刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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襲撃(ASSAULT)Ⅲ

 研究所襲撃の前……。

 

 綾小路武芸学舎の執務机にうずたかく積まれた資料や書類の山に挟まれ、高津雪那は苦虫を噛み潰したような顔で紙面に目を走らせた。

 

 その時、コン、コンと扉が軽く叩かれた。

 

 「――ちっ、何だ?」

 棘のある声音で返事をする。

 

 雪那の鋭い眼差しの先には、案の定皐月夜見が扉の付近に佇んでいた。人形のように一切の表情が無い夜見の光がない瞳が微かに動いた。

 

 「異世界の来訪者、ジャグラスジャグラーが名古屋の特別希少金属利用研究所に襲撃を仕掛けるようです。また、同じく来訪者の腑破十臓は関東に赴き、ノロの回収をするとのこと。全て事後報告で先程伝えられました。」

 

 夜見の抑揚のない淡々とした報告に危うく聞き流すところだったが、明らかに問題行動だ。十臓はまぁ、いい。問題はジャグラーだ。巨大施設をいきなり攻撃して、今後の計画の足枷にしかならない。

 

 「クッ……あのバカどもがッ!! なぜ、私の邪魔ばかりするのッ!!」

 思わずヒステリックに叫んだ。それから眉間に深く皺を刻み頭を抱える。

 

 「どぉおおおおーーーーして、こうなるのっ!?」

 折角、内閣や刀剣類管理局などにも根回しを図っているというのに、肝心の戦力たちがすき放題に戦闘をおっぱじめている。計画の頓挫すらありえるだろう。そして、このツケは必ず実務を取り仕切る高津雪那の帰するところになるだろう。

 

 この書類の山はひとえに、始末書の類だといえた。

 「くっ……!!」

 胃がキリキリと痛む。目元を顰めながら、右手で腹の辺りを押さえる。最近は特にバカどものおかげで、体の不調が続いていた。

 

 

 頼んでもいないのに、ホイホイと問題を作ってゆく異世界の来訪者たち。タギツヒメから命じられた時から思っていた嫌な予感は悉く的中していた。

 

 

 

 

 ふわり……と、暖かな湯気が雪那の頬を撫でた。

 

 

 

 「なんだ?」

 ふと、目を横にやると夜見がすぐ傍で小盆を持ち、その上に白湯を湛えた杯があった。しかも丁寧に胃薬まで備えている。雪那がひとり逡巡している間に用意したのだろう。

 

 「クッ、忌々しい!!」

 妙に気が回る夜見に毒を吐きながら素早く杯を掴む。二三口を潤しながら、

 「それで、報告は終わりか?」

 

 「はい、今のところ変化はありません。ただ綾小路の相楽学長は未だ〝近衛隊〟の計画に渋っている様子です」

 

 「フンっ、まったく。……どいつもこいつも使えないわね。まぁ、いいわ。……いたたっ……」大声で喋ったものだから、胃袋に痛みがはしった。

 

 「大丈夫でしょうか……?」

 手を差し伸べた夜見。

 

 「だ、黙れッ――、この役立たず!」

 勢いよく叩いて反発した。

 

 

 額に青筋を浮かべながら、雪那は考える。

 (あのジャグラーという男が研究所を破壊することは既定路線とするなら、特別祭祀機動隊の動きにも変化がある。……つまり〝あの男〟の耳にもこの件の情報は入るでしょうね。)

 

 お腹をさすりながら、更に憂鬱の種を思い浮かべた。

 

 「……夜見、もう一杯白湯を持ってきなさい」

 高圧的な物言いで命ずる。

 

 「はい」

 自身の気遣いが無駄に終わらずに済んだことと、必要とされた事に対して、僅かに表情を和らげる夜見。

 

「それから、内閣府情報戦略局の〝あの男〟から電話がきたらすぐ教えなさい」

 

 「はい」

 

 ――――まったく、お前はこんな所でしか役に立たないんだから。

 

 そうイヤミを言う雪那の言葉にすら、夜見は満足感を覚えていた。

 

 

 

 

 ◇

 「げほっ……げほっ……」

 照明は火炎に熔けた。熱気の蟠る薄闇に、埃灰が粉っぽく大気に漂う中を進みながら軽くむせた。袖で口と鼻を覆いながら先に進む。柳瀬舞衣は神経を集中させて視覚と聴覚を研ぎ澄ます――。

 

 刀使の能力の一つに、

 《明眼》

 というものがある。

 

 刀使の特殊能力のひとつであり、視覚の大幅な拡張(暗視、熱探知、望遠……。)などを行うことができる。一説によると、機械よりも確かな精密さを誇るという。しかしこの能力自体を発揮できる刀使の数は少ない。

 

 更に現在、《透覚》を同時に使用しながら。

 

 この《透覚》は、聴覚の能力拡張であり刀使の技の一つである。周囲のノイズカットや集中を意識的に抽出することが可能である。――が、この《透覚》と《明眼》を二つも持ち合わせ、使うことのできる刀使は殆ど稀と言ってよい。

 

 その中で、柳瀬舞衣は幸運にもその両方を兼ね備えることができた。

 

 ……以前、舞草で集団戦闘訓練を行う際に真っ先にこの能力を見込まれて、リーダーになった。殊に集団戦における《明眼》と《透覚》は無類の強さを発揮する。しかも、彼女自身の明晰な頭脳と理論的な戦闘分析により、死角というものが無い。

 

 ――しかし本人の精神的脂質に依る欠点が結局のところ、大きい。

 

 余に優れた才は、時としてその本人をしても制御不可能であることが多い。

 舞衣の場合、自己評価の低さによる能力の無意識下での制限である。彼女は良くも悪くも優等生であり、そして近くにはいつも「衛藤可奈美」という天才が居た……。それ故、己の才能に固執することなく、弛まぬ鍛錬で刀使として鍛え上げてきた。

 

 ……が。

 

 それは反転すれば、自己の欠点が見えすぎてジレンマに陥るという不運を招いていた。

 

 ――柳瀬舞衣、という一人の刀使としてみた場合、その個としての能力はある程度の目測がつく。しかし、「協力」という段階に入った場合――彼女は計り知れない強さを誇る。

 

 そのタイミングが〝今〟であった。

 

 

 ◇

 『百鬼丸さん、私たちが到着するまで生き延びて下さい。どれだけ耐えられますか?』

 珍しく大声で舞衣は、砕けたガラス窓から叫ぶ。

 

 一瞬だけ舞衣を眺める目を丸くした百鬼丸は頭を掻きながら、

 「一〇〇年くらいかな?」

 意地悪く口を曲げる。

 

 ……どうあっても、耐えるつもりらしい。

 「ふっ」と口元に小さく笑みを零して百鬼丸を見返す。

 

 彼は視線を即固定して相手から外さず返事をしていた。

 

 (百鬼丸さんの余裕が無い……本当に強い相手……。)

 

 

 「分かりました。ずーーーーーっと耐えて下さいね?」

 

 困ったように後頭部をガシガシを掻きながら、左腕の刃を掲げて左右に振り「了解」の合図を示す。

 

 《明眼》を発動させながら、舞衣は敵の……荒魂とは異なる四足歩行の〝怪物〟を観察する。角から放出される面状の透明な障壁……想像を絶する火炎。

 必死に解決の糸口をたぐり寄せる。

 

 戦闘のプロである百鬼丸も今は敵の攻撃を躱すので精一杯らしく、思考する暇すら無いようだ。

 

 ――だったら。

 

 「エレンちゃん」

 

 「ハイ? どうしまシタ?」

 

 「この研究所の見取り図はあるかな?」

 

 「イエス! もちろんありマスよ!」

 親指を立てて碧眼をウィンクさせるエレン。――彼女は現在、長船の制服ではなくピンクのフリルが多様されたロングスカートの衣装を身にまとっていた。

 「これデス!」

 フリフリの袖から差し出された携帯端末の画面には詳細な見取り図が映し出されていた。

 

 瞬きして、一時《明眼》を解いた。

 「ありがとう。でも、エレンちゃん……」

 

 「……? どうしマシタ?」

 怪訝に眉をひそめる。

 

 「エレンちゃん、その洋服お父さんからのプレゼントだって聞いたけど、その……」

 

 舞衣の言いにくいそうな様子から察したエレン。

 

 「これでは闘いにくいノデ、こーしマスっ!」

 ピンクのロングスカートのレースから《御刀》で切り裂き、脚の可動部を広くした。

 

 「え、エレンちゃん!?」

 舞衣はその予想外の行動に仰天した。……本当は、エレンは後方へと下がるように説得する筈だったのだ。

 

 それを見抜いていたエレンはウィンクしながら、

 「ワタシも刀使デ~ス! マイマイ、マルマルと一緒に闘いマスよ!」

 陽気な口調と態度から想像できない強い覚悟だった。

 

 舞衣はそれ以上なにも言わず、頷いた。

 

 「分かった。行こうエレンちゃん」

 

 ◇

 エントランス部より一階下の共通回廊。

 人間であれば通行に不自由しない幅の廊下だが、一五メートル級の怪獣であればまず襲ってはこれない。……そう判断した百鬼丸。

 

 エントランスの割れた強化ガラスから飛び降り逃げる。

 「つーか、なんだあの化物」

 廊下を走り、距離を大分とった。

 僅かに生まれた時間的余裕から、先程の状況を整理して対策を練る。

 

 明らかに荒魂とは異なる性質。容貌。能力。

 

 仮に舞衣やエレンを戦力としてカウントした場合、どうやって攻略を……。

 

 「ああぉああああああクソ、クソ。あいつらはカウントしない。おれ独力で倒す。よしッ」

 

 『おいおい、もうおしまいか? 期待したほどでもないなぁー。アイツだったらこんな時にも必ず反撃をするんだが……ま、お前にはムリだな』

 

 大声で叫ぶジャグラー。

 まるで百鬼丸を睥睨するように嘲笑い、ズボンのポケットに両手を入れて悠然と構えている。

 

 「あ!? うっせー、腐れチ○ポ野郎が!」

 

 中指を立てて百鬼丸は挑発する。

 

 

 『なっ、なんだと!?』

 ジャグラーは下品な言葉に少し狼狽えた。

 

 

しかし、その取り乱しを冷静になった頭で「ゴホン」と咳払いすると、

 「まぁいい。お前が逃げ回るなら鬼ごっこだ。この研究所の人間を焼き殺しながらでも追い詰めてやるぞ」

 あはははは、と高笑いする。

 

 (チッ、腐ったヤローだな)

 

 百鬼丸は、目を眇めて必死に次の手を考える。

 

 

 睨みつけながら、上を仰ぎ見る。

 

 

 (……ん? なんだあの……)

 

 百鬼丸は異変に気がついた。

 

 突如、ジャグラーの背後に、黒いローブを身に纏った影が鋭い斬撃を一閃打ち込む。

 

 『隙ありッーーーーーーー』

 凛乎とした声音がエントランスに反響した。

 

 

 

 

 ガギッ、とジャグラーは背後も振り返らずに「刀」を顕現させて、一撃を受け止める。

 

 「おお~危ない危ない。この〝蛇心剣〟がなければ首が落ちてましたよ」

 薄笑いを浮かべ、襲撃者の影を弾き飛ばす。

 

 

 「……どなた様でしょうか?」

 振り返りながらバカ丁寧に問う。

 

 ローブの影は床面に落ちて砕けたガラスの破片を踏みしめながら進み出る。

 フードを、サッ、と取る。

 「元折神家親衛隊第一席、獅童真希だ!」

 

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