刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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再投稿にしました。


襲撃(ASSAULT)Ⅳ

 ◇

 獅童真希が吼えた。

 鋭い眼差しの先に佇む、不気味なまでに余裕に満ちた男――ジャグラスジャグラーが首を右に傾けた。

 「へぇ、中々可愛らしいお嬢さんだ……が、今の一撃は素晴らしい」

 素直に賞賛しながらポケットから手を出して拍手する。

 

 露骨なまでに不敵な態度に、真希は眉をひそめる。

 「一体なんのつもりだ? お前も……タギツヒメの関係者か?」

 

 「ふふふふっ、まぁそんな所ですかねぇ」

 

 「この施設に襲撃をかけたのも、ノロを狙ってだな?」

 

 「ノロ……ああ、あのドロドロとしたオレンジ色の物質ですね。――ええ、そうですよ。しかし質問の多いお嬢さんだ」

 

 「ふざけるなッ、貴様たちが何の目的があるかは知らないがこれ以上好き勝手にさせてたまるものか!」

 黒いローブの端を翻して、御刀を構える。

 

 〝御刀〟《薄緑》――通称「吼丸」

 

 源氏とゆかりの深いこの御刀は、源平盛衰記などの書物にも顔を出す。「天下守護の勅旨」により製造されたひと振り。その完成におよび命令された源満仲は、刀の出来栄えに満足したという。

 

 ――その来歴の通り、天下を守護する御刀。

 

 (その名に恥じない生き方でなければ、ボクのこれまでの汚名をすすぐことは出来ないだろうね)

 

 鈍色の刀身を眺めながら、左大上段に構えを移す。

 

 獅童真希の操る剣術は神道無念流である。……ことに幕末期に活躍する千葉道場と双璧をなす練兵館の主流流派である。長州藩士もこぞって教えを乞うた練兵館の神道無念流を一言で言えば「力」であった。

 

 その昔、さる剣術家曰く、

 『位の桃井、技の千葉、力の斎藤』

 と評した。

 

 斎藤……即ち、練兵館の道場主を指す。

 

 「獅童真希、推して参るッ!!」

 叫びと共に《迅移》の発動を脚に促し、化物の隣に立つジャグラーへ一撃を打ち込んだ。

 

 しかし、その斬撃は空を斬る。

 

 「……くっ」

 手応えのなさに、真希は眉間に皺を深く刻む。

 左からの袈裟斬りを、音も形もなく避けた……のではない。視界からフレームアウトしたのだ。

 だが今更そのような異常に心を乱される真希ではない。それに刀使同士の闘いでも《迅移》で回避された場面はいくつもあった。

 

 ヴォオオオン、という耳をつんざく斬撃の剣圧が真希の左頬を嬲る。

 素早く背後に意識をにやると、ジャグラーが右手首を回しながら刀を握っている。

 

 「まだ狙いも威力も調整が必要……なるほど」

 

 まるで他人事のように呟くジャグラー。真希など存在しないかのような振る舞い。

 

 「舐められたものだな……」

 真希は半ば呆れ気味に肩をすくめる。

 

 『おい! 黒マントのヤツ!!』

 下の階から、百鬼丸の叫び声が聞こえる。

 

 「……チッ、なんだっ!!」

 ピリピリ緊張した雰囲気をブチ壊されて、機嫌が悪くなった真希。思わず反射的に怒鳴って返事をする。

 

 『お前も一度退却しろッ! コッチに合流だ、合流!!』

 

 横目で下の百鬼丸を眺める。

 

 「あぁ、騒々しい男だ……全く。ふっ、獅童真希? と言ったかな? 逃げる時間くらいは用意してやる――どうだ?」

 蛇心剣を空中に投げ、霧散した。完全に舐めきっている。

 

 (……こんなに馬鹿にされていても不思議と腹が立たないのは、実力差か)

 真希は構えを僅かに緩めながら、深く息を吸う。

 

 「分かった……」

 後ろ髪を引かれる思いだったが、あの虚空を切り裂く斬撃で旺盛な戦意は減衰した。

 

 《迅移》を発動し、後方へ素早く飛び去ったーー。

 

 ◇

 薄闇の無限に続く廊下を百鬼丸は進む。夜の住人であった彼にとってみれば、何ら問題とする所ではなかった。

 「ちっ、……にしても熱いなぁ」

 苛立ちながら、胸元の服を掴んでパタパタと空気を送り込む。

 

 上階を彷徨う巨大な怪物は絶えず火炎放射によって、自らの居所を教えている。一見愚策にみえるこの方法は、「ある目的」があった。

 

 「研究所全体の温度を上げてるんだろうなぁ……」

 床や壁を触りながら、百鬼丸は小さく息を吐く。

 

 八〇〇度以上の火炎放射でも、この施設の人間が近くにいない場合は効力は薄い。……では、襲撃の意味がない? いいや違う。と百鬼丸は自問する。

 

 ……あるとすれば、研究所周辺に出られないように予め防火シャッター(奇しくも、大量殺人を行ったジョーと同じ手口)で、外界との通路を意図的に分断する。しかもショッピングモールと異なり、研究所施設の場合の防火シャッターは、外部へ危険物質の漏洩を完全に遮断するために、綿密に通路の遮断は行われるだろう。

 

 ――とすれば。

 

 「耐熱用の床面に壁……完全に施設そのものを、溶鉱炉みたいにして施設全体を昇温させる。んでもって蒸し焼き狙いか? これ」

 微かな音にも満たない小声。

 

 屈んで頻りに床や壁を指で弾きながら、ブツブツと独り言をやる百鬼丸。

 

 「はぁ……全くキミが何を考えているのか、ボクは分からないよ」

 真希は小さく首を振りながら彼の横に立つ。

 

 「――ん? おお、すまんすまん。あの怪獣を見ただろお前も。アイツが火炎放射で防火設備を作動させて研究員を蒸し焼きにする算段らしい。尤も、前もそんなことしたバカがいたけどな」

 

 「確かに、あの男の傍にいた怪物は厄介そうだな。……それに加えて防火設備を悪用とはまるで例の殺戮事件の応用みたいだ。生憎ボクはあの時、その場には居なかったが……いいや、今のボクが何を言おうと言い訳になるな」

 

 「なぁ、真希……でいいのか」

 

 「ああ、何とでも呼んでくれ」

 

 「んじゃ、真希さんよぉ、一つ聞くが暑くないのか? その黒い上着」

 

 百鬼丸はフード付きのローブを指差す。

 

 キョトン、とした真希は、

 「えっ、いや……まぁ、暑くない……気がする」

 感傷に浸りかけた途端、百鬼丸の素っ頓狂な質問に戸惑った。

 

 

 「ふ~ん、そっか。お前も案外アレなヤツだな」

 

 「あれ? どういう意味だい?」

 

 「中二病……ププッ……」

 

 「なっ……!? そ、そんなワケないだろッ!!」

 薄闇の中、相手の表情こそ明確に判別できないが、明らかに百鬼丸は馬鹿にしている。そう確信が持てた。

 

 「大体キミだって、なぜ美濃関の女子制服を着ているんだ? それこそ、まるで変態みたいだぞ」

 

 「はっ、残念だったな真希。お前さんに教えてやんよ。おれは変態だッ!! それも筋金入りの、だ! 覚えておけ!」

 

 「なっ! なぜ、そんなに堂々と言い張れるんだ!」

 軽い目眩のようなものすら感じられて、額に手を当てる。

 

 (まさかボクが理想として追い求めていた〝英雄様〟の姿がこれとは……つくづくボクは人をみる目がないらしいな)

 小さく鼻で「ふふっ」と笑った。

 久々の緩んだ感情だった。

 

 「……んだよ、急に笑いよってからに。…………ん? シッ、誰か近づいてくるな」

 真剣な口調で百鬼丸は動声を静かにするよう促す。

 無言で頷く真希。

 

 こと、こと、こと――

 

 

 小さな靴音が廊下一杯に反響して、幾重もの足音を奏でた。

  ピリッ、と真希の素肌に激しい威圧を感じた。闇に慣れた眼差しで、傍の百鬼丸をみる。彼は屈んだ状態から、左腕の刃を構え、いつでも飛び出せる準備をしていた。戦闘における一瞬の迷いが「死」に直結していることを十二分に知っているのだろう。

 

 ゴクリ、と生唾を真希は飲み込んだ。

 

 

 

 無限に続く粘着質な闇の奥から、二つの揺らめく人魂のような波動を感じた。青い炎のように、二つの輝きは陽炎のように左右に流れ、確実に近づく。

 

 

 「そこに居るのは、百鬼丸さんですよね?」

 少女の声がした。

 

 釣られて、

 「お、舞衣か! そうだ! おれだ!」即答する。

 

 先程までの激しい威圧の気配は消え失せ、代わって間の抜けた様子で返事をする百鬼丸。別人格かと思えるほどの変わり身に、真希はただただ頭の混乱を酷くすることしかできなかった。

 

 「マルマル? お久しぶりデ~ス!」

 

 「むむっ!? オ、オヒサシブリデス」

 なぜか理由は分からないが、百鬼丸はエセ外国人のようにカタコトになり、若干だが声が震えていた。

 

 (何なんだ、この男は……)

 真希は、それまでに出会ったことのないタイプの人間に不信と好奇心の混ざった視線を投げかけていた。

 

 ◇

 やがて、廊下には非常時用の真っ赤な照明が等間隔に点灯し始めた。

 「なるほど、マキマキも途中から参戦したってワケですネ」

 エレンは、むーっ、と顎に指をやりながら難しげな表情で頭を整理する。

 

 「……マキマキ?」怪訝に眉を曲げる真希は本題に戻すように、軽く咳払いをする。

「ゴホン、ああそうだ。しかしまさか、対立していたキミたちと手を組む日が来るとは思わなかったけどね」

 苦く口を曲げながら呟く。

 

 「…………それよりも今は、あの怪物を倒さないと現状の打破は難しいと思います。親衛隊の実力である獅童さんが参加してくれて助かります」

 舞衣は硬い口調だった。

 

 「マキマキに一つ質問デス」

 エレンが真面目な口ぶりでいう。

 

 「なんだい?」

 

 「最近、ノロの強奪が頻発していマス。もしかして、その犯人は……」

 

 「ボクだ、と言いたいんだろう? 残念だけど違うよ。それは多分タギツヒメだと思う。それに、さっきの男もタギツヒメ側の構成員だと考えていい」

 

 「分かりマシタ。信用しマス」

 

 意外な即答に真希は、

 「案外お人好しなんだね」

 驚きを隠すように、皮肉がかったような言い方になった。

 

 「いいえ、単なるお人好しなワケじゃありません」途中で会話を遮る舞衣。

 

 「どういう意味だい? だってボクの来歴からしてタギツヒメ側だって思われても不思議じゃないだろ? なにせ、親衛隊でキミたちを……」

 

 「それは十二分に理解しています。ですけど、今は此花さんがノロの生態研究の実験で被験者として参加しています。ノロを一度体内に入れた人間が、完全にノロと分離できるようになる為の研究に、です。親衛隊というだけで疑って信用ができないなんて理由になりません」

 冷静に反論する舞衣。

 

 それに思わず、

 「ふふ……ふふふ、あはははは。そうか。ああ、すまない。その寿々花も似たような口調で理詰めに反論するから。つい懐かしくて……あはは、そうか……寿々花は一人で別の闘いをしていたんだ」

 最後は寂しげな声音で、自らの右手を強く握る。

 

 (まるで、ボク一人で世界を背負っていたような勘違いをしていたみたいだね)

 

 「私の父も、エレンちゃんのご両親、お祖父様もこの研究にいます。私たちには刀使としても、個人としても、絶対にあの怪物を止めなきゃいけない理由があります」

 強い意思の篭った舞衣の訴え。

 

 「ああ……微力ながらボクにも手伝いをさせて欲しい」

 礼儀正しく真希は一礼した。これは彼女なりの誠意のつけかたであった。

 

 舞衣とエレンは、予想外の真希の行動に驚き思わず顔を見合わせた。

 

 が、一人百鬼丸だけはそんなやりとりを尻目に「う~ん」と一人唸っている。

 

 「なぁ、エレン」

 

 「ハイ?」

 

 「そのひらひらした服……動きにくくないか?」

 

 父、古波蔵公威からのプレゼントであるピンク色のフリルが多様に装飾された衣装を一瞥して訊ねる。

 

 「確かに戦闘になれば動きにくかもデス」

 父のプレゼントを嬉しく思いながらも、エレンは先程スカート部分を動きにくいという理由で切り裂いて短くしたばかりだった。

 

 「恐らくアイツの火炎に巻き込まれると、フリルに引火する危険性がある……そこで、だ」

 

 「……?」

 エレンは百鬼丸の言いたいことがわからず、意図を図りかねていた。

 

 「おれの、この服を着るんだ。まさか下着で動けとはいわん。……まあ嫌なら別にいいけど。これは男のおれが着れるように特注してあるんだ。手足が長くて背の高いエレンでも、問題はない筈だぞ」

 

 と、言いながら、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。

 

 「ちょ、ちょっと、百鬼丸さん!?」

 手で目を覆い狼狽える舞衣。しかし、その指の間は大きく開いており、まるで目隠しの役割を放擲していた。

 

 ……まるでギリシャ彫刻のように、引き締まって均整の採れた肉体。名匠が刻んだような筋肉の陰影が、赤い光に照らされていた。特に背貴肉が見事であり、首筋から血管が伸びている。中々に太い腕。無骨な拳。

 女装していたから、仔細に百鬼丸の体をみたことはなかったが、男らしい体躯に舞衣は心を奪われていた。

 

 「……? どうした? 舞衣?」

 

 「い、いえ……。」

 肩越しに突然振り返る百鬼丸から咄嗟に顔を背けた。

 

 心臓がバクバクと激しく鼓動を鳴らす。

 

 (……新しい扉が開いちゃうぅぅぅ)

 今更、筋肉への憧憬をフェチズムまで昇華させた舞衣。彼女は更に性癖の業が深くなった。

 

 「デモ、本当にいいんですカ? マルマルは……」

 

 「あ? 男なんぞ褌一枚あれば十分事足りる。いいかい、エレン。おれは今、服をきているから実力をだせないことに気がついた。だから、おれは脱ぎたい! つまり? そう、脱ぐんだよォ!」

 「それだと単なる露出狂だッ!」

 我慢できずに真希がツッコミを入れる。

 

 しかしそれにも構わずに、「うぉおおおおおおお」とスカートを脱ぎ捨てて、褌一枚になっていた。腕を組んで満足げに鼻を鳴らす百鬼丸。有言実行のバカであった。

 

 「う~ん、マルマルがそこまで言うなら、分かりマシタ。お言葉に甘えてお借りしマス!」

 百鬼丸が無造作に脱ぎ捨てた衣服をエレンが屈んで拾う途中、

 

 「父親のプレゼント、大事にしろよ」

 と、他の二人に聞こえないような小声で百鬼丸は告げた。

 

 「なんでソレを?」という表情でエレンは顔を上げた。

 

 百鬼丸はなにも言わずに、下手くそなウィンクで口端を釣り上げて犬歯を剥き出しにした。おそらく格好つけたかったに違いない。だが、結論から言えばダサい。不格好だった。

 

 それから、エレンは百鬼丸が《心眼》を使ったことを思い至った。だからこのプレゼントされた服について敢えて聞いたのだろう。

 

 すぐに俯いたエレンは、表情筋の緩みから照れていることを悟られないようにした。

 

 

 ……………数分後。

 

 着替え終わったエレンには、一つ問題が発生していた。

 

 「ムムっ、やっぱり胸の辺りが苦しいデス」

 苦笑いしながら、エレンはぱつんぱつんにはちきれそうな胸元に人差し指を這わせる。美濃関の制服がまるで、メロンを二つぶち込んだみたいに膨れ上がっている。

 

 「あ、そりゃー予想外の助よ」百鬼丸は、震え声で反応した。

 

 一度この巨乳に殺されかけた百鬼丸からすれば悪夢の再来であった。

 

 パツッン、という甲高い音と共に、百鬼丸の額に飛翔体がぶつかった。

 

 「いでっ!!」

 おでこを抑える百鬼丸。その飛翔体の正体は、ボタンであった。美濃関の制服の構造上あまり有り得ないのだが、巨乳によってボタンが吹き飛んだ。

 

 貧乳クイーン、十条姫和では絶対に不可能である「おっぱいボタン弾き」現象である。繰り返すが、貧乳のゴッドでもある十条姫和では不可能なボタン弾きが、エレンの胸で行われたのだ!

 

 おでこをさすりながら、

 「ま、まぁ……その制服のサイズが合えば問題なかろう。うむうむ」

 すぐさま視線を逸らす。

 美濃関制服の胸元はボタンが弾けた影響で、前を止めるものが何もなくなり、惜しげもない胸元の谷間が顕になった。

 「う~ん、困りマシタね、あははは」頬を軽く掻きながらエレンは笑い飛ばす。

 

 豊満な円形が揺れ、胸の下着部分のレースが見え隠れした。

 

 これは、「そもそもブラジャーなんて必要なんじゃないか問題」で有名な十条姫和、あるいは成長期が永遠に延期になった益子薫には全く別世界の話と思われる「ブラジャー」なる聖遺物の問題であり、前述の二人には永久にそのような「サイズ」の問題はないであろう。これは今後の研究でも期待できないお話であった。

 

 「でも、わざわざ気遣ってくれて嬉しいデ~スっ!!」

 大胆に露出された胸元をプルンプルンと震わせて、背中を向けた百鬼丸に抱きついた。

 

 「にゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 驚きに、悲鳴じみた声をあげる。

 

 ブラのレースの感覚と共に、豊満な胸の潰れる感覚が背中全体に伝う。

 

 「どーしマシタ? もしかして、抱きつかれるのがキライですカ?」

 

 「いいいいいい、いいいや、全然!! おれすげーーーつえーーーもんね(?)」

 

 「本当デスカ!? これからはもっとスキンシップを増やしマスね!」

 「まけしぇとけぇええええええええええええええ」

 口から白い泡を吹きながら、百鬼丸は親指をグッと伸ばす。

 

 ◇

 「よぉし、準備完了っと。あとは作戦通りやるぞ……あ、って言っても基本おれがメインでやるから、お前らは絶対前線にくるなよ?」

 長い廊下を歩きながら、百鬼丸が背後に付いてくる三人に厳しく命じた。

 

 「やっぱり、マルマルは最後まで強情でしタネ、マイマイ」

 エレンは呆れながら、隣に目線を流す。

 

 頑なに刀使三人の前線戦闘を許さなかった百鬼丸は認めなかった。それは刀使を弱いとみなしていたり、信用していなかったりというワケではない。単に目前で怪我をして欲しくないだけ、という理由であった。口にこそ出さないが、エレンも舞衣にも察せられた。

 

 「うん……でも、もう百鬼丸さんが決めたならテコでも言うこと聞かないから」

 舞衣も同様に深々とため息をつく。

 

 「なぁ、百鬼丸。本当にキミ一人で前線を支えるのか? やはり、ボクも……」

 

 真希が後を続ける前に、ぐるっと踵を返す。

 

 「あーーのーーーなーーーっ!! いいか! 何度も言わせるなッ! 確かに支援までは譲歩した! だけど、絶対にあの怪獣とお前らはたたかわせない! 別に信用してないワケじゃない。……任せろ、必ずアイツを倒す。んでもって、舞衣とエレンの家族も、施設の人間全員を救う。それだけは確約だ!」

 

 自信満々な態度の百鬼丸。

 

 「いや、しかし……」

 と、言って反論の協力を求めて舞衣とエレンを見やる。

 

 「分かりマシタ。マルマル、絶対に成功させまショウ」

 

 「ここまできたら、私も全力でサポートします」

 

 だが二人共に困ってはいるものの、どこか安心と信頼のある眼差しで百鬼丸に一任していた。

 

 「はぁ……ま、ここまできたらボクもボクの仕事をするしかなさそうだね」

 

 

 ◇

 

 ジャグラーは苛立っていた。先程から研究所に備え付けのコーヒーメーカーのボタンを連打しながら、コーヒーを飲み続けている。

 

 (なぜだ、なぜだ、早くこい、来るんだ! 百鬼丸ッ!)

 

 ガイならば、何が何でもオレを阻みにきた筈だ。ガイならば、暑苦しいまでの態度でオレを止める筈だ。あの長々とした説教までするんだ。……ガイならば、こんなに時間はかからない。

 

 ジャグラーは永遠のライバルに思いを馳せながら、コーヒーを啜る。

 

 現在、キングザウルス三世には適当に歩かせつつ、火炎放射を命じていた。

 昇温効果を高める為に、研究所の構造上熱源のたまりやすい位置に向け放射させた。

 

 

 エントランス部分から研究所全体を見下ろす。

 

 

 『ぉおおおおおおおおい、このくそったれかかってこい!!』

 

 どこからともなく、少年の叫び声が聞こえる。

 

 

 ◇

 

 薄暗い廊下を歩きながら、

「間接射撃、ですか?」

 舞衣はたどたどしい口調で訊ねる。

 

 「おう、間接射撃だ。敵から見つからない位置で砲撃する方法だ。その観測手を頼みたい。その《明眼》だと精密射撃は特に向いてるみたいだからな」

 

 「でも、私は刀使であって……」

 

 軍人のような訓練を受けていない、と続けたかったのだろう。――それを察して、

 

 「まぁ、心配すんな。おれが全部指示を出す。おれの目と耳になってくれればそれで十分だ」

 

 百鬼丸はサムズアップして安心させるように、爽やかな笑みを浮かべる。

 

 「待ってくれ、百鬼丸。その間接射撃ができたとしても、どうやってあの怪物を倒すんだ? キミの話によると前面にはシールドを展開して、更に火炎放射……巧妙に動く尻尾。まるで欠点が見当たらないぞ」

 真希が素直な疑問を口にする。

 

 「……ああ、だからこそ相手の実力を計測する必要がある」

 

 「……? マルマルには何か考えがあるんデスか?」

 

 「おう、まずあの怪物が火炎放射時と同時におそらくシールドは展開できない。だってそうだろ? 仮に前面にシールドを展開しながら火炎放射をすれば必ず自分の方向に反射することになる」

 

 「――だとすれば、火炎放射をするタイミングで斬り込む、ですか?」舞衣は真剣な眼差しでいう。

 

 「ああ、そうだ。……が、相手の弱点を理解するのにも多くの材料は欲しい。おれのホレ、膝の迫撃砲で煙幕を焚いて視界を遮る。あのジャグラーってヤツは必ずどこかで傍観者を気取ってんだ。そいつに手出しできないように……な。尤も、怪獣とジャグラーが同時にきたらおしまいだ。そんときはお前らは真っ先に逃げろ。いいな?」

 

 

 刀使の三人は硬い表情で頷く。

 百鬼丸の作戦が失敗した場合、民間人だけでも逃す必要性が出てくる。その場合、刀使が率先して事後の処理をせねばならない。

 

 「ギリギリの賭けデスね……」

 エレンには珍しく苦々しい様子で呟いた。

 

 「……ああ、だがボクたちしかいないのならば、やるしかないんだろう?」

 

 

 「おうよ。……ただ、おれの指示がない限りは陽動意以外では危ないことはするな。いいな?」

 

 いつものようにふざけた調子ではない、百鬼丸の低く重い声音。

 

 (百鬼丸さんは本気なんだ……)

 まるで初めて出会ったような印象をうけた。

 

 目線を一同に巡らせ、息を小さく吐いた百鬼丸。

 「――よしッ、んじゃ作戦かいしだッ!」

 

 ◇

 

 ドォン、オドォン、という炸裂した音がいくつも聞こえた。

 

 「ほぉ、一体何を始めるのかな?」

 ジャグラーは嬉しそうに紙コップを握りつぶし、口元を釣り上げた。

 

 エントランスの施設の全てを見渡せる展望部分に佇んだ。回廊の一角に巨体を揺らすキングザウルス。地鳴りにも似た足音が床を大きく震わせる。

 

 そのキングザウルスに向かって、大きく湾曲した弾道が殺到していた。

 

 ――ドォン、ドォン、という爆発と共にキングザウルスに爆炎が纏わりつく。しかしこの程度であれば大したダメージではない。怪獣は目を顰めながら煩わしそうに『ギャアアアアアアアン』と咆哮した。

 

 威嚇のつもりだろう。

 

 しかしそれにも構わず、遠投にも似た砲弾が次々とキングザウルスの背びれ辺りに着弾した。黒い牛革のような皮膚には一切の傷がない。

 

 「ふははははは、どーした? 百鬼丸ぅ? お前の考えはその程度か? もっとオレを楽しませろよォ」

 

 ジャグラーは怪獣の弱点を知っている。……このキングザウルス三世は前世では、首の可動範囲外である上からの攻撃で死んだことを。察するに、あの《御刀》という武器であれば怪獣の皮膚を傷つけることは可能だろう。だが、所詮剣士というのは平面での戦闘である。有り得ない上下位置からの攻撃には、どう対処するのか?

 

 「お手並み拝見といこうか……」

 

 ◇

 

 

 怪獣を見下ろす回廊の上階の角で、

 「次、仰角45度から3度上に修正。……撃て」

 舞衣は《明眼》を発揮しながら、隣の百鬼丸に指示を淡々と下す。自分でも驚く程冷静な気持ちで戦いに臨んでいる、と舞衣は思った。

 

 寝そべりながら右膝を立てた百鬼丸は、指示通りに発射する。

 

 「どうだ? ヤツはシールドを展開したか?」

 

 舞衣は目を細めながら、

 「シールド展開確認。……百鬼丸さんの言った通り、頭部の前面広範囲に透明な障壁を確認。……それ以外にはシールドが見当たりません」

 小さく否定の首を振る。

 

 「そっか。んじゃ、やっぱり予測どおりだったわけか。んま、予測の範囲内ってことで。……あと数十発打ち込んだら、切り込みにかかる。それまで、エレンと真希は陽動の準備を頼む」

 

 『イェス、マルマルを信用して頑張りますヨっ!』

 

 『了解……とはいえ、まさかてテレパシーまで使えるとは……キミはなんでも出来るんだな』

 真希は半ば呆れ気味にいう。

 

 

 二人の返事を聞いてから、百鬼丸は作戦を反芻する。

 

 まず、真希が相手の正面に出て挑発する。相手がシールド解除と共に火炎放射をする。その間にエレンが背後から攻撃を仕掛ける。尻尾の辺りにまで注意の及ばない相手は必ず意表を衝かれて、攻撃タイミングが遅れる。そこに加速した状態の百鬼丸が正面から突破する。

 

 (うまくいくかなぁ……。)

 ふと、百鬼丸が考え込む。

 

 所詮は急場しのぎの作戦だ。

 

 失敗すれば、この三人以外の人命をも危険に晒す。いいや、今だって危険に晒しているではないか? あれだけ後方での支援に……とこだわって説いていたにも関わらず、だ。

 

 ギリギリまで作戦を練り上げた。当初こそ陽動なしの作戦だったが、真希やエレンの能力を加味した場合……そして、何よりジャグラーという存在を想定したとき、完封できる闘いなぞできるわけがない。

 

『陽動であれば刀使の力を発揮できる筈です、百鬼丸さん』という舞衣の冷静な状況分析にやり込められ、渋々陽動を追加した。――が。

 

 (チッ、情けないヤツだなおれは……。)

 

 あれだけ大見得を切って、このザマだ。内心自嘲する。

 

 起き上がり加速装置を起動させながら、目を険しくする。

 

 ……と。

 

 百鬼丸の左手に繊細な指が重ねられた。

 手の方向に顎をやると、舞衣は一切顔を動かさずに、

 「百鬼丸さんの迷いを感じました。……でも、今はこれしかありません。私たちを助けてくれると信じてます」凛とした声で、舞衣は白魚のように滑らかで柔らかな指に力を込めて百鬼丸を後押しする。

 

 一瞬驚いたような顔になった百鬼丸は、しかし無言で頷く。

 

 「…………よぉし、行きますか!」

 

 自らに活を入れながら、百鬼丸は煙幕弾を飛ばす。

 

 

 ◇

 なぜ、ボクはここにいるのだろう? ……そんなつまらない考えが頭を擡げる。だがそれすら即消し去り、御刀を構える。

 

 予想以上の巨大な生物……怪獣。

 荒魂とは異なる、生物的な動き。荒い鼻息。高熱の体温。今更だが震えが止まらない。……刀使の中でもそれなりの強さだと自負していた頃がバカみたいだ。

 

 (こんな相手に勝とうなんて……つくづく、あの百鬼丸というヤツは面白い男だ)

 

 

 真希は、正眼に構えながら憤怒に燃えるキングザウルスの双眸と対峙していた。細長い瞳孔に金色の水晶体。そこに映し出された自らの姿。

 

 (ははは……まったく、顔が強張っているな……ボクはまだまだ修行が足りないみたいだよ。寿々花……。)

 

 透明な障壁が回廊の幅一杯に展開されている。試しに何度か斬撃を放つも、悉く弾き返された。やはり、直接攻撃を仕掛けなくては意味がない。

 

 シュポン、シュポン、という間の抜けた音と共に白い煙幕が幾重も立ち込めた。空気が淀むほどの煙幕は、吸い込むだけで噎せる。しかし、写シの影響でさほど苦しくはない。

 

 『グォオオオオオオオオオオオオ』

 と、大音量で咆哮する。――シールドは消え新鮮な赤鮮色にピンク色の口内。剥き出しの牙は何者をも髪d砕く意思があった。暗い喉奥から、不気味にせり上がる液体の粘着質な音。……真希は本能で悟る。これは火炎放射の予兆だ、と。

 

 (どうする? 今ならまだ避けられる……。)

 二の足を踏んだ。

 

 時間を稼げば、それだけ百鬼丸の突撃は成功する。

 

 と、キングザウルスの動きに一瞬の乱れが生じた。

 

 『ギヴォオオオオ』

 

 まるで予想外の不意打ちを喰らったような……そんな叫びだった。キングザウルスが背後を振り返る。遠く、煙幕の気流の裂け目、尻尾の辺りで激しく波打つ金髪……。エレンがしたり顔で、キングザウルスの尻尾に一太刀浴びせていた。

尻尾を大ぶりに動かし、すぐさま前面の真希を睨み据える。煙幕を破る怪獣。先に真希から始末する算段のようだった。

 

 ゾワリ、と肌に粟がたった。

 

 (ふっ、これまで命を捨てる覚悟でやってきて、今更命乞いとは……。)

 

 歯噛みして、真希はその場に踏みとどまる。

 

 「さぁ、かかってこい!! お前の相手は――」

 

 『このおれ様だぁ、ぼけぇええええええええええええええええええええええ!!』

 

 素早い影が真希の視界の斜めを横切った。キィイイイイイイイン、と鼓膜を聾する音と共に百鬼丸は上階からキングザウルスの頭部に目掛けて飛び込んだ。走り幅跳びの選手が地面に着地する寸前のような格好で、頭に着地し、抜き身の左腕の刀で貫く。

 

 『グゥオオオオオオオオオオオオ』

 苦悶に歪む叫び。

 

 しかし、それでも尚抵抗するようだ。キングザウルスは暴れ狂い、角からシールドをふたたび展開するつもりらしい。

 

 「まずいぞッ、百鬼丸……シールドだッ!」

 真希は《迅移》を脚に促し、加速の用意をする。

 

 だが、当然《迅移》には段階というものがある。深く潜るには段階を踏まなければ、より高速の加速は得られない。

 

 ……十条姫和のように一瞬で深く潜る才能がなければならない。

 

 「うぉおおおおおおおおおお!」

 渾身の力で《迅移》を行い、加速に身を任せる。

 

 

 しかし、帯電したように巨大な頭部の角がスパークし始める。

 

 (しまった……間に合わない!)

 

 このままでは、頭に取り付いた百鬼丸がシールドの展開と共に、胴体が真っ二つにされてしまうだろう。

 

 『マルマルっ――』

 遠い向こう側では、エレンが尻尾の獰猛な動きに翻弄されながら、百鬼丸の身を案じた。

 

 

 「うっるせえええええええええええええええええええええ」

 

 叫びながら、百鬼丸は左腰に佩いた太刀を思い切り引き抜く。赤錆だらけの刀身をキングザウルスの眉間に突き立てる。プシュウウウウ、という擬音が似合いそうな鮮血を迸らせ、硬い皮膚を破る。

 

 鮮血に体を朱に染めながら、百鬼丸は太刀を引き抜き、もう一度違う部分に刀身を埋める。今度は滑らかに肉に食い込んだ。大量の唾液を吐き出しながら、キングザウルスが絶命の咆哮をあげる。

 

 

 ようやく左腕を抜き、百鬼丸は鼻先から宙へ後転して大きく開かれた口腔に入りこむ。

 

 「お、おい!」

 突然の出来事に頭の整理がつかない真希は《迅移》を停止させ、怪獣の口の中に消えた百鬼丸へと腕を伸ばした。

 

 

 

 「――うぉおおおおおお」百鬼丸の絶叫。

 

 生命活動を終えたキングザウルス三世の瞳は濁っており、光彩の輝きは失われていた。

 

 「お、おい……」

 真希は思わずたじろいだ。

 

 

 キングザウルスの鼻から顎までの部分に切れ目が入り、高く上がった首からゴトリ、という重量のある落下が床を小刻みに揺らす。まるで、果物を内部から切断しているような光景だった。

 

 怪獣の顔面半分が切り落とされたのだ! しかも内部から!

 

 「有り得ない……どうなっているんだ」

 真希は怪獣とは別種の恐怖に囚われた。

 

 首と繋がったままの顔面には、粘ついた大量の血液が滂沱な滝のようにあふれていた。全身をその鮮血に晒しながら、百鬼丸が直立している。鈍色に光る左腕と、更にそれより一層強い輝きを放つ太刀――。

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、百鬼丸はエントランス部分に佇む影へと意識を向ける。

 

 「よォ、くそったれ。どーだった? あ?」

 大きく目を見開き百鬼丸は右腕を上げて、柄を握りながら中指を立てる。生臭く饐えた匂いを纏いながら、嗤う。

 

 

 ◇

 

 「最高だ……素晴らしいっ、百鬼丸――お前は確かにガイとは違う……だが、ああ……お前を倒したい……そうか……あははははは!! いいだろうッ、お前を認めてやるよ、百鬼丸」

 ジャグラーは高らかに拍手した。異世界の好敵手に向けて……。

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