刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第55話

 ◇

 「荒魂の討伐、終了しました……ノロの回収を……」

 携帯端末で報告を行う鎌府の刀使。

 周囲6人で構成された他校との混成部隊である。

 頻発する荒魂の被害を迅速に対処するため、伍箇伝から派遣を受け関東一円の治安を守っていた。

 夕色に染まり、やがて闇に沈む時間。

 

 高架橋の下、ドロドロに盛られたオレンジ色の輝き――ノロが、揺れていた。

 

 

 「誰だッ」

 と、長船の刀使の一人が怒声を張り上げた。

 皆が背後を振り返ると、小柄なフードとすぐ背後を悠然と歩く影があった。周囲には黄色のテープで進入禁止の措置をとっていたはずだ。それを、無視した。

 

 到底看過できることではない。

 

 「――答えろッ」

 激しく詰問した。

 

 フードの人物は「ククク」と忍び笑いを漏らすばかりで一言も発さない。隣の男……白い袖がボロボロの上着に、赤の襦袢に黒い帯。厚地のズボンに厚底のブーツ。首には指の骨を象ったようなネックレスをした異様な格好だった。

 

 (この人、普通じゃない……)

 と、連絡をしていた鎌府の刀使は急いで「……至急増援を」と言った。直後、男の姿が消えた。

 

 逢魔が時。

 

 素早く左右を確認し始めた刀使たち。しかし、その視界には何者をも映し出さず、ただ地平に染み出す夕の色が濃くなるばかりであった。

 

 ……と、唐突に消失した男が再び現れた!! およそ尋常ではない疾さで《写シ》を貼っていた刀使たちを次々に屠る。

 

 チィン、と金属の収まる音が聞こえた。

 

 「えっ?」

 驚きより、唖然とした鎌府の刀使は固まった。

 

 

 先程まで立っていた刀使たち、しかも出向するほどの猛者たちを軽々と切り伏せたのである。

 

 十臓は長い柄を鞘に納刀しながら、精悍な顔で周りを眺める。

 明らかな侮蔑の表情だった。

 

 「お前も……ダメだ」

 

 鎌府の刀使に一瞥を加え、嘲るよに低くわらう。

 

 恐怖で固まっていた体が一気に熱くなり、怒りに駆られた。間違いない、彼らは敵対者だ。民間人ではない。立派な公務執行妨害だから、法的根拠に従って反撃できる。

 

 「馬鹿にするなぁあああああああああああああああ」

 《写シ》を貼り直し、端末を地面に捨てると、男に峰打ちの右大上段を打ち下ろす。

 

 男は避ける素振りもなく、一撃を肩と鎖骨に受ける。

 

 (これで動けないハズ……)

 柄に手応えはあった。

 

 が、しかし。

 

 痛痒も感ぜぬ男は、首を傾け残照を浴びる。――その半貌に残忍な陰が表面化した。

 淡い期待すらも潰えた瞬間である。

 少女の顔面は無機質に凍りつき、「あ」とも「い」ともつかぬ言語未満の、微かな空気を喉から漏らす。生死を選ぶ場面では皆、萎縮するのだ。

 

 「つまらん」

 興ざめしたように、《裏正》で左大上段から袈裟斬りにする。

 

 パリィン、と耳鳴りにも似た余韻のあと少女は地面に転がった。

 

 このまま地面に向かって切先を突き刺せば、この娘の生涯は終わるだろう。無自覚に手中で柄の方向を下に変え振り下ろし――

 

 途中で止めた。

 

 「つまらん、つまらん――なぜだッ!!」

 人の悲鳴、阿鼻叫喚が聞きたいのであって、このように無反応の人間を切り刻んでも何ら満たされることはないだろう。いやそればかりか、「渇き」が増すばかりだ。

 

 無精ひげを掌で撫でながら、強者を求めた。

 

 凡庸な者など最初から歯牙にもかけない。

 

 十臓はひとりごちに、呟いた。

 

 「なぜ、俺はこの世界にきたんだ……本当に俺は満ち足りることが出来るんだろうな」

 虚空を睨みながら十臓は踵を返して歩き出す。

 

 ◇

 岐阜、美濃関学院――。

 廊下窓から射し込む秋の柔らかな日差しを感じながら、柳瀬舞衣は学長室の前で足をとめてノックする。

 

 『はい』

 

 返事がきた。

 

 「失礼します」

 

 一礼する舞衣。部屋の執務机に腰掛けて画面を眺める人物が、

 

 「柳瀬さん」声をかけた。

 

 「羽島学長、来週鎌倉へ出向する者の名簿をお持ちしました」

 

 「ご苦労様」

 

 この四か月間、関東では異常な数の荒魂が発生し、鎌府だけでの対処が間に合わず、他所の伍箇伝から優秀な刀使とサポートの学生を出向させていた。

 

 テレビ画面では延々と追求される朱音の姿が映し出されていた。それを一瞥しながら、

 「朱音様の証人喚問ですか」

 舞衣は比較的醒めた口調で言った。

 

表向きはあくまで、ノロの大量漏洩――ということになっている。故に、現在国会でも折神朱音が証人喚問を受けている最中だった。

 

 画面を眺めながら羽島学長は、

 

 「新体制になっても、世間から見れば同じ。ノロを大量漏出させた杜撰な組織……」ため息混じりに漏らす。

 

 「事実だと思います」

 明瞭に切り捨てる舞衣。

 

 一瞬、目を大きく開いた羽島学長は肩をくすめ「そうね」と同意した。

 

 事実、刀使に関しての風当たりはこの4ヶ月で大きく変わった。刀使は危険な仕事のため、まだ未成年の彼女たちは刀使を続けるのに保護者の了承が必要である。

 

 ――が、漏出問題に絡み刀使の仕事に世間の目がフォーカスした。結果として、危険な部分が目立ってしまった。無論20年前の事件の前例もあるとおり安全な仕事とは言えない。

 

 従って、伍箇伝から刀使が次々と自主退学する事態に陥った。本人が続けたいと願っても、保護者の許諾がなければ、刀使を続けることは叶わない。

 

 伍箇伝の苦境が羽島江麻の脳裏をよぎり、軽く首を振る。

 

 「あら? 柳瀬さん。あなたも来週鎌倉?」

 

 「はい。三度目ですっ」

 先程とはことなり明るく弾んだ様子で舞衣は微笑む。

 「でも、可奈美ちゃんはずっと向こうですけど……」寂しそうに眉を落とす。

 

 「お母さんを目標に頑張っていましたから」

 それでも努めて明るく言い添える舞衣。

 

 「衛藤さん、素晴らしい任務達成率らしわね。真庭本部長も手放したくないのも分かるわ。本当、美奈都にそっくりね」

 

 「美奈都さん……可奈美ちゃんのお母さんですか?」

 

 

 「えぇ、強い刀使だったわ……」

 

 「…………。」

 

 美奈都は、若くして亡くなった。

 

 相模湾岸大厄災における活躍も、めざましいものがあった。美奈都と肩を並べた羽島江麻は過日の後ろ姿を思い浮かべていた。

 

 「それにね、美濃関預かりだった《千鳥》が衛藤さんを選んでくれて嬉しかったわ」

 

 美奈都に憧れを抱いていた江麻は、親子の因縁を感じさせる御刀《千鳥》に運命を感じていた。

 

 

 「そう、ですか」

 懐かしげに語る学長を見ながら、柔和な笑みを漏らした舞衣。

 

 (学長も、私と同じだったんだ――)

 胸元で軽く手を握る。

 

 ハッ、と意識を整えると、

 「それでは、用件を伝えましたので失礼します」

 翡翠の瞳を瞬かせて、律儀に一礼すると退出した。

 

 舞衣の背中を見送りながら思い出した。まるで若い頃の自分を見ているようで、江麻は苦く微笑む。

 

「おい、お嬢さん。アンタはホントに美濃関の学生か?」

校門付近で服部達夫は怪訝に眉をひそめた。

 

 彼、服部達夫は美濃関学院の高等部三年生の十七歳である。刀剣の手入れや赤羽島の研ぎ出しなどを学ぶ、研師である。

 伍箇伝でも共学の美濃関では、サポート学科も充実していた。

 中でも研師のレベルは高い。

 

 それを聞きつけ全国各地から、民間の依頼も数多く来る。

 必然、学外からの人間もサポート科に出入りする。

 

 が、彼の目前に居るのは同学の生徒らしい。

 佇む少女――美濃関の白と赤を基調にした制服に身を包み、優しく微笑む美少女が、

 「ええ、本学の生徒ですよ。ですから、貴方に刀の研ぎ出しをお願いしております」軽やかなソプラノボイスで応じる。

 

 

 「って言っても、刀使の学科の人間は詳しくないけど、こんな美少女がいれば学内でも有名なんだけどな」

 

 顎に手をやって、摩りながら疑いの眼差しを猶も向ける。

 

 黒い髪は長く、艶やかである。顔の半分を豊かな髪が覆っているが、それでも切れ長の目元は涼やかである。深窓の令嬢という形容が相応しい雰囲気だった。

 「まぁ、美少女だなんて」

 恥ずかしそうに縮こまる少女。

 

 「お、おう……い、いや、それより名前を聞いてなかったけど教えてくれるか?」

 

 「ええ。ナイムネ子です」

 無い、胸?

 

 達夫はその斬新過ぎる名前に、思考が一旦ストップした。

 「えっと、もう一度いいかな?」

 

 「はい、ナイムネ子です」

 

 満面の笑みで答える少女。所作仕草までお嬢様のような雰囲気だが、そんな斬新過ぎる名前だったとは。

 

 「えーっと、ムネ子さん? でいいのか?」

 

 「ええ」

 

 達夫は視線を彼女の胸元に流した。

 

 年齢はおそらく中等部くらいだろう……だが、胸部は同年代の少女よりも多少膨らんで発達している。名前とは違うようだ。

 

 「……? どうかされましたか?」

 

 「えっ? あっ、い、いや――」

 

 達夫は不自然な視線に気づかれないようにワザとらしく「ゴホン」と咳払いした。

 

 「一応、その刀を見せてくれないか?」

 

 頬に冷や汗を流しながら、話題を切り替えれたことに内心安堵する。

 

 「この刀なのですが……」

 

 紫布の刀袋を受け取ると、結び目を解く。

 

 「ほぉ……」

 と、達夫は目を輝かせた。

 

 太い拵え造りの刀。

 

 造りは中々良さそうだ……経年劣化を除いては。

 

 ボロボロの柄に錆びた鍔。鞘に至っては、殆ど崩れており、むしろ鞘の形状を保っていることの方が不思議なくらいだった。

 

 「いかがでしょうか?」

 

 「うーん、この状態は酷いな。ただ、この造りから見るに、古刀の類だな。しかも鎌倉の中期くらいか? もっと解析しないとわからんけど」

 

 達夫は興味深げに眺めている。

 

 「その赤錆は取り除くことができますか?」

 

 「うん? 大分酷い状態だから研いだら砕ける可能性もあるから……一応スキャンして内部も見てみたいなぁ。時間はかかると思うけどいいか?」

 

 「えぇ、結構です」

 

 にっこり、微笑む。

 

 

 鞘から抜き出し、目線と同じ高さで水平に構える。

 

 

 「とは言っても、これだけの刀の損傷だと……本格的な研究機材のあるところで調べてみたいなぁ……名古屋の特別希少金属研究所とかなぁ」

 ブツブツと呟く達夫。

 

 「特別希少金属?」

 

 「ん? ああ、知らないのか。最近民営化した研究所なんだがな。確か柳瀬グループの出資で賄っているハズだったぞ。詳しいことは、同じ刀使の柳瀬に聞いてみたらどうだ?」

 

 

 「柳瀬さんにですね……そうしてみます。教室を探してきますので、一旦失礼します」

 

 そう言い校門付近から歩き出そうとしたナイムネ子は、ふと靴を止めた。

 

 下校する生徒の群れに混じって、物憂い表情の少女――柳瀬舞衣を発見したのである。

 

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