刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第43話

 重く垂れこめた黒雲が、ねっとりと澱んだ空気を運び空気中の湿度を高める。ぴた、ぴた、警察車輌のフロントガラスを雨滴が貼り付き、徐々に濡らしてゆく。

 

 すでに、駐車場に停車した無数の車の間には死者が散見された。しかも荒魂の仕業ではなく、人間同士で行われた殺人行為に因るものであった。

 

 鎌府から派遣された刀使、五〇名はよく訓練されている。――察するに、死者の出る現場にも出動した経験があるのだろう。

 

 高さ2・5メートルのバリケード越しには、未だ民間人が金網の向こうから手をだして助けを乞うている。まるで、ゾンビ映画のワンシーンのようにも錯覚された。

 

 機動隊はアサルトライフルを肩の位置で構え、硬い表情をゴーグルとマスクの内側に隠している。

 

 S装備の関節を動かすたびに、アシストの機械駆動音が鳴る。

 

 双葉は周囲を確認しながら、

 

 「密集陣形用意っーー」一歩前に出てバリケードに寄り、入り乱れた人声の騒音を縫うように叫ぶ。

 

 「抜刀ッ!」

 鋭い掛け声と共に、腰元に装着された御刀を吊り下げるホルダーから、刀使たちは鞘をはしらせる。

 

 激しくなる北風に混ざって雨粒が頻りにS装備を叩く。

 

 (正直、誰が荒魂なのかなんて分からない……けど、この場で奴らを止めないと……)

 

 全く根拠もなく、この場にいる無責任を抑えながら襲いかかる敵に対し、自衛するより他ない。だからせめて自らを危険の前線に立たせて、精神的負担を軽減させているに過ぎない。

 これが、獅童真希や此花寿々花であれば、もっと上手く対処していただろうか?

 

 「……。」

 

 だが自分は他人ではない。――であれば、自分のできる限りのことしかできないのだ。

 

 

 目前のバリケードはギシィ、ギシィ、と強く撓んで軋み鉄柱が折れそうだった。あと少しで混乱した人々の力が加わることで……バリケードは完全に倒れる。

 

 ごくり、と無意識に緊張の唾をのむ。

 

 ―――――耳をつんざく、耳鳴りに似た駆動音が双葉の鼓膜を震わす。

 

 遠く懐かしく、胸を締め付けられるように懐かしい過去の音。

 

 

 頭を上にやる。

 

 流星のように一筋の軌道を空中に描きながら、驀進する影。

 

 あの姿を、双葉は知っている。

 

 ……大好きだった父の命を奪った、その「鬼」を双葉はずっと求めてきた。

 

 「にぃさん……」

 獰猛に歪んだ眉間の皺と、大きく見開かれた双眸。両手に握る《小豆長光》の柄の感覚すら忘れてしまう程の衝撃だった。

 

 

 

 1

 百鬼丸は空中を、加速装置の加速を利用して滑空していた。体表に巻いたシーツの端から燃えた火の粉の燐光がチラチラと四散する。チラ、と下界に意識がむいた。

 

 大勢の人々がバリケードに押し寄せながら、助けを求めていた。……その中に不穏な〝影〟を認めていた。

 

 (荒魂に蝕まれた人間が……)

 その一瞬で、この災禍の原因を悟った。

 

 百鬼丸は迷わず両脚の加速を促す白煙の尾を曳く――腿部に触れて速度を落とす。下方へ無秩序に放物線を描く軌道を、無理やりに変えて、落下地点をバリケードの柵上に定めた。

 

 空中を浮かんでいた白煙が尻を左右に大きく振りながら、はるか下の細長い金属棒の上に運ぶ。

 

 キィィィィィ、とけたたましい金属と靴裏の摩擦音を響かせて百鬼丸は着地する。

 

 「おれが閃光弾を打ち上げるから、怯んでいない人間を撃てッ!」

 

 素早く背後に控えた機動隊に告げる。彼らは、突然上空から現れた少年を、ぼんやり眺めている他なかった。

 

 錯乱しきった連中に苛立った百鬼丸は、

 「おい! 気を抜くなッ!」

 胃袋を突き刺されるような鋭い怒声に弾かれて、機動隊の連中はG36を構えなおす。

 

 

 彼らが正気に戻ったのを確認して、膝小僧から閃光弾を六発ほど、人波の上へと射出した。五秒後に、眩い球体の出現と鼓膜を貫く針金のような音が谺する。

 

 助けを求めた人々は唐突な閃光弾に驚き、身を伏せたり固まったりした。――だが、視界が遮られた状況では人間は逃走本能よりもその場で身を守る行動を優先させた。

 

 しかも、その防御行動を行う人々が増える程に「正常バイアス」がかかり、次第にその場で身を守る判断をした人間が増えた。

 

 「――うらあああああああ」

 百鬼丸は両手の義手を腰のベルトに挟むと、銀刃を抜いて飛び出した。

 未だ佇む人間が数十人。その中から、荒魂の気配を探るように神経を集中させる。両手をまっすぐに伸ばして、竹とんぼのように体を回転させ、首を刎ねた。滑らかな刃の軌跡が次々と首を断ち切り、ポーン、と頭部を上空にいくつも舞い上げる。

 

 

 「おれが首を刎ねた奴の胴体を狙撃しろッ!」

 

 百鬼丸の命令は、この現場で最も正しいように思われた。機動隊の連中は、わけの分からない彼の言葉の魔力にかかり、狙撃を用意した。

 

 バリケードの隙間に突き出した銃身を構え……

 

 ババッババ、バババババ、ババッババ、と連続して射撃が開始された。

 

 蜂の巣にされた胴体は次々と地面に崩れ落ちて、血だまりをアスファルト舗道に広げた。斜めの角度に降る雨に鮮血が混ざった。

 

 百鬼丸は着地することなく、体を継続して回転させ、佇む人々の中から荒魂を選別して首を斬り落とした。

 

 

 ようやく伏せた人垣の間に着地した百鬼丸は、頬に血を付着させていた。

 

 「ここのエリアの荒魂は排除した。連中は、人間の皮を被っているが、人間らしい動作はヘタくそだ。そこを見極める方法があれば炙りだすことができるぞ」

 

 

 肩越しに教える。体に巻いたシーツの布で血脂を拭い、再びベルトに挟んだ義手に刃を収める。ここに用事はない、とでも言わん限りに駆け出した。大勢の人々の間を一度も衝突せずに両脚が動き、加速していった。

 

 

 

 ゴゴゴゴオ、と天が唸りをあげながら夕を隠す黒雲とその夜が空を支配する。駐車場に残された双葉は、時間にしてわずか二〇秒の出来事の間なにもできず、指をくわえてみることしかなかった。

 

 雲間に稲妻が眩く迸る。

 

 (追わないと……追わないと……)

 

 雷鳴に弾かれるように、半ば使命感に駆られて双葉は《迅移》を発動させ、バリケードを飛び越え、百鬼丸の後を追跡した。

 

 ――途中「た、隊長!」と鎌府学生の誰かが制止するのも無視して、ひたすら《迅移》を使用した。熱病により意識が混濁するみたいに、双葉は一心不乱に百鬼丸の背中を追いかけた。

 

 コンクリートを踏みしめる足元すら覚束無い気がした、夢の中を藻掻きながら進んでいくように双葉は迅移を用いる。

 

 彼女の瞳は赤銅色に光を放つ。……ノロの影響だろうか? 体の細胞全部が酷い悲しみと怒りに染まっていくように思われた。

 

 

 2

 日没により、より暗くなった建物の中で田村明は周囲の警戒を怠らず、一歩々々確実に前進していた。恐らく1Fの罠と2Fからの罠の性質は異なる。――具体的に云えば、1Fでは大量の人間を「処理」することが目的だった。

 

 しかし、2Fでは毒ガスの影響でさほどの罠の設置は必要ないと思われる。

 その証拠に、地面に倒れた人々の死体は殆ど外傷はなく、神経ガスによる影響だと判断できる。もちろん、完全に油断しているわけではない。

 女性モノの衣類店舗を素通りし、靴屋で足を止める。

 距離で云えば57メートルほどの移動にも神経集中が肝要になる。

 顔中に汗で湿り、息が浅くなる。

 

 

 首を振って弱気を追い払い、明は紳士服売り場となる店舗の辺りで不信な物音をきいた。引き金に軽く指をかけながら、生存者か……或は敵か判断するために、

 「動くなッ、手をあげろ!」短く怒鳴る。

 心拍数が跳ね上がるのを感じながら、目を細める。

 

 「――――んだ?」

 明の差し向けるサーチライトの強力な眩さに顔を顰めながら、百鬼丸が不機嫌に反応する。

 

 「……君は、まさか舞草の〝鬼〟か?」

 思わず口をついて、明は問いかける。――そうだ、見間違えるハズがない。あの少年だ。

 

 「ああ、そうだけど……おっさんは、その格好から察するに敵ではなさそうだな。――ふぅん、なるほどね。やっぱり敵じゃないわ」

 《心眼》を使用して、明の心を読んだ百鬼丸は不敵な笑みを湛えて何度も頷く。

 

 「しかし、なぜ君は今、上半身裸なんだ?」

 明の言葉通り、百鬼丸は上半身が裸で、紳士服売り場のベルトを何本もその手に握っている。

 

 「……あ~、なんつーか、準備だ、準備」

 

 そういいながら、床にあぐらをかいて、器用に腹部から鳩尾辺りにグルグルと巻きつけて締め上げる。

 

 「何をしてるんだ、君は?」怪訝に眉をひそめる明。

 

 手元に集中しながら、「これか? ……今から相手にするのは近接戦闘の野郎ばかりだ。だから、万が一にでも腹を裂かれて、内臓とか腸が飛び出して闘いの邪魔にならないように、締め上げてんのさ。それに、内臓の位置を多少ずらすこともできるからな。……問題は、なんも食うことができないが……」

 

 彼の説明通り、黒い皮のベルト三本、茶色のベルト二本を巻き終わった。

 

 「そこまでするか、君は」

 

 「普通だろ? これくらい。おれは内臓が飛び出そうが、腸がはみ出そうが、戦いをやめるつもりはない。……なにより、約束したからさ。〝刀使〟を守るって」

 

 年相応の少年らしい笑顔を見せる百鬼丸は、その壮絶な言葉とは異なる、表情の爽やかさに満ちていた。

 

 「オレは、君に言いたいことがあったんだ」

 

 百鬼丸は最後の調整をしているように、太腿を叩き、肘関節を何度も触りながら「ん? なんだ?」と応じた。

 

 「以前、舞草の拠点を制圧する作戦に参加したオレたちを許して欲しい……オレも昔は君みたいに、誰かを守る、そんな人間になりたかったんだ。あの時、刀使を殺すことを命令されて、半ばオレは仕方ないと思っていた……だけど、君があの場で一人とどまってオレたちを阻んでくれたから、この手が汚れずにすんだ。感謝している」

 

 

 意外そうな顔つきをしながら百鬼丸は「……そうか。アンタがそう思うなら、おれはとやかく言う権利はない」軽く受け流した。

 

 あの時、夜の底から浮かび上がる〝鬼〟と恐れられていた目前の少年は、俯きながら熱心に体のアチコチを点検していた。よく見れば、まだあどけなさの残った横顔に、明はこの少年が体験した過酷な運命に思いを馳せた。

 

 

 「よしッ、準備完了っ、と。んで、おっさん名前は?」立ち上がりながら訊く。

 

 「オレは田村明。STTの隊員だ。よろしく頼む」

 

 「はいよ、おれは百鬼丸だ」

 

 薄暗く、照明が点滅する空間の中で差し出された手を、明は握る。

 

 「――んじゃ、いっちょ、クソ野郎どもをブチ殺すか。明さんはここの図面とか、持ってるか?」

 

 

 「ああ、勿論。オレは覚えたから、君が持っているといい」

 

 腰のファスナーを開き、折りたたまれた紙を差し出す。

 

 「おおう、サンキュー」

 

  図面を開き、仔細にこの巨大なショッピングモールの全容を頭に叩き込んでゆく。

 「……まず、怪しいのは中央制御室に繋がる回廊からエントランスを繋ぐ東側エントランスホールだな」

 

 「オレたちD班が侵入したのは別のエントランスホールで、そこには人がいない代わりにトラップが仕掛けられていた」

 

 「――となると、この東側エントランスホールは《知性体》が配置されてるな。人員の余裕がなくとも、ワザワザ中央制御室に繋がるルートを放置するとも思えん」

 

 百鬼丸の説明に迷いがない。

 

 「そうだな。……もし、戦闘になればオレはどう君に協力すればいい?」

 

 年下の少年ではあるが、死線をくぐり抜けた猛者である彼に聞くのがベストだ……と、明は判断した。

 

 驚いたのは百鬼丸だった。

 

 「明さんは珍しいな。普通、プライドが邪魔しておれなんかの意見を取り入れるなんて思わなかったが……」

 

 「以前の君の戦いぶりと、なにより最大の戦力である君のやり方は彼ら《サマエル》をどう効率よく潰すかに終始していると考えた。それだけだ。オレは部下の仇をとってやりたいんだ」

 

 部下の所有物だったG36を三丁、肩に掛けて持ち運んでいる。

 

 「――わかった。基本は後方支援を頼む。あとは周囲の索敵だ。敵の中には――ステインとか名乗ってたキチガイじみた思想と強さの野郎がいる。そうなると、おれ一人で抑えるのが精一杯だ。別の敵がきた場合はおれに教えてくれ」

 

 ごくり、と喉に緊張をのむ。

 

 「わかった」

 先程までとは異なる緊張が明を襲うが、もう怖くはなかった。この少年、百鬼丸のためにできることをしようと決意した。

 

 3

 橋本双葉は、従業員用の通路からショッピングモールの内部へ侵入した。

 

 通路には壁に凭れかかって死んでいる大勢の人々を目撃した。酸鼻極まる映像に、胃のムカつきを覚えながら、左手で口と鼻を覆い先に進む。

 

 キィーん、キィーん、とモールに入った頃から御刀の《小豆長光》が共鳴するような不思議な感触が双葉に伝う。

 

 

 通路を抜けて食品売り場の西側へと出た。

 

 八相の構えをしながら、双葉はブーツで白いタイルの床面を踏む。

 

 兄、百鬼丸を探しに来たはいいが、全く次の展開を考えていなかった。己の無鉄砲さに呆れながら、しかし目的を遂げるためにここに居るのだから……

 

 

 4

 

 《知性体》――小熊英二というのは、この肉体の元所有者である。

 

 年齢は三十四歳。

 

 身長は百八十センチ、体重が七〇キロ。

 

 格闘技経験のある、サラリーマンだった男。現在では普通のサラリーマンをしている。小熊英二に知性体が侵入したのは、五ヶ月前である。富士山樹海にて、肝試しをしに来た英二を取り込んだ。

 

 ソフトモヒカンの彼は、東側エントランスホールで制御室の防衛を一人で任されていた。とはいえ、暇である。故に英二はパイプ椅子に腰掛けて、三つの巨大な照明が点灯する中、やや虚ろげな表情で、ラッキーストライクを喫する。

 

 すでに、大勢の人間を殺した武器……ハルバードには血脂が付着している。手入れが面倒で、人間を殺した後は放置している。

 

 「暇だなぁ……」

 

 紙コップのアイスコーヒーを啜り、ガラスの灰皿に吸殻を押し付けて潰す。

 

 ――と、その瞬間だった。

 

 

 なにか、猛烈にイヤな予感が迫ってくるような気がした。

 

 英二は、ハルバードを掴んで周りを眺める。

 

 

 円の立柱が周りを囲み、お世辞にも防御しやすい場所とはいえばいえない。故に、柱の陰には罠を仕掛けているハズ……。そう安心しきっていた。

 

 

 ババババババ、と激しい銃声が轟く。

 

 英二がその方向に意識を向けると、柱の陰に設置した起爆装置が一斉に爆発した。人間を殺すためだけの威力なので、円柱にはせいぜい亀裂が少々走るだけで済んだ。

 

 だが問題はこの銃撃がどこの誰がブチこんだか、である。

 

 「動くなッ!」

 

 右斜め前の柱から、機動隊の格好をした男が銃口を向けながら恫喝する。

 

 「へぇ、飛び道具で、ね」

 面白い、と言いかけたところで、彼の顔面を強烈な〝拳〟が襲いかかってきた!

 

 「ぐがっ――」

 

 鼻骨がへし折れるような軋む音が鼓膜に鳴り響く。

 

 激痛を堪えて、飛んできた拳を振り払うと、噴水のように紅血がとめどなく溢れた。

 

 「ドゴだっ……」痺れた舌のせいで、呂律が回らない。

 

 血走った目で探す……と、拳の飛んできた方向から、白煙をあげ、半ば空中を滑空するように突進してくる影を捉えた!

 

 「貴様ッ!」

 脂汗を頬に流す英二。

 

 「百鬼丸様、只今参上っ、と」

 

 右義手を打ち出し、囮にした後、自らは遅れて腕に煌く銀刃を閃かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 「――この野郎ゥッ」

 ハルバードの戦斧を掲げ、百鬼丸の一撃を防ごうと試みた。

 バチィ、と橙色に閃く激しい火花が刃と刃の間に生じた。

 「……へぇ」百鬼丸は感嘆する。

 今の一撃を防ぐというのは、少なくとも肉体との同調律が高い証拠だ。

 重量の乗った刃を無理やりに、戦斧部で押し返す。

 

 百鬼丸は弾かれてバランスが崩れ、左手と両足が地面に接した。

 背後から、

 「――」

 明の放つ銃弾の怒声が空間に木霊する。

 

 ババ、ババ、ババ、と短い間隔で英二の体に穴を開けてゆき、弾痕から血が溢れている。普通であれば失血死レベルの量が床面にばらまかれた。

 

 ……が。

 

 「だよな、通常兵器での攻撃は俺たちの長年の課題だったんだよ」

 

 余裕綽々の笑みで、英二はハルバードを振り回す。まるで傷なんて無いかのように、ひたすら激しい動きで威嚇している。

 

 小熊英二の体から、否、体中に空いた穴からどす黒い粘着質な液体が漏れて、血に混ざる。禍々しい色には、「憎悪」という単語が相応しく思われた。

 

 「もう一度ッ」引き金に指をかけ、明は射撃する。

 

 しかし、ドス黒い液体に覆われた肉体は容易に銃弾を弾き、徐々に体表を覆うように付着して硬化する。

 

 「厄介だな」

 察するに、あのドス黒い液体は物理攻撃を跳ね返す効果がある――とすれば、《無銘刀》の刃も通らなくなる可能性が高い。

 であれば。

 (一瞬で決着をつけなきゃならんのだな)

  すぐに悟った。

 

 腰のベルトに左手の義手を差し込み、英二の首を狙う動作のルートをいくつも想像する。

厄介この上ない相手だ、今まで退治してきたどの《知性体》とも違う。

 

 「ふぅーっ」

 

 くすぶる脚部の煙を纏いながら、百鬼丸は両腕の《無銘刀》にも意識を配る。この世界の自分と異なる別世界の自分をイメージし……それを一気に合わせた。

 

 突然に体表に薄い膜のような加護が来た。

 

 《写シ》である。

 

 燕結芽と戦う以前に、独学で習得した。この《無銘刀》は現世と隠世の狭間を切り結ぶ特異な性質があり、百鬼丸は訓練の末に力を得た。

 

 

 現在の百鬼丸は物理加速と、《迅移》という特別な加速の能力を有している。

 

 

 一切の挙動をやめた百鬼丸を睨んだ英二は哄笑する。

 

 「なんだ、お前。もう動かないのか? はは、案外弱いガキなんだな! まあ、仕方ないが……」自身の安い挑発に興が乗ったように饒舌に喋る。

 

 しかしその一切の言葉は百鬼丸には届かない。

 

 目を伏せて、体内時間をカウントする。

 

 いち、にい、さん……

 

 目を上げた。

 

 外気を一直線に貫く速度で飛び出した――

 

 

 「全く、同じ手は喰らわないっってんだろーが!!」

 唾をとばして叫ぶ。絶対の自信を漲らせて、ハルバードを構える。

 

 百鬼丸の加速した体は一直線に英二の前面に現れ、刃を振りかざす。だが加速というのは所詮相手を惑わす術に過ぎない。位置が分かっていれば、恐れるに足りない。

 

 「……ばーか、お前の脳みそ少なくて助かったぞ」

 

 百鬼丸は不敵な笑みを口端に浮かべ、左肩を前に出し、突如肉体全てが虹色の光彩を帯びたかと思うと、すぐ右側面へと移っていた。

 

 

 「あぁ……」

 馬鹿な、有り会えない、そう喚こうにも脳内の処理が追いつかない。そもそも、奴はなぜ《迅移》を使えるのか? そんな情報をジョーから一切知らされていない。

 

 咄嗟に右腕とハルバードで防ごうと試みる。

 

 しかし、百鬼丸は左足で腕を蹴り上げて喉元をガラ空きにして裸の首筋を目の前に露出させる。容赦なく右腕の《無銘刀》で横薙ぎに一閃、斬り込む。

 

 たった三つの巨大な天井の照明に照らされた生と死が明暗を分かつ。

 

 英二の首に喰いこんだ刃が、その侭、ハムでもスライスするように骨ごと叩き斬る。どす黒い液体に混ざった液体が周囲に、頸部の間欠泉から噴く紅が床を濡らす。

 

 頬に固着しかけた黒い液体を拭うと、刷毛で掃いたような血も混ざっていた。

 

 首のない筋肉質の胴体が、ドサッ、という衝撃を響かせて斃れる。

 

 素早く着地した百鬼丸は、

 「――はぁ、っ、はぁ、っ」

 大粒の汗をかいていた。目に染み込む汗を拭いながら――違和感を覚えた。現在、流れ込んでいる〝人間〟の記憶は「小熊英二」のものではない。

 (まさか……)

 

 ガシッ、と突如百鬼丸の足首を掴む腕。

 視線を流すまでもなく、それは首の無い胴体だった。

 

 

 二体の《知性体》が一つの人間を装い動いていたのだ! この小熊英二というのは元々首のない死体から奪ったのだろう。

 

 己の迂闊さに、歯噛みしながら動こうと試みる……が、首なし胴体は素早く反対の腕からハルバードの尖部を百鬼丸に殺到させていた!

 

 クソッ、

 

 内心でひどく毒づいた。

 

 百鬼丸の首が刎ねられた。薄い体表の膜は消滅し、朦朧とする意識が彼を襲う。

 

 (――マズっ)

 

 写シをはがされた後のフィードバック独特の感覚に慣れていない故に、意識が酷く混濁しているようだった。しかも二撃目が百鬼丸を襲おうとしていた。

 

 「くたばれ、死にぞこないッッ!!」

 

 ババ、バババ、と再び聞き覚えのある破裂音がした。遠い距離から明がハルバードの戦斧部分を狙い撃つ。

 

 予定の軌道を大きく逸れたハルバードは、空気をむやみに漂う。

 

 「うぉらああああああああああああああ」

 

 百鬼丸は、その援護を得て無銘刀を輪切りになった首の辺りに突き刺す。

 

 

 ボロボロ、とクッキーが崩れるように簡単に小熊英二の体躯が遺灰のように消え去った……。

 

 

 大きく上下に肩を動かし、

 「…………ッ」

 醜く顔を歪めて、百鬼丸は呻き始めた。

 

 「だっ、大丈夫か?」と、明は切り離された胴体と首に近づき、G36の弾を叩き込んだあとで、地面をのたうち回る百鬼丸に声をかけた。

 

 

 口から大量の涎と胃液を撒き散らしながら、目を剥いて身悶えする百鬼丸。まるで天に許しを乞うた格好で床面に痙攣する。

 

 「ど、どうした?」

 

 百鬼丸の肩を掴むと、半ば失神したような様子だった。しかし、

 

 「今、しばらくおれは動けないから……」

 涸れた声で必死にそう呟く。

 

 訝しむ明をよそに、百鬼丸の右腕がゴトリ、と大きな音をたてて落ちた。続いて、左足も、ゴトリ、と股関節の辺りから落ちた。

 

 「な、なんだ、オイ、これ……」

 目の前の現象を理解できずに、異様な様子に呆気取られる明。

 

 眺めていると、百鬼丸の右肩関節辺りから骨が突如出現し、それが形作るように指骨までを構築した。そのあとから、筋肉、血管、腱が骨を覆うように伸びてゆき、最後に皮膚が全てを覆い隠す。

 

 「…………はぁッ、ヴォェ」

 

 再び地面にゲロを撒き散らしながら、百鬼丸は左足を抑える。

 

 こちらも腕同様に、再生構築を始めた。

 

 激痛に絶えずうなされながら、百鬼丸は、失神しないように耐えていた。

 

 

 明はそんな、孤独で惨めな受難者から目をそらすように天井を見上げた。巨大な宗教画にも似たステンドグラスから降る照明の辺りから……猛烈な勢いで落ちてくる影を捉えた!

 

 自由落下速度に身を任せながら、

 

 「よぉ、会いたかったぞ、百鬼丸ッッ!」

 ステインは紅色のマフラーをはためかせながら、背中の二つ交差させた太刀を走らせた。

 

 

 

 

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