刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第69話

 裸の樹木に乾いた朔風が容赦なく吹き付ける。秋も半ば、澄んだ青空に飛ぶ鳥影が散見された。緩やかな稜線の山々には早くも霜がおりている箇所もあった。

 「ふぁ~あっ……ったくメンドクセーなぁ」

 大きなあくびをしながら、益子薫は頭をガシガシと掻いた。連日の東奔西走の荒魂退治も元をたどれば四か月前の「事件」に原因がある。

 今回の山中荒魂捜索も、それに絡んだものである。

 ――とはいえ。

 「まったく、なんでオレばかり働かされるんだ……帰ったらあのおばさんに文句を言って休暇を増やしてもらわないと割に合わないぞ、これ。なぁ、お前もそう思うだろ、ねね」

 ねね、と呼ばれた小動物にも似た生き物が、「ねね?」と首を傾げる。

 薫の頭にちょこん、と鎮座した『ねね』は元々荒魂であった。なぜ、現在かような愛らしい姿になったかは謎であるが、幼時から共に過ごしてきた薫はペット以上の信頼関係を築いている。

 

 

 「うぅ~、さみぃなオイ」

 薫は両手をこすり合わせながら、手元に吐いた暖かい吐息で悴む指先を誤魔化した。

 同世代の平均身長よりも大分低い背の薫の背中には、彼女の二倍もある大太刀――『祢々切丸』を背負っている。その為、山中の斜面移動は相当辛いものがある。

 殊に、北関東の折り重なる山は足腰に負担となる。

 

 「あぁ~。ダメだ。疲れた。もう動けん。ここいらで休むぞ、ねね」

 ちょうど登山道の脇には、腰掛けるのに適した岩を発見した。薫は祢々切丸を地面に置き、岩の上に腰を下ろした。

 「ねね~」

 頭の上でねねが、上機嫌で鳴く。

 「ん? どうしたねね? ご飯のおねだりか? 悪いが、生憎いまは非常食のゼリーしかないぞ?」

 薫はポケットからゼリー飲料の袋を取り出す。

 

 「ねね~♪」

 先程より機嫌よくねねが反応する。

 

 「ん? だからどうしたんだ、ねね」

 怪訝に重いながら薫は上目に窺う。ねねは、遠い向こう側を眺めながら、尻尾を振っている。

 (何かを探知したのか?)

 一瞬、緊張のようなものを感じたが、しかしねねの様子を見るに危険なものではないようだ。

 「一体なんだっていうんだよ」

 薄桃色のツインテールを左右に振りながら薫は嘆息する。

 

 と、タイミングよくポケットの携帯端末が振動した。

 何気なく取り出して画面を見ると、真庭本部長を示す文字が浮かんでいた。

 「ゲッ、またかよ――今度はなんだ?」げんなりとした声で肩を落とす。

 無視するワケにもいかず、端末を耳に当て、

 「……現在この電話は使われておりません……ピーという音が鳴ったら、通信を終わります。ピーピーピー」

 『オイコラッ、薫ゥッ!! フザけてるとまた休暇を削ってもらうぞ』

 「なッ、それは卑怯だぞオバさん!!」

 『あッ? なんって言ったオイ……もう一回言ってみろ』

 尋常ならざる低い脅し声で、ようやく薫は「はぁー」と観念した。

 「はいはい、なんでしょーか、真庭本部長」

 『まったく、お前は素直に電話に出ることもできんのか……まぁ、いい。それよりお前に連絡がある』

 「仕事か? だったら、もうムリだぞ」

 『いや、そうじゃない。ひとり、対策本部に連れてきて欲しい人間がある。お前もよく知っている男だ』

 「男? オレに男の知り合いって言ったら仕事関係のヤツしかしらなぞ」

 『まぁ、そうだな。お前に男をつくる器用さなんてないもんな』

 「おい、おばさん! 言っていいことと悪いことがあるだろうがよぉ!」

 

 ~~数十分後。

 「はぁ……はぁ……んで、本題はなんだよ?」

 

 『はぁ……はぁ……ああ、忘れてた。さっきのお前の知り合いについてだが、本部に連れてこい。もうそっちの方には向かっているだろうから、途中で出会ったら連れてきてくれ。じゃあ頼んだぞ』

 と、一方的に連絡を終えると電話が切れた。

 「まったく、好き勝手言いやがって……忙しいのは分かるが、少しはコッチの事情というものをだな――」

 一人でブツブツと垂れる薫だった。

 

 「ねねー」

 頭上で跳ねたねねは、ぴょーん、と飛び出した。そのまま枯葉の絨毯を駆け抜けてゆく。

 

 突然のことに驚きながら、

 「お、おい待てよねね。急にどーしたんだよ。ったく」

 祢々切丸を持ち上げようと手を伸ばし……近づいてくる誰かの気配に伸ばした腕を止めた。

 

 横目で、チラりと睨む。

 敵であれば、すぐさま横薙ぎに斬る。その覚悟のため見定める。

 

 ゆっくりと、頭を動かした。

 

 落ち葉と枯れ枝を踏みしめる足音に目を細める薫。

 

 「よォ、薫。久しぶりだな」

 …………随分と間の抜けた声だった。やたら聞き覚えのあるヤツの挙動だった。

 

 「って、お前かよ百鬼丸」

 警戒を解いて、肩をすくめる薫。

 

 百鬼丸――と呼ばれた少年の肩には先程走り去ったねねが、彼に頬擦りをしている。

 

 「お前らは一体いつからそんなに仲良くなったんだよ」

 

 「む? おっぱいもみもみ拳法を修行しあった仲だ。――おれたちは固い友情で結ばれているんだぞ」

 えっへん、と胸を張る馬鹿。

 

 アホだった。それも相当なアホである。

 

 「お前は一回くたばれ。………ったく、なにがおっぱいもみもみ拳法だ。そんな汚い友情なんぞドブ川にでも捨てろ」

 

「ば、ばか野郎!!」

 「ねね!!」

 

 一人と一匹は強く抗議した。

 この反応を見るに、どうやら百鬼丸の言葉は正しいらしい。……残念ながら。

 

 「はぁ……まぁ、いい。お前を本部に連れていけばいいんだろ?」

 先程の紗南の伝言を反芻しながら聞いた。

 

 「ああ――そうだ。よろしく頼む」

 「しかし、前回の沙耶香といいお前といい、どーしてこう知り合いと仕事で合うんだよ……」

 ガックリ、と項垂れる。

 

 「……? よくわからんけど、日暮れも近いから下山しないか? 今までの話もしたい」

 百鬼丸はそう言った。

 特に否定するつもりもないので、薫は「ああ」と返事をした。

 

 

 ◇

 …………これまでの経緯を聞きながら薫は、情勢の変化に内心驚いていた。お互いの近況などを話し合いながら、百鬼丸の語る内容の凄まじさに、改めて吟味するように頭を整理する。

 「なんでオレが日本全国を駆けずり回っている間に、そんなことになってんだよ」

 しかも、強敵の情報は更に薫の気分を暗くした。

 「そういや、沙耶香とも仕事をしていたんだろ?」

 「ああ、そうだ……まぁアイツは優等生だからな。心配はないが、オレから言わせてもらえば、アイツは働きすぎなんだよ。まぁ、色々と教えてやったよ」

 悪そうな顔で、ニヒヒと笑う。

 「そっか。しかし、これから厄介な相手を敵に戦うことになるからな。沙耶香も、さっきの話から察するに行き詰まっていたみたいだから、薫と行動できてよかったと思うぞ」

 「お、おう……なんだ急に気持ち悪いな」

 むず痒い。褒められることのない薫は、色々とむず痒さを覚えながら、頬を掻く。

 「つーか、お前に祢々切丸を持たせて悪いな。大丈夫か?」

 「ん?」

 と、眉を上げる。軽々と、まるで傘でも扱うように、2メートル近い大太刀を担いでいる百鬼丸。

 「お前は単なるスケベなアホだと思ってたけど、本当にすげぇな……」

 薫ですら四苦八苦する巨大な鉄の塊を、鼻歌でも歌いながら持ち上げる百鬼丸に対して素直に賞賛を送る。

 「そうか? まぁ、おれが格好良いからかな?」

 アホ面で、口端を釣り下手くそなウィンクをする。

 「あ? 誰がなんだって? 寝言は寝て言え」

 「またまた照れおって、可愛いやつめ」

 「お前は本気でアホなんだな。いい機会だから一度お前の脳天を祢々切丸でかち割ってやろうか?」

 「……遠慮しておきます」

 「――――プッ、あははははは。久々だなお前の反応も」

 「おうよ。こんなやりとりも久々だな」

 

 「そうだな……」

 

 「んで、これからどーするんだ?」

 

 「とにかく今日は温泉街に一泊だ。なんと、刀使の荒魂捜索だから宿泊無料だ! お前もなんとか都合をつけて宿泊できるようにしてやる。……つーか、聞きたいんだが、その研究所で一緒だったエレンと舞衣、それに獅童真希はどーして一緒じゃないんだ?」

 

 「あ~、あれね……」

 百鬼丸は遠い目をしてたそがれた。

 

 内心こう思った。

 (すげーーー話したくない)

 と。絶対に話したら殺される。

 

 「話せば長くなる」

 

 「三行で頼む」

 

 「おっぱいもんだ

  三人の

  おれだけ単独行動」

 

 「ok お前はまずここで解体してやる!」

 

 「なぁーー、待て待て。事情があるんだ! しかし今日は疲れたから、一度温泉に泊まりたい」

 

 薫から向けられる軽蔑の目を感じながら、気まずく下山することになった。

 

 ◇

 

 悪という哲学原理は、我ながら単純明快だと思う。

 悪を成す者にはそれ相応の対価が必要となる。中でも、『個性』である凝結はそれほど強い能力ではない。寧ろ使用効果が限定的に過ぎており、時と場合を考えなければ全くの無意味である。

 

 ――ただ、皐月夜見という少女の血の場合は別である。

 

 彼女の血は「荒魂」という異能の能力と混ざり合っており、使役される荒魂までもを俺は操ることが出来る。この事実は、俺の遠距離攻撃を可能にした。

 

 ……だが。

 

 「これで果たして百鬼丸に勝てると言えるものかッ」

 忸怩たる思いが胸の奥からフツフツと沸き上がる。

 元々の目的は、真の『正義』を行う者を見つけ最終的に己の悪を否定されることを密かな目的としていた。……だが、この世界に来てからの俺は良くも悪くも変化してしまった。

 あの少年――百鬼丸が俺の目前に現れてしまったのだ!

 彼はまさしく俺の求めていた男だった。自己犠牲を大前提とした生き様は、俺を殺してくれる相手として不足はない……どころか、あれほど待ち焦がれた「オールマイト」よりも純粋な「ナニカ」を感じさせた。そこ一切の嘘偽りがない。

 決闘の最後、百鬼丸の見せた爽やかな顔がいまも脳裏を過る。その度、動けなかった四か月ほどが憎くて、己の不甲斐なさが呪わしかった。

 

 ジョーという変わり者に拾われたことも、俺を変えた一因である。

 

 稀代の狂人であった彼は、それまでの俺の悪に対する考え方に別の視点を与えた。

 

 しかし彼は俺に対しては、俺の力のみを求める――剣としての役割と生き方を指し示した。最初こそ反発したものの、今では分かる。

 俺は一個の刃だったのだ。

 この思想も、能力も、俺という一個の刃を用いる者が居て初めて真価を発揮するのだ……。そう気づいた時には、俺は何か一歩進み、素直に悟れた気がした。

 無論幻想であるかもしれない。

 だがもう一度、百鬼丸に相まみえることがあれば、その時は構わず命を散らそう。

 

 それが俺、『ヒーロー殺しのステイン』であるのだから……。

 

 ◇

 ステインは赤いマフラーを大きくはためかせながら、綾小路武芸学舎の屋上に佇み秋風に嬲られていた。ここは本来、誰も立ち入ることを禁止されている場所であった。――そこに、

 

 背後から突然、

 「また今日も、会議の場には参加されないのですか……?」

 静かな声音がきた。

 

 一切振り返らず、ただ一言。

 「ああ」

 とだけ返事をした。それだけで十分だった。

 

 相手は咎める様子もなく小さな軽い嘆息のあとに「分かりました」とだけ返事をする。彼女もこのやりとりにも慣れてきたのだろう。

 

 「なぜ、お前は俺に構う? 夜見」

 初めて三白眼がギロリと動き、肩越しの人影――皐月夜見を捉えた。

 表情の乏しく、瞳の光彩にすら一片の光も宿らない人形の如き少女は、老人じみた白髪を風に靡かせながら、ただジッとステインを見つめる。

 

 「…………貴方は私に似ていたから、かもしれません。たいして理由なんて――」

 

 「思い浮かばないか? 俺の能力以外に?」

 

 「ええ」

 

 ふっ、とステインは珍しく口元に微笑を浮かべた。

 「面白い。……だろうな。確かに俺のような一匹狼を誰が好き好んで扱いたいと思う? ……率直な感想が聞けてよかった」

 年相応の、余裕のある口ぶりだった。

 

 針金のような剛直な逆立つ髪をかきあげながら、ステインは顎を前に戻して物思い耽る。

 

 

 「それでは失礼します」

 夜見はステインの邪魔をせぬよう、踵を返した。

 

 その去際に一言だけ、

 「私は貴方が羨ましかったのかもしれません……」

 どこか寂しげな翳りを目元に湛えながら、呟いた。

 

 〝選ばれた貴方のような存在になりたかった……。〟

 

 その言葉は喉元で飲み込んだ。それを言ってしまえば、いまここに立っている自分がひどく惨めで、存在すら否定したくなるほどの自己嫌悪に陥るからだ。

 

 

 ◇

 ……夜の闇の中、血だけの濃密な臭気を放った木々が生い茂る。そこには、鎌府の制服を着た二人の刀使である少女たちが血を点々と体に貼り付けながら、無表情に眼下に転がる骸を眺めた。

 「これで終わり?」

 「……うん、多分ね」

 骸の数、五体。全ては男性であり彼らは有名な政財界の大物であった。

 御刀に血をべったりと付着させ、月光の青い光が反射した。

 冷ややかな空気が周囲に蟠る。

 

 さっ、さっ、と叢をかき分ける物音がした。

 二人の刀使は動じる様子もなく、一緒に背へ振り返る。

 「――やぁ、遅くなったね。ごめんよ。……お、もう仕事は終わっているみたいだね。よくできたね」

 轆轤秀光は柔和な笑みを浮かべながら、満足げに笑う。

 およそ山中では場違いなスーツ姿の彼を一瞥した少女たちは華やかな表情に彩られた。

 

 「はい、秀光様のお力になる為……頑張りました」

 

 「これで、着々と計画は進んでいるのですよね?」

 

 二人の無垢な少女たちは熱っぽい視線を送る。

 

 秀光はただ「ああ、そうだよ」と頷きながらスーツの内ポケットをまさぐる。

 

 そして一瞬だけ悲しげな顔を浮かべた。

 「だが、残念だ……キミたちとはお別れなんだ……許してくれとは言わない。でも、愛しているよ」憂いを帯びた口ぶりで、秀光は銀色のデザートイーグルを取り出す。

 

 ……しかし、少女たちは向けられた銃口に対し反発も怒りも表さず、むしろ運命を受け入れるように微笑みあった。

 

 「準備はできております」

 「ようやく私たちはお役目が終わるのですね?」

 

 秀光はただ悲しげに「そうだよ。キミたちはこの生き地獄から終わることができる。あとは安心しておやすみ」と言いながら、引き金を引いた。

 

 ピュン、ピュン、ピュン。

 空気を掠める鋭い軌道の音のあと、炸裂音が遅れて周囲に谺した。

 

 ――ドサリ、と重量のある落下が地面を震わす。

 

 最初に言葉を発した刀使の少女の肉体に三発銃弾に穿たれていた。続いて、迷うことなく、隣の少女に三発撃ち込んだ。

 

 秀光は努めて無表情に、それでいて、口の中では祈りの言葉を呟いていた。

 

 全ての銃弾が少女たちの肉体の急所に穿たれていた。

 

 既に絶命して生気のない瞳と肌は、青い月光の降り注ぐ中、不気味に照らされている。

 

 秀光は近づいて、地面に屈むと死んでいることを確認してから深くため息をついて落涙した。

 「……キミたちもこのような死を迎えずに済んだものを……せめて、あの世ではゆっくりとお休み」

 慈愛に満ちた言葉で追悼する。

 

 瞼を閉じてやると、口元を苦く曲げた。

 

 「――――次は、お前だ。百鬼丸。我が息子。お前を始末する」

 

 

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