刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第76話

 約七〇年前。

 東北地方、寒村部。米国との戦争が激化した昭和一六年。軍部は戦況の劇的な打開策に荒魂を用いた兵器利用を考えていた。

 御刀や荒魂など、隠世の知識経験を豊富に所有しているのは無論折神家である。……しかし、その影となる家があった。すなわち、轆轤家である。

 折神家を光とするならば轆轤家は影であった。暗部の仕事はすべてこの家が取り仕切っていた。

 

 記録から抹消された村は――人口がわずか五〇〇程度の小さな規模である。この村は藁葺きの屋根はのどかな田嬰風景を醸し出し、稲刈りの終わった田んぼは茶色い地面を広げていた。

 ここで行われた実験は、ひとえに「人間の意識を抹消し、完全に忠実な人形になるか」という部分であった。人体にノロを注入すれば必ず、人が荒魂になる。

 ……であれば、どのラインで人間としての形状を保つのだろうか? というい配合比率が重要な点であった。

 記録によると、刀使の場合は普通の人間よりも数十倍以上の5%までが許容範囲であった。(無論、これは最大値である。)

 では、普通の人間の場合はどうか?

0・04%までが許容数値であり、これが自我を曖昧にさせる境界線であった。

この結果を導き出すのにゆうに五〇〇人以上の犠牲を出した。しかし、更に実験は続いた。……つまり、この寒村では全ての村人が「実験のモルモット」になった計算になる。しかも、数年前から続く東北部の飢饉による、村々での口減らし制作により、新鮮な実験マウスの不足には陥らなかった。(勿論、提供されたのはすべて子供である。)

 

 子供たちは親元を離れる不安にあった。それを「満足な食事を与え、しかるべき時期に親元に返す」という約束を大人たちは盛んに教え込み、騙した。

 既に、荒魂と化した人々は轆轤家の刀使が抹殺をしており、生きて、実験村の外へと逃れた者は居なかった。

 

 戦争がより悪化するにつれて、人体実験は激しくなり――終戦末期にはすでに顧みられなくなった。そして、終戦のわずか二か月前……連合軍にこの事実を露見することを恐れた政府の高官は、この村の即時焼却を命じた。

 

 …………だが、この研究結果は後の「相模湾岸大厄災」に繋がるデータの基盤となった。

 

 

 

 ◇

「――というのが、ことの顛末のようですわ」寿々花は静かに言い終える。

 全ての話を聞き終えて、百鬼丸は意外な程の沈黙を守っていた。不気味なまでの無言が否応なく不信感を与えた。

 それを怪訝に思いながら、

 「どうなさいましたの?」と問う。

 まったく反応を見せなくなった彼は、俯いて考え込んでいる様子だった。

 「うん、いいや。何もないぞ。しかし胸糞悪い話だな」

 だが愛想笑いをしながら、百鬼丸は普段のどこか間の抜けた表情に戻った。

 「…………。」

 ええ、と無言で頷きながら寿々花は彼が何らかの隠し事をしていることを見透かしていた。だがその本質を掴みきれずにいた。

 (ですが、それを今言うべきではないのでしょうね……。)

 

 ややの沈黙の間ののち、

 「つーことは、その件と異世界の連中は関係がありそうかな……う~ん、わからん」腕を組んで首をかしげる。

 

 「異世界の?」

 

 「ああ、そうか。寿々花は知らないのか。実は……」

 

 これまでの経緯を簡単に話した。異世界の来訪者であるジャグラーや十臓といった強敵が全国津々浦々で暴れまわっていることを。

 全てを聴き終わった寿々花は硬い表情で頷いた。

 「まだ因果関係はわかりませんが、背後に何者かが居るのはほぼ間違いないででしょう」

 「しかし、七〇年前の事件を知っていると、寿々花は消されないのか?」

 「その憂いは今のところありませんわ」

 「なんでだ? こんな公共機関だからすぐにでも刺客が送られる危険性もあるだろうに」

 「――その心配はありませんわ。今のわたくしは被験者――言い換えればモルモット。とすれば、人体とノロの融合実験を図る彼らにとって、わたくしを始末することは、貴重なサンプルを失うコトになりますわ。……それに、そんな情報を他の誰も信じる筈がない。それに合わせて万が一の為に事前工作をしている。……と、これがあの轆轤秀光という男のやり口ですわ。結局、わたくしが他の親衛隊を含めて、身柄の安全が保たれているのは、轆轤家にとっては取るに足らない存在だと言いたいようですわ」

 

 「そうか。それは良かった」

 「ふふっ、不思議なお方ですわね。つい最近までわたくし達はあなた方の敵でしたのに、おいそれと敵の言葉を信じる理由をお聞きしても?」

 自分でも意地の悪い聞き方だと思う。でも、それでもこんな言い方をせざるを得ない。なぜならば、それがひとつのケジメだから。

 殆ど自傷行為にも似た心境を堪えながら、少年を軽く睨むように見据える。

 彼はやや面を上げながら、長い前髪の間から垣間見える義眼で相手を映す。

 「寿々花は今、おれを敵だと思っているのか?」

 どこか温かな口調で訊く。百鬼丸は一切の曇りのない様子で、寿々花の微かな苛立ちを一瞬で溶かした。

 

 ――そんな聞き方、卑怯ですわ。

 と、内心で思い喉元まで言葉が出かかった。しかし寸前のところで呑み込む。

完全に毒気を抜かれてしまった。

 

 はぁ、と柔らかな吐息の後、

 「まぁ、それはいいでしょう。それよりも、貴方はいつまでここに居るおつもりで?」

 時計をチラっと相手の肩越しから覗いながら、寿々花は意地悪く口角を釣り上げる。

 答えをはぐらかした。……彼はまるで、かつての戦友であり――親衛隊で競い合った少女の懐かしい面影の一部を持っているように見えた。

 とても懐かしい気持ちになった。

 久々の満足感が胸に満ちる。……だから、彼が今この場に居続けられると困るのだ。次に自分が何を言い出すか分らないし、恐らくその少女について聞きたくなるだろう……。

 

 「うん?」と首をあげて、時計に振り向く。

 ああ、と納得した百鬼丸はパイプ椅子から立ち上がり肩をすくめた。

 「悪かったな。おやすみのところを」

 「いいえ、随分久しぶりの気晴らしになりましたわ」

 「そっか。ならよかった……ああ、そうそう。真希なら無事だ。今は一応、身柄は拘束されているが、じきに開放されるだろう。事情聴取なんかがあるけどな」

 ……真希さんが?

 胸の奥が弾んだ。

 「そ、それは本当ですの?」

 狼狽える寿々花。普段の理知的な彼女からはおおよそ、想像もできない様子だった。

 余程おかしかったのだろう。百鬼丸は「ひひひひ」と変な声で揶揄うように笑いながら、深く頷く。

 「おう。開放されたら、すぐにこの病室を教えておいてやるよ。真希も喜ぶだろーからな。んじゃ」

 あばよ、といいながら踵を返して大きな背中を向ける百鬼丸。

 

 

 「まったく……貴方という人は、人が本当に欲しいときに欲しいモノを与えて下さるんですのね……」シーツを強く握りながら小さく呟いた。

 それは、自分が今まで失ってしまった本当に大切なもの。今まで捨てて省みることを、してこなかったもの……。

 (結芽が執着するのは……こんなところですのね)

 

 「ん? なんか言ったか?」

 顎を後ろにそらして聞いた。

 

 「いいえ、なにも」

努めて冷静にいう。 

 

「ああ、それとだな……」

 

「はい? なんですの?」

 

「ウチの双葉が寿々花に感謝してた。取り調べだのなんだのと、そういう責任から遠ざける処置をしてくれて〝ありがとう〟ってな」

 

驚いたように目を瞠った寿々花は、すぐに取り繕うことができなかった。

 「――さぁ。なんのことですかわかりませんわね」上擦った調子でワインレッドの毛先を執拗に弄ぶ。

 

 「んー、そっか。まあいいや。じゃあ――」

 頭を前に戻して、右腕を大きく掲げる。ブラブラと振った手は遠く離れてゆく。

 

 百鬼丸の背中を見送りながら、寿々花は目を細める。

 (まったく騒がしいお人ですわ)

 ほんの僅に、気持ちが前向きになった気がした。

 

 ◇

 病室を出ると、ポケットが振動した。

 「む?」百鬼丸は眉をあげて、携帯端末を取り出す。

 画面を指先で恐る恐る叩くと、電話口から聞き覚えのある男の声がした。

 『やあ、元気か百鬼丸くん』

 

 「ええっと……その声は……」

 

 『あははは、オレだよ。田村明だ。忘れたのか?』

 

 かつて、ショッピングモールの虐殺事件で関わったSTT隊委員である。

 「覚えてますよ、どうしたんですか?」

 

 『いや、なに君がコッチに来たって聞いたからこれから飯でも食いに行こうかなと思ってな。どうだ?』

 

 「ふーむ? 飯ですか。丁度腹も減りましたし、行きましょう」

 真面目くさった声の調子で百鬼丸は誘いに乗る。

 

 『そうかよかった……それに君には聞きたいことが色々あるんだ』

 先程まで陽気だった明の口調が低い真剣なものに変わっていた。

 

 何かを察したのだろう、百鬼丸は電話口で息を吐く。

 ――わかりました。

 

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