刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第51話

 旧城下町の遺風を残す町並みの一角に、宿屋が軒を連ねる。

 関東で多発する荒魂の単独討伐をこなす可奈美は、頻発する荒魂の目撃情報をもとに探索を命じられていた。翌日も聞き込み調査を控え、体を休めるため真庭本部長が用意した宿に一晩宿泊した。

 

 

 朝。

 「ありがとうございました!」

 可奈美は咲き誇ったような笑顔で元気よく宿屋のフロントに一礼し挨拶をすると、木戸を閉めて外に出た。半歩進んだ所で、ピンクのラインがはいった運動靴が止まった。

 

 しと、しと、湿った音がする。

 

細い雨が民宿の樋を伝い、地面をしめやかに濡らす。

 折りたたみ傘をさすか迷っていたが結局はその侭路上に出た。灰色をした雲帯が空に二三片、静かに滞留している。

 

 

 可奈美は《千鳥》の白い柄巻を触りながら天を仰ぎ見る。

 頬に無数の雨粒が落ちて顔を僅かに顰めた。

 

 

 未だ、「あの」息苦しさは消えない。

 それどころか、寧ろ酷くなる一方だ。

 

 ――強くなるって、すごく孤独だ。

 

 『気付いてない? 可奈美だけ一人遠いところにいること……』

 

 つい最近、沙耶香に告げられた言葉が深く可奈美の心奥に棘のように刺さっていた。自分自身でも無意識のうちに偽ってきた気持ちを、沙耶香に見透かされていたこと……そしてすぐに否定できず、その一言を内心で肯定してしまった自らの非情さを悔いた。

 

 

 

 「…………」

 迷いと無表情の混ざったような複雑な表情で、見上げた空から視線を前に戻して濡れるのも構わずに歩き出そうとした。

 

 

 「あの、衛藤可奈美さん――ですよね?」

 背後から突然に呼び止める気配があった。考え事をしていたので、可奈美はすぐに気が付かず、「えっ?」と小さな驚きを上げた。

 

 

 振り返ると、黒髪を短く後ろで束ねた少女が透明なビニール傘をさして佇んでいる。

 

 

 「えっと……あなたは?」

 可奈美は戸惑いながら、鎌府の制服を着た少女に訊ねる。

 

 「あ、急にすいません。わたし橋本双葉って言います……百鬼丸の義理の妹でして……」

 気まずそうに、そう語る双葉。

 

 「実は衛藤さんに色々とお伺いしたいことがあるんです。少しお時間いいですか?」

 

 甘栗色の前髪に雨粒を滴らせながら、可奈美は微笑む。

 「百鬼丸さんのことで? ……うん、いいよ」

 

 

 ◇

 

 「ふぅ~ん、そっか双葉さん? は百鬼丸さんを探してるんだね」

 

 可奈美は言い終わると、ジュースのストローを口に咥える。

 

 二人は付近の喫茶店に移動して、話すことにした。小さなテーブルを挟んで改めて対面する。

 

 現役刀使の中でも最強……という噂の名高い衛藤可奈美が、あまり自分と歳が変わらず、しかも可愛らしい少女だったため、多少安心した双葉だった。

 

 

 「あっ、双葉でいいです……。真庭本部長の命令で、というかもっと上の人からの命令みたいなんですけど、探すまえに〝あの事件〟に関わっていた皆さんにできるだけ会って話を聞こうと思いまして」

 

 

 「そっか……双葉ちゃんはあのとき、別の〝事件〟で怪我してたんだよね」

 

 「ええ……そうですね。皆さんは江ノ島で最後に百鬼丸と別れたと聞いたのですが、本当ですか?」

 

 琥珀色のくりっとした大きな瞳を瞬かせて、

 「うん、そうだよ。でもどうして……?」

 小首を傾げる。

 

 「くっ!!」

 

 その仕草が可愛らしく、双葉は思わず鼻を抑えて鼻血が出るのを堪える。

 

 (なんだろう、燕さんといい衛藤さんといい、刀使で可愛さと強さは比例してるのかな……)

 

 などと、くだらない憶測をたてていた。

 

 「どうしたの? 大丈夫?」と心配そうな顔をした可奈美。

 

 

 「ゴホン、大丈夫です。それより、義兄に代わって御礼申し上げます」

 

 ぺこり、と双葉は座ったまま頭を下げる。

 

 「えっ、あの頭を上げてください」

 可奈美は困惑しながら慌てて両手を振った。

 

 視線を上げた双葉は、クスッ、と笑う。

 

 「あの義兄――百鬼丸は、今まで他人と深く関われずにいたので、誰かに見送られる機会があっただけでも、相当嬉しかったんだと思います。だからお礼を」

 

 一瞬、驚いた様子だった可奈美は、双葉の言葉の意味を理解して唇を柔和に曲げる。

 

 「ううん、こっちこそ百鬼丸さんには助けられたから。それにお礼をいうのは、むしろ私たちの方だよ。……それにね、百鬼丸さんと剣を合わせるとどこまでもいけそうな気がするんだよ。あっ、そうだ! 双葉ちゃんの剣術の流派は?」

 

 唐突に饒舌になった可奈美に気圧されながら、

 「えっと……わたしは、北辰一刀流です」

 

 「ホント!? じゃあ、舞衣ちゃんと一緒なんだ! すごい、すごい!」

 「あはは……(一体なにがすごいんだろう?)」

 曖昧な笑みを浮かべながら、可奈美が剣術の話を始めようとするので数十分談義に付き合った。

 

 

 

 それから、双葉はドッと疲れたような顔で本題へと話を移す。

 「――衛藤さんにお伺いしますが、十条姫和さんについてですが……」

 

 姫和の名前を出した途端、可奈美の表情は苦虫でも噛んだようになり、それまで饒舌だった口も噤んだ。

 

 「姫和ちゃんは……」

 

 「事情は存じてます。あの事件以降、刀使を辞めるかどうか迷っている――そう申し出があったと真庭本部長から伺ってます」

 

 「うん、そうだよね。事情は知ってるよね」

 少し寂しそうに微笑む可奈美。

 

 「十条さんにも用があったのですが、最近は連絡もとられていないのでしょうか? もし、連絡をされていれば……と思ったのですが」

 

 「ううん、私からはしばらくしてないかな」

 

 そうですか、と双葉は頷きながら白磁のカップを手に取り紅茶を啜る。

 刀使を辞めるかどうか、悩んでいる相手に気を使っているのだろう。外見の元気娘らしくない、気遣いのできる人なのだと双葉は理解した。

 

 「……そういえば、双葉ちゃんに聞きたいんだけど燕さんは元気なのかな?」

 

 「燕さんですか? ええ、元気ですよ」

 

 そっか、良かった……と、胸をなでおろして安堵する可奈美。

 

 「でもどうしてですか?」

 以前までは親衛隊と対立していた彼女になぜ? と、頭に疑問符が浮かんだ。

 

 双葉の顔をみて察した可奈美が話し出す。

 

 「あの事件のとき、燕さんと剣を合わせたんだ。本当に強くて、最後まで勝負したかったんだ! だから、あとで病気って聞いて――うん、でもよかった。燕さんとまた戦えるんだ」

 

 甘栗色の前髪に隠れた瞳は窺えないが、口元は喜んでいる。

 

 (なんだ燕さんと同じ系統の人だったんだ……)

 

 内心苦笑いしながら、双葉は頭を振る。

 

 「今度会う機会があったら、ぜひ燕さんと勝負してください。きっと、本当に喜びますから。……それに、よかったです。今日衛藤さんに会えて」

 

 「……どうして?」

 

 「義兄が衛藤さんたちみたいな優しい人たちと行動して、色々と他者に対して心を開くことができるようになったんだと思うと嬉しいです、素直に。……それに皆さん可愛いし」

 

 最後の一言は、義兄に対する羨みである。こんな美少女たちを置いて脇目も振らずに、荒魂退治に乗り出す少年を思い浮かべ、らしいといえばらしい態度に半ば呆れもしていた。

 

 「か、可愛いって――そんな」

 可奈美は目をぎゅー、と瞑って否定する。心なしか顔が真っ赤だ。

 

 (あっ、本当に可愛い……)

 

 口端から涎が垂れるのを手の甲で拭い我慢する双葉。

 

 「ゴホン、えっとすいません。本当は色々とお話したいのですが、衛藤さんのお邪魔をしてはいけないので、ここら辺で……」

 

 と、席を立ち上がる。本当は小一時間、可奈美をジロジロと眺めたい欲望に駆られていたのだ。特に、健康的な脚を包む黒のニーハイ。美濃関の赤いスカートと黒ニーハイに挟まれた柔肌の絶対領域なんか、ベロベロと舐めたいに決まっている。

 

 そんな煩悩を心の奥底に仕舞いつつ、

 

 「もし、百鬼丸に伝えたいことがあれば、伝言として承りますよ」

 

 可奈美は「う~ん」と、おとがいに人差し指を当て考え込む。

 

 「あっ、そうだ。だったらまた今度剣術の稽古しようね、って伝えてくれるかな?」

 ぱっ、と咲き誇ったような眩しい笑顔で答える可奈美。

 

 「あーはい。分かりました」

 肩をすくめながら、双葉は目前の剣術バカ少女を心の底から好ましく思っていた。

 


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