん、うん、そうか」と相槌をうち、時折微笑をみせた。まるで父性を感じさせるような雰囲気に、清香は穏やかな心持ちになった。

 

 「――なぁ、清香」

 

 「は、はい!?」

 

 突然名前で呼ばれ、驚いた清香はマジマジと真正面の少年を見ようとして……恥ずかしさで目を逸らして俯く。

 

 「悪いんだけど、義手を拾って装着してくれるか?」

 

 困ったように笑う百鬼丸の視線の先を辿ると、地面に義手が二つ転がっていた。

 

 「……はぃ」

 なぜだろうか。清香はしゅん、と萎むように肩を落として百鬼丸の義手を拾って、装着してやる。

 

 彼の刃を隠すように、腕の下膊が収まってゆく。生々しい手触りと質感はおよそ義手とは思えぬ程精巧にできていた。完全に腕が戻ると、グッ、と掌を握ったり開いたりする。

 

 大きな男性の掌を触っていた清香の手は、突然百鬼丸の開閉運動に指先同士が触れ合った。

 

 「……うん、いい感じだ」

 

 百鬼丸は素直な感想で、「助かった」とお礼を述べる。

 「い、いえ。あの……はやく、腕も戻るといいですね」

 

 「ん? そうだな。そのために今日、ここに来たんだからな」

 

 「…………義手もいいですけど、本物の百鬼丸さんの手も触ってみたい、かな」

 小さな声で、清香は無意識に呟いていた。

 しかし自らの発言を頭の中で咀嚼して、あっ、と驚きを上げながら百鬼丸の顔を正面に捉える。

 

 キョトン、とした様子で百鬼丸は「あ、ありがとう?」と不思議そうな顔をしていた。

 

 清香は自らの耳が熱くなるのを感じた。

 

 2

 「そんで、そこのお嬢さんは大丈夫か? 怪我とかはないか?」

 歩に声をかけながら、ゆっくりと近づく。

 

 「えっ……あ、はい。大丈夫です」

 さきほどから何度も足に力を入れても腰が抜けて立ち上がれない。しかもS装備のバッテリーが切れて、鎧の外殻が普段より一層重く感ぜられた。

 

 百鬼丸はそれを察したように「ああ、なるほど」と頷いた。

 

 「怖かっただろうな。あんなの。普通だったら、逃げ出すぞ……よく耐えたな」

 背を屈めて、百鬼丸は歩の目線の位置に合わせて笑いかける。

 

 「わたしが気を抜いてたから……美弥もみんなも……」

 悔しさに面を顰めながら、次々と涙がこぼれた。……悔しさもある、だが、あの化物と対峙して生き残れた安堵の意味もあった。

 

 一度、涙腺が緩むとあとは流れるままに体を震わせた。

 

 「よくやった。あとはおれに任せろ」

 泣きじゃくる歩の頭を半ば乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる――というより、揉むと力強く宣言する。

 百鬼丸の言葉に安心感で満たされた。

 「……はい」

 

 「ほかの転がってる刀使たちは生きてる。パッパと回収したいところだけど、手が足らないからなぁ……機動隊の連中に援護要請を出してくれ。おれは先に進む」

 

 立ち上がると百鬼丸は踵を返した――ハズだったが、左腕を掴まれる感覚がして振り返る。

 

 

 歩が無意識に百鬼丸の手首を握っていた。

 「あれ? っ、あはは……すいません……手が勝手に……」

 窮地を脱したあと、意識不明の仲間の中で一人残されるのが心細いのだろう。指先が未だに小刻みに震えていた。

 

 

 「――分かった。近くに待機している機動隊をみつけよう。幸い、荒魂の気配も周囲にないみたいだから、少しの間だけここに、この娘たちを寝かせても平気だろ」

 百鬼丸は背を向けて屈み、

 「S装備は重いからパージしろよ。背負ってやる」

 

 百鬼丸の提案に、ありがたいと思う反面、この年になって誰かに異性に背負われる恥ずかしさで戸惑いながら……

 「………………お願いします」

 俯いて頼んだ。

 

 

 

 

 3

 安桜美炎は、突然に隊を離れて飛び出した六角清香を探していた。

 「どこに行っちゃったのかなぁ~?」

 ショッピングモールの湖側、ボート乗り場の辺へと駆け出した清香の後を追いながら、殺伐とした異様な雰囲気に不気味さを覚えていた。

 赤羽刀を探して、調査隊を組まれて日にちが経過した。

 ――当初、瀬戸内智恵の助言通り鎌府の廃墟となった実験施設へと赴いた。しかし、そこには誰の姿もなく、「どうして……?」と深刻そうな顔で呟く智慧を不信に思った美炎だった。

 しばらく、赤羽刀の行方を探していた時……この大規模テロのニュースを知った。

 一時的に調査隊は、この大規模テロに連動して発生した荒魂の退治に派遣されることになった。

 

 今のところ、調査隊の面々は人が死んでいる場面に遭遇していないのは幸いだろう。……ただ、野営地の本部に避難してきた大勢の人たちや、怪我で傷ついた人々をみるにつれて、美炎はこんな酷いことをした相手を許すわけにはいかないと決意を固めた。

 

 

 夕刻から夜の境。徐々に色濃くなる闇色の木々を感じながら、

 「連絡では、この周辺に派遣された綾小路の刀使の部隊から連絡が途絶えているようですね」

 木寅ミルヤが冷静な口調で現状を伝える。彼女は北欧人とのハーフというだけあり、日本人離れした顔立ちや、髪の色も、年の割に大人びた雰囲気も威厳と理知的な雰囲気が醸し出されていた。

 

 「あァ? とっとと、荒魂ちゃんを切り刻もーぜ。ワクワクしてて、頭がフットーしそうだぜ」

 ひひっ、と笑う小柄な少女はパーカーの下から覗かせた猛禽類に似た獰猛な視線を隠そうともせずにぎらつかせた。……七之里呼吹、鎌府でも名の知れた〝有名人〟である。主に悪名の方で。

 

 すぐ斜め後ろを歩いていた瀬戸内智恵は呆れた。

 はぁ~、と盛大な溜息をついて頭に軽く手を当てた。彼女は長船女学園の――或は舞草の一人として、この現場に居る。

 長船女学園独特の胸部を異様に強調された制服の、凶暴な巨乳をぶるぅん、と揺らしながら、

 「七之里さん。今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ?」言い含めるように咎めた。

 

  その智恵の言葉を引き継ぐように、

 

 「そうだよ! まずは清香を探さないと!」

 穴空きレザーグローブの拳を胸元辺で握り締めて真剣な眼差しで言う。彼女の左腰元に佩いた御刀、加州清光の白い柄を触る。

 いつ、敵が襲ってきても大丈夫なように、警戒は怠っていない。

 この切っ先の完全に削れた加州清光は、《処刑刀》のような形状になってしまっている。だがその切れ味は些かも衰えてはいない。

 

 周囲に生い茂る木々が風にそよぎ、恐怖心を煽るような効果を与える。

 「でもなんで、急に飛び出していったんだろう?」

 おとがいに人差し指を当て、必死に考え込む美炎。

 

 普段の彼女からは想像もつかないような行動……。確かに、剣術はズバ抜けているが実践では気弱でやや頼りない。その彼女がこんな凄惨な現場で真っ先に行動できるとすれば何かしら理由があるハズで――

 

 「ん~っ、わかんない~~」

 ガシガシと髪を乱暴に掻く。

 

 考えていた所で答えは出ない。そもそも、考えるのが性に合わない。

 

 と、ブロックタイルを踏む足音がいくつも近づくのが聞こえた。四人は一瞬緊張した空気に飲まれて身構えたが――

 

 四人を発見すると、喜んで大きく手を振る平城の制服の少女。あれは確かに見覚えがある……

 

 「あれ? 清香と……もうひとりは誰?」

 目を見張ってぱちくり、と遅れて瞬きする美炎。

 

 

 4

 「よかったぁー、突然いなくなるから心配したんだよ」

 美炎は清香の手をとって、いう。

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 「六角清香。いいですか、今回貴女らしくもない行動でしたが、現状が現状だけに、身を危険に晒すリスクを考えてください。それに貴女一人だけの問題でなく、調査隊として行動している以上、誰かの命も危険に晒しているのだと自覚してもらわなければ困ります」

 きつい説教だった。厳しい口調で腕を組んだミルヤが、眼鏡を反射させる。

 

 「……はい、反省してます」

 

 しゅん、と項垂れた清香。

 

 それで、とミルヤは視線を隣りに移す。

 黒いシャツにジーンズに長靴を履く気楽な格好の少年。

 「貴方は誰ですか? 民間人ならはやく逃げて……ん?」

 と、彼の背中に背負われた綾小路の刀使を見つけた。彼女は、うとうと眠たげな様子だった。

 「彼女を助けて下さったのですか?」

 少年を再びみると、面倒くさそうな顔つきで、「なぁ、清香。説明頼む」と適当に言い放った。不遜といえば不遜なのだが、妙に堂に入っており、反論の余地すらない雰囲気だった。

 

 押し付けられた少女は、

 「は、はい! えーっと、この人は百鬼丸さんって言って、以前わたしも助けてもらった命の恩人なんです! さっきも、湖に出没した荒魂二体を倒して綾小路の刀使を助けてくれて……」

 

 いつになく饒舌な彼女に驚きながら、美炎は「ちょっと待って」と話を止めた。

 

 「はい?」

 

 「なんで、清香は突然走り出したの?」

 

 「あっ、それなんですけど――百鬼丸さんの気配っていうんでしょうか? それが、ちょうど湖の方角に向かっていて、なんだか嫌な予感がしたんです。前に大きな荒魂と戦った時に感じた……すごく嫌な感じがして……それで」

 

 自信なさげに説明する清香。

 

 「つまり、その前の経験と気配で走り出したってこと?」

 智恵は内容の要点を掴もうと訊く。

 

 「いいや、少し違う。そこはおれが説明する。――おれは、普通の人間と違う。荒魂に体の四八箇所を奪われてる。んでもその代わりに色んな能力を獲得した。その一つが《心眼》だ。まぁ、色々な活用法があるが、今回はおれが近くの刀使たちに向けて荒魂の位置を教えるための信号を送っていた。――んで、以前におれと出会ったことのあるコイツが真っ先に反応したんだと思う」

 百鬼丸は眠りかけの歩を背負い直しながら、声を潜めて喋った。

 

 「……すぐに理解できる内容ではありませんが、ただ一つ言いたいことがあります」

 ミルヤは正面に百鬼丸を捉えて、

 

 「今回は綾小路の刀使を助けて頂き、感謝しています。ありがとうございました。そして非礼をお詫びします」

 礼儀正しくお辞儀した。同校の生徒の命を救ってくれた、その事実だけでミルヤには相手を信用するに十分な意味を持っていた。

 

 

 急に真面目な態度で感謝された百鬼丸は戸惑った。

 

 「い、いや。別に……あ、いや。それよりまだ、気絶してる刀使がいるから、助けて欲しい。機動隊にはおれは面が割れてるから、相当恨まれてるだろうし、あんまり会いたくないんだよ」

 

 頼む、と言いながら少し移動して歩を木陰の芝生に下ろした。

 

 下ろしながら肩越しに、

 「こいつも緊張の糸が切れて、眠りたいんだろう。清香がいなかったら、あの場の刀使が死んでた。だから、そう責めないでくれ」

 

 困ったような口ぶりで、はにかんだ。

 

 

 「そうね、百鬼丸さんのいう通りかもしれないわね」智恵は彼の言葉を肯定した。まだ完全に信じたわけではないが、今までの言動や人見知りの清香が信頼している程の人物だ。悪い人間ではないのだろう。そう判断した。

 

 美炎が意を決したように口を開く。

 「ねぇ、百鬼丸さん? でいいのかな?」

 

 「おう、なんだ?」

 

 「やっぱり、荒魂を退治するためにここに来たんだよね?」

 

 「ああそうだ――が、少し事情が違う。おれの肉体を奪ったのは《知性体》って言って……まぁ、要するに他の荒魂と異なる性質だ。だから、おれの獲物なんだ。……とくに、さっきから黙ってるそこのチビ、聞いてるか?」

 

 腕組みして木の梢に身をあずけた呼吹を一瞥する。百鬼丸は《心眼》で、今すぐにでも呼吹が単独行動をしようとするのを制した。

 

 「あァ? なんだよ。文句あんのか? 荒魂ちゃんはみんなアタシが切り刻む。邪魔するならお前も倒すぞ」

 

 強い嫌悪のようなものに彩られた呼吹が、尖った眼差しで百鬼丸を睨む。

 

 両者の視線がぶつかり、不穏な空気が漂った。

 

 「お前が人間を殺す覚悟があるなら、おれは構わん」ひどく冷たい目で呼吹に問う。

 

 なんで人間なんだよ――と言いかけて、口を閉ざした。人間を蝕む荒魂であれば、百鬼丸の言葉は正しい。

 

 「……チッ」

 返事に窮した呼吹は顔を逸らして苛立つ。

 

 

 「赤羽刀を探すなら、このショッピングモールの本棟には近づかない方がいい。恐らくそこに赤羽刀はないだろう。ノロを引き寄せるその刀の性質からして、多分荒魂が集合しやすいんだろう……だが、本棟は人間を殺す要塞になってる。わざわざ連中がそこに赤羽刀を配置するとも思えん」

 

 眉を顰めたミルヤがすかさず、

「なぜそう言い切れるのですか?」尋ねた。「その証拠があるのでしょうか?」

 

 「簡単だ。連中の目的はおれだ。いいや、正確にはおれの肉体だ。連中にはおれの体は霊力の強い媒介としか思ってないみたいだからな。だから好都合だ。今回の一件はおれがケジメをつけなきゃならん問題だ」

 

 強く深く、百鬼丸は噛み締めるように言葉を紡ぐ。

 

 

 5

 

 橋本双葉が野営指揮所についた頃、既に綾小路の先遣部隊四〇名を突入させたとの報告を受けた。

 

 機動隊の指揮官の報告を聞き終わってから、長机を叩き怒りを露にした。

 「確かに今回の件で貴方を責めるのは酷です。そもそも、こちらの合流が遅れたのが原因です。その点についてはお詫びします。それでも言わせて下さい。わたしたち刀使は消耗品ではありません」

 

 現場指揮官は四〇代ほどの、割腹のよい男だった。彼はこの苦しい状況でもよくやっている方だと思う。だが、いま現在刀使を統率する人間としての感情までは、納得していない。双葉は二律背反の中で懊悩した。

 

 

 機動隊指揮官の男は苦々しく頷き、

 「これより、折神家の現場指揮系統に従います」

 と告げた。

 

 「えっ? どういう意味でしょうか?」

 いきなりの発言に困惑した双葉は、相手に詳しい説明を求めた。

 

 現場指揮官は紙束を渡して話し始める。

 

 「今回の事件の首謀者、レイリー・ブラッド・ジョー率いる《サマエル》が人間のテロリストではなく荒魂のテロリストとして国に認定されました。従って、今回の事件の主導は折神家の――貴方の指揮する事件になりました」

 

 彼の言葉通り、最新の命令書には指揮官に親衛隊の双葉が記されていた。

 

 どうして突然こんなことになったのだろう? 

 

 あまりにもタイミングが悪すぎる。国がどんな根拠で?

 

 「そんな……」

 これまでの単なる荒魂退治とは根本的に異なる、テロを起こす荒魂との闘い。一気に双葉の中に絶望が満ちた。

 

 

 

 

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