刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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交わる凶星たち

 ◇

 

 京。

 

 綾小路武芸学舎、祭殿。

 

 

 現在時刻は深夜。

 

 祭壇には当然だが人は誰もいない。……そう「人」は。

 

 その空間の奥に鎮座する御簾の前に土足で近寄る足音があった。闇に支配された空間には一筋の月光だけが微かに射す。

 

 「お前か、俺をこの世界に呼んだのは?」渋い声で男は訊く。

 

 厚底のブーツをとめて睨む十臓。

 

 簾に隠れた人物が動く気配があった。

 「ククク……よくきたな。腑破十臓よ、我に力を貸せ」

 

 ――童女のように幼く、しかし傲慢な口調で十蔵にいう。

 

 

 「どういうつもりだ? 俺は、あの時シンケンレッドと闘い……そうだ、《裏正》だ! 俺の左足に刺さった《裏正》と炎に包まれた!! それなのに何故、俺はこんな世界にいる?」

 

 南米チリから貨物商船に潜んでやってきた十臓は、到着した日本に愕然とした。あの、外道衆とも関係がなく、三途の川の気配すら感じられない……、ただ異形の化物だけが人々を襲う。その光景の奇妙さに、まだ冷静ではいられないようだった。

 

 

 「俺の宿敵、志葉丈瑠はこの世界にはいないのか?」

 

 彼の懸念はただ一つ。

 

 血沸き、肉踊る殺し合いができる相手がいるかどうか……それだけだった。別世界の彼には志葉丈瑠が居た。

 

 「この渇きを癒してくれる、骨の髄までバラバラになる程の相手が……」

 

 果たしているのか? そう問うつもりだった。

 

 

 

 しかし彼の言葉より先にピンク色の脣を曲げたタギツヒメは、

 「むろん、おる。この世界にも貴様の相手は用意しているぞ、十臓」

 

 精悍な顔つきで、御簾を一瞥して十臓は素早く抜刀して御簾の簾を切り落とす。

 「名を教えろ」

 低く恫喝する。

 

 十臓の前には、白い……処女雪のように真っ白に発光した童女のような娘が椅子に足を組んで座っていた。

 

 まるで溶鉱炉のような橙色の瞳を向けながら不敵に微笑む。

 

 「百鬼丸だ。貴様の宿敵にはよかろう?」

 

 「百鬼丸?」

 

 「ああ、そうだ。百鬼丸――会えば分かる。そうであろう?」

 

 ふっ、と十臓は殺意を堪えて《裏正》を納刀する。

 

 「いいだろう。お前の狂言に乗ってやる」

 

 

 

 

 

 払暁、稜線の上に拡がる濃紺と紺碧の層をなす空が、次第に赤味を帯た。

 「はぁ……はぁ……」

 衰えた体に鞭を打ち、百鬼丸は薄着で登山を行っていた。

 白く染まる呼吸を鼻先に掠めながら、登る。

 

 早朝、双葉を小屋に残して最後の調査ポイントである山頂を目指して登っていた。濃霧に包まれた外界でも百鬼丸の物理探知能力にかかれば、問題はない。

 

 常人より高い体温のため、百鬼丸は黒いシャツと厚地のズボンのみでも問題ない。だが現在の気温は零下三度――。

 大粒の汗を流しながら、百鬼丸は目的の山頂に到る。

 黎明は未だ遥か彼方の地平の果てに、蟠っていた。

 

 花崗岩のざらつく手触りを手に感じながら、百鬼丸は腕で顎に滴る汗を拭う。

 「ここに……あるはずだよな」

 目を細めながら確認してゆく。岩肌の間から名も知らぬ草がそよぎ、眼下に雲海の滞留を臨む。

 

 ……初代百鬼丸。

 

 彼は一体どんな人物だったのか、現在となっては知る手掛かりがない。

 文献にも残されない、妖怪退治の武芸者……百鬼丸。彼は各地の口伝により知られてきただけの存在である。

 その彼の用いた「無銘刀」とは、どのようなものなのか?

 遠い過去に思いを馳せながら、百鬼丸はその場に座り込む。

 

 (やっぱり、微調整が必要だな……)

 

 彼の左腕右足は、義手、義足である。しかも脚部は加速装置が内蔵しているため、以前のように簡単にバランスをとることが難しい。

 また、両目も左右で異なる。

 右目の義眼に左の肉眼。

 こちらも慣れるまで随分時間がかかるだろう……。

 

 前に垂れた髪を振る。視界の先……丁度太陽と重なる位置に、照光を浴びた細長い棒状の影を認めた。

 

 (おいおい、まさか――)

 

 百鬼丸は俄かに立ち上がり、近寄る。

 

 岩場の隙間に突き刺すように垂直に存在する刀。

 

 風雨に晒され、ボロボロになった柄巻。塗装の剥げた鞘。腐食しきった鍔。年代物の刀である。

 

 百鬼丸は無意識にボロボロの柄を握り締め、刀を引き抜く。

 

 鯉口から徐々に顕になった刀身は……赤錆だらけの、金属腐食の激しいナマクラ刀だった。

 

「うそだろ……」

愕然としながら、百鬼丸は最後まで刀身を抜ききった。太い幅の刃は、朝の光を浴びながら容易に反射せず、サビの粉が燦いた。

 握った感じは素晴らしく手に馴染む。もし、この刀が全盛期の頃であれば間違いなく名刀だと言えるだろうし、命を預けるのにも心配はない。

 

 「この状態じゃあ、無理か……」

 

 とても懐かしい気持ちがした。この刀が初代百鬼丸の持っていたものだ、と直感的に悟ったのである。

 

 数百年の長きにわたり、山頂で風雨に洗われたのだ。劣化は仕方ない。しかし、もしこの刀が使い物になるなら、是非使いたい。

 

 「持ち帰るか……」

 その時、激しく冷たい風が頬を嬲った。

 

 「――ッ、誰だ?」

 

 百鬼丸は背後に潜む気配に怒鳴り、半身を回した。

 

 「どうも、初めまして。ジャグラスジャグラーと申します……くくくっ、はははは」

 端正な顔立ちの、黒で統一されたスーツに身を包んだ男が挨拶する。まるで、人を小馬鹿にしたような態度からは、その裏に潜む実力の程を伺わせた。

 

 

 「ジャグラー? お前、この世界の住人じゃないな?」百鬼丸は剣呑な眼差しで問い詰める。

 

 直感で理解した。彼は異次元の存在である、と。

 

 ステインからも感じられた雰囲気に酷似しているので、瞬時にわかった。

 

 ジャグラーは喉を鳴らして笑う。

 「おお、怖い、怖い……まぁ、そう怒らないでくださいよ。今日は挨拶に来たんですから。この世界にアイツに似た雰囲気の人間がいると思ったもので、ね。」

 

 縮毛気味の前髪を後ろに撫で付けながら、ニヤつく。

 

 「挨拶だ?」

 

 「ええ。これから闘う相手に対しての礼儀でしょう。それに、そんな赤錆だらけのナマクラ刀で戦っても全然つまらないでしょう?」

 

 「あ? お前なんぞ赤錆で十分だ」

 

 「ま、いつまで強がっていられるか見ものだがなぁッ」

 と、ジャグラーは乱暴に言葉を切る。

 

 次いで、気流の変化を告げる風音と共に一筋の鋭い衝撃の予感が、百鬼丸にきた。

 

 咄嗟に地面へ転がり、衝撃をやり過ごす。

 

 ――ヴォン

 

 と、百鬼丸の背中で空気を切り裂く音がした。振り返ると、眼下に広がった雲海が真っ二つに裂けていた。

 

「…………へぇ」

百鬼丸は、眼前の男の実力を否応なく認めざるを得なくなった。おそらくまだ、先程の斬撃は発展途上であろう。それ故、百鬼丸だけを狙いすまして直撃させることができなかった。

 

 (とはいえ、脅威に違いないけどな……)

 

 ツツ、と百鬼丸の左頬から針ほどの傷口が現れ血筋を流す。

 

 

 「チッ」

 右指で血を確認しながら、苛立つ百鬼丸。

 

 「ま、これくらいでいいでしょう。ではまた――」

 お遊びに満足したのか、ジャグラーは声と共に山頂から遥か下へと飛び降りた。

 

 視線で追っていた百鬼丸は、彼が山から飛び降りて移動したのだと理解した。そもそも、奴は人間じゃない。それは、同じく人でない百鬼丸ならば分かるのだ。

 

 ――であるからこそ、厄介なのだ。

 

 「一体、世間はどーなってんだ」

 

 再び立ち上がると百鬼丸は不愉快に口を曲げた。

 

 

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