刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第6話

おれの中には獣が棲んでいる、それも獰猛で凶悪な……『殺意』という名の獣を。

 

 逃れようもない衝動につき動かされ、おれは森を彷徨っていた。

 

 恐らく、おれは正気ではなかった。だが、間違いなくおれの暗い一面が顔を覗かせているのも感じていた。どうしようもなく、それはおれだった。

 

 血の滴る左腕の刀身には人間を斬った独特の白い脂が付着していた。

 

 付近で《殺人》現場を目撃した少女が絶叫する。

 

 『化物っーー!!』

 

 その声だけがいつまでも、おれの鼓膜にこびりついて離れない。

 

 もしも、神様がいるのだとしたら、一度聞いてみたいことがある。

 

 ――なぜ、おれをこの世に生み出した?

 

 そしてなによりも、人間が憎かった。異端者を排除する連中が憎くて憎くて仕方なかった……。

 

 なぜ、おれは普通の人間と違うのだ、と。

 

 

 昔のことを思い出していたようだ。

 

 湿った壁に背中を預けていたが、背中が痛くなり姿勢を変えた。

 

 百鬼丸は森から出、人目のつかないように深夜まで待つため、下水道にてしばらく休むことにした。悪臭漂う場所だが、こんな所だって慣れている。

 

 ただ、時々思う。

 

 〝普通の人間〟ならば、こんな生き方をしないだろう、と。

 

 おれが四十八箇所を奪い返したとしても、普通の人間には戻れないのではないかと。

 

 「チッ、糞が!」

 

 我慢できずに怒鳴る。構内に反響した声が、どこまでも闇の奥にまで伝わった。

 

 頭を乱暴に掻いて、再び眠りにつこうと試みる。

 

 だが、一度目が冴えると睡魔は忽ちに霧散した。

 

 (どうする、歩いて移動でもしようか……いや無理だ。迅移を使った影響で暫くまともに行動できない。それに、腹も減っている)

 

 すこしだけ歩いても問題ないだろう、と考えマンホールの蓋を外す為に上へ登り始めた。

 

 普段の百鬼丸であれば絶対にこのような状況で人前に出ようなぞとは思わなかった筈だが、疲労の蓄積と空腹により脳みそが錆び付いてしまっていた。

 

 

 

 2

 

 美濃関学院中等部二年の柳瀬舞衣は、親友の失踪に困惑していた。

 

 御前試合の最中、折神家の当主に刃を向けた平城学館の十条姫和。その時は驚きこそしたが、それで終われば舞衣にとっては単なる事件でしかなかった。が、親友の衛藤可奈美が犯人である十条姫和を庇い、逃亡を幇助した。

 

 (――なんで可奈美ちゃん)

 

 と、訳のわからない悔しさに苛まれていた。

 

 現在、御前試合に参加した刀使は無論、その周辺関係者にも箝口令が敷かれ、行動の自由にも制限が設けられた。

 

 が、舞衣に限っていえば事情がやや異なる。

 

 大財閥の娘という立場がある。その力を権限を最大限に利用し、親友の行方を探っている最中であった。無論折神家の敷地を出ることはできないが、その範囲内でなにかできることを考えていた。

 

 先程、折神家〈親衛隊〉の第一席と四席が騒動の渦中にあった場所を訪れて確かめ、犯人と思われる人間が逃走した経路の森を進んでいる途中――

 

 森から数十メートル先の公道の側溝近くのマンホールから人影がおもむろに現れた。

 

 (えっ、うそっ!)

 

 御刀の柄を握りながら、小走りで駆け寄ってみることにした。そのときには恐怖心よりも可奈美の行方の心配が勝り、気が付けば行動を起こしていた。

 

 3

 

 「貴方は、先程折神家の御門で騒ぎを起こした犯人ですか?」

 

 単刀直入に問いただす。

 

 一定の距離を保ちながら、納めた御刀の鯉口を僅かに煌めかせた。

 

 「折神家? ごほっ、ごほっ、すまん……待ってくれ」

 

 舞衣は眉根を顰めた。それもその筈である、悪臭が体中に纏わせた不審者に他ならない。黒い髪を後ろで乱暴に束ねただけの髪も、今時珍しい着物姿も、そしてなにより無気力だがどこか油断できない危うさを秘めた顔。

 

 半ば、舞衣は確信していた。

 

 (やっぱり、犯人はこの人だ。……もしかしたら、可奈美ちゃんについてなにか知っているかも)

 

 淡い期待を持ちながら、

 

 「もう一度聞きます。貴方は――」

 

 「百鬼丸、おれの名は百鬼丸だ。恐らく門の前で問題を起こしたのもおれだ。だが、相手が先に仕掛けただけでおれは正当防衛を行使したまでだ」

 

 ぶっきらぼうに、言い訳がましい口調で喋る。

 

 「本当にそれだけですか? 逃走した十条姫和、それから衛藤可奈美についてなにか知っていることがあれば、教えなさい」

 

 語調が幾分厳しくなるのは、普段の舞衣であれば有り得ないことだった。それだけ焦っている証拠である、と自身でも嫌という程判る。だが今はなりふり構っている暇はない。

 

 百鬼丸は舞衣の方を一瞥すると、強い眼差しで一言、

 

 「……なにか、食物をくれ」

 

 と、みっともなく土下座した。

 

 「――は?」

 

 舞衣は目をぱちくり、とやり暫く固まった。

 

 「何も食ってないんだ。三日前から。なにか食物があればくれ。必ず恩義は返す。だから……」

 

 情けない風体で、少年は土下座をしている。

 

 

 4

 

 「はぁ~」

 

 頭を抱えながら舞衣は、目前でクッキーを貪り喰らう少年を窺う。

 

 百鬼丸と名乗る彼の年齢ころは十代だろうか。大人びた顔立ちだが、どこか作り物めいた顔立ちや、体の動かし方のちぐはぐな感じが、どことなく違和感がある。

 

 (それにしても、本当、美味しそうに食べるなぁ)

 

 親友の可奈美を思い出す。

 

 食べかすを頬につけながら、親指を立てて「舞衣ちゃん、すごく美味しいね」という。あの太陽のような笑顔。

 

 舞衣の頬は自然と緩む。

 

 「もぐ、もぐっ。うまい、うまいな……ええっと、貴殿の名前は?」

 

 袋の中のクッキーを全て食べ終わり、百鬼丸が訊く。

 

 「え? わたしですか? わたしは美濃関学院の柳瀬舞衣と言います」

 

 「ああ、なるほど舞衣殿。空腹から救って頂いた恩義は絶対に返す。間違いなく」

 

 ある種の尊敬の眼差しを舞衣に注ぎながら、深く頷いた。

 

 「そう、ですか」困惑の色を浮かべながら、苦笑いをする。

 

 「舞衣殿が言っていた二人の行方だろう。生憎おれは知らない――」

 

 やっぱり、と舞衣は落胆した。だがなんとなく予想もしていた。

 

 「――だが、おれにいい案がある」

 

 糞尿の饐えた匂いを漂わせながら、百鬼丸はいう。

 

 本当は鼻を摘みたいのを堪えながら舞衣は「というと?」疑問を口にする。

 

 「おれの心の目で探す」

 

 「心の目って、武術でもよく使われる用語としての心眼でしょうか?」

 

 「いいや、文字通りの意味だ」

 

 「……?」

 

 理解できない、というか百鬼丸の言いたいことを推量しきれず、舞衣は首をかしげた。

 

 「……まあ、詳しい説明は省くが、相手の心や記憶が読めるんだ、おれ」

 

 「まさか」と言いかけたのを舞衣は喉元の所で言葉を飲み込んだ。

 

 だが、声に出さずともその所作の端々から疑う様子が窺えた。

 

 

 「もしや、疑っているのか? さっきおれがクッキーを食っている時にその様子が可奈美という少女のように一心不乱に食っているのを思い出してニヤニヤとやましいことを考えていた……」

 

 「か、か、か、考えていません!!」

 

 顔を真っ赤にして、反論する。――いや、事実だ。紛れもない事実だ。しかし、なるほどこれで能力について嘘は言っていない。

 

 だが、

 

 「でも、その心の目が使えたとしても二人の行方の痕跡をどうやって?」

 

 「相手の思考の残香を辿っていく。そう時間もたっていなければ、まだ可能」

 

 「そ、それじゃ――」

 

 と、言いかけた所で、舞衣の携帯端末が震えた。

 

 「はい」

 

 端末を耳に当てると、通話の主は折神家の捜査を担当する部署であった。

 

 『柳瀬舞衣さん、お手数ですがこれから折神家の御門前までお越し下さい。衛藤可奈美についてのお話をお伺いしますので』

 

 言葉こそ穏健だが、その実舞衣に拒否権は無く、また無言の圧力を与えてもいた。

 

 舞衣はちらっ、と近くに座した百鬼丸に視線をやる。

 

(もし今、この人のことを連絡したら……)

 

 あるいは、可奈美の後の処遇について穏便になるような手土産になるのではないか、という損得の打算が生まれた。

 

(ううん、違う。それだときっと可奈美ちゃんがわたしを許してくれない)

 

 「はい、分かりました」

 

 と、会話を終え百鬼丸に向き直る。

 

 「可奈美ちゃんを見つけるのに協力してくれるんですよね?」

 

 真剣な眼差しで尋ねる。

 

 百鬼丸は、

 

 「ああ、間違いない。空腹を救ってもらった恩義がある――ただ、一つ、もしよかったらでいいんだがお願いがある」

 

 「……? はい、なんでしょうか」

 

 「オートバイを一つ貸してくれると助かる」

 

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