刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第42話

 ショッピングモール、本棟フロア1F エントランスホール。

 普段であれば人々の喧騒が聞こえそうな円形の巨大な空間には物音が一切せず、吹き抜けの天井に半球状の強化ガラスで構築されたアーケードが回廊へと続いている。

 「――こちらD班。侵入は成功……内部、多数の民間人の亡骸以外に異常はなし」

 無線で現場指揮官と連絡をとる。

 田村明は、部下二五名を率いて裏口となる通路から突入した。事前の偵察では、テロリストの姿がないことから、敵の作戦方針ではこの広大な空間を捨てて、敢えて一部分で応戦するのだろう……そう予測された。

 G36の安全装置を外して、照準を何度も合わせて確認をする。

 引き金を指にかけながら、射線上に人が重ならないよう注意する。

 電気系統は全て相手の手中にあるようで、エントランスホールでも電気が点いている場所とそうでない場所に分かれていた。

 

(防火シャッターが下りている……?)

 

 まるで人々を誘導するように、分厚い防火シャッターが通路を塞ぎ、一方通行の経路を作っていた。

 

 人々の死体が無造作に倒れている。人体が乱れてうずたかく小山と築き、まるで肉畳のように床に大勢の人間が、倒れ伏している。

 

 「班長、あれを」

 背後から部下の声の方向に目線をやると、死体の中に損傷の激しいものがあった。裂傷や、縦断痕など生々しい赤黒い血にまみれていた。時間が随分たったのだろう。

 腐乱臭がひどく、時々部下の誰かが「ヴォエ」と吐き気をもよおす者もいた。

 明自身、吐き気を堪えているが酸鼻極まる現状に、気を抜けば胃袋がひっくり返りそうな程の胃のむかつきを覚えていた。

 

 なるべく死体を踏まぬように、進みながら、周囲の警戒を怠らない。

 

 と、唐突にジリリリリリとけたたましいサイレンが鳴り始めた。熱感知センサーに反応したのだろうか? 通常であれば、火災の場合にしか作動しないサイレンが巨大な空間に木霊して、薄暗く不気味でしかなかった。

 

 「……ッ、一旦退却する」

 明は安全を図るために、ジリジリと後退しようとした。

 だが、どこからともなく強烈な金属をこすり合わせたような――鳴き声だ!

この鳴き声を、特別機動隊のD班全員が知っている!

 

 「マズいッ! 荒魂だ!」

 

 透明なシールドで防護しながら前進していた機動隊の面々はすぐさまシールドを捨てて退却の準備に取り掛かった。その瞬間だった。

 

 バババババッバババ、と連続した破裂音に混ざって空薬莢の地面に転がる小高い響きをきいた。

 

 一番前を歩いていた明は、素早く振り返ると黄白い閃光の粒が部下たちを次々と薙ぎ払われるように殺到していた。血飛沫が空中に飛び交い、悲鳴を上げる暇もなく、屠殺されてゆく。

 

 咄嗟に明は死体の中に飛び込み、射撃を防いだ。彼の上に被さった死体に次々と銃弾が当たり、まるで痙攣したかのようにその死体が上下に動く。

 右手に掴んだアサルトライフルを必死で握りしめて、応戦の機会を窺う。

 

 

 たっぷり一五秒経過して、銃声は咆哮を終えた。

 

 死体の群れから這い出すと、さきほどまで生者であった部下たちは、新たな死者の一員として地面の乱痴気パーティーに混ざっていた。皆、苦悶の表情や呆けた顔、あるいは無感情に、死んでいた。

 

 「――クソッ」

 

 運良く生き残れた明は、自らの不甲斐なさにやりきれない怒りを感じた。先程の荒魂の鳴き声は、巧妙に細工されたダミーだったのだ。こちらの防御を完全に解除させたうえ、殺しにくる。

 

 先に連携して突入した三班も恐らくは、生きていないだろう。

 

 生唾を飲みながら、明は肩の無線機器を触り……やめた。

 

 この常軌を逸したテロリスト集団に己の命をかけて報いることを誓った。普通であれば、一人で退却しながら連絡をして上の判断を仰ぐだろう。――しかし、それでは意味がない。そもそも、組織の集団の上層部の意思決定は遅すぎる。しかも現場の意見を尊重しない。

 

 手榴弾と、アサルトライフル。それにナイフに自動拳銃。

 それが手持ちの武器だった。

 

 

 先程のサイレンは、部外者の侵入を知らせる熱探知センサーだったのだ。銃弾の方向に目を凝らしても、射撃位置が分からない。それほどうまく遠目から小細工をしているのだ。

 

 部下たちの遺体を眺めると、杭のような黒い棒が突き刺さり、防弾チョッキを貫通していた。

 

 銃弾すら囮で――実際は、この杭が部下たちを仕留めたのだ!

 

 相手が上手というよりも、平和ボケしたこちら側の落ち度という他ない。

 

 「潰してやるッ」

 明は銃に取り付けたサーチライトを点灯させ、粉っぽい薄暗い空間を照らしてゆく。重苦しい空気を吸い込み、まとわり付く汗を必死に拭いながら孤独を進む。

 

 

 

 1

 「そういえば、足のソレ……ってなんなの?」

 美炎が指さしたのは、百鬼丸の太腿部分である。先程まで熱を放っていたのだ。

 

 「ん? これは、加速装置だ。迅移と違って、この世界の物理的な加速させる。ただ難点があってな……まず、使用後には熱量が凄まじく放出されること。次に、制御が難しいこと。人体の構造上、無理な加速をさせるんだから、バランスなんて殆どとれない。だから、直線的な運動に終始させてる。んで、あとの問題は……移動中の摩擦熱だ。これで皮膚が焼ける場合があった。だから、シーツで皮膚を守ってたワケよ」

 

 饒舌に説明する百鬼丸の言葉の一割も理解できない美炎は「へぇーなんか難しいね」と返すしかなかった。心なしか頭から蒸気が上がっているようにすら思われた。

 

 そのお気楽な返事に、「へへっ、そうだな」と百鬼丸は応じた。

 

 「――それで百鬼丸さん。赤羽刀のことについてですが……なぜ、そこまでご存知なのですか?」

 

 ミルヤはアホの美炎を無視していう。

 

 「おれがなんでソレを知ってるか、だろ。簡単に云えば、おれの腕に仕組まれている《無銘刀》関連で、知った。というより、知性体との対決に備えて色々調べてた」

 

 瀬戸内智恵は目を細めながら、彼の存在を知らされなかったことに訝った。衛藤可奈美、十条姫和たちが舞草の拠点にたどり着いた、そこまでは知っている。だが、彼の存在を仄めかす単語すら、真庭学長からは聞かされていない。

 

 ……とすると、舞草に紛れこんだスパイを警戒している?

 

 親衛隊三席、皐月夜見が秘密裏に調略を行い、舞草内部を崩壊させる算段をしているのだ、と聞いたことがある。もし事実だとすれば、厄介だ。事実でなくとも、真実でなくとも人間関係は損なわれるのだから……

 

 「本棟には赤羽刀がない、って、さっきの説明だけじゃうまく理解できなかったんだけど、説明してくれるかしら?」 

 

 考えすぎな頭を振り、智恵はきく。

 

 

 「ああ、それだな。本棟が関係ないと思う理由で言いたかったのが、赤羽刀の性質についてだ。あの刀は野良の荒魂も集めちまうだろ? そんだと、ジョーの計画通りに細工をしていたモール本棟での作戦に支障をきたすハズだから、恐らく、陽動として――離れたフロアに配置すると思う。その方が明らかに合理的だからな」

 

 百鬼丸の説明に、ショッピングモールの地図を確認しながらミルヤは首肯した。

 

 「そうですね。貴方のおっしゃるとおり、全ての辻褄が合いますね。その場合、質問なのですが、鎌府と綾小路の刀使はどのように展開すればよいと思われますか?」

 

 ミルヤはこの眼前の少年が、単なる怪力無双のびっくり人間だとは思っていない。少なくとも、今回の《サマエル》と名乗る荒魂集団を潰すことに関しては、彼の知識は得がたいものである。そう理解していた。

 

 「そんなことをおれに聞くのか? あくまでおれは荒魂退治専門なんだけどなぁ……まぁ、普通に考えれば、包囲しながら、赤羽刀のありそうな方向から刀使が戦力を集中させて突破。その突破口から一気に制圧にむかう。それが一番だ。が、」

 

 「ジョーがそれを考えていないはずがない、ですか?」

 

 理知的な目が百鬼丸の像を映す。

 

 「正解。だから、少なくとも、二方面からの突撃が必要だ。それも、数だけ多いと意味がない。一見巨大な空間での戦力展開は有利だと思われるが……あのクソ野郎のことだ。大量に人間を殺す計算をしてると予想するのが自然だ。だとすれば、精鋭でまずは突破口を開いて、その傷口を押し開くようにして一気に制圧する……それが、一番犠牲が少なくて済むと思う。勿論持久戦でもいいだろう。――だとすると、一気に被害者の数が増える。どっちを選ぶかが問題だな」

 

 淡々と恐ろしい事実を吐く百鬼丸に、調査隊の五人は各々の顔を曇らせた。

 

 「……もし、仮に成功しなかったら?」

 智恵は敢えて皆が聞きづらい最悪の〝もし〟を持ち出した。

 

 「簡単だ。このまま南下して連中が都内を中心に虐殺の魔の手を広げるだけだ。そもそも荒魂なんて御刀みたいな特殊な武器じゃないと対応できんだろ。一気に揉み潰されておしまいさ」

 

 レザーグローブを握った美炎が、

 「ねぇ、百鬼丸さん。わたし達調査隊がその赤羽刀の方面に行けばいいんでしょ?」

 

 「へぇ」と驚きながら、百鬼丸は肩をストンと落とした。

 

 「そうだ。君たちに期待しているのは、その赤羽刀のあるであろう方面を潰す……そこから、うまくすれば、通常戦力での大量投入が期待できる。本当は全部の刀使をソッチに回すべきなんだろうが――そうすると、他の場所の荒魂どもが暴れて、結局連中の計画通りだろう。だから頼む。赤羽刀はなんとかしてくれ。けど、もし制圧が不可能だと判断すれば撤退しろ。命あればこそ、だ」

 

 全てを聞き終わったであろう呼吹が、「なぁ、つーことはよ。荒魂ちゃんを切り刻み放題ってことでいいんだよな?」期待に膨らんだ声で訊く。

 

 百鬼丸は静かに、

 「――そうだ。お前さんにもそういう意味では頼りにしている」

 

 任せとけ、とフードの奥から了解がきた。

 

 「…………あの、百鬼丸さんはどこに行かれるんですか?」

 

 清香は上目遣いの不安そうな眼差しでたずねた。

 

 少し考えた素振りをみせた百鬼丸は、しかし断固とした調子で、

 

 「おれはクソ野郎の小細工を全部潰すから正面突破だ」

 

 そう言いながら百鬼丸はしゃがみ込み、再び地面に落ちて泥だらけになったシーツを身にまとった。

 「あとのことは頼む。んじゃ、またな」

 

 太腿から漏れるキィーーン、という甲高い耳鳴りにも似たモーター駆動音が聞こえ、膝小僧の辺に陽炎が揺らめく錯覚の後、百鬼丸は一五メートルの高さがある木に飛んだ。そのまま、太い枝を足場に、一直線に姿を消した。

 

 「……なんか、すごい人だったね」

 美炎は既に闇に染まる空の片隅を一瞥しながら、素直な感想をいった。

 

 

 2

 休日のショッピングモールに集った人々は数万はいたであろう。彼らを収容する安全な施設の確保が最重要課題となっていた。

 

 だが、未だ長い時間が経過したにも関わらず、野営本部に続々と避難してくる人々の並が押し寄せてきた。

 

 双葉はその中で、野営テントを見回し、特別機動隊の現場指揮官と議論を繰り返した。

 「責任はわたしが持ちます、でも実際の指揮は引き続き貴方に任せたいと思います。それではダメでしょうか? 大関さん」

 

 大関、という名の四〇ほどの恰幅のよい男は小さい目を瞬かせて、首を振る。

 「私もできるならそうしたいが、不可能だ。命令は絶対だ。そもそも、この事件で不可解なことが多すぎる。なぜ……」

 と、彼の言葉の途中で、無線のザザザッ、という砂嵐の音が聞こえた。

 

 双葉は口を閉ざし、無線の内容を確認しようと努めた。

 

 「こちら本部の大関。どうした?」

 

 無線機に応答したのだが、反応が薄い。いや、周囲の人声がうるさすぎるのだろうか?

 そう思ったのも束の間、次の無線が入る。

 『大関指揮官! 大変ですッ、モールから避難してきた中にッ、荒魂が潜んでいますッ、至急増援を……民間人に向けて発砲を行ってしまいました!』

 

 切羽詰まった声で、無線機器のむこうから銃弾の連続した音が聞こえた。

 

 ――まさか、人間に憑依した荒魂が紛れていたとでもいうのだろうか?

 

 双葉は御刀の鞘を掴むと、

 「わたしが現場指揮を担当して、刀使を率います。ここをお願いします!」

 一礼すると、双葉は親衛隊の制服を翻してテントを出た。

 

 残された大関は苦しげに息継ぎをしながら、

 「まるで、二〇年前みたいな既視感があるな」と、眉を顰めた。

 

 彼が新人の頃に遭遇した未曾有の大災厄。生々しい記憶と共に、思い出されたようで、大関は頭を抱え、

 「そちらに刀使が向かう。自衛以外での発砲は極力控えろ」

 発砲するな、と命令するのではなく自衛目的で「使用しろ」と命じた。もう後戻りはできない。だが、これが私なりの責任のとりかただ、と大関は内心で決意した。

 

 

 3

 逃げ惑う人々の中に、人の皮を被った荒魂が居ればどうなるだろう?

 

 野外駐車場に長いバリケードを張った機動隊は、人々の避難を制限して混乱を避けていた。テロリストの選別も目的としていたのだ――が、結果としてそれが裏目に出た。

 

 午後五時ごろ。

 西J駐車場区画で、事件は起こった。

 突如、若い男性が検問していた機動隊に向かって走り出し、目前の一人を押し倒すと、そのまま首筋を口で噛みちぎった。

 

 急な状況に、機動隊は混乱した。

 その一人の狂人だけで済めばよかったのだが――次々と襲いかかる人々が現れた。機動隊以外にも、避難中の人々の首筋を噛みちぎる狂気が行われた。

 

 この区画を任されていた機動隊の長は、

 「敵は荒魂に蝕まれた者か?」

 と聞くと、現場から報告にきた血みどろの隊員が首を振る。

 「目が赤銅色ではありませんでした」

 

 荒魂に蝕まれた人間は目が赤銅色になる、そう教えれられてきた彼らにとって、その単純な偽装工作に慌てふためき蹂躙される他なかった。

 

 午後五時三分

 

 ついに、G36の砲声が上がった。

 ババババババババッバ、とけたたましい唸り声が人群に放たれた。次々と人体が地面に崩れていった。この時点で、機動隊は死者を一四名出していた。

 

 現場では冷静な判断よりも、自己防衛を優先させた。

 非常なパニックがさらに現場に追加された。

 

 4

 外が騒がしい。だが、俺には関係ない。

 ステインは屋上の駐車場スペースでひたすら百鬼丸がくるのを待っていた。

 彼の有する《無銘刀》と、背中の《無銘刀》は必ず共鳴しあう。そうジョーに教わった。

 言葉通り、この近くに百鬼丸は居る。必ずジョーの居るところを目指してくる。そこを叩き潰す。

 

 体の疼きを抑えながら、ステインは待つ。

 

 

 

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