刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第73話

 西日の射し込む襖……。

 森閑とした空気が、ある一個の空間に満ち満ちている。秋のひんやりとした温度が、床板に染みている。遠くでカラスの声が聞こえた。

 

 鎌府女学院、修練所――。

 

 刀使を育成する伍箇伝の中でも優先的に配当される予算の関係上、修練所の数も多く、空間も広い。その中央部にふたりの少女が対峙している。

 

 ……衛藤可奈美

 

 ……十条姫和

 

 二人は静かに相手を見据えながら、もっとも基本的な型である正眼に御刀を構える。

 《写シ》を体表に貼った状態で両者は微動もしない。漣ひとつない湖面の如く、ただ静かである。

 

 夕色が影を色濃く、人影を長く伸ばす。

 

 先に動いたのは可奈美だった。

 

 「はぁッ――」

 気合の入った掛け声と共に、《迅移》で加速し突き技を繰り出す。赤いプリーツスカートが翻り、柔らかな肉感を包むオーバーニーソックスが躍動する。

 

 しかし、姫和は左側面へと素早く回避し、あまつさえ斬撃をひと太刀浴びせた。横目で反応した可奈美の《千鳥》が、斬撃の方向へと刃を反転させ、金属の涼やかな衝突音と共に細かな火花を散らす。

 

 可奈美はそのまま、短い刀身を利用し、己の体重全てで《小烏丸》を弾き押し返す。

 

 「くッ……」

 緋色の目を眇め、小さな声を漏らす。

 

 僅かにできた余白を利用し、可奈美は更に《迅移》で姿をくらました。

 

 姫和も同じく《迅移》を更に深化させ、一隅へと移動する可奈美の後ろを追った。

 

 刀使同士の斬り合いにおけるひとつの鉄則と言っても良いのが、この《迅移》による攻撃可能範囲の「入れ替え」である。

 

 通常、剣士同士の闘いは肉薄した剣戟に重点が置かれる。それは当然で、人間が斬り合いをしながら素早く走り去る、ということは不可能である。

 

 ――しかし、刀使の場合、この《迅移》という超人的な加速を用い、攻守の入れ替えを行える。従って、普通の剣術にはない戦闘のスタイルを必要とした。

 

 

 可奈美と姫和は刀をぶつけ合いながら、床を稲妻の如くジグザグに移動し、相手への攻撃を試みる。

 

 

 (ここだッ……!)

 

 渾身の力を込め、姫和は突きを繰り出す。

 

 

 スッ、と可奈美の目が細められた。

 

 体重と速度の乗った重い姫和の突きを軽く右半身で受け流す。《小烏丸》は宙に浮いたまま、姫和は上半身が前傾姿勢になる。

 

 続けざまに可奈美は左足を軸に躰が半弧を描き、容易に攻守の入れ替えを図った。背後からの一撃。

 

 すかさず、姫和は体勢を立て直し、反転した可奈美の影を捉えながら、身を半分躱して《小烏丸》を盾に強烈な一打を受け止めた。

 

 花火のように盛大な火花が飛び散り、《千鳥》と《小烏丸》が共鳴する。

 

 激しい動の世界が、一瞬で静止へと戻る。

 

 襟、スカーフ、スカート、髪。全てが加速世界に弾んでいたが、急速に収束し、両者の間の鋭い睨み合い以外は全て元通りの状態であった。

 

 

 ◇

 

 (以前とは違う……)

 姫和は自分の手のひらを見つめながら、己が強くなったことを確認した。確かに刀使を辞めようと前線を離れていたから、少々勘は鈍っている。――とはいえ、それを差し引いても、可奈美と互角に等しい斬り合いができたのだから、上出来である。

 

 (いや、コイツはまだ手加減をしている)

 と、手を握り締めて可奈美の様子を窺う。

 

 「ふぅ」と息を吐きながら、リラックスする可奈美。まだ余裕のある顔の裏に、何か得体の知れぬものが感じられた。

 

 「おい、可奈美――」

 

 「ん? どうしたの? 姫和ちゃん」

 

 「えっ、いや……なんでもない」

 

 怪訝に首を傾げながら、パッ、と眉を明るく開き、

 

 「そっか。ねぇ、それよりもう一本どうかな?」

 弾んだ声でもう一戦せがむ。

 

 

 ふっ、と笑みを口元に零す。

 「ああ、いいだろう」

 きっと、思い違いだ。と姫和は一人納得した。自分の悪癖で、恐らくは考えすぎに違いない。だって可奈美は以前と変わっていないではないか。

 

 まるで、自らに言い聞かせるように姫和は八相の構えをとる。

 

 ◇

 現在、鎌府女学院は一時的な刀剣類管理局の拠点になっている。頻発する関東での荒魂被害により、自然と伍箇伝からの派遣が行われている。それゆえに、鎌府の各施設には色とりどりの制服が闊歩していた。

 

 

 午後七時半。

 鎌府の食堂には、疎らに座席を占める刀使たちの姿があった。

 

 皆食事が終わったのだろう。各々が寛いでいる。

 

 それらを横目に可奈美と姫和は、軽い疲労の体を落ち着けようと座席を探した。

 

 『カナミン、ヒヨヨン、ただいまデ~~~~スっ!!』

 一際弾んだ声で、前方から人影が現れた。

 

 「えっ!?」

 

 「なっ!?」

 

 豪華な金糸が大気中に毎い上がり、柔らかな感触がふたりの頬を圧した。

 

 「え、エレンちゃん!?」可奈美が素っ頓狂な声を上げる。

 

 エレンが関東に出向するとは聞いていなかった。そのため、意表を衝かれてしまった。

 

 同じく、戸惑った姫和は「おい……」と小さく漏らす。

 

 そんな二人の動揺する様子を楽しげに眺めるエレン。

 

 彼女はにっこり、と微笑みながら二人から素早く離れて、

 

 「皆も一緒デ~ス」

 エレンの腕が示す先には、見覚えのある姿がいくつもあった。

 

 『ただいま』

 聞き覚えのある、落ち着いた口調。

 

 席から立ち上がった少女――柳瀬舞衣が微笑する。つい、先月まで美濃関に帰った筈だったが再び戻ってきたのだろう。同じテーブルには糸見沙耶香と益子薫もいる。

 

 「おかえりーっ!! あっ、ねぇ。美濃関のみんな元気だった?」

 駆け寄りながら、近況を聞く可奈美。まるで子犬のようで、相変わらず可愛らしい――と舞衣は思った。

 

 「うん。相変わらず――あっ、それと可奈美ちゃんの課題預かってきたから」

 

 「えぇ~~」

 あからさまに嫌そうに目を細めて、両腕をだらりと垂らす。

 

 そんな変わらずな様子に舞衣は思わず「ふふっ」と忍び笑いを漏らす。

 

 ここ数ヶ月、刀使としての活躍で忘れていたが、まだ学生であるため学業を疎かにできない。当然と言えば、当然の対応である。

 

 「おお~、頑張れよー」

 他人事のように薫が紙コップに口をつける。

 

 すかさず、

 「薫~、ワタシたちの課題も長船から届いてマスよ~♪」

 なぜか楽しげに追い打ちをかけるエレンだった。

 

 「…………コッチもかよ」

 流れ弾に被弾したように、ガックリと頭を垂れて、盛大にため息をつく。

 

 「散々コキ使われたんだ。それくらい免除しろよ」

 

 「……それとコレとは別」

 淡々と、薫の対面に座る沙耶香が反論した。

 

 「うぅ……」と正論をかまされ、薫は渋い顔になった。

 

 そんなやり取りを眺めながら、姫和は呆れともつかぬ……しかし柔らかな表情で一言、

 「……また騒がしくなりそうだな」

 と、こぼした。

 

 懐かしい光景。

 つい、四か月前。御前試合から逃走し、折神家襲撃までの苦楽を共にしたメンバー。その賑やかなやり取りに居心地のよさを覚えていた。

 これまでは、孤独を気取っていたんだと思う。

 しかし、可奈美をはじめ他の四人とも関係は深まり今では「大切」なものの一部となっていた。

 姫和は何となく、満ち足りた幸福を感じていた。

 

 

 『ねぇ、あれって衛藤さんたちじゃない?』

 

 『うそ、あの事件の?』

 

 『わたし、初めて六人揃ったところみたかも……』

 

 遠巻きに、食堂にいた生徒たちがどよめいた。それもその筈である。つい四か月までは可奈美も姫和も御尋ね者だったのだから。それが一転して英雄となった。良くも悪くも話題性は十分である。

 

 しかしそんな外野の声には頓着せず、姫和はキョロキョロと周囲を窺っていた。違和感を覚えているかのようだった。

 

 その様子を察した薫はニヤリ、と意地悪く口を曲げた。

 「なあ、エターナル。アイツなら今はいないぞ」

 

 「あ、アイツ? 誰のことだ?」

 明らかに動揺している。目線を外して、慌てていた。

 

 「――まぁ、しょうがないよな。何となく当たり前みたいにオレたちの中に溶け込んだ〝もうひとり〟がいたからな。だが安心していいぞ。オレが連れてきてやった。……まぁ、合流は後からになると思うけどな」

 

 「だ、だから誰のことを言っているんだ」

 柳眉をしかめながら語気を荒くする。

 

 薫は面白げに目を細めながら鼻で笑う。

 「百鬼丸だよ、百鬼丸。お前のだーーい好き、ちゅっ、ちゅっ、なヤツだ」

 

 「馬鹿者っ!! なぜ、私があんなヤツを好かねばならんのだっ!」

  いきり立つ姫和。

 

 「えっ、百鬼丸さんも来てるの!? どこ、どこ?」

 怒る姫和をよそに、可奈美が弾んだ調子で百鬼丸の姿を探す。

 

 「あ~、だからウチの学長に呼ばれてココにはいないんだ」

 

 「え~っ、そっか。残念だなぁ~。手合わせお願いしようとしたのに……」

 残念そうに項垂れる可奈美。

 

 「可奈美は相変わらずだな」と薫は苦笑いをした。

 

 

 その時だった。

 

 ぐぅ~~~。

 

 と、盛大にお腹の虫がなる。

 

 「あっ」沙耶香が、自らの腹部に手を当てて小さく驚きの声をあげる。

 

 一同の視線が沙耶香に注目した。

 

 優しく微笑んだ舞衣が席から立ち上がり、

 「じゃあ、そろそろ行こうか」

 と、皆を促す。

 

 「……?」

 沙耶香だけが、理由もわからず目を見張る。

 

 

 

 ◇

 

 「やあ、久しぶりだな。百鬼丸」

 真庭紗南が両肘を置きながら、目前に佇む少年に語りかける。

 

 「あーお久しぶりですね」

 嬉しくなさそうに、気だるげに返事をする百鬼丸。

 

 ビシッ、と脇に唐突な肘鉄を喰らった。

 

 

 「いでっ――なにすんだよ、双葉」

 涙目になりながら義妹に文句をつける。

 

 隣に立つ少女はツン、と澄ました表情で一切耳をかさない。

 

 「ねぇ、にいさん」

 

 「な、なんだ?」

 

 「わたし、薫さんから聞いたんだけど……ううん、エレンさんからも舞衣さんからも同様のセクハラ被害を聞いているんだけど、これってどういうコトかな?」

 満面の笑みで、双葉は百鬼丸を見返す。

 

 「ええっ!? なんだそのことは!!」

 

 「……薫さんには、同じ部屋で朝まで体中をまさぐったり舐めたりしたって報告聴いてるけど?」

 

 「ち、違う。それは布団がひとつしかなくて、仕方なく……昔暮らしてた山犬とじゃれつく癖で間違えてだな……」

 

 百鬼丸の言い訳は苦しい。

 

 軽蔑の眼差しを送りながら、更に続ける。

 「研究所での、エレンさんと舞衣さんへのセクハラは?」

 

 「あ、あれも事故だ事故。なぁ双葉、信じてくれよぉ」

 情けない声をあげて百鬼丸は嘆願する。

 

 双葉は再び笑顔になる。

 

 「い や。死んで♪」

 そう言いながら、首輪と鞭を持っている。

 

 「おおう、神よ! おれを見捨てたのかぁ!!」

 天井に思い切り叫ぶ。

 

 兄妹のやり取りを眺めていた紗南は深いため息を吐き出しながら、

 

 (なんなんだ、この兄妹は……。)

 

 これからシリアスな内容の話をする前にかなりの気力を削がれた気がした。

 

 「なぁ双葉さん! 手加減してくれないか」

 

 「ダメ♪」

 

 百鬼丸は膝を床について、双葉の袖に縋り付く。

 

 「話せば分かり合える」

 

 鞭を肩にトントン、と落としてリズムをとりながら、

 

 「問答無用♪」

 

 私刑宣告を下した。

 

 

 

 

 バシィン、パシィン、という乾いた音と共に男の「あぁ……」という嬌声が暫く刀剣類管理局の指令本部に響き渡った。

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