刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第75話

 ――つい二時間前。

 

『お前には、此花寿々花に尋問をして欲しい』

 真庭紗南は硬い口調で告げる。

『はぁ? なんでだよ』

百鬼丸は褌一枚の格好で腕を組み、怪訝に首をかしげる。今更尋問をする必要性がわからなかったのである。その様子をみて察したのであろう。小さく口端を曲げて苦笑いをして、

『まぁ、私もそう思う。だが――刀剣類管理局も含め、現時点では余りに不可解なことが多すぎる。つまり……』と、言い淀む。

『誰が裏切り者で、情報を流してるかわかんないってことか? 元親衛隊のヤツも……ってことか』

 言葉を引き継ぐように百鬼丸はいう。

 無言で頷く紗南。手元に自然と視線を落としているのは、彼女の本意ではなく寧ろ上からの圧力だとみた方がいいだろう。

 『……わかった。ただし、おれのやり方でやる。監視するなりなんなりはソッチでやるんだろ。どーせ』

 

 『そうだ』

 

 間髪を入れずに答えるということは、彼女なりの一切の隠し事を百鬼丸にしないという意思の表れでもあった。

 

 『んで、本題になる用件は?』

 

 紗南は手元の書類から一枚の用紙を抜き出して百鬼丸に差し出す。

 

 受け取った百鬼丸は、

 『これは……ノロの精神汚染について? ふうむ?』

 秀でた眉を曲げて軽く目を通す。

 

 ――要するに、人体にノロを取り込んだ場合における精神汚染と、それを利用した汚染、マインドコントロール研究についての内容である。

 

 『こいつは、なんというか……クソだな』

 

 紗南も同意見だったのだろう。肩をすくめて、ため息を零す。

 

 『その資料は鎌府女学院が管轄する八王子の研究棟から押収されたものだ。――ノロに対する人体実験というのは、鎌府と……旧折神派の連中だ。その研究内容も共同で行われた可能性も高い。そして親衛隊は折神家の情報の中枢にいた。……つまり、これからの尋問のメインはそこだ。ただ、この数ヶ月間で此花寿々花に簡単な事情聴取はしてきた。彼女も協力的な態度だ。――しかし、親衛隊で最も理知的で賢い。ヘタなことはまず漏らさないし、仮に隠し事があっても、完全に隠匿してしまうだろう』

 

『だから、おれの能力で……って訳ですね』

 

『ああ、頼む。私はこれから獅童真希の収監している独房で一度話をしてくる。交渉内容によっては彼女にも戦力となるよう打診してみるつもりだ』

 

『んじゃ、コッチはなんとかしてみますよ』

 踵を返して百鬼丸は歩き出した。

 

 

 ぴた、ぴた、ぴた、と裸足で数歩ゆくところでふと立ち止まった。

 

 『にいさん、服!』

 

 背後から脱ぎ捨てた衣服を、双葉が思い切り投げつける。先程まで二人のやり取りを黙っていた双葉の顔は暗い。……彼女は軽く憂鬱な気分になっていた。以前同じ所属であった寿々花への尋問と聞いていい気分はしない。

 

 『だよな。寒くてさ、なんか足らないと思ってたんだ』

 

 『にいさんに足りないのは常識だったね!』

 

 『お前がいうかよ』

 

 呆れた声音で百鬼丸は肩を竦めながら、床に落ちた衣服を拾い上げて着始める。

 

 そのアホな義兄の様子を眺めながら、双葉はおもむろに喋り出す。

 『わたしも親衛隊に所属していたから実は尋問があったんだけど……すぐに終わったの。多分わたしには正式な席次が与えられてなかったからだと思う。……だけど、実際は燕さんよりも事務的な内容とかも知っていたし、席次はあんまり関係ないんだよね。でも、こうなることも想定して、わたしに逃げ道を用意してくれたのは――此花さんだと思う。だから……』

 双葉はそこで言葉を途切れさせた。次に言うべきことが整理できずに、逡巡してしまった。

 ――その雰囲気を察して百鬼丸は鼻を鳴らす。

 『わかってる。乱暴なことはしない。そもそもおれの《心眼》の前では嘘はつけないからな。安心しろ』

 

 義兄の返答に、微笑を浮かべた双葉は小さく頷いた。

 

 『あとは、一応お前の言いたそうなお礼とかも言っておけばいいだろ?』

 

 『…………まぁね。お願い、にいさん』

 

 『はいはい。任せておけ』

 豪快に破顔する百鬼丸はそのまま、衣服を着用して指令本部から退出した。

 

 

 

 ◇

 「それでわたくしに御用というのは?」

 寿々花は余裕のある微笑を頬に浮かべる。――その表情にはどこか皮肉がこもっているようにも見えた。

 

 百鬼丸はベッドの付近にパイプ椅子を移動させ、あまつさえ付近のテーブルに盛り付けられている果物の籠に手を伸ばして林檎を一個手に取ると、丸かじりを始めた。

 

 「まあ、大体お前さんの予想通り、ノロの精神汚染についての件だ」

 

 「ふぅ」と、寿々花は呆れたようなため息を漏らして僅かに醒めた目で百鬼丸を見据える。何度となくノロ関連について事情聴取をされて疲れているのだろう。

 

 (そりゃそうか。何度も何度も同じ話で疑われるのは疲れるよなぁ……)

 漠然と百鬼丸は視線を病室内に彷徨わせる。

 白を基調とした室内は、塵ひとつない清潔な空間だった。ただ、清潔過ぎてかえって生活感がない。

 ふと、ベッドの傍に置かれた台座の上に数冊の本と、チェス盤を発見した。ほんの暇つぶしの品だろう。

 

 「寿々花はチェスをするのか?」

 百鬼丸は果汁でベトベトになっった手を服で拭いながら、尋ねる。

 

 勝手に名前呼びされた寿々花は一瞬柳眉をピク、と跳ねさせて苛立ちを表したがすぐに冷静さを取り戻す。

 「ええ、そうですわね。ほんの暇な時に……ですが。あと貴方にわたくしの名前呼びを許した覚えはありませんわ」

 

 「んだよ、固いこというなよ。……んじゃ、なにか? 花ちゃんとかって呼べばいいのか?」

 

 「普通に苗字で結構です」

 

 「んじゃ、やっぱり花ちゃん一択だな」

 

 「…………貴方、人の話を聞いておりましたの?」

 

 「ううん」

 

 「即答って……はぁ~、分かりました。なんとでも呼んでいただいて結構ですわ」

 項垂れながら、寿々花は、アホな少年の相手に早くも疲れはじめていた。

 

 「んじゃ、一局相手してくれよ。チェス。おれはこうみえて、ギャンブルでチェスもやったんだぜ?」

 自信満々に百鬼丸はサムズアップする。

 

 胡散臭い、とで言いたげな眼差しで百鬼丸を眺める寿々花。

 

 「おいおい、あとで痛い目に遭いたくなかったら今すぐ、おれに敗北宣言でもしておけよ?」

 

 その言葉にカチン、ときた。

 寿々花は生来の負けず嫌いであった。名家の生まれの子女でありながら、人一倍の努力を惜しまないのも、ひとえにその性格ゆえである。

 

 「別に構いませんが、貴方こそ負ければ何かして下さいますの?」

 巻き毛気味の毛先をクルクルと細い指先で弄びながら訊いた。

 

 ……正直に言えば、この気を許すことのできない空間で過度な退屈と、緩慢な緊張状態に疲弊していたところだった。いい気分転換になるかもしれない、と寿々花は思っていた。

 

 

 ◇

 「――チェックメイト、ですわね」

 

 事も無げに、寿々花はナイトを動かして宣言する。白と黒模様の盤上には殆ど寿々花の駒しかない。

 寿々花は後手の黒駒を操っていたが、本来は先手が有利に働くゲームである。

 とはいえ、それは実力が拮抗していれば、の話である。

 

 「ぐぬぬ……た、タイムを要求する!」

 

 「はぁ~、ですから〝詰み〟だと言っているのが分かりませんの?」

 五回の勝負で、全て寿々花の勝利に終わっている。これで六回目だ。余りに弱すぎる百鬼丸に拍子抜けした初戦から、寿々花は違和感を覚えていた。

 

 それは百鬼丸の戦略である。

 彼は殆ど防御というものをしない。しかも、王自ら前線へと出向いてしまう。通常のセオリーで言えば、王は盤の角などで死角を減らすことを主眼とするが、彼はそうしない。

 

 (なぜ? まったく理解できませんわ……)

 

 確かに、彼の読みは正確な場合もあり……時々は寿々花の上をゆく場面もある。しかし、概して言えばそれは全て無駄であった。

 百鬼丸の場合、大局観というものが存在していない。その瞬間の「勝ち負け」のみにひどく拘っているようにみえた。

 

 しかも、諦めが悪い。悪すぎる。

 〝詰み〟の段階ですら、彼は腕を組み口を「へ」の字に曲げて思考している。

 寿々花はその奇妙すぎる少年を、頬杖をつきながら暫く観察していた。

 

 左右の目の大きさが異なり、一見しても違和感を覚える風貌。長い髪を無造作に後ろ髪で縛っている。指に目線を移すと、節が異様に太い。何度も骨折や脱臼を繰り返した人間のソレであった。

 

 見えない部分には、戦闘による傷痕が垣間見えた。

 

 ――この少年が結芽を救ったのだ

 

 と、寿々花は改めて諒解した。

 

 どこかで、この少年に対する反発があったのだろう。ただ無意識の内に押さえ込んでいた。その反発の理由は明白だった。……救いたい人を救済できる力が彼にはあったからだ。

 どうやったって手の届かない「特別」な力を。

 

 「むむむ……参った。負けだ……。」

 ガックリと肩を落として、百鬼丸は投了する。

 

 その、「特別」な筈の少年は斯も弱かった。

 

 「――はやく降参すればよろしかったのではなくて?」

 意地悪く微笑みながら言った。

 

 「そうかもしれんが……う~む、いやしかしだな……こう、もっと足掻いてだな……」

 

 「いいですこと? チェスも将棋も、殆ど〝詰み〟の状態になるとまずどうやっても勝てませんわ。それをご存知でして?」

 

 「知ってはいるぞ……うん」

 

 「それでよく賭博チェスをしたものですわね。さぞ黒星を積み重ねたのでしょうね」

 

 ぐぶっ、と呻きながら百鬼丸はダメージを受ける。

 「仰るとおりだ……」

 一層落ち込んだ様子で、百鬼丸は深く頭を落とした。

 すこしからかい過ぎた、と寿々花は思った。

 「……なぜ、貴方は必ず王を前線に押し上げるのかお聞きしても?」

 それは大きな疑問だった。まず、セオリーからは大きく逸脱している。

 

 「む?」

 百鬼丸は面をあげて大きく目を見張り、腕を強く組んで唸る。

 

 むむむむむむ、と考えながら結局答えがでないようだった。

 

 「…………わからん。が、」

 

 「が? なんですの?」

 

 「多分、このエラソーな王の駒に感情移入しているんだと思う」

 

 「はぁ?」寿々花は盛大に疑問の声を上げた。

 

 今まで様々な人々と会ってきたし、勿論数限りない人脈も作ってきた。それはひとえに名家に生まれた子女としての責務であるからだ。

 が、その此花寿々花をしても、この眼前の「百鬼丸」という少年はイレギュラー中のイレギュラーであった。

 

 「まったく意味が分かりませんわ」

 

 寿々花のつぶやきに、百鬼丸は思わず苦笑いする。

 

 「……だな。うん、おれはやっぱり変なんだと思う。ただ……そうだな。〝誰か〟を戦わせるのはおれのやり方じゃなんだな、多分」

 

 言いながら、頬を軽く人差し指で掻いた。

 

 (なんなんですの……そんな理由で……たった、そんなおかしな理由だけで?)

 寿々花にはまったく理解できない領域の答えだった。

 

 こんなに弱くて、腹立たしくなるほどに正直だった。そのやり方が寿々花を苛立たせもした。……ただ、一方で百鬼丸という少年が、ひどく純粋で眩くもみえた。

 

 (これが、わたくしの捨ててしまったもの……なのでしょうね)

 全てを合理性と、生産性に主眼をおき過程を無視したやり方を全うしてきた寿々花には、劣等感を否応なく煽るような存在であった。

 

 ……だが、それ以上に百鬼丸という少年に対しての興味を深めた。

 

 この盤上の勝負を提案したのも、恐らく寿々花の警戒心を解くための術……というよりも、百鬼丸自身のあり方を手っ取り早く伝えるための方法だと思えていた。

 

 「――貴方のおかげで久々に気分が軽くなりましたわ。お礼を申し上げます」

 ベッドの上で居住まいを正して、頭を下げる。

 

 唐突な行動に驚いた百鬼丸は「うむ? うむ?」と、目をパチパチとさせた。……彼女の意図は、百鬼丸にはまったく伝わっていない様子である。

 

 人の感情にヘンに敏感であったり、ヘンに鈍感であるのはこの少年の魅力なのだろう。

 

 (だから、恐らく結芽も……ふふっ)

 

 内心に湧き上がるおかしみを堪えながら、改めて、

 

 

 「別に今更隠すこともありませんから、最初からお話はするつもりだったのですが――貴方のお心遣いに感謝したまでですわ」

 

 「ふ~む?」

 

 百鬼丸はやはりまったく、寿々花の言葉を理解していなかった。

 

 少年の二度目の反応に思わず、ガクッ、とズッコケそうになった。

 

 「……ごほん、まぁいいですわ。それで……そのノロの精神汚染云々でしたわね。わたくしもあまり詳しくは分かりませんが、めぼしい話をひとつ記憶していますわ」

 

 「ほぉ、それはどんなものだ?」

 

 寿々花はうっすらと、目を閉じる。

 

 「今から70年ほど昔の東北地方でひとつの村を使った大規模な人体実験ですわ」

 

 ごくり、と百鬼丸は生唾を飲む。

 

 「なんだそりゃ……」

 

 百鬼丸の反応を無視して続ける。

 

 「ときは戦時中で、可能な限りの荒魂の兵器利用を軍部と〝轆轤〟家が研究を行っていた……と、その資料には書いてありましたわ」

 

 

 「その話は、これまでの聴取で言ったのか?」

 

 寿々花は首を縦に振る。

 

 「――ですが、それはすぐにもみ消されましたわ」

 

 「なんでだよ?」

 

 「簡単な話ですわ。――内閣情報戦略局、局長がその轆轤家の当主、轆轤秀光という男ですから当然、過去の不都合な事実は隠蔽してしまうでしょうね」

 

 百鬼丸は真剣な顔つきで、

 「その話をもっと詳しくしれくれないか?」

 

 青みがかった瞳を瞬かせて、

 「ええ、貴方にもお話しますわ」

 まっすぐに百鬼丸を見返す。

 

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