刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第71話

 淹れたてのコーヒーの香りを嗅ぎながら、轆轤秀光は小さく首を振った。霞ヶ関の情報戦略局の応接間には、ひとりの無骨な男が無機質な顔で腕を組んで扉の前で佇んでいる。

 「どうして座らないのですか?」

 秀光は軽い口調で座すよう促した。――しかし、相手はその言葉には耳を貸さず、

 「お前の目的はなんだ?」と、だけ冷ややかに問うた。

 腑破十臓、と名乗る男が縮毛気味の前髪の間から鋭い眼差しを送る。

 

 彼が関東で彷徨していたのは知っていた。美濃関の衛藤可奈美と接触を図った事実も、秀光には筒抜けであった。そんな十臓に話を持ちかけるのは容易ではなかったが、なんとか発見して説得、その後にこの部屋にまで連れてきた。

 

 得体の知れぬ男を前に秀光は、愛想笑いを浮かべていた。だがその効果もないと知ると――

 「ですから、先程も言いましたように……いえ。単刀直入に言いましょう。私の側にくるつもりはありませんか?」

 スッ、とそれまで人の良い笑みを浮かべていた秀光が一転して、残忍な笑みで十臓に謀反を持ちかける。

 「――どういう意味だ?」

 「見たところ、貴方は強者を求めている」

 「ああ」

 「で、あればコチラ側について下さるなら、もっと多くの相手をご用意できますが如何ですか?」

 「――この世界では、衛藤可奈美という少女を見つけた。それ以外にもいるのか?」

 十臓は腕組みを解いて、対面のソファーに歩み寄り腰を沈める。高級な材質のクッションが心地よく身を受け入れる。

 秀光は相手の興味を、逐一リサーチしそして心を掴む。情報線の基本の「キ」ができない人間が多い中、秀光は己の権謀術数に長けた才を内心で自嘲する。

 「今、タギツヒメ側から貴方が寝返っても、直接彼らと戦闘をする必要はありませんね。……私の願いとしては、まず〝百鬼丸〟を討つことにあります」

 「その名前は、ジャグラーからも聞いた」十臓が無愛想に言う。

 秀光は苦笑いをしながら、更に続ける。

 「であれば話が早い。……ヤツをおびき出すための罠に協力してもらいたい」

 「……どういう意味だ?」

 「簡単な話です。ヤツが実力を発揮するのは、他者……殊に刀使という少女に関してです。彼は本当の力を発揮する。厄介な存在です。言い換えれば、彼単体ではその真価は見えてこない。……どうです?」

 まるで、人の心の奥底をくすぐるような言い方で秀光は瞑目する十臓に一瞥をくれる。

 暫く黙った十臓だったが、脇に抱えた『裏正』の柄を逆手に握りながら目を開く。

 「俺は一体何をすればいい?」

 答えは決まっていた。

 

 

 嬉しげに目尻を歪めた秀光が、

 「まず、彼の大事なものを奪う……いや、まずは拐うことにしましょうか」

 そう言いながら、ソファーを挟んだ間に置かれたテーブルの上に一枚の写真を投げた。

 

 怪訝に秀光と写真に視線を往復させた十臓が一言、

 「こいつを殺せばいいのか?」

 と、いう。

 闘争心がむき出しで、人の話なぞ聞いていない。秀光は半ば呆れたが表には出さず鷹揚に否定の首を振り、

 「いえ、ですから――誘拐しましょう。百鬼丸をおびき出す餌として」

 と告げた。

 

 ◇

古い趣のある木造の廊下は、改築後特有のニスの匂いと塗り直しの鮮明な色彩を帯びた内装と壁に四方を囲まれている。

 

 『よっしゃーっ!! 張り切って混浴風呂に入っていくぞー、ねね!』と、くだらぬ宣言をした百鬼丸を、まるでゴミでもねめつけるかのように益子薫は蔑した。

 その嫌悪の眼差しに見送られつつ、百鬼丸と薫のペットである荒魂「ねね」は部屋から廊下に出た。明るく照らされる長い奥行の側面には整然と四角の窓が並んでいる。

 数十歩進んだ所で、百鬼丸はふと脚を止めた。

 「…………久しぶりだな、ねね」

 まるで久闊を叙するように、改めて百鬼丸はいう。

 「ねね?」

 栗毛色の毛並みのねねは彼の肩に乗って大きな頭を傾げ、細い瞳孔から百鬼丸を窺う。百鬼丸の意味する所を理解していない様子だった。

 「ふっ」と、百鬼丸は軽く気を抜きながら――相手との言語を用いぬ直接の意思伝達方法である《テレパシー》と相手の心理を読み取る《心眼》を使った。

 

 

 

 

 ◇

 その記憶は、古く未だ緑に覆われた時代の頃だった……。

 鉄の溶ける音と、排出される多量の《ノロ》があった。金属の不純物として出されたノロは、文字通り溶鉱炉から選別され、珠鋼から分離された。

 神聖なる金属――《珠鋼》から切り離された存在である「ノロ」は、当然の如く負の神聖を帯びて具象化し、人界を荒らした。深い悲しみを湛えた彼らはいつしか、独自の「意識」を獲得し、人間たちに対して強い敵愾心を抱くようになった。

 

 おれは「この風景」を知っている。……と、百鬼丸は思った。

 

 …………否、正確に云えばこの気持ちを、知っている。この記憶は紛れもなく、「ねね」のものだった。

 小屋とも言えぬ、粗末な人家を荒らし回る灼熱の四脚の獣――ねね。その巨躯に似合わぬ俊敏さで次々と焔を吐いて周囲を焼き尽くす。

 満たされぬ感情に、増してゆく破壊衝動。

 限りない殺戮と破壊。

 首を巡らし、手当たり次第に踏み潰してゆく。

 

 

 ――――

 瘴気のような薄赤く霧がかった視界の中で、おれの獰猛な殺意のみが膨張してゆくのが解った。仄かに天から差し込む寂光すら、気付いた時には既に消え失せていた。

 ……これもおれだ。「おれ」の一部だった。

 

 〝憎悪〟という原始的な感情。

 

 (これはおれの感情と似てるが、全く違う……。)

 この深い悲しみと孤独感は、「おれ」と同性質でありながら、全く異なる他者の記憶。……

 

 『荒魂が、手こずらせやがって……』

 ハスキーな女性の声が暗闇の中から聞こえる。

 

 歪んだ視界の前には、巫女装束の女性が「コチラ」を見上げている。

 長い黒髪を翻して、燃え盛る炎の中に佇む。

 

 ガラッ、と突然胸に深々と突き刺さった刃……祢々切丸を、あろうことか女性は何の躊躇なく引き抜いた。

 ――そして、手を差し出して微笑んだ。

 

 『またやろうぜ』

 全てを受け入れるような声音で、ただ手を差し伸べる。

 

 

 幾年、幾月、幾日々、時代を超えて祢々切丸を持った〝刀使〟と対峙する。そんな場面が走馬灯のように映像が過る。

 

 どれだけの時代と人を変えても、紡がれ続ける宿命と意思。……いつしか、燻っていた恨みや悲しみは溶けていった。

 

 『うぁ、あああああ』

 赤子の泣く声。まるでかつての自分のように、頼るものもなく、ただ寂しさに叫びを上げる。

 『ねね!』

 赤子に笑いかける。

 その中で初めて生まれた「共存」という手段。

 

 

 ◇

 寒々とした廊下に佇んだ百鬼丸は、ねねと同化した記憶から、不思議と胸の底から熱い感情が迸るのを感じた。

 「ねね?」

 不思議そうにねねは、百鬼丸をみながら首を傾げる。

 まるでかつての凶暴な面影もなく、穏やかな獣となった「ねね」。

 「舞草の時からお前さんとは、親近感があったんだぜ」百鬼丸はそう言いながら、ねねに微笑みかける。

 「ねね~♪」

 ねねも前足を上げて、同意を示す。

 この可愛らしい荒魂もやはり、百鬼丸に感じるところがあったのだろう。人から疎まれ、世の中を呪い――そして、刀使に救われた存在である彼に。

 

 

 と、その時。

 コツン、と腰を小突かれた。

 「おい、変態。なんでまだ廊下に突っ立ってるんだオイ」

 いつも眠たげな様子に不機嫌さを加えた薫が、居た。

 

 「ど、どーしたんだ!?」

 「そりゃ、コッチのセリフだ。やっぱりお前が変態で混浴で誰かに迷惑をかけるのも面倒だ。それに保護者のオレの責任にもなるだろうが。だから、探そうと思ったら……ったく」

 ツインテールに結んでいた髪を解いており、薄桃色の髪は長く垂れている。旅館の浴衣に着替えて寛いだ格好である。

 

 「あはは、そーだな。ねねとおっぱいの話をしてたら盛り上がっちまってな。あはは……」

 

 「馬鹿かお前たちは……」呆れながらため息をつく。

 

 「なぁ、薫」と百鬼丸は不意に真剣味を帯びた声音で聞く。

 

 「ん? なんだ急に」

 

 

 「薫は、さ。前に言ってたよな。大事なものでも自分の手でけじめをつけるって。――もしも、おれが〝おれ〟じゃなくなったら斬ってくれるか?」

 突然のことに薫は目を細める。しかし冗談や軽口の類でもないのは、その語気から察せられた。

 「…………正直、わからん。だがもし、お前が誰かを害するのなら、オレは容赦なくお前を斬る」

 明瞭な発言の裏で、薫は自らの家系の使命の重さを再認識した。

 「大事なものでも、もしも世を乱すなら斬る。……その覚悟はとっくにしている……筈なんだがな。あ~、そのなんつーか……やっぱり、それでもお前もねねも失うのが怖い。……っていうのが本音だ。ダセーかもしれねぇがな」

 気恥ずかしさを誤魔化すように薫は頬を軽く掻きながら笑う。

 「いいや、ダサくなんてない。おれはお前が立派だと思う。チビの癖にな」

 「おい! チビは余計だ」

 「あはは……そうだな。もっと、こうして平穏な日々が送れればいいんだ。闘いが全てだったおれにも、人並みの景色と生き方を教えてくれたお前たちには感謝してる」

 右手に落とした視線。ぐっ、と開いた拳を握る音。

 「…………。」

 薫は無言で、百鬼丸の横顔を見上げた。今の彼に何かをいうのは場違いだと思った。

 (なんでお前はいつも、いつだって何かに苦悩してる時でも喋らないんだよ――)

 後頭部を乱暴に掻きながら、薫はモヤモヤとした気分を募らせた。

 

 …………オレの憧れてたヒーローたちもこんな顔をしていたんだと思う。たとえ作り物でも、否、作り物だからこそ「正義の味方」の苦悩はいつだって、幼心に響いたんだ。

 「なぁ、百鬼丸」

 「ん? どうした?」不自然なほど優しい声音で百鬼丸は返事をする。

 「オレは特撮のヒーローに憧れていたって話したことあるか?」

 「いいや、初耳だ」

 「そっか。じゃあ、今話す。オレは昔から特撮ヒーローが好きだったんだ。誰かの為に闘って傷ついて、時にはその誰かに裏切られても戦うヒーローに憧れてたんだ」

 滔々と語る薫には一切の不真面目さはない。真剣な様子で続ける。

 「オレは昔、益子の家のことが少しだけキライだった。なんつーのか、もっと自由に生きてみたいと思ってたんだ。なんでもっと、他の子供みたいに自由になれないんだ、ってな」

 ――でも、と言葉を継ぐ。

 「ねねや……荒魂が忌むべき敵だとはどうしても思えないのも遠因だった。せっかく仲良くなれると思った荒魂すら、刀使になると容赦なく殲滅する。それが正しい刀使のあり方か解らない上に『自分でよく考えて斬る』っていう趣旨の益子のやり方にも正直ワケがわからん状態だった。……いつだって、辛い思いをするのは御刀を握る本人なのにな」

 薄桃色の髪に、窓から吹く秋の微風が撫で付ける。

 廊下は無機質に静かで、等間隔の照明が突き当たりまで点灯している。廊下には他に誰も居ない。

 「でも、重なったんだ。――昔見ていたヒーローと刀使が。こんな辛い役割でも、きっと希望があるんだって、そう思えたんだ。だから益子の家のやり方も初めてオレの中で氷解したんだ。え~っと、だからな。そのなんつーか……」

 それまで淀みなく言葉を紡いだ薫が珍しく口ごもる。

 「……どうした?」

 「え~っとだから……ちまったんだよ」

 「ん? すまん、少し聞き取り辛いんだが」

 「だーかーらー! オレはお前もヒーローに見えちまったんだよ! あの舞草での一件でも折神家でのお前も! 悪いか!」

 「おおう、そんなに怒鳴るなよ」

 恥ずかしそうにプイッ、と顔を背けながら一言だけ、

 「だからよ、あんまりオレを失望させるなよ……」と呟いた。

 

 ――おれがヒーローに、か。

 正直、そう言われて悪い気はしないが、自分の実態とは大きくかけ離れているとも思う。だけど、薫は恐らくそんなことも承知の上で、こんなことを言ったのだろう。

 

 ひとりで合点がいくと百鬼丸は薫の頭に右手を置いた。

 「あんがとな。舞草の時にもお前には色々と教わったけど、今回もお前に救われた。……おれにもこんな日々を護るくらいの力はある、と思いたいケドな」

 含羞む百鬼丸。

 

 その殊勝な様子に「ふっ」と薫は鼻を鳴らして笑う。

 「ば~か。やっぱり訂正だ。お前なんかヒーローじゃない」

 半眼の眠たげな眼差しで、おちょくる。

 「んだと、このちんちくりんめ」

 ニヤニヤと笑いながら、百鬼丸は薫の髪をくちゃくちゃになるまで撫で回した。

 「お、おいヤメロ。せっかく整えたのに乱れるだろーが、馬鹿野郎」

 つよく抗議したが、百鬼丸は全部無視した。あまつさえ、薫の両脇を抱き抱えて高い高いをした。

 「がぁああ~、ヤメロ下ろせバカ」

 「なに、そう照れるなよ」

 

  楽しげだった百鬼丸の耳に声が鳴り響く。

 『キミには平穏は似合わないなぁ……』

 聞き覚えのある声が、百鬼丸の心臓の辺りから聞こえた。この声の主を知っている。百鬼丸は僅かに翳った表情で内心呟く。

 (ああ、おれだってこんな風景にいつまでも身を置けるとは思ってないぞ、〝ジョー〟)

 かつての仇敵、レイリー・ブラッド・ジョーに対して内心で反駁した。

 

 

 

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