刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第52話

 結局、《鎌倉特別危険廃棄物漏出問題》に関わった六人の刀使のうち直接会えたのは衛藤可奈美だけだった。糸見沙耶香は別動任務で不在、長船の古波蔵エレンは特別希少金属研究所の護衛、益子薫は日本各地を東奔西走である。

 残る二人、柳瀬舞衣は美濃関に戻り、十条姫和は刀使として現在活動をしていない。

 

 手帳を閉じて嘆息する。

 北アルプスでも、滅多に人の寄り付かない地域に向かうため、山頂付近ルートに赴くおんぼろバスに乗り込んだ。

 

 その移動中に携帯端末が鳴った。

 双葉はウインドブレーカーのポケットから、取り出すと「もしもし?」と応じた。

 

 『お久しぶりですわね、双葉さん』

 

 「あっ、どうもお久しぶりです。此花さん。お元気ですか……って聞くのもおかしいですかね?」

 

 随分懐かしく、記憶の中の彼女を掘り出していた。

 

 折神家、元親衛隊第二席――此花寿々花。

 華やかなワインレッドの毛先を常に指先で弄びながら、怜悧な眼差しで他者を射すくめる。名家の令嬢でありながら、親衛隊の頭脳として、また剣士としても一流であった。

 

 〝あの事件〟以降、彼女は進んで志願し、人体とノロを分離させる研究の被験者として申し出た。それは想像を絶する苦痛を伴うものであった筈だが、寿々花は一切の躊躇をしなかった。

 

 ノロを体内に取り込んだ双葉なら分かる。

 

 一度受け入れた「ノロ」は、細胞から蝕んでゆく。自我を文字通り溶かされる感覚に陥るのだ。

 

 幸い、というべきか双葉の場合は百鬼丸の「青ノロ」の効果で一切の苦痛や自我の侵食なく生活できる。更に身体能力もすべてが、飛躍的に向上したままで……である。

 

 

 双葉の無用の気遣いに思わず電話の向こうで苦笑いが漏れた。

『――いいえ、頗る元気ですわ。貴女は百鬼丸さんを探しておられるのでしょう?』

 

「はい、そうです。よくご存知で……って言っても手がかりなんて少ししかないですもん。本当になんでこーなったのか分からないです」

 

『そう……でもよかったですわ。貴女にしかできないことがあるということが』

 

 過日の厳しい叱責を思い返し、口を苦く歪め、

「……ですね。あの、それで用件は?」

 

 双葉の問いかけに、寿々花はワザとらしく咳払いをした。

「そうですわ、すっかり失念しておりました。……貴女に、というより百鬼丸さんに伝言を頼みたい方が今傍にいらっしゃいますの」

 意地の悪い口調でいう。

 

 (誰だろう?)

 

 眉を僅かに顰めながら、首を傾げる。

 

『双葉ちゃん?』

 

 と、電話口から声がきた。

 

「燕さん? あれ、どうして?」

 予想外の相手に混乱する双葉。

 

『~~~~っ』

 悶絶するように、小さく呻いた。

 

「えっ? あれ? 大丈夫ですか? 燕さん? もしもし?」

 

『ご、ごほん……へーき。全然へーきだよ。あの、双葉ちゃん!!』

 

 語尾で突然大きくなった声に驚きながら双葉も反応する。

 

「は、はい! なんでしょうか?」

 

『もし、百鬼丸おにーさんに会えたら、伝えて欲しいんだけど……また、勝負して……って……』

 

「は、はい」双葉は歯切れの悪い結芽を不審に思った。

 

 案の定、電話口の向こうから『本当にそれだけですの?』と茶化す寿々花の声が遠く聞こえた。

 

『う、うるさい! 寿々花おねーさんっ!』

恥ずかしがる結芽と寿々花のやりとりが電話越しに展開されていた。

 

騒音のあと、電話口から再び寿々花に代わっていた。

 

『誰かさんは百鬼丸さんにご執心のようなので――まぁ、用件というのはそれだけでしょうか』

 ふふっ、と上品に忍び笑いする。

 

「そうですか。分かりました……でも、此花さんもよく笑うようになってよかったです。燕さんも体に気をつけてくださいね」

 

『ええ、そうですわね。ありがとうございますわ、双葉さん』

 

会話を終えるとどちらともなく通話を切った。

 

オンボロのバスの車窓に肩肘をつきながら、外を眺めていた。

 

「…………あのにいさんにご執心って、ウソでしょ」

 

 双葉の心に動揺が広がった。

 

 

 

自衛隊市ヶ谷駐屯地にほど近い特別機動隊の本部。

 

つい、数日前まで現場の最高責任者だった男――大関は、その執務室の整理をしていた。彼はつい4ヶ月前の事件で現場指揮をとった。

しかし、指揮官として留まる役職すら離れざるを得なくなった。4ヶ月前の事件をもっと早期に解決できたのではないか、という上層部の人間の圧力があったのである。そもそも、当初は大関は事件の三日後に解任される予定だった。だが現場処理を理由にズルズルと4ヶ月も過ごした。

 

建前上は引責辞任であるが、そんなことはどうでもいい。

――田村明はそう思った。

 

大関のいる執務室にゆくと、彼はにっこりと柔和に微笑む。

「ああ、キミか。どうだい腕は?」

明の切断された腕を心配した。

彼――田村明はステインに右腕を切り落とされた。

「ええ、元気に動きますよ、この義手」

そう言って、前に伸ばした腕は百鬼丸の義手を参考にして製作されたレプリカである。だが完成度は非常に高く、ホンモノの腕と見分けがつかない。

「そうか、よかった」

「ええ、あの少年に感謝です。おかげで腕もホンモノのように動かせますからね。まだSTTで仕事ができますよ」

と、言いながら明は眉を曇らせた。

「大関さんが、ここを離れるのは納得できません」

「まあ、そういうな。後任の人間に悪いだろ。現場ではお前が部下を率いてくれ」

「……今度の後任は。どうせここを腰掛けにしてサッサと上にいくつもりでしょうね。現場を知らない癖にあれこれ難癖だけは一人前の野郎なんて断りですよ。上層部はいつもアホがなるものですから」

 苦笑いしながら、大関は明の肩を叩く。

「そう頑なになるな……とにかく、今は危うい状況だ」

「どういう意味ですか? だって、もう事件は解決して……確かに荒魂の発生率は増えたと聞きましたが……」

 二重顎をたっぷりためて、首を振る。

「詳しくは言えないが、これから大変になる」

 それ以上の追求を許さぬ雰囲気で、大関は再び整理にとりかかった。

 

 

 ◇

 

 微風がそよぐ――。

雨を含んだ緑の濃密な香りが鼻腔に運ばれる。

 遠く湖面に接した赤土の絶壁が、視界から薄く霞んで隠れた。湖を囲繞する森には、アカマツ、イチイ、の針葉樹に混ざって白樺の葉が新鮮な細雨に洗われた。

 静謐な景勝地、というに相応しい風景だった。

 双葉は登山用のザックを背負い、息を絶え絶えに喘がせながら山道を進んでゆく。

 

 

 国土地理院も把握しきれていない廃村――というより、放棄された集落が日本に数十あると言われている。それは事実かどうか双葉には分からない。

 

 

 ただ実父、橋本善海は日本に五つほど小屋規模の研究室を、棄村地域に残していた。

 北アルプスの山嶺にほど近い、この周囲の地域にも一つ研究室を保有していた。

 

 

 昭和期の山村の面影を残した風景を横目にみつつ、双葉は歩く。

 なだらかな坂道を登り、入り組んだ獣道の茂みを分けて入る。鎌府の制服ではなく、登山用の衣服でなければこんな場所を進めない。

 ただ唯一、御刀だけはどんな場合でも肌身離さず携帯している。

 じっとり、雨に湿った衣服に腰にはひと振りの御刀。……重い。すごく重い。ただでさえ、山道なのに御刀は錘にしかならない。

 「さいあく……」

 げんなりとしたように息をついた。

 

 

 ◇

 苦労して登った……というより、踏破した斜面を後ろに眺めて双葉は嘆息する。一体自分はなにをしに来たのだろう? と半ば自問してしまう。

 他のいくつかの小屋の研究室にも出向いたが、そこに百鬼丸の姿はなかった。最後に残った場所こそココなのである。

 

 

 避暑地のロッジに似た趣のある丸太で構築された小屋があった。電気ガス水道は一応通っているだろうが、長年使用していないために現在はどうなっているか分からない。

 双葉が調べたところによると、自家発電機と井戸水があるため最低限の生活はできるだろう。

 

 双葉は小屋に入る前に、外付けされたライフラインのメーターを確認する。使用した形跡があれば、メーターは動いている筈だから。

 

 (ビンゴ)

 

 小さくほくそ笑む双葉。

 自家発電機が稼働している音がした。

 

 ソーラー発電や、微風でも風雨力を得られる風力発電機など様々な趣向の凝らされた機械類をみるに、実父の面影が記憶の底から蘇る。

 

 機械いじりの好きだった実父の自作品である。

 

 感傷に浸るのもそこそこに、

 「さて、入りますか……」

 小屋の扉の前に佇み、呼吸を整える。こんなに緊張したのはいつぶりだろう?

 

 こんこん、とノックする。

 

 …………。

 

 返事がない。単なる扉のようだ。

 

 「そりゃそーか」

変に緊張していたせいで、自分でも訳のわからない思考をしていたようだ。

ドアノブを握り、扉を開く。

 

 

 ◇

 

 ムワッ、という室内に充満した悪臭が開放され双葉の鼻孔を貫いた。

 うっ、と思わず餌付きそうになった。こんなに濃密に鼻に絡みつく匂いは初めてだ。

  「なにこれ?」

  双葉は鼻を右手でつまみながら先を進む。

  ラベルには「大五郎」と印字された透明な四リットルのプラスチック容器が地面に無秩序に転がっていた。酒気が揮発して部屋に澱んでいる。

  双葉は視線をリビングの奥に這わせると、寝転がりながら、頭を片腕で支える背中を見つけた。

 

(――まさか)

 

 思わず己の目を疑った双葉。

 義兄百鬼丸が酒を呷りながら、そこにいたのだ。

 

 堕落しきった義兄を睨めつけながら、

 「久しぶり、にいさん」

 双葉はフツフツと湧く怒りを押さえながら、棘のある声でいう。

 

 百鬼丸は顔を半分後ろに動かし「ああ、双葉か……」と生気の抜けたような虚ろな眼差しを投げかける。

 

 久々の再開にもなんの感動も示さず、淡々と酒を口に運ぶ。

 

 「なにしてるのにいさん?」

 

 近づくと、双葉は部屋の異臭を理解した。

 まず、百鬼丸は垢だらけの格好で、何ヶ月も服を変えていない。しかも、彼の股間部分からは強烈なアンモニア臭と、クリの花に似た奇妙な香りがブレンドされた匂い……本当に酷い有様だった。

 

 「なにこれ?」

 

 双葉は怒りを通り越して呆れてしまっていた。百鬼丸に近づくと、口端に吐瀉物の乾いた白い筋がみえる。しかも、大分時間が経過して固まっている。

 

 察するに、百鬼丸は何十日も同じ格好でひたすら焼酎を呷っていたに違いない。

 

 「なんでこんなクズになったの、にいさん。せっかく、衛藤さんたちとカッコよくお別れしたのに……」

 

 ボソッ、と双葉が呟く。

 

 百鬼丸の瞳は僅かに光を取り戻したように「衛藤? ――ああ、可奈美か」と錆び付いた声で返事をする。

 

 双葉はがっかりしていた。あんなに、カッコよく去った百鬼丸を想像して会いに来たものの、現実の百鬼丸はたんなる酒飲みのクズでしかない。しかも、排泄物すらロクに始末していない程落ちぶれている。

 

 「ほんと、どうしてこうなったの……」

 頭を抱えながら、とにかく部屋の掃除と百鬼丸に喝を入れることから始めなければならない、と決意した。

 

 

 荒れ放題の髪の毛の間からのぞく眼で百鬼丸はすっ、と双葉を視線から外し、呆けた顔で徳利から酒を口に流し込む。

 

 「にいさん! いい? 今から掃除するから――シャワーでもして」

 

 「……ガスは使えないからお湯がない」

 

 「じゃあ、温泉とかないの?」

 

 「歩いて三〇分のところに、温泉がある」

 

 「じゃあはやくいって! すごく臭い!」

 

 義妹の命令に無表情から、僅かに不服そうな色が浮かんだ。

 

 「わかった?」

 無理やり笑みをつくりながら、憤怒のオーラを放出する。ヘタに逆らうとなにを仕出かすか分からないと判断したのだろう。

 

 百鬼丸は渋々、

 「わかった」

 と、了承した。

 

 彼はノロノロと立ち上がり、千鳥足で扉まで歩きそのまま外へと出て行った。

 完全にダメ人間となった義兄の背中を見送ってから肩を落とす。

 

 不意に、電話でやりとりした結芽のことを思い出した。

 「はぁ~、燕さん可哀想……あんなのに惚れて」

 あの話しぶりと態度から察するに、完全に百鬼丸を美化している。しかし、彼女が現状の百鬼丸を見ると幻滅するのではないか?

 

 「つくづく不幸だな、燕さん……」

 素直な感想を、小さく呟いた。

 

 

 

 

 ◇

 

 百鬼丸は一口、酒を呷る。焼酎のストレートに氷塊が転がり涼やかな音色をたてた。呑む。溶けた水分と焼酎が混ざり、胃の腑をカッ、と熱くさせる。――これだ。これが欲しかったんだ。

 マトモな意識でこの世界なんて生きていられない。

 ならば、酔えばいい。そうすれば、退屈なんて紛れるのだから。

 

 器に注いだ焼酎を飲みながら、百鬼丸は次第に混濁する意識と、妙に冴えてゆく己の感覚に笑う。

 

 あれから数ヶ月。

 百鬼丸は通常の荒魂と《知性体》の討伐を目的に全国各地を歩き回っていた。しかし、結果として日々同じ「弱い」荒魂ばかりを相手にするうち、ルーティンワークの繰り返しが百鬼丸の精神を著しく疲労させていった。

 

 今まではこんなことはなかった。

 

(なぜだ?)

 

 と、自問するよりも前に答えは彼の胸の中にあった。

 

 あの日、ステインやジョー、タギツヒメとの闘いで彼は文字通り瀕死の状態にまで陥った。紙一重のところで百鬼丸は命を繋ぎ留めた。

 

 それからだ……それから、百鬼丸は命を限界に燃やすような闘いでなければ満足できなくなってしまったのである。

 

 所謂、「燃え尽き症候群」というものであった。

 

 燻り続ける闘う者としての心意気が絶えず百鬼丸の魂を炙るのである。

 

 だから、日々の退屈を紛らわすように闘う。だがそれでは満たされなくなってしまったのである。

 

だから――酒に逃げた。

 

 

 残り滓のような自分を慰めるために、ひたすら酒を飲んだ。そして賭博にも手を出した。真庭本部長から渡された報酬の前金五〇〇万円をその日のうちにパチンコ、競馬などのギャンブルで使い果たした。

 

 満たされない精神が、常にギリギリの状況を作りたがる。

 

 勝ち負けなぞ、本当はどうでも良いのだ。

 

 ただ、肌の皮膚がヒリつくような危険な勝負がしたいだけなのだ。

 

 無聊を慰めるように、更に飲酒量が増加する百鬼丸。

 

 気が付くと、養父、善海の研究室の一つである小屋に篭もりひたすら酒を浴びるように飲んでいた。

 

 ◇

 

「あぁ……頭いてぇ」

苦悶しながら百鬼丸は緩やかな山道を歩く。温泉まではあと少しだ。

ズキズキと痛む頭を抱えながら百鬼丸は、久々の外界の空気を吸っていた。

 

 

 

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