刀使ト修羅   作:ひのきの棒

44 / 262
第44話

 

 この世には余に偽物が多すぎる……

 

 〝正義〟と名乗り、その実は単に己の自己顕示欲を満たさんがために活動するプロヒーローたち。単に己の《個性》を過信していたずらに暴力を振るうつまらぬ犯罪ども。

 

 こんな糞どものどこにも、己を純化した一個の信念も哲学もない。

 ぬるま湯に浸かりすぎて、今更自己を高める方法すら分からないのだろう……そう、「オールマイト」を除いては。

 

 もしも、この命が尽きる時はオールマイトに戦いを挑み、そして潰える瞬間だ。それ以外にこの生命を精一杯使い果たす方法はないと思っていた。

 

 

 ――――だからこの世界に居た、たった一人の少年を発見した時、俺はこの異世界に感謝した。

 

 ◇

 俺の背中の《無銘刀》が強く共鳴した。

 (近い――それも、すぐ傍に奴はいるッ)

 確信した。最早間違えようもない事実だ。百鬼丸がこの場所に来たのだ! ようやく、あの胸糞悪いジョーの腐った茶番に付き合わなくて済む。俺は打ち震える喜びを堪えて、移動することにした。

 

 

 黒雲がそよぎ、降り続く雨が尚強く肌に粘りつく。

 屋上に設置された給水タンクは雨粒を弾く音が連続し、腐食しかかった柵は風が容赦なく吹き付けていた。

 円筒状の吹き抜け天井と回廊を繋ぐアーケードには母子像をモチーフにしたステンドグラスは数メートル続き、その屋上通路の途中で俺は足を止める。

 

 ……ここだ

 

 強化ガラスの分厚い壁を、一瞥して軽く力を腕に集中させる。

 鯉口を親指で押し出し、二閃、交差させた。

 放射状に入る亀裂が、繊細な軋みをたて、蹴ると容易く崩落した。目元の薄汚れた白布が、烈風に嬲られる。

 「すっーーーー」

 鼻から新鮮な外気を肺に溜め込む。閉じた目をひらく。

 

 充実した死が欲しくば、充実した生を行え

 

 脳裏に浮かんだこの言葉に従い、俺は眼下の鮮やかな色彩で象られた母子像のステンドグラス目掛けて飛び降りた。

 

 

 ◇

 冷風に似た悪寒が絶えず双葉を襲う。気を抜けば、すぐにその場にヘタりこみそうな程恐ろしく、凄惨な光景が薄暗がりの中から浮かび上がっていた。

 食品コーナーを抜け、無数の死体を超えて二階に繋がる階段をのぼった。

 ヌメりけを帯びた床面のせいで、ブーツの裏は粘着質な音をたてて気味が悪い。

 こつ、こつ、こつ、と孤独な足音だけが響くだけだ。

 双葉はテロリスト――もとい、荒魂の退治にきた筈だ。

 そのはずだった。

 気が付けば、義兄……百鬼丸を追ってここに居る。

 我ながら、執着心が半端ではないと思う。双葉は自嘲気味に鼻を鳴らし、早鐘の鼓動を自覚する。

 

 

 バババ、バババ、バババ――

 

 短い間隔で発射される銃声。

 距離はそう遠くない。まさか、先行して突入した部隊が交戦しているのだろうか? だとすれば心強い。双葉は構えを一時的に解き、足早に銃声の方向へと小走りになる。

 鼻で呼吸すれば危うく吐きだしそうな程の腐臭。

 左手で強く鼻をつまみ、進んでいく。

 

 ◇

 「何なんだ、くそったれ!」明は天井に広がる巨大なステンドグラスの絵画に引き金を引き絞った。肩に帰ってくる振動が、明に多少の沈静化作用を与えた。

 

 放埒に伸びてゆく銃弾軌道は、上下左右の無秩序に散り、落下する人影を捉えることができない。

 

 無数の虚空がステンドグラスを穿った。

 ガラスの繊細で華麗な破片たちがその身をこすり合わせて、一斉に崩れていった。硝子粒子の一つまで残さず地面へと殺到しようとしていた。

 ステインは脹脛に収納したナイフを指の基節骨で挟み、俊敏に投擲する。

 

 無数の硝子破片に混ざり鋭利な輝きが、頭ひとつ飛び抜け、明の二の腕に突き刺さった。

 

 「うがッ……」

 苦悶に歪む顔を、こらえて弾切れになったアサルトライフルを放り投げ、背中の銃を構えなおす。安全装置を外して、即座に射撃を再開する。その度に、腕に喰いこんだナイフが骨にまで当たって激痛がはしる。

 

 人影は徐々に象を鮮明にする。

 三白眼の血走った眼。箒を逆立たような髪に、頬まで裂けた口からはみ出した長い舌。尖った顎。

 怪異に等しい容貌といえた。

 

 明は、再び左の……脚部に違和感を覚えた。

 視線を相手から外さず、手を伸ばして違和感を探る。――あった。ナイフの柄であろう、硬い感触が掌に伝う。生暖かい温度は血であろう。まるで寝小便でもした気分になった。

 

 「糞、糞、糞野郎ッ、ぶっ殺してやる!!」

 明はがむしゃらに、痛みを無視して銃撃を加える。しかし、敵はまるで意に返さず迫る。

 

 

 「明さん、逃げろッ、奴がステインだ」

 百鬼丸は未だ続く激痛を耐えた震える口調で、叫ぶ。

 

 (だよな、普通はそう判断するよな)

 彼の言葉はまったく正しい。けれどもこの現状を打破できるというわけではない。

 

 「かかってこい! ステイン!」

 明は、上方一〇メートルに迫った影を挑発する。

 ステインは身を翻しながら、一刀を背中の鞘に戻し、もう一刀を頭上に高く掲げ地上に佇む明を捉えた。

 

 「お前のように力量を見極めれない雑魚に構っている暇はない……邪魔だ」

 

 「ああ、そうかよ悪党が!」

 明は手榴弾の安全ピンを口で外して、痛む左手で投げる。爆風や破片に巻き込まれても構わない……明は覚悟した。

 

 だがそれは無意味であった。ステインは、手榴弾を脇へ蹴り飛ばし、一気に距離を縮めた。

 

 「嘘だろ……」

 超人的な身体能力に唖然とする他なかった。

 

 

 明のつぶやきのあと、爆風が感じられた。

 

 「雑魚は死ね」

 

 その言葉とほぼ同時に、掲げた太刀を振り下ろす。

 

 

 「……えっ」

 

 斬撃というには余に恐ろしい気魄に満ちた剣圧の風が頬を撫でる。

 

 明は自身の右腕が地面に落ち、靴上に跳ねた感覺を味わった。目線をやると、G36を掴んだ右腕が切断されていたのだ。

 

 視界をステインの方に戻そうとして……視界の端に強烈な一撃が映った。

 

 気がついた時には、床に散らばったステンドグラスの破片に身を横たえていた。――蹴られたんだ。そう理解すると、腕の激痛が思い出したかのように、断面から鮮血を溢れさせた。

 

 「うがあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 「……トドメをさすまでもない」

 冷淡に地面に転がる明を一瞥し、ステインは告げる。ギザギザの刀身に付着した血を舐める。保険のために、明を動けなくした。

 

 

 そして、すぐ百鬼丸を発見した。しかし彼は戦う前から満身創痍のような状態であった。

 

 「なんだ、そのザマは……」

 

 苛立ちが募った。あれほど待ち焦がれていた百鬼丸との対戦の、肝心の彼がこんな弱っていては話にならない。己を満たす欲求が風船のようにしぼんでゆく感じがした。

 

 

 「へへっ……今すぐてめぇの相手してやるから待ってろ、くそったれ」

 百鬼丸は脂汗を顔中に流しながら、引きつった笑いをやる。

 

 「弱者の強がりほど惨めなものはない。そうだろ? 百鬼丸。お前はその辺の雑魚とは違うそう思っていた……だが、俺の思い違いだったようだな」

 

 言いながら、背に納刀した《無銘刀》を抜き、二刀で百鬼丸を殺そうと構える。

 

 「最後の言葉くらい聞き届けてやろう」

 神父のように荘厳な口調で、ステインは百鬼丸に命ずる。

 

 近づいてくるステインを見上げながら、百鬼丸はふてぶてしく口を歪めて「タマナシのてめぇのケツに鉛玉でもぶち込んでやりたいぜ、糞」唾をステインの頬に飛ばす。

 

 「そうか」

 

 付着した頬の唾を拭わず、心底軽蔑しきった眼差しで百鬼丸の頭上に太刀を掲げ、振り下ろす。

 

 

 

 ガチッ、とステインの振るった切っ先は肉を捉えず、白いタイルの床にぶち当たった。

 

 三白眼の小さな眸が、百鬼丸の行方を探す。

 

 周りには居ない。

 

 ……真上にも、どうやら居ない。

 

 もう一度、視線を前面に戻した……。

 

 そこに、怪異めいた形相の百鬼丸が、現れた!

 

 「――ッ」

 

 いつの間に出現したのだろう、ステインはありえない出来事に一瞬戸惑った。

 

 「死ね」短く呟く百鬼丸。

 

 左腕から繰り出す《無銘刀》を防ごうと、ステインは二刀で斬撃を受け流そうとした。しかし、余に強力な膂力から繰り出される一撃に、さしものステインですら弾き飛ばされてしまった。

 

 (なんだ、このガキッ、どんな力してんだッ!)

 

 初めてステインは命の危機というものを感じた。

 

 百鬼丸は上半身を裸に晒しており、首筋から肩まで青い筋の血管が浮き彫りにしていた。鍛え抜かれた筋肉から放出される気魄の湯気が漂う。

 

 「どうした? かかってこいよ」

 

 目を眇めて、未だ苦痛に耐えているようだったが、それでも不敵に指を曲げて挑発する。

 

 「おい、逃げろッ」明は、地面にのたうち周りながら、なんとか声を絞って叫ぶ。

 

 百鬼丸はチラ、と明の方をみた。

 

 (血が溢れていない?)

 

 不信に思った。明の右腕は切断されており、通常では失血死を覚悟するレベルの怪我だが、現状は異なり、一切血が流れていない。

 

 

 ――ビュン

 

 と、百鬼丸の頬を短剣が掠めた。「本物」の右腕で傷を確かめる。針のように細く皮膚が裂けている。

 

 「余所見をするな、百鬼丸ゥッ!!」

 

 怨嗟の念を背負っているように、ステインは禍々しいオーラを背負っている。長い舌をチロチロと出して、鍛え抜かれた上腕に力を込め、笑う。地獄の底から這い上がった悪魔のように笑う。

 

 

 (なんなんだ、奴は……)

 

 痛みを忘れ、明はステインの恐ろしい雰囲気に呑まれていた。鳥肌がおさまらない。ヘビに睨まれたカエルの心境が今ならよくわかる。

 

 明は百鬼丸に視線を移す。

 

 ……彼もまた、笑っていた。

 

 百鬼丸もまた、静かに笑っていたのだ。

 

 ステインと同質の、野蛮で本能的に人とは異なる邪悪な笑いだった。魂から惹かれあい、殺し合うための喜びを表しているようにすら思えた。

 

 二匹の野蛮な獣たちは、天井から降りしきる夜雨に打たれながら、睨み合い笑い合う。

 

 人間である明には一切理解できない境地に、目前の二人はいた。

 

 ◇

 

『百鬼丸さんは、自分が傷ついているのが分からないのが悲しい』

 

 可奈美の言葉が唐突に百鬼丸の脳裏に甦る。

 

(――確かに、お前のいうとおりかも知れないよな。多分おれは相当惨めな野郎だと思う。けどな、感謝もしてんだ。おれは、今、全力で戦える相手に出会えたことにだッ!)

 

 

 今まで魂の底に燻っていた、焔が俄に点火した気がした――

 

 未だ痺れる右指先をしっかりと握り、動くことを認識する。熱い血潮が腕を流れる。おれは今まで本物の腕を持ったことがなかった。そして今ならわかる。霊力が尋常ではない量で外気に放出されているのだ!

 

 床に転がったハルバードを足先ですくい上げて、右腕で掴む。

 

 戦斧の尖部をステインに合わせると、

 

 「テメェのおかげでおれも火が付いた」

 

 偽りの心臓が、心拍数を高める。

 

 

 

 両者は同時に地面を蹴り出した!

 

 ハルバードのリーチを活かして、百鬼丸は戦斧部分を横薙ぎに振り回す。ステインはそれを軽々と躱して、戦斧部の上に立ち、そのまま長い柄を走り始めた。

 

 「くそ」と短く吐いて、ハルバードを軽く投げ飛ばした。

 

 ビュン、ビュン、と点と見まごうナイフの先端が百鬼丸に送り込まれる。

 百鬼丸は身を低く全てを寸前のところで躱し、右足の加速装置に力を込める。

 

 後方へ流れゆくハルバードの柄を渡り終えたステインは、二刀を両翼の如く自在に操り、百鬼丸を袈裟斬りの餌食にしようとした。

 

 へっ、と微かに口を曲げて、百鬼丸は体表に《写シ》を貼り、異世界の時間差を利用した加速《迅移》を発動した。

 

 ステインは、左側に刹那で現れた百鬼丸に反応して、身を捻った。

 

 「クソッタレ」

 顔を歪めながら、百鬼丸はステインの鋭利な顎に向かい掌底を打ち込む。霊力の増し、異常な筋力から一点に集中された打ち込みに、ステインの脳みそは容赦なく揺さぶられ、脳震盪を起こした。

 

 ……が。

 

 《無銘刀》の共振により、ステインはすぐさま意識を回復し、鋭くウェイトの乗った蹴りを百鬼丸の脇腹に叩き込む。

 

 「グフッ………」

 血反吐を吐き出しながら、目を白黒させる百鬼丸。バキバキ、と肋骨が何本も折れた音がした。内臓破裂寸前、といったところだろうか。

 

 血反吐の量がさらに増した。

 

 だが、諦めない。

 

 百鬼丸は相手の胸鎖乳突筋を、左腕の銀色に輝く刃で切り裂く。

 

 「……チッ」

 

 初めてステインは苦悶の表情を浮かべた。動脈を切ったようで、鮮血が生暖かく周囲に撒き散らされた。

 

 「「うぉらああああああ」」

 

 同時に暴力的な怒声を放つ。

 肉体の戻った左足と、ステインの右足が同時に蹴り、お互いの鳩尾を貫いた。

 

 二〇メートルほど後方に両者は飛んでいった。

 

 

 ◇

 百鬼丸は地面に撒かれたガラス片に体を転がしながら、なんとか立ち上がった。右脇腹に更なる激痛が加わる。――

 

 相手を見据えると、どうやら相当な手負いを与えることができたらしい。……だが、現状、加速装置は使えない。《写シ》も《迅移》も同様である。

 

 「……けど、おれは馬鹿なんでね」

 自嘲気味に言ってから、オーバーヒート寸前の加速装置に最後の力を込めて、速度を開放する。ステインとの距離を縮める。

 

 眼球の虹彩に映った相手は、

 

 「……はははははっははは」

 

 笑う、悪魔。

 

 百鬼丸は皮膚を突き破り、血まみれの拳を握ってステインの顔面を力いっぱい殴りつける。ステインもすかさず応戦して、百鬼丸の顎に一撃加える。

 

 《無銘刀》同士が衝突し、共鳴する。

 

 青白い火花が点火して、尚も金属同士の甲高い響きが円形の空間に満ちる。

 

 ステインはギザギザの刃先をした太刀を振りかざす……が、その柄を握る指を百鬼丸は、再び掌底の衝撃を打ち込み、中指から小指までをへし折る。

 

 「アハハハハハ」

 脳内麻薬、アドレナリンの過剰な発生で痛みが感じられないステイン。否、百鬼丸も同じく、痛みを超えて、今この瞬間の闘いを楽しんでいた!

 

 折られた指を無視して、ステインは左腕の肘で百鬼丸の鼻を殴打する。

 

 バキっ、と野菜ステックが割れたように気軽に鼻骨が砕かれる。

 

 百鬼丸の視界を赤い霧が一瞬覆う気がした。

 

 

 ステインがガラ空きの百鬼丸の胴体目掛けて鋭利なスパイクの靴先を向かわせた。しかし、加速装置の蒸気を逆噴射させて、視界を隠し、その勢いを利用して後方へと飛んだ。

 

 

 地面にまた、情けなく転がる百鬼丸。皮膚に突き刺さったガラス片を無視して、よろけながら立ち上がる。

 

 未だ、闘志は衰えていない……それどころか、肉体がボロボロになる度に尚一層、精神が高められて、勝利を掴むまで諦めない。百鬼丸の瞳には闘志の宿った炎が、激しく揺らめいていた。

 

 

 ◇

 

筋肉が酸素を求めているのが分かった――

 おれは何度か血痰を床に吐き捨てて、乳酸の溜まった肩の筋肉をバキバキと動かす。呼吸が乱れながらも、おれは眼前で刃を交差させて、可奈美に教わった剣術のいくつかを反芻する。

 (さて、活人剣だが……)

 正直やりにくい。

 

 武器は左腕の《無銘刀》一本のみ。――とすれば、おれができる手立ては、敵が襲いかかったところを、抜刀居合で反撃することのみ。

 

 「けどな」小さく呟く。

 

 居合……と、いえば安直に抜刀術が思い出される。

 

 以前、夢の中で美奈都で教わったことがある。

『百鬼丸、あんたさ、その腕の隠し刀っていうの? それを使う時は抜刀術の方が一番効果発揮できると思うんだけど?』

 肩に軽くトントン、と鞘に収まった御刀を当てながらアドバイスした。

 

『抜刀術?』

 

『そそ、抜刀術。本来は、抜き身の方が断然有利だし、実際抜刀の達人でも、抜き身の刀の方が有利だってみんな言ってるの。だってそうでしょ? 普通に考えて刀をワザワザ鞘に収めて抜き出すより、最初から刀を出してた方が有利だし』

 

 

『じゃあ、なんでおれが抜刀を?』

 

『う~ん、まず第一に抜刀術は相手の次の動きが予測できない……てのが一番大きいメリットなの。肩を前につき出した体勢だと刀を完全に隠すことができるし、足運びからもどこに剣を打ち込むか、全然予想がつかない。第二に、あんたの体の構造と、馬鹿みたいに強い筋力だったら、間違いなく抜刀の難点である速度を補える。だからおすすめしたわけ』

 

 

 ……確かに、アンタの言うとおりだよ美奈都。

 

 百鬼丸は脳内で粗暴な感じの剣の師匠に感謝する。

 

 

 

 「……どうした? かかってこい」

 ヘッ、とステインは折れた歯を二三本床に吐き捨てる。長い舌を最大に伸ばし、最後の気魄を貯めているようにみえた。

 

 

 「もう終わりにしようか」百鬼丸が告げる。

 

 「そうだな」ステインは静かに頷く。

 

 「では俺が、行かせてもらう……」

 三白眼を細め、「最高だ、力は最高だッ、俺は今までまがい物を潰してきた。中途半端な悪も、正義も皆殺しにしてやる粛清対象だった! だが、お前と剣を合わせて理解した! 俺の悪は、お前の正義と同質で、そして間違いではなかったのだ、と! もっとだ、もっと高みを目指そう、この肉体が尽き果てるまで、俺は悪を求めるッ!」

 

 饒舌に喋る。すでに、そんなことをできる余裕もない筈なのに、精神力だけで支えているのだ。

 

 「――こい、ステイン! お前を受け入れて、倒してやる、クソ野郎!」

 

 

 ニぃ、とステインは喜悦した。

 

 

 ステインは折れた左指の手を一瞥して、握った剣を投げた。

 

 右の《無銘刀》を両手で握り、「……行くぞ」とスパイクが床を蹴る。およそ、常人離れした身体能力で、弾丸の如く、百鬼丸に向かった。

 

 

 抜刀術。

 

 やはり、これしかない。百鬼丸は心を決めた。――これこそが、活人剣だ。恐らく相手のステインもおれがカウンター狙いだと承知しながら、しかし己の速度で闘いを挑んだのだ。

 

 であれば、百鬼丸も、同様に鍛えた抜刀術にて応戦することを誓った。

 

 大きく身を左に捩って、半身を隠す。

 足裏に全ての神経を集中させ、頭の中でカウントを始める。

 

 瞼を閉じる。

 

 静かな水面をイメージする。ただ静寂に湛えられた水面。

 

 いち、にぃ、さん……

 

 その水面に小さな波紋と漣が起こる感覺がした!

 

 「いまだッ」

 

 轟、と一閃を大気中に迸らせステインの攻勢に終止符を打つ。

 

 「――ッ!」

 身軽な、曲芸燕のように空中を縫い動き回るステイン。が、突如彼の運動が急速に衰えた。百鬼丸の異常な膂力が反応し打ち出された抜刀。その範囲は胸部から三〇センチまでを領しており、近寄るのは不可能となった。

 

 ステインの胴体に斜めの斬撃が迸り、血が噴き上がる。

 

 静と動。 

 

 今、その二つが明確に対峙をしている。

 

 ……だが、百鬼丸の右耳は削ぎ落とされていた。無論、本物ではないが、それでも激痛は同じ程度感じる。

 

 しかも、ステインは最後のナイフを百鬼丸の背中に打ち込んでいた!

 

 ……当然である。右半身をステインに無防備に晒した代償なのだから。

 

 だが、百鬼丸は嬉しそうに、背中のナイフを抜きだす。

 

 ステインの刃は百鬼丸の首筋をギリギリに捉え、百鬼丸の切っ先はステインの喉元を捉えていた。

 

 「お前、正気か?」ステインは 愉しそうに聞く。

 

 「ああ、正気だ」百鬼丸は片目を開きながら応じる。

 

 ―――生きるとはなんだろうか。

 

 死ぬ、とはなんだろうか。

 その問いかけは現在、両者の間には必要としない。ただ必要なのは幸運を賭ける金貨のみ。生命。精神。肉体。天運――。それら雑多なチップを元手に両者は対峙を果たす。

 「俺とお前は、激突する運命だったようだ」

 「運命論者か、お前」

 「ハッ、抜かせ。どうせこのまま人の世で生きれない俺たちにはお似合いだろ?」

 「――かもしれんな」

 ステインと百鬼丸は、笑いあった。敵同士なのだが、他人には思えないのだった。

 

 

 「個性を使う暇すらねぇ、お前みたいな男を相手にできて、俺は幸せだ! オールマイト、なぁ見てるか? 俺はこの異世界で百鬼丸を見つけた!」

 

 一人、ステインは叫ぶ。まるで、自分はここにいる、ここにいるんだ、ということを証明しようと、胆の底から叫ぶ。

 

 天井から降り注ぐ雨は激しさをまして、二人を完全に濡らしていった。

 

 血だるまになった二人を洗うように、雨が鮮血を洗い流してゆく。

 

 稲光がした。

 

 ステインは左手で殴打をする……素振りをして、右手の刀で決着をつけようとした。

 

 

 打ち出された拳。

 

 足払いされる、膝。

 

 直後に襲う、冷たく鋭利な感覺。

 

 ステインは理解した。今、右肩に一撃打ち込まれたのだ、と。その激痛は今まで味わったことのない、甘美で、最後まで満足のゆく一撃だった。

 

 長い舌をチロチロと動かしながら、百鬼丸に視線を合わせる。

 

 「――終わりだ」

 どこまでも爽やかで、どこまでも透き通った表情の百鬼丸が、微笑を湛えながらステインと視線を絡ませる。

 

 百鬼丸が腕を引き抜くと、ステインは地面に倒れた。

 

 雨の降る夜空がみえた。

 

 

 

 ◇

 

 「この奥にジョーの野郎がいるんだな?」

 

 中央制御室を指差す百鬼丸。

 

 大の字に地面に倒れたステインは、

 

 「ああ、そうだ。だが、その状態でいくのか?」乾いた唇に雨粒が落ちる。

 

 「――ああ、終わらせるためにおれはここにいるんだ」

 

 「そうか」

 

 その言葉を最後に、ステインは気を失った。

 

 

 一部始終を見守っていた明は、

 

 「ま、待て! 百鬼丸! 一度立て直してからでも……」

 止めようと説得しようとした。

 

 しかし、肩越しに振り返った百鬼丸の顔は、ひどく穏やかで、そのくせ一言の制止すら許さぬ雰囲気を醸し出していた。

 

 「……あぁ」

 ただ、頷くことしかできなかった。

 

 百鬼丸は激闘を終えて、尚も地獄の底へと突き進もうとしていた。彼はおよそ大怪我をしている風には見えず、しっかりとした足取りで暗い深部へと進んでいった。

 

 

 ◇

 

 双葉が銃声の方向へ駆けつけた時、現場には男が二人倒れていた。

 

 一人は――そう、ステインだ!

 初めて港でであった時、余の恐ろしさと強さに畏怖すら覚えた存在。その彼が気絶して大の字に倒れているではないか!

 

 「うそ、有り得ない……誰が」

 

 口元を覆いながら、双葉は呟く。

 

 「……お嬢さん、百鬼丸がやったんだ」

 

 もうひとり、STTの戦闘服を着た男が、そう教える。彼は右腕を切断されて、ひどく悶えながらも双葉に伝える。

 

 「だっ、大丈夫ですか?」

 

 「……結構マズイかもしれない。だが、なぁ、オレを、あの通路の奥まで運んでくれ……」

 明の視線の先には、中央制御室に繋がる廊下があった。

 

 半ば戦慄しながら双葉は唇を震わせて、

 

 「そこに百鬼丸がいるんですか?」

 

 

 

 「ああ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。