刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第50話

 深夜、東京湾岸線沿い。

 首都高に接続する橋架の巨大に湾曲した部分には、数十台の警察車輌が停車して真っ赤なサイレンを点滅させていた。

 

 上空には報道ヘリが飛行している。

 

 規制された橋の上、長大な体躯の荒魂が蛇の如く暴れていた。アンカーボルトが激しく軋み、コンクリの土台部分に放埒な亀裂がはしる。

 

 両側に配された無数の外灯が青白い光を放っている。

 

 

 この荒魂の侵入を防ぐべく特別機動隊が橋の両端を封鎖し、障害物で封鎖している。夜闇にババババ、と実弾の発砲音と閃光が連続した。荒魂は裏の腹をみせながら、身悶えするように大きく天へ体を突き出し左右に身を振る。

 

 ……一時的に進行が停止した。

 

不意に夜の凪いだ海から、微風がそよぎ潮の香りを鼻に運ぶ。

 

 (やらなきゃ……今度は失敗できない)

 

 内里歩は、つい4か月前の〝事件〟を思い出していた。

 

 国内最大のショッピングモールで行われた大量虐殺。その死亡者数だけでも一二〇〇人以上を超えるという。しかも、その事件の詳しい内容はあまり報道されず、《鎌倉特別危険廃棄物漏出問題》へと話題が移行していた。

 

そんな世間をよそに、歩だけは違った。

 

 あの現場で、初めて味わった「死」の危機。

 

 そして、危機から救ってくれた〝人〟を彼女は忘れてはいなかった。否、日を追うごとに関心が高まるばかりだった。

 

 巨大な荒魂をいとも簡単に討伐してのけた、少年の後ろ姿に畏怖すら覚える。

 

 ――刀使のわたしにはマネできない

 

 最近ではそう諦めかけることの方が多くなった。

 

 そんな折に、今回の鎌倉出向命令と討伐任務だ。複雑な気分に加えて、荒魂に対するトラウマ克服の気が焦らないわけがない。

 

 『写シ、用意っ!』

 鎌府の隊長刀使が命ずる。

 

 「――ッ」

 歩は以前のようなドジは踏まず、意識を集中させて目前から迫り来る異様な怪物を見据え、冷静に《写シ》を張る。

 

 真っ黒い牙の間から見え隠れする橙色の光と、そこから漏れ溢れる炎。

 

 巨頭が左右に揺れて、徐々に迫り来る。

 

 ゴクリ、と生唾を呑む。

 

 目線を横に流す。一部隊五人で行動する刀使たち。果たして、こんな巨大な相手をわたしたちだけで討ち果たすことが出来るだろうか? 全くそのイメージが湧かない。多分、前の事件の影響なんだろう。そう独り歩は合点する。

 

 無意識の思考を他所に、

 

「よし、斬り込む」

 隊長は震えた声で、八相の構えをとる。

 

 部隊の面々に緊張がはしる。半ば悲愴な雰囲気が漂う。……誰だってそうだ、死にたくなんてない。

 

 (でも、行かなきゃ……)

 恐れを押し殺し、靴先を半歩進ませた――

 

 

 ――と、荒魂の二角のうち一片が斬り落とされた。ドゥン、という物凄い衝撃と共に砂埃が橋の上に舞い上がる。

 

 

(うそ……)

 目を見張って、歩は眼前の現実をただ眺めるしかなかった。

 

 オレンジ色の発光色を放つ四つのスリット。作動するたびに、ウィン、ウィン、と駆動音がする。間違いない、これはストームアーマーの音だ。

 

 歩は握り締めた御刀の柄を僅かに緩めた。

 

 たった二人の華奢な少女たちが、荒魂を前に立っている。

 

 美濃関の制服を身にまとった少女が、チラと振り返り口を釣り上げる。生憎バイザーで表情までは読み取れないが、まるで「安心して」とでも言いたげな様子だった。

 

 もう一人の鎌府の刀使の子は、迅移を利用した速度で、ムカデのような多脚を刈り取っていた。

 

(うそ……この人たちはわたしと同じ刀使?)

 

 二人だけで、見事な連携をして荒魂を翻弄している。まず、一人が囮になりもう一人が斬撃で敵を削る。それを素早く交代して、優勢へともってゆく。

 

〝百鬼丸〟という、規格外の化物じみた強さを誇る少年とは異なる強さ。

 

 言い換えれば、「刀使」としての本来的な強さ――

 

 『沙耶香ちゃん!』

 さきほど、微笑んだ美濃関の子が掛け声をかける。

 

 息を呑む暇もなく、美濃関の制服が十数メートルを軽々と跳ねて荒魂の頸部を一刀のもとに斬り落とすと豪快に迸る火炎を抜けて着地する。

 

(うそ、うそ……なんでこんなことできるの?)

 

 百鬼丸という、少年の強さに半ば絶望しかけた歩だった。が、今ほど展開された二人の刀使の強さには全く異なる感情――「憧れ」を抱いた。

 

 

 

 ◇

 橋本双葉は、窓際の机で突っ伏したまま外をみていた。

 

 鎌府女学院の制服を着た彼女は授業中というのに、上の空で絶えず外の景色を飽きもせずに眺めていた。

 

 

 

《鎌倉特別危険廃棄物漏出問題》

 

 ……それから四か月。

 

 季節は秋口に入り、過ごしやすい気候になっている。今ではすっかり右目も右脇腹も恢復して通常通りの生活をおくっている。あの時、義兄の百鬼丸が助けてくれなければ死んでいただろう。

 

 「はぁ……」

 

 頭を動かし、教室を一瞥する。

 

 空席の目立つ疎らな教室。今、関東では荒魂の発生率が高い。必然、関東一円を受け持つ鎌府では、常に刀使が出動しているのだ。《鎌倉特別危険廃棄物漏出問題》

を境にして、増加傾向にあるのだという。

 

 事件以後、折神家親衛隊は事実上の解体に追い込まれた。

 

 席ありの四人のうち此花さんは今、ノロの研究治療病棟にいる。燕さんは入院中で、今月中には綾小路に復学するらしい。

 

 問題は、一席の獅童真希さんと、三席の皐月夜見さんだ。

 

 彼女たちの行方は全く分からない。

 

 (なんか、退屈かな……)

 

 双葉は気の抜けた炭酸のような気分だった。あの激動の日々に身を置いたときから、緊張を強いられてきた。それがある日突然、緩んだ日常へと戻されると、その呆気なさに力が抜けてしまうのだ。

 

「おい、橋本。聞いているか?」

 

 女教師が教壇の上から叱責する。

 

 双葉は頬を机から引っペがし、「……すいません」と謝る。

 

 「まったく」と鼻を鳴らした教師も、重症の身から恢復、復学して日も浅い双葉に配慮したようで、それ以上は咎めず教科書の内容を復唱する。

 

 双葉は無意識に机の脇に吊り下げた御刀『小豆長光』の柄を触る。

 

 柄巻には赤黒い血痕が付着している。――これは、義兄百鬼丸のものだ。数々の死闘を繰り広げた彼は、事件の集結と共に、この御刀を双葉に返したのである。

 

 

 ◇

 

 ちょうど、正午だった。スカートのポケットが震えた。教室を出て、人気のない廊下の柱陰に背中を預け小さな画面をみる。

 携帯端末に知らない番号が表示されていた。訝しがりながらも、双葉は電話に出た。

 「もしもし?」

 

 『橋本双葉、で合っているな?』

 

 男勝りの女性の声だった。

 

 (あれ? この声――もしかして)

 双葉は聞き覚えがあった。

 

「はいそうです……ご用件はなんでしょうか? 真庭学長」

 

 相手は長船女学園の真庭紗南だった。一度、入院中に事情をききに双葉と面会をしたことがある。しかし、それ以上の関係ではない。

 

 猶も訝しむ双葉をよそに、紗南は言葉を続ける。

 

『実はお前に頼みがある。――大変言いにくいんだが』

 

 珍しく言葉を濁す相手に双葉は「全然平気です」と言う。

 

『そうか……実は、お前の義兄、百鬼丸を探して欲しいんだ』

 

「義兄を……ですか?」

 

 唐突な申し出に一瞬、頭の中が真っ白になった。なぜ、今頃――四か月も経過して? そんな疑念を持ちながらも、

 

「なんでわたしなんでしょうか? 政府の力で普通に探し出せると思うんですが……」

 

『普通は、な。お前の義兄は普通じゃない。ハッキリいってこの四か月の間、ずっと行方を探していた。私はともかく、政府のお偉方連中はあの〝バカ〟を飼い慣らしておきたいようでね。しかし結果はお手上げ。それで、一番あいつをよく知るお前に白羽の矢がたったというわけだ』

 

 「な、なるほど……。あっ、でも衛藤さんとか、あの時の事件に関わった人たちもいる筈ですが……」

 

 『一応事情は話したが、まぁ、行方を知る手立てなんてあいつらが知る筈ないからな。――嫌だったら、断ってくれても構わないぞ』

 

 最後の紗南の言に触発された。

 

 「いえ、お受けします。元親衛隊、席なし……お役にたてるか分かりませんが、義兄百鬼丸の行方を探します」

 礼儀正しい口調で言い終えると受話器の向こうから『そうか、助かる』と反応が帰ってきた。

 

 相手も相当この提案に苦慮したのだろう。

 

 あと、二三言葉を交わして電話を切った。

 

 

 背後の柔らかな日差しの射し込む窓を眩しげに目を細めて、双葉は見上げる。秋の澄んだ空が無限に拡がっていた。

 

 「義兄探し……か」

 

 この弛緩しきった日常からの出口を見つけた嬉しさと、百鬼丸に会えるかも知れない高揚で双葉の胸の奥の心拍数は上がった。

 

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