刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第68話

 エントランスからジャグラーの姿が無くなった。それを最後まで捉えながら、完全に気配が消えたあと、ようやく息がつけた。

 

 

 ◇

「ったく、体中がベトベトだぜおい」

 百鬼丸は文句を垂れながら、体中の鮮血が固まっていくのを感じていた。

 「あれだけ盛大に怪獣を切り刻んだんだから、当然だろう……」

 真希は、不貞腐れる少年にいう。

 

 「なぁ、エレン。ここに体を洗う場所はあるか?」

 

 安否を確かめようと駆け寄ってきたエレンに訊ねる。胸元を大きく露出させた美濃関の制服を身にまとった彼女は、金髪を靡かせて困った。

 

 「う~ん、多分研究所全体のシステムがダウンしているので、シャワールームも使えないカモですネ……」

 眉をハの字に困らせながら答える。

 

 「そうだよな……あ、だったら冷却用の注水プールとかないか?」

 

 「冷却プールですか? チョット待って下さサイね」

 エレンは携帯端末の図面をスライドさせながら、

 「あ、アリました!」

 満面の笑みで画面を百鬼丸にみせて当該を指差す。

 「おお、ちょうどこの真下だな。サンキュー」

 「いえいえ、お役に立てて嬉しいデス!」

 フンス、と鼻息を荒くしてエレン。

 

 「やっぱり、百鬼丸さんは凄いですね。こんな怪物をひとりで……」

 舞衣は改めて、顔面を切断された怪物の亡骸を見上げる。生々しく断面を晒し、巨体を支えた四脚は折れて胴体が地面に伏せている。

 

 そして何より、匂いが強烈である。

 

 荒魂と異なり、生物としての終焉を迎えたのだ。当然の物理現象である。

 ――とはいえ。

 「私は……やっぱり刀使を……」

 辞めるべきだったのだろうか?

 覚悟が不足していたのだろうか。様々な煩悶が舞衣の頭を過る。

 

 「なぁ、舞衣」

 

 「は、はい!?」

 突然名前を呼ばれてドキリとした。

 

 「さっきはサンキューな」

 

 「さっき……?」

 

 「うん、さっきおれが突撃する前に後押ししてくれただろ? やっぱり舞衣はリーダーに向いてる。みんなの顔をしっかりみて、的確に指示を下す。それだけに非情さと優しさがないとできないことだ。――お前は、きちんと自分を悔いて反省できるから強いんだろうな。おれにはできない芸当だ……。」

 しみじみと百鬼丸は言った。

 

 何の衒いもなく、恥ずかしげもなく素直に相手に自分の思ったことを伝える百鬼丸。

 

 「……でも」

 

 なおも心に蟠りのある舞衣。

 果たして、そこまで評価してもらえる人間だろうか? 今回の一件で不安が絶え間なく舞衣を苛んだ。

 

 「柳瀬、ボクからもいいか?」

 

 翡翠の瞳を動かして、小さく頷く。

 

 「ボクもノロを入れた弱い人間だ。……元は、ボクが荒魂討伐の折に、部下に負傷させてしまったことが原因でね……いいや、本当はボク自身の心の弱さがそうさせたんだ」

 

 「…………今なら獅童さんの仰られることが分かる気がします」

 

 ふっ、と口元が苦く笑う。

 「そう言ってもらえると救われる気がするよ。でもね、その時ボクは目の前で蹂躙される部下を指をくわえて見ているしかできなかったんだ。キミは、なぜ刀使をしているんだい?」

 

 

 「私は――」

 

 「もし、キミが当時のボクの立場だったら……」

 

 「軽々に言えません……。」

 

 「そうだね。――でも、この話の間にキミの表情にはボクとボクの部下への慈愛と、理不尽に対する憤りの色が見えたんだが、それはボクの見間違いかな?」

 

 真希は核心を衝く。半ば確信に等しいものが真希の口を動かしていたのだ。

 

 「キミは誰かが困っているときに見過ごすことのできる冷淡な人間じゃない。違うかい? 古波蔵、百鬼丸?」

 

 「イェース、マキマキの言うとおりデ~ス!」

 

 「隣に同じく。コイツは沙耶香を助けるために飛び込まなくてもいい危険に飛び込んだ」

 

 真希は再び視線を舞衣に戻す。

 

 「だ、そうだ。……二人の評価も上々。刀使はそもそも志願制だ。自由意思で決めることだ」

 

 

 そうだ、自分の道は自分で決めるんだ……。父にもう一度伝えなくては……。

 

 「私は刀使を続けます。もし、目の前で助けを求める人がいたなら、助ける力があるのなら――与えられた力の限りを尽くして癒したい、助けたいです。この手の届く範囲でいいから……。」

 

 「んしゃっ、ヨシ。これで覚悟は決まったな。じゃおれはそのまま注水プールで体の汚れを勝手に洗ってきますぜ……」

 

 百鬼丸は近くに転がしていた左腕の義手を拾い上げて、装着する。

 

 「あっ、マルマル。待って下サイ! さっき教えた――」

 エレンは画面をみながら、百鬼丸の血まみれの肩を掴んだ。ヌメリ、と手が滑った。……と、同時に足元にも池のように拡がる血だまりに注意が向いた。

 

 

 「う、うぉ!!」百鬼丸はバランスを崩して、床に転びそうになった。

 

 「あっ……危ないっ!!」

 舞衣はすかさず手を伸ばした。

 

 「えっ、お、おい!!」

 真希は驚いた。

 突然百鬼丸にローブの長い裾を握られたのだ。無意識に掴んだのだろうが、いい迷惑だった。そのおかげで真希もバランスを崩すのだから。

 

 

 ドテン、という盛大な音を響かせながら全員バランスを崩して倒れた。

 

 「いてて……大丈夫むぐぅ――ッ!!」

 ぼにょん、ぼにょん、という柔らかな弾力が百鬼丸の鼻を挟む。……彼はこの感覚を知っている。過去に一度、この「柔らかな悪魔」によって殺されかけたことを……。

 百鬼丸は恐る恐る、手を動かして掴んで確認してみる。

 ぼよん、ぽよん、という……およそ、ひよよんザナイぺったんには存在しえない重量のある肉の感触だった。

 

 「あぁん……マルマル、急にどうしたんデスカ? ワタシの胸にっ……」

 

 ――oh これは、どうやらそういう事らしい。

 今、百鬼丸くんの脳裏に稲妻が走った。

 「あの」トラウマがフラッシュバックした。彼を人生で初めて追い詰め、殺しかけた「おっぱい」に顔面が挟まれていたのである。制服に収まりきらず、盛大にはみ出した大きな胸は、ブラジャーで下半部は隠れているものの、シミ一つないエレンの白い肌に血まみれの顔をうずめている状況は些か猟奇的と言わざるをえない。

 

 しかも百鬼丸は、エレンの左胸を大きく鷲掴みしていた。

 メロンほどの大きさの片乳は、ロングストレートの金糸に似た髪が大小の渦を巻いて胸元まで垂れ、瑞々しい弾力があり掴んでいる指の間から揉むたびに、金髪と柔肉がこぼれそうなほどだった。

 

 「ぐわわわわっ、ぎょめんなしゃあいーーーー」呂律もろくに回らない百鬼丸。

 若干白目を剥き始めた彼からは脂汗が浮かびまくっていた。滅茶苦茶な涙目を浮かべながら、急いで身を起こそうと努めた。

 

 ぼにょん、ぼにょん……という、別の優しい感触が百鬼丸くんの後頭部を圧迫した。

 

 ――oh this is OPPAI

 

 百鬼丸くんの脳内に教科書的な会話が流れ始めた。

 

 例文1

 生徒「これはおっぱいですか?」

 

 先生「はい、これはおっぱいです」

 

 生徒「これは柔らかいですか?」

 

 先生「はい、とても柔らかいものです」

 

 生徒「これは素晴らしいものですか?」

 

 先生「うっせーボケ、一々聞いてくるんじゃねぇよカス。揉めばわかるわ。なんでガキの頃はタダで胸を揉めるのに大人になるとお金払わにゃならんのだ!」

 

 

 

 …………百鬼丸は身の安全を図るために、すかさず背後の「おっぱい」へと手を伸ばす。

 

 

 「えっ……? あ、あの、百鬼丸さん、んっ――それ私の胸っ、……あっ」

 揉んだ。

 重量級のおっぱいだった。エレンほどの爆乳級ではないが、十分に大きい。つまり、百鬼丸にすれば天敵である巨乳級であった。駆逐できるほどの勇気を百鬼丸は持ち合わせてはおらぬ。しかし、かの邪智暴虐のおっぱいを除かねばならぬと決意した。

 …………これは舞衣のおっぱいだった。

 

 「やめっ、て――はやく手を、あぅっ……」

 甘く痺れるような声音だった。普段の清楚で黒髪を後ろで折り返して結ぶ髪を大きく乱した。ーー普段の大和撫子然とした、穏やかで優しげな表情を浮かべる柳瀬舞衣は、いま未知の感覚に襲われた。

 

 しかし百鬼丸はそんな事は気にしない。――それよりも重要な事があった。

 

 (ん? 別の柔らかな感触が首筋に当たっている? だとォ!!)

 

 これにもすかさず反応し、左手で触る。

 

 「お、おい! 貴様ッ、百鬼丸――ちょっ、そんなに揉むんじゃないっ……胸元のサラシが擦れてっ……」

 真希の声がした。

 

 ――えっ!?

 

 「お、お前胸大きいのかよ!」百鬼丸は怒った。

 こんな理不尽はないと思った。普通、こんなボーイッシュな外見だと貧乳だと想像するではないか? 唯一の安全地帯だと思うではないか? それが普通だというものではないか? これではオハナシにならない。獅童真希はおっぱいが大きい。

 こんな不条理が許されるだろうか? 否である。

 おっぱいを少しは姫和と薫におすそ分けすべきである、でなければ貧富の格差は埋まらないではないか!

 

 「なぜ、キミが怒るんだ!」

 乳を揉まれながら真希は、恥ずかしさを誤魔化すように大きく叫んだ。

 

 

 ◇

 ここで状況を整理しよう。

 まず、百鬼丸の目前にはエレンの爆乳一つ。

 そして背後には舞衣と真希のおっぱいが一つずつ。

 

 

 前門の虎、後門の狼である。

 

 いや、前門の爆乳、後門の巨乳というべきである。

 

 これはまさに絶体絶命であった。

 

 「と、とにかく早くどいてくれぇ」

 百鬼丸は冷静になって懇願した。いまにも泡を吹き出して失神するマジで五秒前であった。

 「わ、分かってはいるが……キミが胸を揉んで、んっ、ボクの胸を……体の力が入らない……」

 

 ……しまった!

 百鬼丸は後悔した。以前舞草の里でねねと共に「おっぱい克服」の修行を行っていた。滝に打たれたあと、両腕を前にだして目をつぶりひたすら手を開閉する。おっぱいをイメージして揉む。揉みしだくのだ!

 

 

 余談であるが、この「無意識おっぱいもみもみ拳」は、古代中国の武術が発祥とされている。中でも、意識のない状態での揉む動きは仏教の「空」からの抽象概念に等しい動きと言われ、東洋における重要な位置づけをされている。

    (――引用「中国古代武術乳揉拳」民民書房より)

 

 

 

 優れたスポーツ選手も格闘家もイメージ力が重要である。常に見えない敵と戦うのだ。それと同じく、百鬼丸も「おっぱい」という敵と日夜激しい闘いを繰り広げた。その甲斐あって無意識におっぱいは揉むものだと体に染み込ませることに成功した――そして現在の悲劇が生まれたワケである。

 

 「あっ……おれもうダメだ……」

 素直に降参宣言した。

 

 起き上がるための力も全て抜けきり、再びエレンの豊満に露出された胸元へと顔面をダイブさせる。袖口からはみ出す鎖骨のラインにかけて膨らんだ円形が、菫色のブラのレースに覆われていた。

 百鬼丸の顔が乳肉に埋もれてゆく。柔らかさに惑わされ、意識が次第に失われていった。

 エレンは身動ぎしながら恥ずかしそうに頬を赤らめ、

 「ワーオ、マルマルはずいぶん大胆なんデスネっ」

 碧眼を瞬かせて言った。

 

 「あっ、百鬼丸さん、そんなに強くすると私――ンふっ」舞衣は鼻にかかったような甘い声を漏らした。

 無意識に動き続ける百鬼丸の右手に揉みしだかれた舞衣の胸は先端が固く尖り、美濃関の制服に大きな皺をつくった。

 

 

 「お、おい! ――んっ、いい加減、揉むのを、やめッッ、ろ……」

 真希の抗議も虚しく、百鬼丸は既に意識がない。

 

 かくして、研究所を襲った大規模な襲撃は終わりを告げた。

 

 幸い、この事件での死亡者はおらず、けが人もごく軽傷ばかりだった。……唯一、百鬼丸のみがその例外となったのである。

 

 

 ◇

 「それで、あやつはどうであった?」

 タギツヒメが訊ねる。

 

 「ええ、まぁ気に入いりましたよ。最初に会った時とは別人でしたね。彼の実力もさる事ながら、あの刀……あの力もかなり侮ることができないですね」 

 ジャグラーは嬉しそうに答える。

 

 両者は御簾を挟んで対峙していた。夜の時刻であるが、月明かりが昇って周囲を照らすために随分と明るく感じる。

 

 「……それにしても、貴方はまたどうされたんですか?」

 ジャグラーが出入り口の柱にもたれかかる十臓に問うた。

 

 腕を組み、どことなく満足げな十臓がチラりと視線を上げて、

 「ああ、俺も久々の好敵手を見つけた。これで退屈せずにすむ。まだあの青い果実も、これから何度も斬り合ううちに熟すだろう。その時、本気で俺は『裏正』を振るうことができる」

 嗄れた声で、確実に発音する。

 

 「――はっ、そうですか。まぁ、あなたらしくていいんじゃないですかねぇ。それよりもう一人、確かステインという方は?」

 「さぁ? あやつもキサマら同様気まぐれなやつだ。そのうち姿を見せるであろうな。それより、着々と事が運んでおる。お主らにもこれから協力をしてもらうぞ」

 タギツヒメはやや真剣味を帯びた調子で告げた。

 

 二人の男は各々の反応で頷いた。

 

 ――こうして、長い一日の夜は更けようとしていた。

 




以前指摘されて気づいた。おっぱい要員がいるんだから、活用しないとダメだってね。すごく反省した。だからこうなった。後悔はしていない。でも公開はしている。(激寒)
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