刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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誤字脱字訂正は随時行います。


第48話 最終回

  ――折神家祭殿深部。

 地下坑道と化した内部は、山を刳り貫いた巨大なノロの貯蔵庫となっていた。

 

 

 耳遠く剣戟の金属音が聞こえる。濁った意識を回復させる。

 

 御刀《小烏丸》を握り直して正眼に構える。

 

 「くっ……」

 苦い表情で目を眇めながら、姫和は膝を励まして立ち上がる。

 

 最強の刀使、折神紫。

 

 噂に違わず、強い。

 

 視線を下にやると、エレン、薫、舞衣、沙耶香――そして可奈美も地面に転がって気を失っている。

 

 紫は……否、タギツヒメはこちらが何をするのか行動を全て先取りして動いている。しかも髪から異形の腕が生え、細長い瞳孔の開いた赤い眼光が、いくつも姫和を窺っていた。

 

 「どうした? もうおしまいか?」

 冷え切った声音で、そう問いかける紫。

 

 (残りの体力はすこし……か)

 

 何度も破られた《写シ》を精神力で持続させる。

 

 コンクリート床や壁に滴り落ちる無数の鍾乳石の水滴。遠くには石灯籠の灯火が揺らめいている。

 

 (こんな時、アイツだったらなんて言うんだろうな――)

 

 姫和はふと、ある少年の顔を思い浮かべた。

 

 いつも、飄々としながら肝心なところでヘマをやる少年。誰彼構わず、セクハラをやる少年。

 

 たった数日の出会いだったが、姫和にとっては気楽な日々だったのだと気づかされる。

 

 「焼きが回ったのかもな」無意識に、姫和の口元に微笑が浮かぶ。

 

 

 それから、神経を全身に高める。……「秘術」と呼ばれる方法でタギツヒメを宿した紫を封じる他ないだろう。ロファーの靴底を地面に摺りながら、姫和は頬に冷や汗を流す。

 油断すれば、全てが水泡に帰す。

 

 「――母と同じ秘術でも使う気か? 無駄だ……まずはお前のお仲間から始末しよう」

 

 五本の異形の腕が握る刀が、地面に転がる少女たちに向かい刺殺の速度を増した。

 

 「なっ……」

 意表をつかれた姫和は、思わず構えを解いた。

 

 一度に五人の刀使に殺意を伸ばしたのだ!

 

 (くそっ、なぜ体が言うことをきかない!!)

 

 連戦により、姫和の体が限界を訴えていた。咄嗟の行動すら許されない。臍を噛んで、己の弱さを恨んだ。

 

 「やめろ……」

 小さく、か弱い呟きで仲間を殺すための腕を眺めることしかできなかった。

 

 

 目を瞑った。

 

 ――私は使命を果たしにきたのに、一体どうして……

 

 

 ◇

 

 ガギィン、と耳を聾する衝撃音が鼓膜を震わす。

 

 異変に最初に気づいたのは、誰であろう折神紫であった。

 

 「……何者だ!」

 突然の乱入者へ誰何する。

 

 闇の奥、靴音だけが反響する不気味なその漆黒の深部から、ふてぶてしくニヤける少年が姿をみせた。

 

 彼は首をすこし傾けながら、面白げに周囲を見回し、肩を竦める。

 

 「――よォ、タギツヒメ。十四年ぶりか? まぁ、おれに記憶なんてねーけどな。おれが生まれる前からお前を知ってるぞ。おれを体を荒魂どもに喰わせた畜生め」

 

 左目で、鋭く見据える百鬼丸。

 

 「先程の短刀を投げたのはお前か……百鬼丸」

 

 紫の本体に対して、短刀を投げて異形の腕の行動を止めた百鬼丸は、御刀を抜き出しながら、口で左腕の鞘を抜く。

 

 「ああそうだ。悪いがコイツらはおれの大事なお友達なんでね。つーか、なんだよ。最近はお前といいジョーといい、腕を増やすのが最近の流行なのか? だったら忠告してやる。だせーからやめとけ」

 

 明らかにバカにしきった口調で、二刀を構える。

 

 

 紫は、

 「……ほぉ、闘いを挑むか」標的を変えた。

 

 異形の腕たちが百鬼丸を囲むように伸びて上下左右全てで位置の準備を終えた。

 

 「へぇ……こえーな」

 

 余裕を浮かべながら、百鬼丸は欠伸をする。

 

 

 両者の応酬に一時的に蚊帳の外だった姫和は、

 

 「ば、馬鹿者! なぜお前がここにいる! その怪我では無理だ、逃げろ!」

 弾かれたように大声で叫ぶ。

 

 最初は、百鬼丸の登場に図らずも安堵してしまった自分がいた。だが、彼の瀕死の重傷をみて、考えを改めた。

 

 彼だけでも無事でいて欲しい、そう案じていた矢先でこの有様である。

 

 

 「なぁ姫和……助けて欲しいか?」

 

 紫の繰り出そうとしている腕と、紫を交互にみやりながら百鬼丸は気軽な口ぶりで訊ねる。

 

 

 「馬鹿者、馬鹿者! お前は本物の馬鹿者だ! ――なぜ、なぜ来たんだ……」

 声が上ずって、震えはじめていた。

 

 ――本当は嬉しいに決まっている。いつでも、危機の時は助けてくれる百鬼丸。この絶望的な状況を救って欲しいにきまっている。

 

 

 

 しかし、声帯が錆び付いたように、うまく震えない。

 

 静かな嗚咽を漏らしていた。

 

 呼吸を無理やり整える。

 

 手の甲で口元を隠し必死に百鬼丸に悟られまいと誤魔化しながら、

 

 「……ああ」

 素っ気なく答えた。

 

 百鬼丸は満面の笑みを浮かべて大きく肯く。

 

 「……まかせとけ。荒魂退治の専門家、百鬼丸様がコイツを潰してやるよ」

 

 

 

 不愉快に目を細めて軽蔑の眼差しになった紫は、一言「もう終わったか。最期の言葉だぞ」と言い捨てた。

 

 六本の腕が一斉に百鬼丸の全方位を捉え、襲いかかる。

 

 

 現在の紫は、相手の行動を全て可能性の中から選び最適解をはじき出す戦闘マシーンと化していた。いかに強者であろうとも、人知を超えた能力に対応する術などない。

 

 タギツヒメはすくなくとも、そうタカをくくっていた。

 

 「……ばぁ~か」

 

 百鬼丸は口を歪めて嘲る。

 

 呟きのあと、彼は殺到する全ての刀と腕を斬捌いた。まるで、全ての攻撃の軌道を予測していたかのように、百鬼丸は難なく攻撃を防ぎ切った。否、異形の腕を刈り取ったのである。

 

 「なに……」驚愕に見開かれた紫は、有り得ない、とでも言いたげに怒りの形相に変わってゆく。

 

 「なぜだ、なぜだ! お前の行動は全て把握していたはずだ……全ての可能性の中から……」

 

 尚も現実を受け入れられないように憤る。しかも、百鬼丸は異形の腕は《無銘刀》で斬った為に、再生復活はできない。

 

 「ひとつ、いいやいくつかお前に教えてやるよ。アンタは無限の可能性の中から選び取ったんだな。でも、残念だったな。おれも《心眼》で次の行動わかっちまうんだわ」

 

 ……百鬼丸の得意技、相手の心を読み取る心眼により、相手の行動は全て筒抜けだった。

 

 

 「ならばッ!!」

 

 紫は地面を蹴り、百鬼丸へ二刀を振るう。

 

 俊敏を超えた、神速の領域から繰り出される二天一流の剣技には、常人はおろか、この地上のどのような存在でも、避けることは不可能。そう想われる攻めを続けた。

 

 

 ……だが。

 

 百鬼丸には無意味だった。

 

 百鬼丸は全て紫の攻撃を弾き返しながら、軽々と相手の体を吹き飛ばしたあと、腕を即座に交差させ、抜刀術の要領で腰だめに二つの軌跡を描いた。

 

 「ぐっっ!!」

 

 眉間に深い皺を刻んだ紫。

 

 (今の一撃は予測できていた……いいや、むしろ今の一撃しか見えなかった!?)

 

 困惑に囚われた。

 

 有り得ない。この未来視は無限の可能性を演算するはずなのに、眼前の百鬼丸にはたったひとつの行動しか読み取れなかった。

 

 そもそも、他の可能性なんてなかったのだ。

 

 紫の反応が面白いのか百鬼丸は面白げな反応を示しながら、「もうひとつ教えてやんよ。――そのたっぷり蓄えられて育ったおっぱいを自分で揉んでよく理解しろよ」

 

 百鬼丸は右手の御刀お振りかぶり――衝撃を開放する。

 

 最早、彼の攻撃には剣術という崇高な名前はない。ただ異常な膂力に任せて斬撃を叩き込んでいるに過ぎない。

 

 紫の内部のタギツヒメは焦る他なかった。

 

 

 ただ、一介の少年風情に押し込まれ、あまつさえ体を何度も吹き飛ばされているのだ。

 

 隠世の、それも《神》である自身を遥かに凌駕する力。

 

 半ば怯えにも似た眼差しで百鬼丸を睨みつける。その少年が――

 

 

 「最高の作戦ってのはな……その行動が分かっていたとしても避けられない正面突破ってことさ。小細工なんていらねぇ。ただ正面から突破する。分かってても逃げれないから覚悟しろよ」

 

 指をさして挑発した。

 

 

 「ふっ、あははは、いいだろう。今のところは、この脆い器……折神紫を捨て去りたいところだが……確かにお前は強い……だが、これならどうだ?」

 

 《迅移》で地面に倒れる可奈美の細い首筋を掴み宙に持ち上げた。

 

 精神が完全にタギツヒメに支配されていた。現在の紫の肉体を操るタギツヒメは、残忍な嗜虐的に嗤う。

 

 

 「――ッ、てめぇきたねぇぞ!!」

 予想外の対抗策に百鬼丸は釘付けにされた。ヘタに動くと、写シを貼っていない可奈美が死んでしまう……

 憎々しげに顔を歪め、一切の動作を停止させられた百鬼丸。

 

 「か、可奈美!!」

 姫和も同様に反撃の隙を窺っていたらしく、しかしその算段も意味を無くした。

 

 二人を交互に眺めながら悦にいるような声音で、

 「やはり、大したことがないな……そんなにこの娘が大事か? だったら真っ先にコヤツから膾切りにしてやる」

 

 可奈美の体は一〇メートルほど舞い上がり、自由落下速度で下降する。

 

 「終わりだッ!!」

 紫が……否、タギツヒメが叫ぶ。

 

 二閃が打ち出された! 二天一流の無慈悲な、蟻すら逃れる隙もない連撃。現今最強と名高い折神紫の肉体を操る《神》タギツヒメ。速度はまさに神速と言うべきである。

 

 

 ――が。

 

 タギツヒメの繰り出す二撃は虚しく空中を切り裂くだけであった。

 

 「なに……!?」

 

 思わず驚愕の息を呑むタギツヒメ。

 

 落下したはずの可奈美は《写シ》を貼り軽々と剣戟を躱したのである。しかも、その表情は今までみたことのないような底抜けで明るい表情をしていた。

 

 すとん、と地面に軽やかに着地した可奈美は御刀を肩にトントンと叩かせながら、

 

 「久しぶり、紫」

 まるで、久闊を叙するような口ぶりで笑いかける。

 

 

 その表情、動作、全てを百鬼丸には心当たりがあった。

 

 (藤原美奈都……!!)

 可奈美の母、美奈都の姿と重なった。いいや、あの口ぶり態度。粗忽な感じ、どれをとっても美奈都がそのまま憑依しているようにしか見えない。

 

 折神紫を超える最強の刀使、藤原美奈都。

 

 (どういう事だ?)

 

 

 

 タギツヒメは現実を否定するように「有り得ない、有り得ない、藤原美奈都は死んだはずだ。有り得ない有り得ない!!」激昂した。

 

 ふっ、と息を漏らすように微笑む可奈美。

 

 「ありえるよ」

 

 過日の美奈都の面影を投影した可奈美の姿格好は、薄れゆく紫の精神に作用したようで、頻りに頭を抱える素振りを見せ始めた。

 

 「黙れ!」

 

 《迅移》で加速し、可奈美に向かい右、左と斬撃を打ち込む。

 

 「こんな未来、あるはずがない!」

 未来視によってこの場を支配していたタギツヒメ。

 

 しかし。想定外、予想外の人物の登場により状況が一変した。タギツヒメは虚空を切り裂くばかりで可奈美に一撃も喰らわすことができない。

 

 ビュン、と素早い音だけが虚しく巨大な空洞空間に反響するだけだった。

 

 「……じゃあ、いくよ」

 可奈美は――否、美奈都がいう。

 

 御刀《千鳥》が美しく迸る。

 写シを張ったタギツヒメの右腕を一閃、切断する。続いて繰り出された二撃目を弾き返し、一閃……澄んだ音色でも奏でるように千鳥は左腕を落とした。

 

 写シを貼っていたとはいえ、ダメージは相当受けたであろう。事実、タギツヒメは再び写シを貼り直して苦悶している。

 

 

 「くっ」

 タギツヒメは、百鬼丸に切断された異形の腕の残骸を伸ばして〝美奈都〟を捕らえようとした。だがその悪足掻きすら虚しく、〝美奈都〟は地面を蹴って空中を飛び、強烈な剣の軌跡を描き、紡錘形に膨らんだ紅の目玉を切り裂く。

 

 ……ギャアアアアアアア

 

 という悲鳴が聞こえた。

 

 それと同時に、〝美奈都〟は勢いを失わず地面に転がった。

 

 

 紡錘形をした異形の目玉の集合体が暴れ狂いながら、萼に似た形状を保ち――天井に橙色の光源を打ち放った。一筋の、道のような輝きは祭殿である鍾乳壁を突き抜け、天空へと伸びた。

 

 

 同日、夜。

 この日、相模湾岸周辺の空を覆う「ナニカ」が出現した。これを目撃した人の証言によれば、「異様にでかい触手のようなもの」或は「オレンジ色の血管みたいなものが空に伸びていた」など、現実離れした光景を人々の記憶に刻んだ。

 

 のち、これ以上の災禍を東京上空にもたらす前兆とも知らずに……

 

 

 ◇

 

 「可奈美っ!」

 姫和は倒れた可奈美に駆け寄った。

 

 ちらっ、と横目で百鬼丸を窺うと彼はフラフラとして左ひざを抑えていた。しかも右目の包帯には新鮮な血が滲みているではないか。思った以上の重傷を負っている少年に一瞬足を止めようとした。が、その当の少年がアイコンタクトで「来るな」と否定した。

 

 無言で頷き、屈んで安否を確かめながら頬を撫でる。息をしていた。大丈夫、まだ生きている。

 ほっ、と胸をなでおろしながら、すぐにタギツヒメに視線を合わせる。

 

 荒魂の集合体である、その膨らんだ萼形状の目玉たちは、その瞳からノロを流していた。まるで涙のように「ソレ」を溢れさせていたのである。

 

 姫和は緋色の双眸でそれらを窺い、その瞳の奥に「ある決意」を固めた。

 

 立ち上がりながら、構える。

 

 

 柄の末を握りながら左肘を曲げ、右手は鍔に近い部分に添えている。独特な構え――これこそが、「一之太刀」である。

 

 姫和の母――柊篝から受け継いだ刀使としの能力。

 

 この突きにより、隠世へとタギツヒメごと飛ばすのである。無論、姫和自身も二度とこの世界には戻れない。そのことを承知で、使う。

 

 もう一度だけ、百鬼丸をみやる姫和。

 

 「可奈美を頼む」

 

 現状精一杯の言葉と共に、微笑んだ。その微笑みはどこまでも儚げで、生真面目な彼女に似つかわしくない……可憐な表情だった。

 

 「お、おい……」

 大きく肩で息をした百鬼丸は、そのむけられた顔に戸惑うしかなかった。

 

 

 

 姫和は向き直ると、両膝を軽く曲げて体勢を低く左足を摺りながら伸ばす。

 

 タギツヒメは――否、折神紫は二振りの刀を交差させ、悟りきった眼差しで姫和の一撃を待っていた。かつて、二〇年前に果たせなかった使命をこの場で……柊篝の子、姫和によって果たされようとしている。

 

「ふっ」紫の口が綻ぶ。

 ようやく、二〇年耐え続けた苦痛が終わるのだ。《神》を宿して耐える、この拷問のような時間が終わりを告げる。……紫は、薄れる自我の中で安堵を覚えた。

 

 

 

鳥籠から巣立った小鳥たち。

 舞い戻ったとき、すでに雛だった頃の面影は無い。

 「ふっ……」

 思わず口元に笑みがこぼれた。美奈都や篝と全く異なる娘たちの筈なのに、どこ懐かしい佇まいや仕草が紫を一瞬だけ、過去の「あの時」の気持ちにさせた。

 二天一流……

 ふた振りの御刀を握り直して構え、怜悧な目を細める。

 

 

 ……その紫の澄み切った悟りの表情を読み取る姫和は――――「一之太刀」を発動した。

 

 スパークする青い稲妻。一瞬の間に白の光が姫和を包み込み、その跡には稲光のみが流電するのみだった。

 

 

 

 隠世の、暗く細く長いトンネルを突き抜けながら姫和は驀進する。

 

 《小烏丸》が、紫の胴体の中心を捉えて刺し貫いた。

 

 体勢が「く」の字に曲がりながら紫は、速度に驚愕の目を見張る。……あの柊篝に勝るとも劣らない速度。この娘が荒魂を飛ばす。その使命を果たすのだ。

 

 

 「これがっ私の、真の一之太刀だッッッ!!」

 

 

 御前試合でみせた時とは異なる、極限の突き技。

 

 「見事だ」

 素直に賞賛する紫。

 

 あの時。

 彼女たちを逃がして正解だったと思う。こうして成長し、そしてタギツヒメに蝕まれたこの肉体を隠世に送ってくれるのだから……

 

 「このまま、私と隠世の彼方へーーーーーー」

 

 尚も力強く《小烏丸》を押し付け、さらに加速する。姫和と紫はそのまま、暗い隠世のトンネルの奥深くまで、誘われるように速度を上げてゆく。

 

 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 最後の気合を開放するように姫和は咆哮した。一瞬たりとも気を抜けない、精神力で押し切るのだ。その覚悟で叫ぶ。

 

 虹色の光が隠世の闇から煌く。次元の断層の歪みだろう。

 

 二度と、二度とこの世界には戻れない深さにまで今、潜り込もうとしている。

 

 

 自然と姫和の口元が笑みに曲がる。

 

 もう、誰にも会えなくても、現世でのことは忘れないだろう。僅かな時間だったが濃密な時間を過ごせた。この世界を守る為に、いま別れを告げようとしていた。

 

 

 ◇

 

 

 『だめっ、姫和ちゃん!!』

 

 頼れていたはずの可奈美は、《写シ》を貼り、駆け出す。

 

 訳も分からず遮二無二走って姫和を追いかけた。可奈美は腕を伸ばす。その指先は姫和のスカートの端に触れるだけで、決してその速度に追いつくことができない。

 

 (うそ……もう、届かないの……)

 可奈美は、伸ばした指先が決して姫和に届くことがない――そんな現実に絶望しかけた。距離を離される。本当にこの世界から切り取られるように消え失せる姫和の後ろ姿。

 

 (だめっ……)

 

 心で強く念じた。

 

 あと、すこし。

 

 あと、たった少しだけでいい。ほんの少しだけで姫和に届くはずなのに……。

 

 指先が自然と諦めたように曲がりかけた、瞬間。

 

 「届くさ……」

 

 可奈美の指をとる、誰かのゴツゴツとした手。この懐かしい感触を知っている。

 

 「ひ、百鬼丸さん!!」

 

 相手の名を呼ぶ。

 

 「おう」

 

 左目で肯く百鬼丸。彼は血だらけの体を励まして、この隠世に居る。――どうやって? それは分からない。だけど、この人ならどんな無茶な中でもきっと助け出してくれる。可奈美は嬉しくて、「うん」と頷き返す。

 

 

 舞草の里で、剣を合わせて知った百鬼丸の途轍もなく悲しい感情。それすら、跳ね返して人を助けようとしている。

 

 ……どれだけ無茶だったとしても。

 

 ……どれだけ無謀だとしても。

 

  この人、百鬼丸は絶対に「諦める」ということをしないんだ。

 

 (――可奈美、お前はおれを守るって言ってくれたよな)

 

 「可奈美、今度はおれが約束する。お前たちを救う、おれが救う!」

 

 ◇

 姫和は遠ざかる可奈美の気配を一切無視して目前の相手を隠世に送ることだけを頭にさらに加速をし続ける。

 

 五感が溶けてゆく気がした。

 

 実体が乖離して、幽体のみがこの先へと進んでゆく。

 

 「くっ……」

 

 初めて味わう感覚に頭が狂いそうになる。

 

 (もう、終わりか……)

 

 瞼を閉じ、あとはこのまま体が命ずるまま、次元の果までゆけば良い。達観しつつあった。

 

 可奈美たちと共に逃げた時間。ただ、使命に駆られて周囲を見失いそうになった自分を支えてくれた人々。

 

 (これでいい、これでいいんだ……)

 

 なにより、病に伏せりながらも使命に囚われ続けた母の悲願。

 

 いま、それを実現しようとしている――――

 

 むにゅう、むにゅう、と薄い胸部を揉みしだく感触。

 

 (――ん?)

 

  緋色の瞳を開き、視線を下に向ける。

 

  無骨な、太くて包帯に巻かれた右腕が姫和の貧相な乳を鷲掴みにして揉んでいた。

 

 「……んなっ!!」

 唐突の事態に理解が追いつかず、恥ずかしさに顔が真っ赤になる。

 

 視線を腕の主である背後にやった。

 

 「……よォ、妖怪貧乳娘。お前本当に貧乳なのな……あ、んでも女の体って、すっげー柔らかいのな。ま、貧乳といいつつ、意外とあるじゃん」

 

 明らかにバカにしきった様子で揶揄う百鬼丸。

 

 「き、き、貴様っ! こんな時まで……」

 

 ふと、百鬼丸の左腕に抱えられている可奈美と目が合った。

 

 その可奈美は腕を伸ばして微笑む。「一緒に帰ろう」そう言っているみたいだった。

 

 交互に躊躇いの目線を配する姫和。せっかく覚悟したのに、これでは台無しではないか。憤慨しながらも、しかしどこかでこの「救いの手」を待っていたのかもしれない。

 

 「帰ろうぜ。――」

 揉んでいた手を姫和の腰元に移して、一気に引っ張る。隠世のトンネルから体が引き剥がされるみたいに、五感の感覚が回復してゆく。

 

 

 ……ああ、私は帰ることができるんだ。

 

 

 小烏丸が折神紫の体から抜かれ、紅蓮の炎が彼女の背後から放出された。あとは、異世界の狭間のトンネルは徐々に景色を薄めて、白い光に包まれた。

 

 それが、意識を失う寸前の姫和と可奈美のみた光景だった。

 

 ◇

 天空に伸びる三柱のような巨大なうねりは、折神家の所有する山から相模湾岸の夜空を焦がすような青白い輝きを放つ。さらに三つの流星となって空を流れた。

 

 「分御霊」

 

 その瞬間であった。

 

 

 事件の収束が発表されたのは、この日の翌日であった。しかし、相模湾岸で世界の危機を救った、という事実は誰にも知らされることはなかった。

 

 

 

 ◇

 

 燕結芽は、目覚めたとき白いタイル張りの天井をぼんやりと眺めていた。

 

 (あれ……私、生きてる?)

 

 朦朧とした視界の中で、片目から血涙を流しながら頭を撫でてくれた人を朧げに思い出すことはできる。でも、どうしてもその前後を思い出すことができない。

 

 何度か瞬きをしながら、明るい日差しの射し込む窓をみる。

 

 青空がどこまでも広がっていた。

 

 手を伸ばしてみる。

 

 どこまでも、手が伸びてゆく気がした。あのとき、苦し紛れに伸ばした手じゃなくて、今度は本当にどこまでもゆける気がした。

 

 「……私、生きてるんだ」

 

 視線を戻して、そっと呟く。

 

 同じ病室の筈なのに、全然いまは悲しくなんかない。胸の苦しさも無くなっている。それどころか、体の芯から力が溢れるように生命力で漲っているんだ。

 

 「そっか、私……生きてるんだ」

 そんな事実を噛み締めるように、何度も呟いてみる。

 

 

 「はい、生きてますよ。燕さん」

 

 と、不意に結芽はベッドの左隣から投げかけられる返事に頭を動かす。

 

 「あれ? 双葉ちゃん? どうして?」

 

 患者服を身にまとった双葉が、パイプ椅子に座っている。手元では林檎の皮を果物ナイフで器用に剥きながら、微笑みかけている。右目と右脇腹を包帯で巻いているが、それ以外は至って健康そうである。

 

 「……ええっと、燕さんと運ばれた病院が同じで……まぁ、目覚めたのはわたしが早いんですけどね。あっ、だから差し入れの林檎を勝手に剥ちゃいました。えへへ。――あ、でもでも、燕さんの大好きな〝うさぎ〟にしておいたので、食べれるときに食べてくださいね」

 

 あはは、と気まずそうに笑う双葉。それでも彼女は頻りに「よかった」と呟いていた。

 

 

 「――ねぇ、双葉ちゃん。私なんで生きてるのかな」

 

 一瞬呆気に取られたような表情をした双葉は、しかし、少しだけ悲しそうに微笑む。

 

 「多分、おにーちゃん……百鬼丸が、燕さんを助けたんだと思います。なんとなく、ですけど、わたしみたいに燕さんに生きてて欲しくて助けたんだと思います」

 

 戸惑いがちだが、決して迷うことのない信頼した口調。

 

 その様子に、全ての疑問を氷解させる不思議な説得力と共に安心感があった。

 

 「……そっか。百鬼丸おにーさんが助けてくれたんだ」

 

 むかし、誰からも見捨てられて自分の生きる理由や意味を探すため、そして誰かの記憶の中に強烈に強い「私」を刻むために戦ってきた、その行動だって無駄じゃなかった。

 

 結芽は視界がじんわりと滲むのが分かった。

 

 胸の底が温かくて、でもじんわりと熱い。こんな気持ちは初めてだった。誰からも必要とされなくなって、それでも必死でこの残酷な世界に抗い続けて……ようやく、「百鬼丸」に見つけてもらえた気がした。

 

 ガラッ、とスライド式の扉が動く。

 

 病室の扉が開く音が部屋に反響した。

 

 突然のことに双葉は振り返る。

 

 「あ、相楽学長……」

 

 急な訪問者は、綾小路の学長相楽結月であった。ダークグレーのパンツスーツに身を包んだ彼女は、一見して怜悧な印象があり、常に刺々しい雰囲気を漂わせる近寄りがたい人物だ。

 すくなくとも、双葉はそう理解していた。

 

 その結月の手元には見舞いの花束が抱えられていた。

 

 「結芽……本当に……」

 

 彼女は病室の扉際で、口元を震わせながら目を見張り、首を左右に振っている。

 

 この現実の光景を信じがたい、そう葛藤する様子が手に取るように双葉には分かった。だから、

 「相楽学長。燕さん起きてますよ」

 と、告げた。

 

 バサッ、と色とりどりの花束が床面に落ち、花弁を周囲に撒き散らす。

 

 それも構わずヒールを歩ませ、急いで結月は結芽の病床に走った。

 

 痩せ衰えてはいるが、それでも目を開いて、見返してくれる結芽の瞳。それがなにより、結月には嬉しかった。

 

 ――あのとき、ノロを打ち込むことでしか彼女を救うことが出来なかった己の不甲斐なさを恥る。確かに、最初はノロの実験台として身寄りのない彼女を選んだ結月だった。けれども、時間と共に罪悪感が増してゆき、謝りたかった。そしてできることなら、二度と燕結芽という少女を手放したくない、と思った。

 

 だから生きている。それだけで結月には無上の喜びとなっていた。

 

 「ああ、生きててくれたんだな……結芽……本当にありがとう……結芽、すまない……」

悔恨の念を呟きながら、結月は思い切り結芽を抱きしめる。撫子色の長い髪を腕に感じながら、まだ幼い体の彼女が生きている事実に自然と涙を流していた。

 

 「ありがとう生きててくれて……もう、お前を離したくない……」

 

 結芽の首筋に自らの顔を埋めながら、両腕で抱く。こんな事をする資格がないのは重々承知している。それでも彼女――燕結芽をこれから先守りたいと思う気持ちを偽ることができない。

 

 だから、情けない大人のちっぽけな矜持を満たすだけかもしれない。けれども、彼女を助けていきたい。結月は腕に力を込める。

 

 その相楽結月の急な抱擁に頭の整理が追いつかない結芽だったが、誰かが自分の為に泣いてくれている。その事実を、徐々に理解していく。

 

 「そっか……私……本当に生きてるんだ……誰かの記憶の中に私……いれたんだ」

 

 目頭が熱くなる。これも今まで戒めてきた衝動だった。

 

 「燕さん。強いとか弱いとか関係なく、絶対に燕さんのことなんか忘れませんって。だから、これからも思い出をつくるべきですよ」双葉は意地悪く、どこか楽しげに笑いかける。

 「……ひいっぐ……うん……ふたばちゃん……ひっ……ありがとう」

 嗚咽混じりに結芽は微笑みを返す。

 涙と鼻水の混ざった、様にならない面だったけど、その汚れた感じが一番いい顔をしていると、双葉は思った。

 

 義兄の助けた命。

 

 義兄に助けられた命。

 

 ぐっ、と自らの胸元を掴みながら双葉は義兄百鬼丸のいるかもしれない青空を見つめる。この空の下にならば、きっと何処に義兄がいても繋がっていられると思えるから、蒼穹を眺め続けた。

 

 

 

 

 ◇

 

 あの激動の日々から数日が経過していた。未だに世間を賑わせる二つの事件で世間はもちきりだ。警察も他の官庁も大忙しだろう。もちろん、特別祭祀機動隊……通称「刀使」も含めて。

 

 

 〝タギツヒメ〟を討ち果たしたあと、戻ることのできた可奈美と姫和を抱えて百鬼丸は、ノロの貯蔵庫に戻ってこられた。

 

 

 あとは、彼も記憶がない。――というのも、すぐに気絶したからだ。

 

 ステイン、ジョー。そしてタギツヒメ。連戦で疲労がピークに達し、しかも大量失血によりほぼ死にかけていた。幸い、すぐに駆けつけてくれたドクターヘリの救急隊員がいなければ百鬼丸はお陀仏になっていただろう。

 

 

 大規模な手術を施されてはや数日。

 

 驚異的な回復力をみせた百鬼丸は、二日後には完全回復をしていた。これには、執刀医を含め大勢の関係者が彼の自然治癒能力の高さに驚愕せざるをえなかった。

 

 そんな入院生活の折、真庭紗南学長が百鬼丸の病室を訪れて早々、

 

 『この度は、大変助かった。君に……百鬼丸くんに助けられた。ありがとう』

 

 と、感謝をしにきた。

 

 なんでも今度、この真庭学長は刀剣類管理局の重要な役職を得るらしい。

 

 『はぁ……』

 

 『だがすまない。世間はもちろん、他の刀使にも色々な関係で君の存在は明かせない。今回の事件でも関係者には箝口令を敷いて一切の存在を伝えることを許していない。大人の事情なんだが……一番よく働いてくれた君にこんな仕打ちは心苦しい。だが……』

 

 苦い顔で淡々と事務的な話をする紗南を、手で制する百鬼丸。

 

 『いいや、別にいいです。おれは単におれの目的で働いたに過ぎないんですから。それよりも、くたばった刀使はいないですか?』

 

 『ああ、もちろん。今回の事件では誰ひとりいない。君と折神家に突入した六人も元気だ』

 

 ――そうですか、と含羞む百鬼丸の横が眩しくみえた。

 

 『君は本当に無欲なんだな』

 思わず、紗南は呟いた。

 

 キョトン、とした百鬼丸は首を傾げた。

 

 『いいえ、おれは貪欲ですよ。おれが救いたい人間は誰でもみんな救いたいし、誰か苦しいならそれを取り除いてやりたい。そんでもって、おれから体を奪った連中を殲滅する。……どうです? 貪欲でしょう?』

 

 意地の悪い顔でニヤつく。

 

 紗南は肩をすくめて、この優しい少年の頭を軽く小突く。

 

 『……君みたいなやつを屁理屈こきと言うんだ。覚えておけ。ああ、それとあと一つ』

 

 今度は紗南が極悪人のように口を歪めながら百鬼丸に視線を合わせる。

 

 『君が元気に退院しだい、荒魂の討伐を命じる。刀使には任せられない危険なシロモノばかり選り取りみどりだ。嬉しいだろう?』

 

 百鬼丸は呆然とした様子でしばらく固まったあと、

 

 『……あはは、人使いがすごいですね、おばさん』

 

 百鬼丸はから笑いをした。

 

 『あはは、そうか――お前、死にたいらしいな』

 

 紗南は笑顔の仮面を貼り付けたまま、今度は思い切り拳を振りかぶって百鬼丸の頭をぶん殴った。一切の手加減をしなかった。

 

 

 ◇

 

 江ノ島神社。

 かつて、「相模湾岸大厄災」の舞台となった一角。

 

 現在は事件以前のように復元補修され、当時の傷跡は所々にしか散見されない。

 

 早朝、まだ白靄が外気に低徊し肌寒い。朝独特の青味がかった空気を透かしている。遠くで漣の音が聞こえる気がした。

 

 

 

 江ノ島神社の境内の捧安殿、辺津宮を歩きながら「何らか」の痕跡がないか調べていた。

 

 「ここにはなんもない……か」

 百鬼丸は無地の黒いTシャツにジーンズのラフな格好でぶらついていた。

 

 

 あのタギツヒメが「分御霊」を行い三柱に分裂した。

 

 なぜそうなったか、までは理由が分からず仕舞いとなっていたため、手がかりになりそうな江ノ島神社を探索していた。いいや、正確には退院後に人前から消えようとしていたところを紗南に見つかり「お前がどこかに行くのは構わんが、一つだけ調べて欲しい場所がる」と言われて、この神社にきたに過ぎない、というのが本音である。

 

 「ちっ、全然わかんねーぞおい」

 

 長い黒髪を無造作に束ねた頭をポリポリと掻く百鬼丸。

 

 

 

 「ま、わかんねーもんは仕方ないだろうな」

 踵を返して、そのまま歩き出した。

 

 

 朱塗りの鳥居に向かい階段を降りる。ひんやりとした空気が心地よい。欠伸を噛み殺しながら、百鬼丸は靄の中に見える景色を想像しながら、ひとり微かに笑う。

 

 (しばらく、人前には出れないからなぁ……)

 

 何となく騒々しい日々を思い返す。

 

 まぁ、それなりに悪くはなかったと思う。……正直に言えば、楽しかったといえばいいのだろうか。

 

 妙にセンチメンタルな気分の自分に驚きながら、百鬼丸は頭を振って、そんな軟弱な自分を笑ってやる。

 

 

 鳥居を過ぎた頃、『おい!』と呼び止められる声がした。

 

 図らずも、百鬼丸は気配に気がつかなかったことに、自分の注意力の欠如を悟った。

 

 肩越しに階段の上へ視線を投げると、一際小柄なツインテールの影が映った。

 

 「おい、変態カス野郎。黙ってどこかに行くとはいい度胸だな、おい!」

 腕を組んで怒鳴る薫。

 

 「なんだ、お前か……」

 

 

 「ああ、そうだ。あのオバサンに頼んでお前をここで待っていた。悪いか」

 

 「いいや、別に悪くないけどなんで……」

 

 

 

 「それは、まるまるが勝手にワタシたちに黙ってどこかに行くからデ~ス!」

 金髪を涼風に靡かせながら、元気に横槍を入れるエレンが、挙手しながらいう。

 

 「お、おう」

 

 「薫ちゃん、エレンちゃんだけじゃなくて、私たちもいますよ」

 舞衣が、穏やかな声音でそう告げる。

 

 「えっ?」

 

 百鬼丸が首を巡らす。

 「……百鬼丸、こうやって見送られるの嫌いそう。だから黙って待ってた」

 

 沙耶香が淡々と、しかし、眼差しを百鬼丸に固定していた。

 

 「ご明察……」

 どんな表情をしてよいか分からず狼狽する百鬼丸。

 

 気恥ずかしいやら、嬉しいやらで百鬼丸は口を膠で固着されたみたいに動かない。今すぐにでも逃げ出したくなっていた。

 

 頭を前に戻して足を先に伸ばそうとした、その途端――

 

 

 「おい、逃げるなド変態!」

 

 押し止められた。

 

 

 (あー、やっぱり。このご立腹の声は……)

 

 再び、ギギギ、と油の切れたロボットのように首を回す百鬼丸。

 

 

 強い線の眉に緋色の瞳。漆のように艶やかな黒髪ロング。間違いない――

 

 「お久しぶり、妖怪ぺったん娘」

 

 「おい! 誰がぺったん娘だ! 貴様、いつか殺してやると思っていたが、ほぉ……そうか。今がよかったか。それなら今すぐに殺してやるぞ!」

 

 帯刀した御刀《小烏丸》の柄に手をかけた姫和。

 

 「い、いやーすまんすまん。あのときは不可抗力で揉んだ……いいや、触ったけど、まぁ本当にナイチチじゃないからな」

 手を合わせて、拝むようなポーズで謝罪する百鬼丸。

 

 姫和は顔を真っ赤に染めて「こ、この大馬鹿者!」と怒鳴り散らした。

 

 「ま、まぁ、まぁ……姫和ちゃん落ち着いて……」

 苦笑いを浮かべながら、姫和を制する。

 

 琥珀色の瞳。甘栗色の髪。天真爛漫で、人一倍好奇心旺盛で誰より剣術の大好きな少女。

 

 

 「可奈美、あとはそのヒンヌーを任せたぞ!」

 

 ビシッ、と人差し指で命令する百鬼丸。

 

 可奈美は「むっ」とした様子で百鬼丸に向き直り、

 

 「百鬼丸さん!」

 叫ぶ。

 

 「お、おう!」

 

 珍しい態度に困惑しながらも応じた。

 

 「今度はもっと、もーーーーっと、剣術の稽古しようね! 新しい技の実験台になってよ!」

 

 明るく物騒なことをいう可奈美。

 

 「あはは、こいつマジかよ」百鬼丸は改めてこの剣術大好き娘をまじまじと見つめる。

 

 

 化物じみた力故に、孤独を抱える少女。

 

 その真摯な眼差しに、可愛げを感じて思わず了解するように肯く。

 

 「ああ、また今度。いつか出会ったときに稽古つけてくれよ。師匠さま」

 

 百鬼丸は体の方向を変えて、ぐっ、と拳を握り腕を伸ばす。

 

 少女たちの位置に拳を合わせる。

 

 「うん、絶対に約束だよ! 百鬼丸さん!」

 

 可奈美も距離の離れた百鬼丸の位置に拳を突き出す。

 

 「「約束」」

 

 二人の声が揃う。

 

 それからまた、一巡、六人の「刀使」たちに視線を合わせる。

 

 

 肩を竦めて、この物好きな少女たちに背をみせて歩き出した。

 

 

 「じぁあな、変態やろう」

 

 「おう」

 

 「バイバイです、まるまる」

 

 「おう」

 

 「体に気をつけて下さいね」

 

 「おう」

 

 「……さよなら、百鬼丸」

 

 「おう」

 

 「……ふん、貴様など――――まぁ、たまに姿をみせるくらいはしろ」

 

 「おう」

 

 「じゃあね、百鬼丸さん! また剣を合わせようね!」

 

 「おう」

 

 口々に投げかけられる言葉に返事をしながら、百鬼丸は歩みを止めない。振り返らない。今まで固かった気持ちが、喜びに弾んでいた。

 

 

 すーーーーーっ、と百鬼丸は深く息を吸い込む。

 

 「もし、お前らが本当に助けて欲しいときは、おれに言え。必ず、どこにいたって助けに行く! 必ず、助ける。じゃあな、――あばよ」

 親指を立てながら、背中を向ける。

 一度も振り返らずに、百鬼丸は道の果まで歩んでゆく。確かに一歩一歩、進んでゆく。

 二度と大切な人を失わぬようにしっかりと、前だけを見据えながら歩んでゆく。

 

 鴟尾の上を鳶が円を描き飛空している。蒼穹には一片の雲も無い。

 薄かった太陽光は筋を太くしながら地上に降り注ぐ。

 道を歩く。道を歩んでゆく。

 

 

 取り返した肉体十六箇所。喪失三。残り、二十九箇所。――百鬼丸の己の肉体を取り戻す旅は終わらない。

 永遠の旅人に栄光あれ! ささやかだが、確かなる光あれ!

 

                        《了》

 




ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!

感想やお気に入りして下さった皆様ありがとうございました!

へったくそな文章にも、辛抱強く付き合って下さった皆様、ありがとうございました!

本当に皆様ありがとうございました! 感謝します。

あと、48話以内で収めれてよかった。(小声)



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