刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第53話

 

(ヒメは一体なにを仰っていたの……)

 凶星が云々……。その意味を解しかねていた。

 

 強い疑念が頭を擡げながら、高津雪那は綾小路武芸学舎の廊下を歩く。

 数歩ゆくと、『特別医務室』とプレートの下げられた部屋の前で立ち止まる。

 扉をスライドさせると、ベッドがいくつも並んでいた。本来は刀使以外の負傷者を収容する場所なのだが、現在は理由があって一時閉鎖していた。

 

 「夜見ッ」

 

 明かりがない暗闇にヒールを進ませながら、雪那は苛立ち紛れに声を張り上げる。

 

 窓際、一番奥の空間から「はい」と返事がきた。

 

 

 「その男は使えるのか?」

 高圧的な物言いで訊ねる。

 

 ベッドを覆うカーテンを引いて、夜見は姿をみせた。

 

 「……はい、大分恢復した様子です」

 

 無感情な目線で振り返る夜見。

 

 背後には、ステインが仰臥していた。――ヒーロー殺しのステイン。かつて、別の世界で人々を恐怖に陥れた思想犯。そして、四か月前の大量殺戮にも関与した男。

 

 その彼をタギツヒメ陣営に向かい入れたのは、ほかならぬ皐月夜見であった。最初こそ雪那は反対したものの、彼の利用価値を考え直し、結局綾小路で匿うことにした。

 

 その彼、ステインは眠っておらずひたすら天井を凝視していた。

 

 (なんだ、この男はッ)

 

 不気味である。

 

 刃物のように危うい雰囲気を漂わせながら、一言も発さない。愚直なまでに口を閉ざし、何事かを思案しているようだった。さながら、禅僧にも似ていた。

 「彼ら隠世からこちらの世界に来た存在は、ノロの影響を直接受けないようです」

 夜見は淡々と説明する。

 

 百鬼丸と死闘を繰り広げたステインは、再起不能なまでに体が壊れていた。

 

 通常のままでは回復は望めない。……であれば方法は一つ。

 

 ノロを注射すること。

 

 その確認をしようと、夜見が説明をすると躊躇せず、

 

 『俺に力をよこせッ!!』

 

 と、怒鳴った。

 

 注射後、彼は一切のノロの影響を受けず超人的な回復を果たした。

 

 とはいえ、4ヶ月もかかった。

 

 身動きのとれないステインの世話を、夜見が受け持っていた。

 

 …………そう、これは契約なのだ。

 

 ステインの「力」を借りる代わり、全ての支払える代償を夜見が賄う。

 

 

 

 その契約すら知らず、雪那は侮蔑の眼差しでステインを睨めつける。

 

 「フン、貴様のように出来損ないの者がヒメに加勢したところで役立たずだ! ――まぁ救ってやった温情を忘れるな」

 

 嗜虐心に火が付いたのか、くどくどとイヤミを述べたてる。

 

 ――が。一切雪那の存在を無視して、ステインは右手を天に伸ばした。

 

 (百鬼丸……か。もう一度、奴と闘いたいッ!!)

 

 

 それ以外は雑事である。

 

 それ以外を考えるのは、全くの無駄である。

 

 ステインはそうやって、生き方を定義した。

 

 かつて、「正義」という名のお題目に固執していた。だが今は違う。少なくとも、存在の全てを賭して闘った百鬼丸。最早「闘い」こそが、正義と等しくなり、この生を満たすのだ。

 

 自己犠牲を厭わぬ、その姿勢。生き様。全てに置いて――オールマイトより、ある意味では完全な理想のヒーローだった。

 

 「俺はまだ死んだないッ! 俗悪な生存に膝を屈するより、死を与えろッ! 百鬼丸!!」

 

 唐突にステインは叫んだ。

 

 長い舌をヘビのように出しながら、体が叫んだ。

 

 「――ひぅっ!?」

 

 急な大声に、雪那は怯んだ。まるで、活火山の噴火を思わせる怒声に足元が竦んだ。先程までイヤミを言った口は震えている。

 

 「よ、夜見」

 

 「はい」

 

 「あ、あとのことはお前に任せる」

 

 それだけ言うと、踵を返して部屋を出た。

 

 ただ、無言で雪那の背中を見送った夜見は改めてステインに向き直る。

 

 「……夜見、今はお前に感謝する。俺はまだ奴と決着をつけていない。俺は〝悪〟だッ! 必ず正義に滅ぼされなければいけない!」

 

 臓腑から本音を吐露しているようだった。

 

 「ええ」

 

 「お前は聞いたな? 俺の強さは何か? と」

 

 「ええ、聞きました」

 

 「教えてやる。俺は……〝執念〟だけでここまでやってきた。執拗なまでの執念だ」

 

 「それだけなのですか?」

 

 「ああ、それだけだ。男として生まれてヒーローを、正義を目指す! 目指さない者はこの世にはいない。必ず、男は英雄になりたい。だが、必ずしも、そうやって生きてゆけない。自らを偽り、社会を欺き、生きていく。それが成長ともいえる。だが妥協とも、諦めとも言える! 俺は、だから悪を目指した――そして、俺は悪であり続けている」

 

 半ば熱にうなされたような口調だった。

 

 「……。」

 

 夜見にはステインの言葉や意味が理解できても、到底納得できる内容ではないと思った。少なくとも、男という生き物の不思議さを感じただけに過ぎない。

 

 「悪であり続けるのは難しい……だが、意味が……相手がいれば別だ! 百鬼丸!」

 今のステインは、長い病床生活とノロの融合により、高熱が発生して少し錯乱しているようだった。譫言のように何度も、百鬼丸の名前を叫ぶ。

 

 ――ただ、夜見はステインが羨ましかった。

 

 こんなにも、自らをさらけ出して己の感情を表現する術を夜見は知らなかった。高津雪那という主に対しての忠誠心はある。ある、のだがその上手い方法を彼女は知らなかった。ただ黙って付き従うだけ。

 

 だからこそ、欲望に忠実なステインのような存在は夜見にとって、殆ど異生物と言ってもよいだろう。

 

 三白眼を閉じたステインの寝顔を眺めながら、夜見はふと口元を苦く曲げる。

 

 「……私は貴方が羨ましいです」

 

 

 窓から吹き付ける乾いた風が、親衛隊の制服の襟に毛先の黒い髪を流す。

 

 ◇

 

 北アルプスの連なる霊峰を眺めながら、百鬼丸は温泉に浸かっていた。

 

 「気持ちいい」

 

 久々の入浴に、泥のような意識が目覚めていくようだった。

 

 ここ最近マトモな食事すらせず、ひたすら浴びるように酒を飲み続けた。その結果が……まぁ、こんな有様だ。

 

 「しかし誰にも迷惑はかけていないからいいだろうに……双葉、なんて厳しい奴に育ったんだ」

 逆恨みめいた言を吐きながら、百鬼丸はお湯を両手で掬い、顔を洗う。

 

 湯面に、百鬼丸自身の顔が映った。

 刮げた両頬、クマの酷い目元。全く覇気の感じられない少年の顔がそこにあった。

 

 肩を落としながら、現在の有様を改めて認識し直す。

 

 「可奈美たちは元気かな……」

 薄暗い雲の空を見上げながら、ポツリと呟く。

 

 

 カッコつけって立ち去ったはいいが、今更彼女たちにどんな顔をして会えばいいのか分からない。気恥しさと奇妙なプライドが邪魔して会いたくないという気分になっていた。

 

 

 しかし、双葉に居所がバレた以上、隠れることはできない。逃げることはできても、ここまできて逃げるのは男らしくないように思えた。

 

 「仕方ない。話だけでも聞くか」

 

 じゃぶん、と頭までお湯に浸かり瞑目した。

 

 

 ◇

 

 温泉から帰ってくると、双葉は掃除もそこそこに、テーブルの上に食事を用意していた。

 

 「おかえりにいさん。まだ掃除は終わってないけど、とりあえず食事しようよ。一応わたしが自分用の弁当で作ってきたサンドイッチとおにぎりがあるから……あとは水筒の麦茶ね」

 

 首を掻いて、百鬼丸は椅子に着席する。

 

 「おお、サンキュー」

 

 まだ痛む頭を抱えながら暖かい麦茶を魔法瓶から注ぎ、口をつける。酒以外の暖かい液体が胃袋に拡がる。香ばしいものが鼻を抜ける。

 

 「食べて」

 

 紙皿の上のサンドイッチを摘み、口に運ぶ。

 

 パリパリとレタスやキュウリの野菜に混ざってハムやトマト、ドレッシングの味が味覚を刺激する。

 

 焼酎以外の味を久方ぶりに味わう。

 

 咀嚼しながら、百鬼丸は呆けた脳味噌に喝を入れる。

 

 浮遊感の抜けない体にムチをいれて、意識を保つ。

 

 あっという間に、一つサンドイッチを食べ終え、すぐに手近なおにぎりに手を伸ばす。なるほど、腹が減っていないと思っていたが、それは勘違いのようだった。

 

 次々と咀嚼して飲み込みながら、徐々に生きかえるような気持ちになった。

 

 「しかし、よく食べるね。相当食べてなかったんじゃない?」

 

 「――ああ、そうかもしれない」

 

 「最後になにか食べたか覚えてない?」

 

 「ない。酒以外は口にしていない気がする」

 

 「……あ、そう」

 引き気味で反応する双葉。

 

 

 彼女は向かいの椅子に座りながら、板チョコを口にしていた。

 

 「ねぇ、にいさん」

 

 「なんだ?」

 

 「率直な疑問なんだけど、どうしてここの研究所に入り浸ってたの?」

 

 百鬼丸は眠たげな目を擦りながら、

 

 「そうだな……確か探していたんだと思う」

 

 「探してた? なにを? まさか《知性体》とか? それじゃ普通過ぎるよね」

 

 苦笑いしながら百鬼丸は首を振る。

 

 「無銘刀だよ」

 

 「無銘刀? なんで? だって……もう持っているでしょ?」

 

 百鬼丸の左腕には《無銘刀》という特別な刀が仕込まれている。

 

 

 双葉は思い出したように、

 

 「そういえば、前に助けた田村さんがいたでしょ? あの右義手に仕込まれてた無銘刀は跡形もなく砕けたんだって」

 

 と、告げた。

 

 しかし百鬼丸は別段驚きもせず頷いた。

 

 「……だろうな。あれは不完全なものだ。この左腕の無銘刀とは違う。いや、おれの探しているのは、もっと完成度が高い」

 

 「……?」

 百鬼丸の言葉の真意を掴みかねて首を傾げる双葉。

 

 「まぁ、ここで勿体ぶる必要もないから教えるが……おれは、この北アルプス周辺にある初代百鬼丸の《無銘刀》を探していたんだ」

 

 

 「えっウソ……あの刀ってまだ存在するの?」

 

 「ああ、その可能性が高いんだ」

 

 百鬼丸はズボンのポケットから古い地図をテーブルの上に広げた。

 

 「これは?」

 地図の図面と義兄の顔を交互に見比べながら双葉は疑問を口にする。

 

 「昔、修行僧が荒行の一つで霊峰の山頂に登り頂上に宝具を供えることがあった。初代百鬼丸の刀も時代を下るにつれて行方がわからなくなった。だが、おれは思うにまだ発見されていないだけだと思う。――しかも、あまり人の寄り付かない場所」

 

 「山ってこと? まさか。登山で人がいっぱいいるでしょ?」

 

 「いいや、荒行で達成された山の多くは入山すら難しい場所ばかりだ。気流も乱れてヘリでも難しいだろうな。細く入り組んでるだろう。おれの直感が告げるんだ。ホンモノの《無銘刀》はこの周辺にある……ってな。この古地図も、今の地図と比べると全然精度は低いだろうが、その分ここに記されている情報が全部無駄とは限らない」

 

 

 「なるほどね。その《無銘刀》なら……強くなれるってわけ?」

 

 「魔祓いの刀はそれだけで価値がある。霊力が尋常ではないんだ」

 

 真剣な眼差しで語る百鬼丸。確かに、説得力のある説明だった。……

 

 「ねぇにいさん」

 

 「ん? なんだ」

 

 「詳しい説明ありがとう」

 

 「どうってことない」

 

 しかし双葉は目を細め、冷ややかな視線を百鬼丸の手元に送る。

 

 「ねぇ、にいさん」

 

 「なんだ?」

 

 「さっきからにいさんの右手が小刻みに震えながら、酒瓶を探してテーブルを彷徨っているんだけど? 知ってた?」

 

 「無意識だ、おれに罪はない」キッパリ、断言する。

 

 …………とんだアル中野郎だった。

 

 無自覚なレベルで、酒を求めてる。救いようのないダメ人間だった。

 

 「はぁ、なんかもう色々台無し」

 

 生気の抜けた百鬼丸を見据えながら双葉は深呼吸する。

 

 「いいにいさん! これから断酒してもらうからね」

 

 ビシッ、と人差し指をさして百鬼丸に命令する。

 

 

ガーン、という効果音が背景から聞こえそうなほどショックをうけた百鬼丸は、アワアワと口を開閉させる。

 

 「な、なんて殺生な妹なんだ! 鬼だ!」

 

 「鬼はどっちかっていうとにいさんの方でしょ?」

 

 「いやそうだけど、でもお前は鬼だ、鬼!」

 

 「ねえ、にいさん知ってる? 仏の顔も三度までって言葉」

 

 「知らん。しらんけど、酒はやめたらおれは生きていけないんだ……双葉、頼む」

 

 「見苦しい、いいからいうこと聞かないと、全部捨てるからね」

 

 しばらく沈黙した百鬼丸は頭を抱えながら、

 

 「わ、わかった……」渋々肯く。

 

 

 「本当?」

ダメ押しで双葉が追い詰める。

 

 百鬼丸は、はぁーーーーーっ、と深い後悔を吐き出しながら「男に二言はない」と承諾した。

 

  ◇

 食事を終えると、窓の外は夕闇から夜に変わっていた。

 

 「無銘刀……か」

 

 正直手に入るか分からない。

 

 酒気を抜くように息をつく。――冷静になれない頭を一度リセットしてから、クリアな思考のできるように意識をつくりかえる。

 

百鬼丸は口寂しく、煙草を求めて辺りを見回したが……これも怒られそうなので、諦めることにした。テーブルの下で貧乏ゆすりをしながら、今後を考える。

 

 ……と、

 

すーっ、すーっ、とテーブルに突っ伏して眠っている義妹の寝息が聞こえて一瞥を加えると苦笑いを漏らす。

 

「ここまで来るのに大分疲れただろうからな……それに掃除もな。悪いことしたなぁ」

 

 罪悪感を覚えながら、

 

(さて、コイツが来たってことは多分おれの力が必要になったってことだよな……だとすると)

 

尚更、無銘刀の発見を急がねばならない。

 

百鬼丸はテーブルの端っこに置かれたスケッチブックを発見した。

「……。」

 

悪いと思ったが、義妹がなにを描いているのか気になった。すぐに戻そうと内心で詫びながら、スケッチブックを手にしてパラパラとめくった。

 

「ほぉ……中々上手いもんだな」

 

鉛筆の濃淡で描かれた絵は、うまいものであった。芸術方面に疎い百鬼丸でも分かる。道中の風景や動植物などがラフスケッチで描き込まれている。

 

パラパラと更にめくると、今度はマンガのようにコマで分割された線で、人物からフキダシまである。

 

「ん? これはどこかで見覚えがある連中の顔だが……」

 

 記憶の中を探る。

 

 「あっ、これは……」百鬼丸は絶句した。

 

 

漫画の登場人物は明らかにモデルがいる……というか、そのまま模写したような感じだ。

 

 「折神の親衛隊連中だな、これ」

 

 双葉の漫画の中では、彼女たちは明らかに女性同士で恋愛をして、しまいには子供には見せられないR―18指定のアレまで行う始末だった。

 

 

 「……双葉さんよ、流石におれもここまでくるとついていけないよ」

 

 行き過ぎた百合漫画を閉じようとすると、最後のページには可奈美のラフスケッチまで描かれていた。

 

 次の被害者のようだった。

 

 「これは本人には見せないほうがいいな……」

 

 百鬼丸はそっと元の位置にスケッチブックを戻そうとした――

 

「……おい、貴様。中身をみたな?」

 

 ガシッ、と百鬼丸の手首を掴んだ双葉。

 

 僅かに頭を上げながら、寝起きらしい雰囲気とは異なる殺意に満ちた目で睨む。

 

 「ハハッ……ナンノコトダイ? (裏声)」

 

 「やっぱりみたな、お前」

 

 ヒエッ、とビビリながら百鬼丸は「チガウヨ、ニホンゴワカンナイ」とインチキ外国人めいた口調で誤魔化す。

 

 「…………感想を一言」

 

 「とりあえず、親衛隊の奴らには見せないほうがいいゾ」

 

 小刻みに体を震わせながら、

 

 「やっぱりみてるじゃねぇーーーーか!!」

 憤怒に駆られながら、双葉は百鬼丸の顔を素早く殴打した。

 

 なんだかんだ、夜は更けてゆく。

 

 

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