刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第58話

 「死ねば人間なんて、ただの骸だ……」

 そう呟きながら、荒魂討伐用のフード付きのマントを羽織りながら彷徨っていた。

 

白い靄の中、死体を担ぎながらただ歩いていた。

 冷え込んで空気が凝結しているかのように思われた。現在が朝か夜かなんて分からない。まるでこうして歩いている事自体に意味があるみたいに、機械的に足が動いた。

 ひどく冷たくなった人肌。蝋燭のように真っ白で、内蔵から放たれる腐臭がした。――義父、善海の遺体を背負ったまま山中を歩き回った末、柔らかな土の中へと埋めた。

 

 固まった指先でほじくりながら、爪で地面をひたすら掘り進めた。だけど、人間が手で穿つ孔の大きさなんてたかがしれている。それでも、おれは掘ることをやめなかった。それ以外にやるべきことがわからなかったんだ。

 虚ろな瞳で、仰向けになった義父の死相を眺めながら初めて人間が「死ぬ」という意味を理解したのだと思う。死体になってしまえば、無機質で生前の面影すら残さない、唯物的な――肉塊でしかなかった。

 

(おれも死んだら……こうやって普通の人間になれるのかな)

 

 飲まず食わずで掘り続けた結果、大人一人がようやく収まるほどの孔をつくることができた。おれは、義父の遺体の関節を曲げるようにした。死後硬直しているから、殆ど固まってしまった関節を折るように曲げた。バキバキ、という醜い音が鼓膜に張り付いた。

 完全に折り曲げると、孔に埋めて土をかぶせた。

 墓標になるものなんて一切なかった。

 

 ふんわり、と少しだけ膨らんだ地面の土の前で、おれは長いあいだ膝を抱えて座っていたんだと思う。空腹だったけど、なにかを食べたいと思わなかった。喉も渇いていたけど、水だって飲みたいと思わなかった。このまま、栄養失調で死ねばいいと思った。

 

 もう、この世界から消えたいと切望していた。

 

 膝を抱えたまま、足の間に顔を埋めた。なにも見たくなかった。

 

 『ねぇ、そこに誰かいるの?』

 女の人の声がした。

 

 おれは一瞬驚いたが、それでも構わないで欲しかった。だから無反応を貫き通した。

 

 だけど、足音だけが近づいてくる。

 

 『ねぇ……キミ。大丈夫?』

 

 女の人の声が、傍でした。

 

 おれは、苛立って顔を上げた。

 

 『ここでなにしてたの?』

 

 心配そうな声音で、女の人は屈んでおれと目線を合わせていた。おれの義眼は、体力の消耗で、殆ど視界を確保できていなかった。ただおぼろげに人影だけの認識しているに過ぎない。

 

 「おれに構うな」苛立ちを込めて返事をした。

 

 『……泣いてたの?』

 

 「どうしてそう思った? おれは涙なんて出せない……おれは人間じゃないから、涙なんて必要じゃない」

 

 おれは涙腺が殆ど使えないから、人間らしい感情表現なんて不可能だ。そう伝えたつもりだった。――だけど、その女は、むっ、とした口調で、

 

 「そんなことない! キミがそんな寂しそうな表情をしてるのに、人間じゃないなんて自分で言わないで」

 

 強い口調だった。

 

 だけど、すごく胸の奥は温かくなった。それは不思議で今でも分からない。

 

 「おねーさんは、誰? ここでなにしてるの?」

 

 おれの疑問に、困ったように「うーん」と唸りながら考え込む。

 

 『なんでココに来たのか、よく分からなくて。あ、でも私は刀使で……』

 

 「刀使?」

 

 『うん。御刀を使って荒魂を退治するんだ――』

 

 

 この時に、おれは初めて〝刀使〟に出会ったんだと思う。

 

 すごく昔のことで、記憶はひどく曖昧だけど、それでもたった一つ覚えていることがある。

 

 ――それは、おれが命に代えても〝刀使〟を守ろう

 

 そう誓った。

 

 だけど、どうしてそんなことを思ったのかは、全く覚えていなかった。

 

 ◇

 「……んっ?」

 意識が蘇生するように、現実に引き戻された。

 瞬きしながら「はぁ~」とため息をつく。……まどろみながら嘗ての事を思い出していた。

 全くおぼろげな記憶の底に刻まれていた出来事だった。車窓に置いた肘。その手の上に顎を載せた百鬼丸は首を左右に振る。

 

 柳瀬家の高級な黒塗りの自家用車の後部座席に間をあけて座りながら、移動している最中だった。

 

 「どうかされました?」

 隣の舞衣が聞いた。

 

 「いいや、べつに……昔の事を思い出してただけさ」

 ――そうですか、と応じながら翡翠の瞳を物憂げに瞬かせた。

 

 トンネルの中に入った。

 

 等間隔に配置されたオレンジ色の蛍光灯が、車内に射し込む。舞衣の翡翠色の瞳の水晶体に反射した。

 

舞衣は別の車窓を見つめながら浮かない表情をしていた。

 

 「どうした? 久々の実家じゃないのか? なんでそんな憂鬱そうな顔するんだ?」

 

 「えっ?」

 

 「さっきからずーっと、だ」

 

 「やっぱり、分かりますか?」

 

 「おう」

 

 「そう、ですよね」

  膝の上に指を重ね、軽く絡める。

 

 「おれが、その……舞衣の家に本当にお邪魔することで気に病んでいるんだったら、すぐにでも、車を降りる」

 

 と、言った。

 

 舞衣は慌てて、

 「だ、大丈夫ですから――」

 慌てて百鬼丸がダイナミック下車するのを制した。

 

 ◇

 舞衣と共に、彼女の実家にゆくきっかけとなったのは『無銘刀』である。

 

 百鬼丸は、ナイムネ子として女装して美濃関学院に居た舞衣に接触を図った。結果としては怪しまれ、仕方なく正体をバラした。

 

 初代百鬼丸の無銘刀を調査するため、名古屋の特別希少金属研究所に行くべきだという結論に至った。すると関係している舞衣の父、柳瀬孝則に話をつける必要ができた。

 

 事情を聴き終えた舞衣は顎に指を当て暫し考えた後、

 『私と一緒に、実家にきてくれませんか?』

 と、提案した。

 

 無論、百鬼丸にとっては拒否する要素はない――が、しかし。

 

 「いいのか?」

 

 きょとん、とした表情の舞衣は、

 「ちょうど帰省するタイミングでしたから、平気です」

 

 すました顔で答えた。

 

 「いやいや、そういう事じゃなくて……おれは、一応男だぞ?」

 自分の顔を指差しながらいう。女装しておいて今更ではあるが、動揺してしまった百鬼丸。

 

 翡翠色の美しい瞳を人一倍見開いて、鈴を転がしたようにくすくすと笑い始めた。

 

 「すごく今更な気がしますけど……外見だけなら、十分可愛い女の子ですよ。私の家には友達として実家の方に招待します」

 

 と、意味ありげに百鬼丸を見返しながら言った。

 

 ◇

 (どー考えても、裏があるに決まってるよなぁ)

 百鬼丸は黒く艶やかな髪をガシガシと乱暴に掻きながら、口を「へ」の字に曲げる。

 

 「いい加減、教えてくれないか?」

 

 視線を低回させて、しばらく躊躇った後……実は、と舞衣は切り出した。

 

 「今回の帰省で……父に、刀使を辞めるように言われました。だから一度話し合いをするために実家に……」

 

 「ああ、なるほどね」

 百鬼丸はようやく合点がいった。

 

 つい四か月前も、生死をかけた闘いをしたばかりの舞衣。しかも、ここ最近は荒魂の数が増え、刀使の負傷も増加したと双葉から聞いていた。

 

 普通に考えれば、そんな危ない仕事をさせたがる親はいないだろう。しかも良家の令嬢である舞衣なら尚更だ。

 

 「だから、おれを連れていくのに……つまり、同じ学校の刀使として父親を説得するのに協力しろって事か?」

 

 「……。」

 

 目を伏せながら、舞衣は俯いた。

 

 どうやら、正解らしい。

 

 (ありゃー。困ったですな、いやはや)

 

 百鬼丸からすれば、単に無銘刀について知りたいだけだった。――が、まさか人の家の事情にまで巻き込まれるとは思わなかった。

 

 「えーっと、つまり、おれはこれから〝女の子〟として振舞うんだよな?」

 

 コクン、と舞衣は肯く。

 

 「おぅ――」と、百鬼丸は小さく腰を浮かせた。

 

 (そんな長い時間、女装演技したことないぞ、おれ)

 困ったように眉をひそめながら、

 

 「なぁ、舞衣」

 

 「……はい?」

 「おれから一つ、お願いがある」

 

 「なんですか?」

 

 「どうせ、友達役をやるんだったら、今後敬語はナシだ。いいな?」

 

 百鬼丸の意図を解しかねたように小首をかしげた。

 「――それはどういう意味があるんですか?」

 

 「えーっと、気分の問題だ、気分。ほら、いつも可奈美とかと接するみたいに、気安くおれにも絡んでくれ」

 

 そう言いながら、百鬼丸はウィンクする。

 

 「お願いしますね」

 少女らしいウィスパーボイスで囁く。

 

 舞衣は思わずドキリとした。

 

 (可奈美ちゃんと同じように……? 確かに、見た目も声も可愛いし……)

 

 舞衣の中でなにかスイッチが入った。

 

 レザーグローブをした百鬼丸の両手を勢いよく握り締める。

 

 「分かりました――じゃなくて、わかったよ。ムネ子ちゃん」

 自然と高鳴り始めた鼓動。

 

 舞衣は無理やり、豊満に膨らんだ胸元に百鬼丸の両手を自らの胸の辺りに沈める。

 

 「ふぇrfんくぇrfphうぇくいfhうぇq@fへるいghくぇr」

 声にならない悲鳴を上げながら、百鬼丸は目を白黒させた。

 

 そんな様子をおかしく思いながら「ふふふっ」と忍び笑いした舞衣。

 

 ちら、と横目で運転席の方を一瞥し、

 「あの……今の話は、父には内緒でお願いします」

 

 ハンドルを握る白髪の年配執事の男性は柔和な笑みを零しながら頷いた。

 「はい、承知致しました」

 

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