刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第74話

 

 「――なるほど、それで真希を疑っていた訳か」

 真面目な顔つきで百鬼丸は頷く。

 

 一連の事件などのあらましを聴き終えた後、百鬼丸は話を整理した。

 

 ここ最近、刀使を襲った黒いフードの人物として獅童真希がマークされてた。……とはいえ、ここ数週間で事態が急変した。ジャグラー、十臓という規格外の男たち……すなわち「刀使」とは異なる存在が《ノロ》を強奪していった。

 

 「ああ、そうだ。だが研究所の一件でその疑いは晴れた。まぁ、彼女自身がコチラの本部で直接出頭したのも大きいがな」

 

 「だろうな。そもそも、アイツがノロを奪う理由なんてないからな……っ、てアチチ、双葉さん、アツゥイよ! とてーもアツゥいよ!」

 

 「ん? なにかな、ケダモノさん?」

 

 双葉はニッコリと微笑みながら、褌一枚の姿の百鬼丸に問う。彼は四つん這いになって椅子の如き扱いを受けている。

 

 「だから、ロウソク垂らすのはやめてくれ」

 

 「えっ? なになに? 聞こえないよ~」

 双葉は、ぐっ、と百鬼丸の背中で上下にバウンドした。

 

 「あふぅん……」脂汗を流しながら耐える。

 

 目を細めながら、右手に赤いロウソクの火が灯る。そこからポタポタと滴り、蝋が鞭で打った傷口に入り込む。

 

 若干、というか大変喜んでいる百鬼丸を心底軽蔑した眼差しで見下しながら、双葉は頭を上げる。

 「本部長、それでこの変態……じゃなかった、にいさんを呼んだってことは」

 

 「ああ、そうだ。この……刀使とは異なる男たちをお前に止めてもらいたい」

 真面目な口調で紗南は語った。

 

 ……しかし、いかんせん目前では兄妹間でのSMプレイが繰り広げられており、どうにも間抜けな絵面になってしまう。

 

 「やっぱり、厄介な相手……ですか」

 双葉は不安げな声できく。

 

 無言で紗南は背後の巨大ディスプレイに画像を映し出した。

 

 巨大な怪物……。

 

 研究所を襲った一匹である。

 

 「見てのとおり、我々の予想をはるかに超える相手だ。正直に言って百鬼丸に対応してもらう以外に打開策が見当たらない。そして恐らく……高津雪那もこの件に関与している」

 かつて、共に苦楽を共にした戦友であり伍箇伝の学長でもあった人物。

 

 鎌府の学長とは現在名ばかりで、綾小路に身を潜めている。

 

 「……高津学長も、ですか。本当に厄介な事態なんですね」

 双葉は蝋燭を吹き消して、裸椅子の背中から立ち上がろうとする。

 

 

 「――おい、双葉待て! なんでもっと責めないんだッ!! それじゃ、お兄ちゃんは全然反省できないぞ! 分かってるのか? ええ? お兄いちゃんはだな、もっと真面目になるために、仕方なく、本当に仕方なくだよ? お前からの罰を受け入れているんだ! 遊びじゃないんだぞ!?」

 双葉を見上げながら、百鬼丸は真剣に諭す。

 

 最早変態というより真性のマゾである。

 「…………。」

 表情の無くなった顔で真庭紗南は心底見下していた。

 いったい、自分はなんて変態モンスターを呼び出してしまったのだろうか。と今更ながら逡巡する。

 

 

 しかし、そんな他者からの冷たい視線すら気にせず、双葉は邪悪な笑みを浮かべる。

 

 「へぇ~、そっか。じゃあ○○とか××してもいいんだよね?」

 

 「ば、馬鹿野郎ぅ、そんなことしたらおれが壊れちゃうだろ、いい加減にしろ! ……はぁ……はぁ……しかし、その提案もありと言えばアリだな……はぁ、はぁ……ゴホン。双葉。お前は、この全く反省していない義兄に一体なにをしようというのか? ぐへへ……」

 

 涎を垂らしながら、百鬼丸はひたすら興奮している。

 

 パシィン、パシィン、

 

 鞭の鋭い音が本部の室内に盛大に反響した。

 

 『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! サイコーーーーッ!!』

  

 常識のぶっ壊れた男の雄叫びは、暫く続いたという。

 

 

 ◇

 「よし……これで、これでようやく計画が実行段階に……ふふふっ、やはり私は天才だわ」

 高津雪那はひとり、綾小路武芸学舎の一室で政治家や官僚との交渉を続けながら書類の作成にまで多岐に渡って実務仕事を終えていた。

 しかし、彼女の自信にあふれた言葉とは裏腹に、目の下にはどす黒いクマができており、青ざめた肌、こけた頬などやつれ切った印象しか受けない。

 

 この連日で起こった騒ぎの大半が来訪者たちの手によるものである。その火消しに追われる身にもなって欲しいものだ、と雪那は憎悪を滾らせる。

 

 それもこれも、全て異世界の来訪者たちが勝手に行動しているせいである。我慢の限界に達して一度タギツヒメに直々に文句を言いに行った。

 だが返ってきた答えが、「それは全てキサマに任せているはずだぞ」というもので、一蹴されてしまった。

 

 ……しかし、実力も桁違いのあの連中を止める手立てなど雪那にあるはずもない。

 「もぉおおおおおおおお、どーーーして、こーーーーなるのっ、おかしい! おかしいわ! この私がどうしてこんな目に遭わないといけないのぉ!!」

 

 執務机を激しく叩きながら、頭を抱えて途方にくれる。

 

 そもそも、この綾小路に目をつけたのは鎌府では未遂に終わった「刀使の洗脳」計画を行うためである。ノロの活用の一種に人の精神を汚染して、タギツヒメに完全な忠義を誓う――いわば『近衛隊』のような集団を創設するためにきたのだ!

 

 それを、綾小路の学長、相楽結月は話をはぐらかして全く計画が進展しない。

 

 「まったく、どいつもコイツも無能ばかりね……はぁ。まあいいわ。今、相楽学長も関東に向かってこの学校の責任者がいない状況。思う存分計画の遂行をさせてもらうわ」

 

 ふふふ、と高笑いを始めた高津雪那。

 

 と、その時扉から「コンコン」というノックが聞こえた。

 

 「――誰だ?」

 

 『皐月夜見、ただいま戻りました』

 

 (この忙しい時にどうして、私の傍で雑務をこなさないのッ!)

 

 見当違いの怒りを募らせながら雪那は、

 

 「遅いッ! 遅すぎるっ!」と怒鳴る。

 

 『――申し訳ございません』

 

 「…………ふん、まぁいいわ。それよりさっさと、お茶の準備でもしたらどうなの? まったく気が利かない」

 

 腕組みをしてふてぶてしい態度をとる。

 

 『……はい、ただいまご準致します』

 なぜだか、僅かに弾んだ声で夜見は扉の前から歩き出す。

 

 

 「あの無能にも、それなりの利用価値はあるものだな」

 なんだかんだと言いつつ、夜見の淹れる紅茶に最近ハマりだしたのはストレスとは無関係ではないだろう。

 

 ――と、扉の去り際に夜見が一言。

 

 『報告を致します。先程、ステインがK市の埠頭で反社会組織の数十人を殺害してきました。彼の伝言で『あとの処理は任せる』とのことでした』

 

 そう言って遠ざかる足音を聞きながら、雪那の表情は絶望に塗り固められた。

 

 「ぁああああああああああああ、なんでまた余計なことをおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 ◇

 ノロ被験者治療病棟の一室。

 此花寿々花は、午後最後の検診を終えて部屋に戻ったばかりである。殺風景なこの病室には、あまり暇つぶしになるようなモノはない。まぁ、贅沢も言っていられない身分だろう、と重々承知はしているのだが……。

 

 「暇、ですわね……」

 巻き気味のワインレッドの毛先を弄びながら、ポロリと呟いた。

 

 外との接触及び情報の取得も制限されているために携帯端末なども使用は禁止されていた。

 

 (真希さん達は今なにをなさっているのか……。)

 ふっ、と軽く鼻を鳴らして自嘲する。

 いつになく感傷的な気分に陥ったものだ、と少し自戒する。体の不調が精神に影響を及ぼすというのは本当かもしれない。

 

 暫く一人思考の世界に浸っていたとき、

 

 こん、こん……。

 

 と、扉をノックする音が聞こえた。

 

 (こんな時間に検査でも……? まぁ、なんでもいいですわ)

 

 半ば死んだ魚のような気持ちで「どうぞ」と返事をする。時計を一瞥すると、10時に近い。

 

 スライド式の扉を潜って入室してきたのは〝百鬼丸〟だった。

 

 「――よォ、元気か?」

 

 突然の意外な訪問者に、寿々花は身を横たえていたベッドから跳ね起きた。

 

 「な、なぜ貴方がここに……?」

 動揺しながら寿々花は問う。

 

 彼とは『あの夜』以来の再会となる。

 

 しかもさほど深い関係性でもないのに、なぜ?

 

 そんな寿々花の疑問を理解したように苦笑いを浮かべながら百鬼丸は少し真剣な口調で口を開く。

 

 「お前に……此花寿々花にすこし聞きたいことがあるんだ」

 

 「わたくしに、ですか?」

 怪訝に眉をひそめる。

 

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