刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第60話

 

 

 ◇

 条件反射的に、家屋に入る際は必ず警戒を怠らない。……敵がいつ襲ってくるかも分からないからだ。

 背を外壁に密着して僅かに顔を覗かせ、内部に異常がないか確認する。

 「異常なし……っと」

 安堵の息を漏らしながら玄関から入る。

 一連の百鬼丸の動きを眺めていた舞衣が、

 「あの~、できれば普通にして下さい」

 微妙な表情でツッコむ。

 まるで意外なことでも聞いたかのように呆けた百鬼丸は瞬きしながら、

 「む? 善処しよう」鷹揚に頷く。

 

 「それ、大体しない人がいうセリフですけどね!」

 「うむ、間違いない」

 「……少しは否定して下さい」大きく肩を落としながら呟いた。

 

 「しかし、なんというか」

 百鬼丸――こと、ナイムネ子は改めて柳瀬家の外観をまじまじと見る。

 「思ったより、豪邸って感じではないな。華美な装飾品とかもなさそうだし。普通の家よりもクソデカイ位か?」

 と、素直な感想を口にした。

 舞衣は苦笑いを浮かべながら、

 「そうですね。確かにイメージされているような柳瀬の家の感じではないですね」

 含羞みながら首肯する。

 

 「ああ、そういえば」

 「はいっ?」

 「わたしに敬語はナシ、ですよ? 舞衣ちゃん――」

 

 微笑みかけながら、〝ムネ子〟は舞衣の両手を握る。

 

 「えっ、……ああ、そうでしたね――じゃない。うん、そうだね」

 伏せ目がちに、ムネ子から顔を逸らしながら了解する。

 

 自らの両手は今、ムネ子(百鬼丸)に包まれている。――レザーグローブを外し、代わりに絹製の女性用ロンググローブで肘までをすっぽり覆い隠していた。

 

 本人曰く、

 『男の手の骨格と女の骨格は全く違う。それに、腕のギミックを隠すには好都合だろ?』とのことだった。

 

 確かに、言われてみれば男らしいゴツゴツとした腕や指先の輪郭は完全に隠れている。

 

 (でも、握ってる掌が……)

 

 歴戦の証なのだろう。硬い皮膚の感覚が柔らかな布越しにも分かる。

 

 「…………。」

 舞衣は複雑な気分になった。

 

 彼女もまた、一介の剣士ゆえに分かるのだ。……どれほどの過酷な体験をすればこのような歪な皮膚や骨になるのだろうか、と。確かに義手である。けれど、その義手ですらイカレるほど使い込んでいるのだ。

 

 「……どうかしました?」

 小首を傾げながらムネ子はいう。顔半分隠れた豊かな黒髪が幾束か垂れて、美濃関の制服の胸元まで流れた。

 

 「い、いえ……じゃない。ううん何でもないよ。それより、ようこそ我が家へ」

 翡翠色の瞳で見返しながら、告げた。

 

 

 ◇

 「あれ~、舞衣おねーちゃんだっ!」

 玄関から真っ先に弾んだ声がきた。

 まるで子犬のように廊下から駆け寄りながら、

 「隣の人はお友達?」

 と、聞いた。――幼妹、柳瀬詩織である。

 不審げな眼差しで、舞衣の隣に佇む人影……ナイムネ子(百鬼丸)を窺っていた。

 

 ワザと眺められている事を遅く気がついたように肩を驚かせて、相手を向き膝を曲げ視線を落とす。

 「初めまして。ナイムネ子と申します。舞衣おねーちゃんとは学校で仲良くさせてもらってます。よろしくお願いしますね」

 にこっ、と柔和な表情でいった。

 

 「ナイ? ムネ? ………う~ん」

 目前の幼女、柳瀬詩織は眉をひそめていた。その様子から察するに「変な名前~~」とでも言いたげである。が、しかし口にしない所は流石に良家の娘であり、しっかりと教育されている。

 

 それを察知し、

 「変な名前ですよね。困らせてごめんなさいね。詩織ちゃん」

 すぐさま詩織に目線を合わせながら、優しく頭を撫でる。

 

 軽やかなソプラノボイスで、畳み掛けるように謝罪したのだ。

 

 目前の美少女(仮)に完璧な態度をとられ、すっかり毒気を抜かれた詩織は、

 「えっ、と……あの……ううん」

 恥ずかしそうに下に俯いた。末妹の警戒心はすっかり無くなった。

 

 ムネ子は詩織の頭を撫でながら、

 (山狗みたいだなぁ……)

 山暮らしで一時期共に行動した山狗を思い出していた。その山狗は、トラバサミのような罠にかかっていた。それを助けて以来よく懐き、群れで行動するより百鬼丸とよく行動していた。……察するに、人の匂いが染み付いた野生動物は一匹で生きねばならなかったのだろう。それ故、彼と共に生活したのだ。

 

 気持ち良さそうに目を細めた詩織。柔らかな髪質。ムネ子はトリップしていた意識を無理やり現実に戻す。

 

 「あ、撫ですぎましたね。ごめんなさい」ムネ子はサッ、と手を引いた。

 

 詩織は「あっ」と未練がましくムネ子の手を目で追いながら呟いた。

 (今のやりとりだけで、懐いたみたい……)

 舞衣は意外なムネ子(百鬼丸)の一面をみた気がした。

 

 左右に頭を振って詩織は気恥ずかしさを誤魔化しながら、

 「あっ、あの舞衣おねーちゃん! 今日は寮じゃなかったの?」

 殊更大きな声で尋ねる。

 

 強調された声に多少驚きながら、

 「うん、ちょっとね」と、曖昧に返事する。「そういえば、美結は?」次妹の居場所を聞いた。

 

 「あ~、美結おねーちゃんなら……」

 言いにくそうに、リビングの扉へ詩織は視線を送った。

 

 

 ◇

 「舞衣姉、おかえりー」

 かなり適当な感じの口調だった。

 

 広いリビングに置かれたソファーに寝そべりながら、うつ伏せで携帯端末を操作する娘が……柳瀬美結であった。

 

 「〝おかえりー〟じゃないでしょ。制服着たままゴロゴロして……」

 呆れのため息混じりに舞衣。

 

 「皺になっちゃうでしょ?」

 

 「う~ん、これ終わってから着替えるよー」

 

 「ほら、脱いで」

 

 「ううん、めんどくさいなぁ~」

 ブツブツと文句を言いながらも、姉のいうとおりに美結はソファーから立ち上がる。

 上の制服を脱がせながら、

 「お父さんが帰ってくるんだから、しっかりしなさい」と叱った。

 

 「あれ?」と、美結は舞衣の背後に隠れてしまった気配を見ようと軀を斜めにした。

 

 「あの綺麗な人だれ?」

 

 「えっ?」

 舞衣はすっかりムネ子の存在を忘れて完全に実家のお姉さんモードになっていたのだ。

 

 「あ、ええっと、あの人は美濃関の刀使の友達かな?」

 

 「なんで疑問形なの?」

 

 妙に鋭い妹に冷や汗をかかされながら、舞衣は困ったようにムネ子に視線を投げる。

 

 詩織に右手を引っ張られながらニコニコしていたムネ子は、舞衣の意思を理解したように小さく頷いた。

 

 「申し遅れました。わたし、柳瀬舞衣さんのお友達で刀使のナイムネ子って言います」

 

 「へぇ~、珍しいお名前なんですね」

 

 「ええ、よく言われます」

 

 「それに刀使ってことは御刀も持っているんですよね?」

 

 

 「ええ……あ、でも今はワケあって使えないんですけどね。普通の御刀とは事情が違うんですよ」

 微笑みながら、左手に持った紫色の布に包まれた細長い棒状の物をみせた。

 

 「へぇ~」

 関心したように目を見開く美結。

 

 好奇心旺盛な妹を横目でみながら、

 「お客様の前でそんな格好してないで早く着替えてきちゃいなさい」

 

 ムネ子の説明をもっと聞きたがった様子の美結は「えぇ~」と不満そうに口を尖らせる。

 

 「は や く」

 

 細い眉の間に皺を刻んで言った。

 

 「わかったよ~」

 気だるげに返事しながら、ポテトチップスをパリパリと齧る。

 

 「あっ、こら。立ったまま食べないのっ!」

 

 舞衣は素早く美結の手からポテトチップスの袋を取り上げる。

 

 「……んっ、はいはい」

 

 

 

 「はい、は一回!」

 

 半眼で姉を不服そうに見返す美結。その眼差しはなにか言いたげだった。

 

 「――ん? どうしたの?」

 

 

 「そんな細かいこと言ってるから舞衣姉は彼氏できないんだよ」

 

 

 と、残酷な一言を言い放った。

 

 その会心の一撃に舞衣は思わず、

 

 「余計なお世話ですっ!」

 珍しく大きく叫んで反論した。

 

 叫んでから、チラ、とソファーの向こうで詩織と戯れるムネ子をみた。

 

 舞衣の視線に気づいたように、

 「どうかされました?」

 と、問う。

 

 「いえ、べつに」

 舞衣は即座に否定した。

 

 

 ◇

 柳瀬家で、全員集まるのは珍しいことらしい。

 特に柳瀬孝則、柊子が揃うことは稀である――と、ムネ子は美結と詩織から聞かされた。

 

 舞衣が料理を振舞うのだといい、リビングのソファーで三人でくつろぎながら、

 

 「でも、そんな家族水入らずの時間にお邪魔するのは気が引けますね」

 と、素直な気持ちを言った。

 

 「う~ん、そうでもないと思いますよ。何となくですけど」

 適当な口調で、気だるさを漂わせながら美結が言った。

 

 思わず、

 「なんですか、それ……」

 と、ムネ子がクスりと笑う。

 

 あまりの姉妹間での性格の違いといい、何といい、おかしくなったのだ。もし、自分にも本当の「家族」というものがあるのだったら、どんな感じなんだろう? と不意にムネ子は逡巡した。

 

 

 「……どーしたの? ムネ子おねーちゃん?」

 ムネ子の隣に座った詩織は上目遣いに様子を窺った。

 

 「ううん、なんでもないよ。詩織ちゃん」

  軽く頭を撫でた。

 満足げに詩織は「んふーっ」と鼻息を荒くした。

 

 「ねぇ、そういえばムネ子さんって普段は何してるんですか? やっぱり、剣術の練習とかですか? それとも、買い物とかどこかに遊びに行ったりとか? あっ、それとも彼氏とデートとか?」

 

 興味深げな様子で、前傾姿勢に美結がいう。

 

 (グイグリくるな、この娘)

 内心毒づきながらムネ子は内心嘆息する。

 

 「いいえ。――そうですね、強いて言えばギャンブルですかね」

 

 

 

 「「ギャンブル?」」

 

 舞衣の妹二人が声を揃えた。

 

 「……ええ、例えば、う~ん、そうですね。手本引きから花札、丁半博打、賭け麻雀、ブラックジャック、パチンコ、競馬、競輪、ボートレース、ですね」

 

 「えぇ……」

 

 「……?」

 

 妹たち各々の反応を示した。

 

 美結は内心、

 

 (あれ、この人外見と違って相当ヤベー人じゃないの? しかも、未成年なのに、刀使って公務員なのに……)

 

 「なんか、滅茶苦茶すごいですね!」

 

 目を輝かせて、ムネ子の肩を掴んだ。

 

 思い切りパンク過ぎる生活を聞かされ、日常に退屈を感じていた美結は刺激過ぎるムネ子に憧れを抱いた。

 

 「……? そうですか?」

 イマイチ相手の反応を掴みかねて苦笑いする。

 

 「じゃあ、せっかくだし今できるやつ教えて下さい!」

 

 

 興味津々な美結の眼差しにあてられて、ムネ子は頷いた。

 

 「だったら、今から丁半博打に……花札、ブラックジャック、とかやってみますか。ああ、それとポーカーも簡単なので」

 

 「トランプとか用意しますから――あ、折角だから何か賭けますか?」

 

 キラッ、とムネ子の目が輝いた。

 

 「いいですよ。わたし、こう見えてすごくギャンブルに強いですから(自己申告)。あとで痛い目をみても知りませんよ」

 すごくムカつくドヤ顔で宣言しながらパット入りの胸を叩く。

 

 「わたしもやるっ」

 可愛らしく、詩織も手を挙げた。

 

 ……このあと、柳瀬家で行われた過酷ギャンブルが開始された。

 

 ◇

 

 「な、なぜだ……」

 思わず、男口調でムネ子が机に突っ伏しながら呟く。麻雀牌を指の間からポロッ、と落とし悔し涙を流す。

 

 「わーい、また勝った~~!!」

 喜び飛び跳ね満面の笑みを浮かべる詩織。

 

 その対照的な両者を横目に眺めながら美結がいう。

 

 「あー、またムネ子さん負けたんですか」

 嘲笑混じりの目線を向けた。

 

 「だって……だって……ブラックジャックも、丁半も、花札も……麻雀だって全部負けるとか……イカサマとしか思えないし」

 ふてくされて、文句を言いまくるムネ子。

 

 「だって、ムネ子さん弱いんですもん。教えるのは上手いのに、なんで自分でやるとそんなにバレバレなんですか」

 

 ギクッ、と痛いところを衝かれて反応するムネ子。

 

 「うるしゃい……」

 年下の女の子に言われたことが余りに本質をついており、反論すらできずにいた。

 

 「ありがとう、ムネ子おねーちゃん!」

 リビングで喜んではしゃいでいた詩織は机に突っ伏したムネ子を背後から抱きついた。

 

 「アハハ……さいですか……よかった……よかった……」

 

 ふっ、とその様子を見ていた美結はムネ子の肩に手を置いた。

 

 「あの、ムネ子さんはギャンブルの才能はないと思いますから今後しない方がいいと思います」

 

 意地悪く微笑んだ。

 

 「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 あまりの正論に、ムネ子は絶望した。

 

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