「ねぇ、おにーさん……」
二撃目の切先は繊細な弧を描き、反転切り返しの運動を行った。実戦中でも余程の熟練者でなければ行えない判断。
(まだ子供みたいな奴が――)
目を眇め、百鬼丸は刃の軌道線上に左腕を差し出した。
「――ッ!?」
まさか腕を差し出す馬鹿がいると思わなかったのだろう。結芽の操る刀《ニッカリ青江》の動きが鈍る。しかし、それにも構わず腕に刃を喰い込ませた。
「奥の手っ、一個目!!」百鬼丸が秀でた眉をひそめて呟き口を歪める。
肘から勢いよく腕を振り抜き、胴前へ陽光に燦く疾い白の軌跡を残す。
まずい、と判断したのか結芽は相手が肘を振り抜く動作に入ったタイミングで無理やり刀身を百鬼丸側に押して反動をつけ、三メートル程の距離を作る。
長い撫子色の髪が腰元の辺りで翻りながら人差し指を淡桃色の唇をなぞり、
「やっぱり強いね……お兄さん、もっと愉しませてくれそう」
息を弾ませて言う。
「あはは、そりゃどーも」
全然嬉しくない、内心そう思いながら百鬼丸はこの場から退却する算段をする。
ふと、結芽は視線を自らの御刀にやる。と、柄にかかる重量から百鬼丸の左腕半分が刃に食い込んでいるのを目に捉えて分かった。
「あっ、やっぱり義手なんだね♪」
くすくす、と鈴を転がしたように軽やかに喉の奥で笑い、やがて両目を細める。
おもむろに、結芽は《ニッカリ青江》に喰いこむ腕に接吻をした。
「なにしてんだ……?」
状況をつかみかねて百鬼丸は尋ねる。
結芽は相手の狼狽する様子を窺い、うっすら微熱の帯びた頬を緩めた。
「おにーさんみたいに強い人、今まで会ったことないから……」
と、言葉を区切り、刀身を勢いよく振り抜く。
一直線に百鬼丸めがけて義手が放たれ、危うく顔面衝突の所で掴み取った。
「もっっっと、遊ぼうよーっ♪」
義手を囮に右斜め上に《迅移》で跳び距離を詰め、結芽は大上段の構えから斬りかかる。先程の覚悟不足で斬り損ねたが、今なら確実に仕留め切れるだろう。
「えっ!?」
だが、結芽の剣尖は何者をも捉えることはなかった。
陽炎の揺めきに似た痕跡が、百鬼丸の居た外気を濁した。
「迅移が刀使の専売特許だと思うなよ」
百鬼丸は結芽のはるか後方、御門郭の道を挟んだ防風林に逃げていた。
結芽は顔を悔しさに顰め、
「なんで、遊んでくれないの?」子供っぽい言い分で怒鳴る。
はぁ、と精神的な疲労に溜息を吐き、百鬼丸は左腕の刀を義手の鞘に収める。
「もう二度とごめんだ」
言い捨てて松林の蔭に溶けていった。
「あ~あ~、つまんな~い~」
今更追った所で彼を見つけるのは恐らく困難だろう、と結芽は結論づけて刀を鞘に収める。
(でも、もし今度会ったら……)
先程の戦闘を反芻し、興奮の余り親衛隊の制服スカートの股間に手をあてがう。脊椎から秘部を貫く衝撃的な感覚にうっとり、蕩けた貌になる。
2
「っ、危なかった――」
百鬼丸は燕結芽という少女の『才』を思った。
あのまま戦っていれば、確実に押されて負けていたかもしれない。
今まで対人戦など想定せず、ひたすら荒魂との戦闘のみに特化した戦闘スタイルを改めねばならぬ、と反省する。
「……とはいえ」
折神家の広大な敷地の森を抜けたはいいが、この先の行くあてが無い。
どうしたものか、と思案しているとぐぅ~、と腹の虫が鳴る。
如何せん、空腹には古来の英雄も抗えぬと聞く。そう自己弁護して飯を食える場所を探すことにした。