刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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今回は十臓のオリジナル設定ありです。もし史実にいたらこんな感じかな? と設定してみました。


第65話

 「小娘、お前……名前は何と言う?」

 低く老人のように嗄れた声で十臓が訊ねる。

 野放図に伸ばされた髪の間から、切れ長の眦に意思が篭っていた。

 

 無意識に口をついて、

 「衛藤……衛藤可奈美。特別祭祀機動隊、美濃関の刀使です」

 形式的な口調で答えていた。

 

 ブーツを翻して可奈美に向き直った十臓は口元の無精ひげを右手で撫でる。秀でた眉をひそめながら、

 「俺は腑破十蔵。お前は、〝孤独〟を――胸の渇きを感じたことはないか?」

 

 「えっ……?」

 まるで何かを見透かしたかのような鋭い眼差し。可奈美の不満が的確に抉り出されたような気持ちがした。

 

 フッ、と十臓は口に笑みを湛える。

 「その表情……なるほど、お前も感じたことがあるのだな。俺には分かる。お前は強い。志葉丈瑠と同じ匂いがする」

 

 (志葉丈瑠……? 誰だろう?)

 正眼の構えをとりながら可奈美は十臓の言葉に知らず知らず耳を傾けていた。

 

 「俺もそうだった……。とっくに戦雲の夢は覚めて、世は太平無事となった。だが、俺には足らなかった。なぜ、天は俺を戦乱の世に生まなんだ、と呪ったことも幾度となくあった」

 

 ……生まれた時代が悪かった。

 

 もし、この俺が戦乱に生まれていれば身を焦がす闘いすら飽きることなく堪能できただろう。血肉の踊る殺し合いを……望めただろう。

 

 「お前は、俺と同じ匂いがする」

 腑破十臓は首を巡らす。――

 

 ◇

 腑破家は、十臓の代で途絶えている。

 江戸期の武家を詳細に書いた「武鑑」に依れば、元は戦国期の遠州に流れ着いた一族だと云う。森鴎外の渋江抽斎に詳しい、この「武鑑」では腑破家が不可解なまでに抹消されている。

 

 ……思うに、初期幕府は江戸の町を震え上がらせた「人斬り」について隠蔽した痕跡がある。

 

 

 腑破十臓が14歳の頃、九州島原に居た。

 江戸期を通しても大規模といえる内乱に、幕府方十数万を控えて原城を囲んでいた。その陣営に旗本の馬廻り衆として参加していた。

 長い籠城に、堅固な守り。最早戦を知らぬ世代の幕府では想像以上に攻めあぐねていた。

 

 中軍に位置する野営天幕の中に駆け込む一人の若武者がいた。

 「父上、今日は敵勢の首を十二ほど刎ねてきました」

 顔を朱に染め上げ莞爾と頬にえくぼを作る。……濃密な血の香りを嗅ぎながら、十臓は血まみれで脂のこびりついた太刀を、布切れで拭うと無造作に縄で連ねた首を地面に転がす。

 

 父である腑破家の当主は、我が子の異様な能力に困惑した。

 「そ、そうか……よくやった」

 傅きながら、目を爛々に輝かす十臓を気味悪く思った。確かに戦国の頃であれば、彼は名のある人物と言われただろう。しかし天下が定まり、最早この乱が終われば、この息子の才能は不要といえるだろう。

 

 「次、次はもっと多くの人間を刎ねて参ります」

 独断で敵の城に乗り込み、撫で斬りにしてゆく息子が空恐ろしくなっていた。

 

 

 

 島原の乱も、幕府最高の頭脳と名高い松平伊豆守信綱が指揮をとることより、展開が好転した。それまで散発的だった投石と銃撃の音は静まり、まるで死んだように静かだった。

 

 

 薄く黄色い雲の帯が空を漂う。

 寛永十五年、旧暦二月二八日。(現在の四月十二日)

 幕府は総攻撃を原城に仕掛けた。それまでの、包囲による兵糧攻めによって既に城方は虫の息であった。

 弾薬も尽きて、投石の勢いすら弱い。

 郭になだれ込む大勢の兵士が、そこにはあった。

 

 

 「あははははははははッ、そうだ、もっと舞えッ、踊れッ!!」

 武具を脱ぎ捨て、空身の状態で郭の柵にしがみついた十臓は、そのまま口に咥えた刀を手に持ち替え、次々と斬撃を繰り出した。

 

 ――ギャッ

 

 ――ウッ

 

 ――アッ

 

 という、短い悲鳴を聞きながら高まる興奮。男はもちろん、女子供も無慈悲に殺していった。竹槍で攻撃を仕掛けた人間の首を跳ね飛ばし、助けを求める妊婦の腹を切り裂いて、哄笑する。

 まさに殲滅戦であった。

 

 「あははは……ん?」

 死んだ幼い子供の手に握られていた紫石の十字架を見つけ……十臓はその手ごと十字架を踏み潰した。ゴリッ、ゴリッ、という得体の知れない肉の潰れる音と共に、バラバラに砕けた十字架。

 

 悲鳴……悲鳴……悲鳴。

 

 「最高だ……ああ、最高だ……」

 十四の十臓は天を仰ぎ見ながら、人間を斬る喜びに打ち震えていた。血の雨が文字通り十臓を濡らす。

 

 

 ◇

 しかし、十臓の父の予想通り……以後、戦の気配すら無くなっていた。

 

 「ゴホッ……ゴホッ……なぜだッ!!」

 二〇代の半ばになった十臓は病床の中にあった。

 結核に冒された十臓は、普段の素行が悪く腑破の家から勘当された。妻と共に町人長屋の狭い一隅に押し込められていた。

 

 「なぜだッ……なぜ、俺がこのような屈辱を受けねばならんのだ!?」

 あの時、島原の乱では信綱から直々の感謝状を賜った。

 

 (だのに、なぜだ? なぜ世の中は変わってしまった?)

 

 武士は武士ではなくなった。そのような階級が存在こそすれ、実態は単なる文官であり、腰抜けであった。本来の武力による出世は望めず、皆、畳の上で死ぬことを無情の喜びとした。

 

 「ぬるい……温すぎる……」

 いつの頃だろうか。

 日々鬱屈する気分と、あの時に覚えた肉骨を断ち切る感触。悲鳴。それらが十臓にとって忘れがたい快楽を孕ませていた。

 

 

 

 

 橋のたもとで、柳の葉が揺れる。薄墨を流したような夜。

 「なぁ、助けてくれ……金か? あ? 必要ならくれてやるから命――ギャッ」

 助命虚しく、町人の男の首は切断された。

 

 「ゴホッ……ゴホッ……クソッ、足らぬ。足らぬ……足らぬ……」

 気が付けば、十臓は江戸の町を震え上がらせる正体不明の人斬りとして名を馳せていた。

 

 (どうせ、この身が尽き果てるのだ……であれば、好きに生きてなにが悪い?)

 

 腑破十臓は人を斬り続けた。

 一つの辻で出会い頭に無秩序に斬り捨てていった。

 

 やがて、幕府はこの連続する人斬りの正体を十臓と理解した。――外道に堕ちた腑破十臓。

 

 以後、彼の記録及び詳細は語られていない。しかし、現在では都内某所の寺に小さな無縁仏があり、そこに腑破の名が薄く刻まれているという。

 

 推測であるが、腑破家はお家取り潰しの上、一族郎党皆殺しが待っていたのではないかと考えられる。

 

 ◇

 

 「可奈美、といったな。俺と剣を交えろ」

 十臓は『裏正』を構える。

 

 

 

 (――なんだろう、この独特な構え……)

 

 目線の高さに刀身をもってゆき、刀を逆さに持つ。

 

 

 「両刃刀っ……!?」

 可奈美は思わず叫んだ。

 

 ――両刃刀とは、その名のとおり刃と峰に刃が備えられた日本刀のことを指す。さらに峰の部分は、まるでチェーンソーの刃のように露骨に凹凸が激しく、深紅である。

 

 「そんな刀見たことない……」

 その妖しい輝きに、可奈美は琥珀色の瞳を閃かせながら呟く。

 

 (だめっ……今は集中しないと――)

 

 可奈美は思わず頭を左右に大きく振る。

 

 認めたくはないが、この目前の男「腑破十蔵」に惹かれている。その怪しい雰囲気といい、常人ならざる妖気といい、殺気といい今の可奈美を満足させるだけの相手だと本能が知らせているのだ。

 

 「……では、こちらからいくぞッ」短く告げる。

 

 直後、数メートルあった距離は一気に縮み、《千鳥》が逆刃刀の激しい衝突を受け止める。

 

 「くっ」

 目を眇めながら、可奈美は咄嗟に《写シ》を体表に貼る。薄白い膜のようなものが、可奈美を守る。

  

 「ほぉ、それがお前ら刀使の能力の一つか?」

 十蔵は愉しげに笑う。

 

 「せやぁーーーっ!!」

 八幡力を駆使して十蔵との鍔迫り合いから抜け出す。――この《八幡力》とは、刀使の能力の一つであり、通常では考えられない身体能力の向上、例えば筋力などの増強などを図る。

 

 弾き飛ばされた十蔵は首を小さくひねりながら、刀使の力を一つずつ認識してゆく。

 「なるほど……この世界は面白いッ!!」

 余裕な様子で十蔵は一人頷く。

 

 「はぁ……はぁ……」

 予想以上の強敵に、可奈美は既に肩で息をしていた。

 

 (この人の剣の流派は……分からない。だけどすごく原始的な太刀筋で、それでいて闘いの嗅覚が凄い)

 

 柳生新陰流の可奈美は「後の先」を得意とする。

 相手の出方を粗方みた後は、その攻略に入る戦術である。

 

 しかし、この腑破十蔵に限って言えば、まったく事情が異なる。

 (技の出し惜しみなんかしてたら、勝てないよ……ね)

 人差し指から薬指の三本の指を殊更に力を込め、可奈美は運動シューズの裏を浅く削る。

 

 一瞬、瞑目したかと思うと、左に結んだ小さな尻尾のような髪が揺れた。

 

 可奈美の体が消えた――と、十蔵は認識した。

 

 

 が。

  

 それは大いなる間違いであった。

 

 「えいッ!!」

 肚の底から吐き出された叫びと共に、可奈美が十蔵の側面に回り込み突きを繰り出す。

 

 切先が十蔵の肩先を浅く削った。白い上衣が破れた。

 鼻で息を逃しながら、可奈美は狙いを絞りきれずにいた自身の甘さを瞬時に理解した。そしてその逡巡を読み取った十蔵は口を怒りに歪める。

 

 「なぜだ!? なぜ手を抜くッ!?」

 十蔵は不意を衝かれた怒りよりも、可奈美の覚悟不足に怒りを覚えていたのだ。

 

 

 《迅移》により高速加速をした可奈美は文字通り、素早く回り込み不意打ちを喰らわすことが可能だった。

 

 ――が。

 

 「このッ」

 十蔵は《裏正》の刀身で、自身の左肩に伸びた千鳥の鈍色を跳ね返す。

 

 「くっ――――!!」

 強力な膂力によって、可奈美は地面を摺りながら後方へと飛ばされた。

 

 ◇

 

 はぁ、はぁ、はぁ……。

 

 自分でも分かるくらい荒い呼吸。余程緊張してたんだろう。噎せて咳をしながら、口元を制服の袖で拭うと、左手が小刻みに震えている。……多分これは恐怖じゃなくて、筋肉の疲労が原因。筋肉が酸素を求めているんだ――。

 

 「おい、可奈美。お前……笑っているのか?」

 

 目前の男が私にそう問いかける。

 

 ――えっ? 私が笑ってる?

 

 その言葉で頭が真っ白になった。

 

 「うそ……」

 知らず知らず、拭った左の指先で私は自分の顔をなぞる。

 

 頬まで釣り上がった口端、垂れた目尻……。微熱を帯びる耳と頬。

 

 高鳴る鼓動はきっと……ううん。この十蔵っていう人の言う通りだと思う。私はさっきからこの人との斬り合いを楽しんでいるんだ!

 

 だけど……小さく私は首を振っていた。

 「ち、ちがうよ……これは……」

 

 あれ? なんで私、声が上擦っているんだろう?

 

 「だって、ただ……刀使として……そう、刀使として貴方を止めないと……」

 

 ううん。これは嘘。嘘だ。本当は一目見た時からそのオーラで、剣を交えたいと思っちゃってたんだ。

 

 「止めないと……」

 

 

 私がそこまで言って、大上段の構えをとる。

 

 

 だけど、向かい合う男……十蔵は薄笑いを頬に浮かべた。

 

 「一体いつまで自分の気持ちに嘘をつくんだ? 可奈美――お前はとっくに気がついている筈だぞ。お前も俺と同じ〝コチラ側〟の存在であることを」

 どこまでも落ち着いた声音。

 

 その一言が、私の胸を乱した。

 

 「――なんで? どうして?」

 どうして分かるの?

 危うく本音を漏らしそうになった。

 

 だけど、言葉にしなくても十蔵は肩をすくめる。

 「剣を、刃を交えて理解した。お前は……俺と同族だッ!」

 

 喝破されていた。

 

 

 ◇

 

 衛藤可奈美は、間違いなくこの瞬間を愉しんでいた。長い睫毛を微かに湿らせ、桃色の吐息を吐きながら、薄い朱に染まった頬。

 

 闘いが長引くにつてれ、彼女の中の隠された本能と欲望が渾然一体となって、剣に……《千鳥》に憑依している。

 

 未だ、十四のうら若い乙女におよそ似つかわしくない、艶やかな恍惚とした貌で、千鳥を握っていた。

 

 仄かに香る色気の匂い……。

 

 尖った眼差しの半眼が、更に先鋭化する。琥珀の光彩が、一際輝いた。

 

 

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