刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第59話

 最初はいつだって、期待するものだ……それが、僅かな望みだったとしても、だ。

 

 必ず、選ばれると信じていた。

 

 オレならば、世界から「光」から選ばれるのだと信じて疑わなかった。

 

 ――だのに、奴を選んだ「光」

 

 世界の選択がもし、正しいのだとしたらオレは一体なんの為、生きてきたのだろうか? まったくの道化ではないか!

 

 オレを選ばなかった世界も、「光」に選ばれた奴も憎い! 憎くて憎くて仕方ない! 

 

 「こんな世界なら、ない方がマシだ……」

 

 それが、オレの行動の指針となっていた。

 

 

 ◇

 「ほぉ……貴様か、もうひとりの来訪者は」

 

 タギツヒメは御簾の裏、椅子で足を組みながら目を細める。

 

 綾小路武芸学舎の祭殿室に一種、異様な緊張がみなぎっていた。空気はまるで針のように鋭く尖って呼吸するだけでも痛みを感じるほどだった。

 

 御簾の前、悠然と佇むシックなスーツを着こなした男が口を開く。

 

 「えぇ、お初にお目にかかります。ジャグラスジャグラーと申します。〝タギツヒメ〟様」

 

  優雅に一礼すると、口を曲げる。

 

 「貴様も、世界を滅ぼす……その一念があるのであろう?」

 

 「えぇ、ですが〝この世界〟とは違いますがね。まぁ、どちらだって構いませんよ」

 ジャグラーの不遜な物言い。

 

 御簾の傍に控えた高津雪那は激昂し、一歩進み出る。

 

 「貴様ッ、先程から態度が無礼だぞッ」

 

 しかし毒々しく塗られた口紅から、二の句がつげなかった。

 

 (――なんだ、この男はっ)

 

 ジャグラーはゆっくりと――しかし確実に雪那を見据え、一瞬だけ威嚇した。

 

 「そうですか……失礼しました」

 

 雪那から視線を外して、嘲るように鼻で笑う。

 

 (クソッ、人をコケにしてッ……絶対に覚えていろッ)

 

 自然と震える指先と足元を堪え、苦々しく表情を歪める。……高津雪那は嘗てないほどに慄然としていたのだ、と自身で悟らざるを得なかった。

 今まで対峙して来たどんな奴よりも危ない、実力差というにはあまりに次元が異なる力を有しているのだ、このジャグラーという男は。

 

 一連のやりとりを御簾から窺っていたタギツヒメはつまらそうに目線を動かす。

 

 「やめよ、うぬが相手に出来る者ではない……力量を思い知れ」

 

 厳しい叱責に雪那は更に憎々しげに表情を歪める。

 「……はっ、ヒメ」

 一礼すると、元の位置に控えた。

 

 

 「――――それで、オレはこれからどうすればいいんでしょうか?」

 ふてぶてしく言いながら、ポケットに両手を入れて御簾の奥に訊く。

 

 「まだ貴様の出番ではない……しかし聞くところによると、百鬼丸にはもう挨拶を済ませたと聞いている」

 

 「ええ」

 

 「どうであった?」

 

 その時、ジャグラーの顔色が一気に変化した。

 

 「――ええ、実に殺しがいのある奴だと思いましたね。オレの一番嫌いな奴の顔に似ているので」

 

 静かな青い炎のように、怒りがジャグラーの纏う雰囲気を揺らめかせた。

 

 そうか、と言いながらタギツヒメは嬉しそうに返事をする。

 

 

 「しかし、生憎貴様以外にも百鬼丸に用事のある者共がいるようでな」

 

 ワザとらしい言い草でジャグラーの焦燥を駆り立てる。

 

 「――のう、十臓」

 

 そう呼びかけられた人物は、いつの間にか祭壇室の出入り口扉に背中を預けていた。

 

 気配に気づいたようで、ジャグラーも背後をゆっくりと振り返る。

 

 「へぇ、貴方も百鬼丸を目当てに……?」

 

 腑破十蔵は、腕を組みつまらなそうに俯いていた。

 

 「あぁ……だが、俺は強い相手と闘いたいだけだ。相手なんて誰でもいい。……お前でも構わん」

 

 顔を上げて、猛禽類に似た眼光でジャグラーを見据える。

 

 両者の間に、静かな火花が無数に弾けとんだ。

 

 

 (何なんだ、何なんだ、奴らは何なんだ……)

 

 雪那は、頭を抱えながら、目を大きく見張り、異次元の来訪者たちの言葉の応酬を見守っていた。

 

 

 ジャグラーは肩を竦めて、

 

 「いいえ、今は遠慮しておきますよ。もし、この世界に強い相手がいなくなったなら、貴方の相手もやぶさかではありませんがねぇ」

 

 愉しげに嘲笑う。

 

 十蔵も口端を下げ、

 「――そうか」

 と、満足した風である。

 

 

 この空間に、穏やかな空気が流れ込んだ気がした。

 

 しかし、雪那はただひとり、

 

 (こんな奴ら、早く出て行けッ)

 

 こめかみに青筋を浮かべながら、両者を蛇蝎の如く嫌い抜いた。

 

 

 

 「……それでは、今後、十蔵とジャグラーはそこに控える高津雪那のいう通りに動くのだぞ」

 タギツヒメは無機質に告げる。

 

 

 ガバッ、と御簾を振り返り、

 

 「ひ、ヒメ。……な、なぜです?」

 

 「人間の世で騒乱を起こすのであろう? であれば、その謀を行う貴様が適任であろう? 我の命令ぞ」

 

 つまらなそうに、命ずる。

 

 

 「あぁ……そんな……」

 

 顔面に酷い汗を流しながら、無意識に首を左右に振る雪那。……まるで絶望が表情筋を支配したように凝り固まった。

 

 やおら、意識を化物の来訪者たちに向ける。

 

 

 「えぇ、なるべく言うことは聞きますよ」ジャグラーはとことん人を馬鹿にした態度で応じる。

 

 「俺は強い相手と闘いたい……この渇きを癒す、そんな敵を求めている」

 視線すら合わせず、十蔵は呟く。

 

 雪那は瞬時に悟った。

 

 (こいつら、私の言うことなんてハナから聞く気なんてない……ッ)

 

 胃がキリキリと音を上げて痛み始めた。

 

 ◇

 

 「祭殿の方に向かわれなくてよろしかったのでしょうか?」

 皐月夜見は囁くようにいった。

 

 綾小路武芸学舎の地下、ノロアンプルの研究用地下貯蔵庫に繋がる長い廊下の片隅で、無言で佇む影に問いかけていた。

 

 「ああ、俺が行く必要がないだろう」

 眉間に深い皺を刻みながら、いう。

 

 「それより、お前こそ祭壇の方に行かなくてよかったのか?」

 まるで孤独を犯され、苛立ったような棘のある口調で聞いた。

 

 「――ええ。貴方を監視するのが今、私の役割なので」

 

 

 「それは、俺がお前の手駒だからだろう」

 

 三白眼で威圧するように夜見を見返す。

 

 しかし、少女は一切動揺せず無表情に押し黙る。

 

 「チッ」鋭く舌打ちしながら、ステインは気を削がれた。

 

 この皐月夜見、という少女の得体の知れなさに警戒していたのだ。ステイン自身も以前は殺人にまで手を染めた稀代の悪党である。――その彼だからこそ分かるのだ。

 

 (こいつは、暗い仕事に一切の迷いや躊躇がない……)

 

 それは常人では、行えないことだった。良心の呵責に悩まされるのが常である。――ステインの場合、それは「正義」という理想により自己を保ってきたに過ぎない。

 

 ……では夜見はどうだろう?

 

 「お前は、一体なんの為に汚れ仕事をしている?」

 

  素直な疑問だった。およそ、10代の少女には有り得ない行動の数々。少なくとも、理由くらいあるはずだ、とステインは推測していた。

 

 ……だが。

 

 「…………。」

 初めて、夜見の虚ろな感情の一切篭っていない瞳に、動揺の色が広がった。

 

 まるで、捨てられた赤子のような顔で狼狽え――唇を噛み締めていた。

 

 「……分かりません。私が一体なにをしたいのか、それすら自分で解っていないのかもしれません」

 

 

 「だったら、お前は俺よりよほどの狂人だ。なんの考えもなく、覚悟もなく、汚れ仕事をして暗い道を進み続ける。……なぜ、お前がそんなことをするのか知りたかったが、まぁいい。お前は何者でもなかったようだ」

 

 三白眼の目線を夜見から外して、ステインは瞑目する。

 

 

 「…………。」

 夜見の表情は、悲痛と鎮痛の綯交ぜになった複雑なものになっていた。

 

 (こんな気分……になるなんて)

 

 雪那の為、尽くしたいと思っていた夜見は、初めて自分という存在の「意味」を考えさせられたのだ。……そして、全くの虚無的な存在であることを自覚させられたのだった。

 

 「助けられた恩にお前の手駒として、働く。だが、お前に忠誠を誓った訳じゃない」

 

 ステインは吐き捨てた。

 

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