刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第78話

 「明さん、実は貴方に一つ伝えたいことがあるんだ」

 ラーメン屋を出て道の半ばで立ち止まり、急に胸の中心を指差しながら、そう言った。

 

 「……? どーしたんだ、急に?」目をパチパチと困惑させながら、明は困惑した。

 

 「おれのこの胸……心臓には、ジョーの人格がいるんです」

 

 「ッ!? どいう事だ!! なぜ、君の心臓に?」

 

 「あの時、戦っておれは心臓を取り戻した。ヤツから……。でも、一緒にヤツの人格もトレースされた状態で心臓が戻ってきたんです。理由はよく分かりません。でも、間違いありません――今は眠っているけど、時々ヤツが目を覚ます。そしておれの耳元で何かを囁くんです。コトバか……何か……分かりません」

 

 「なぜ今それを?」

 

 「ヤツをまだ恨んでいて――、殺したいなら、おれは抵抗しません。だから、この《無銘刀》でおれの心臓を貫いて下さい」

 

 百鬼丸は腰に佩いた太刀をベルトから引き抜いて、差し出す。

 

 ……冗談や、軽い気持ちで言っているわけでないのは、彼の目をみればわかる。

 

 火のない煙草を銜えながら、明は目線を柄に落とす。

 (コイツ……正気か?)

 明は柄に手を伸ばし――途中で指先をとどめた。

 「お前がオレの部下を殺したわけじゃないだろう。確かにヤツは今でも憎いが、それでも前に進まなきゃならんおだ。オレ自身が、な。お前がなんでも抱え込む必要はない」

 動悸がはやく、明は呼吸が乱れるのを実感した。

 

 オレはやっぱり、ジョーを恨んでいる。百鬼丸という命の恩人の中に「いる」ということを知ってからは、やはり激情がこみ上げてくるのだ。

 

 拳を握りながら、ライターに火を点ける。

 煙を思い切り吸い込みながら、気分を緩和させてゆく。

 

 「そう……ですか」

 どこか、残念そうな顔で百鬼丸はベルトに鞘を戻す。

 

 「さあ、帰ろうか」

 

 はいはい、と百鬼丸は同意した。

 

 ふと、百鬼丸は夜空を仰ぎ見る。オリオン座のベルト辺り……三連星が光輝を放ち続けていた。吐く息が白くなり、視界が霞む。

 

 「星はいい。必ず、自分の光る場所がわかるんから……」

 

 百鬼丸が言う。

 明も同様に頭を上げた。

 

 「だな。いつまでも変わらない。変わったとしても、オレたちみたいな短命じゃない。消えても、尚、その光はこうして地球に届く――。」

 

 「いつかは消えますがね」

 

 

 「でも、星みたいに嘘の自分で好かれるより、本当の自分で嫌われたほうがいい。昔のロックスターがそう言ってたな――いや、もう随分昔で忘れたけど。とにかくそんなことを言ったやつがいた気がする。ありゃ、カートだったかな?」

 

 「いい言葉ですね」

 また口を閉ざす。

 

 百鬼丸は無言でただ、腕を伸ばして絶対に届く筈のない手で星を掴もうとしていた。彼も届くとは思っていないのは当然だが、それでも伸ばさずにはいられないようだった。

 

 「……こうやって、望みさえしなければ苦しまないことだって多いのに、どうして〝おれたち〟はこうやって、手を伸ばさないと気がすまないんでしょうね」

 自嘲気味に、オリオンのベルトに掌を重ねる。

 

 虚空を掴みながら、百鬼丸は確かに「そこ」にある輝きを手にしていた――。

 

 「明さんは、修羅道……って知ってますか?」

 

 「どうしたんだ、突然……」

 腕を天に伸ばしたまま、少年が悲しげな表情で聞いた。唐突な質問に困惑しながら、明は首を振る。

 「名前だけは聞いたことがあるが、それ以外はサッパリだ」

 

 「そうですか……修羅道っていうのは、簡単にいえば仏教用語なんです。永遠に戦いの中にあって、その戦いによって苦しめられているのに、いつまでも〝それ〟を続ける。そんな亡者共が集まるのが修羅道なんです。おれも、盲目の琵琶法師から聞いたんで、正しい解釈かどうか分かりません。でも、まるで――」

 

 「自分自身みたい、と言いたいのか?」

 

 百鬼丸は明確には答えなかったが、明の言葉に目で頷いた気がした。

 

 「……連中は、タギツヒメ側はもうそろそろ攻勢を強める気がします。勘ってやつですけど、生まれてからこの〝カン〟ってヤツが外れたことがあまり無いんでね――特に悪い方では確実です」

 

 「…………。」明は百鬼丸の意図することが何となく理解できた。

 

 (コイツは、この日常が崩壊する危機を敏感に感じ取っている……。)

 

 「やはり、相手は強いのか?」

 

 コクリ、と首を動かして同意する。それは迷いのない動作だった。

 「間違いなく、ですね。特にジャグラーというヤツは本当に危険だ。初代の《無銘刀》でも完全に操れれば別ですけど、現状は分が悪い。……もしも、おれが……」

 

 と、言いかけて口を歪めてため息をつく。

 

 「どーかしたんですかね、おれ」

 まさか、自分が弱音を吐くとは……そんな雰囲気が百鬼丸から見て取れた。

 

 「君は十分いろんなモノを背負いすぎたんだ。その年で……」

 

 「おれが背負ってる? それは買いかぶり過ぎです。おれは、ただおれのやるべきことを実行しているだけです――」

 

 「だったら、そんなに君は苦しまないんじゃないのか?」

 

 「…………。」

 図星だったようだ。百鬼丸は腕をゆっくりと下ろして、目を伏せる。

 

 「ハッキリ言いますが、これからおれはどーしたらいいか、分らないんです。修羅道に身を置いたつもりだった……でも、戦い以外のことで……おれは、」

 

 その後の、二の句が継げないでいた。言いたいことは沢山あるのに、どれも心象を言いらわすには不適格だった。

 

 (――刀使、か)

 明は、すぐに脳裏に閃いた。

 

 だが、それは言わないでいた。彼は、必死で「刀使」という単語を避けている気がしたからだ。

 

 「くくくっ、しかし君もそんなことで悩むんだな」

 年相応の、というには少々ほど場違いであるが、それでも悩む姿に共感し、また、勇気づけられていた。彼は間違いなく人間だ。それも、まだ幼い少年なのだ、と明は思った。

 

 「そんなこと? ……少なくとも、おれは悩んでばかりですね」

 

 「こんな話は他に誰かにするのか?」

 

 キョトン、と百鬼丸は暫く目を丸くして――それから考え込んだ。

 

 「ない……ですね。明さんが初めてに近いかもしれません」

 少年らしい独特の声音に乗せて言い、秀でた眉の下に薄い苦悩の痕跡がみてとれた。

 

 「そうか。オレを信頼してくれたってことだな」

 

 「ええ、まあ」

 

 「戦力的には君の助けになってやることはできん。だが――最大限の助力はするつもりだ。オレも昔、ヒーローを目指していた男として、な」

 

 なぜ、こんな少年に運命は思い十字架を背負わせたのか? 素直に明は思う。

 

 百鬼丸の詳しい出生からこれまでのことなど一つも知らない。だが、それでも他が為に己が身を犠牲に、戦い続ける彼が痛々しく見えた。

 

百鬼丸が激闘の日々から抜け出す日がくることを望んだ。

 

 (オレは無責任な大人だな……)

 

 無力さに今更打ちひしがれる。

 

 「…………おれでも、何かの役割ができているなら嬉しいです」

 

 百鬼丸は真摯な眼差しで、明を見返す。どこまでも歪で透明な瞳が、百鬼丸の強さの理由だと思えた。

 

 「できてるさ……さあ、帰ろうか」

 

 

 「ええですね……」

 

 「家まで送っていくぞ。どこだ?」

 

 ム? と百鬼丸は片眉を吊り上げて狼狽した。

 

 「えっと……実はよく分からなくて……ですね」

 

 「なにィ? よく知らないって、家だぞ?」

 

 「ええっと……ああ、そうだ! 義妹に聞きます。待ってて下さい」

 

 百鬼丸は不慣れな手つきで携帯端末の画面を操作して、タップしている。まるで老人が初めて携帯端末を触るよな光景に、明は可笑しく感じた。

 

 「――やあ、双葉。夜遅く済まない。ええっと、おれの家は……あるのか?」

 

 電話の向こうで、怒っているのだろうか? 百鬼丸は途中何度も「うむむ、済まない」と謝っていた。

 

 (しかし、この少年には色んな面がある……当然かもしれんが、彼にもこんな日常を送って欲しいもんだ)

 

 ぼーっと、と眺めていると、百鬼丸は通話が終わったらしい。

 端末から耳を離して明に向き直る。

 

 「今から教える住所に向かってもらえますか?」

 

 「ああ、了解。早速カーナビに入れておくか」

 

 明は駐車場の方へと歩き出した。背中を追って百鬼丸も歩き出す。

 夜の底に一尾の彗星の筋が残っていた。

 

 

 ◇

 高層マンションが立ち並ぶ一角に、明の車が一時停車した。

 フロントガラスから暗い空を見上げながら、

 「はぁ~、しかしいいとこに住んでるんだな」

 第一声が、それだった。

 

 事実、富裕層の住む高級なマンションの玄関ホールだった。

 

 助手席からすかさず、

 「いや、おれもここに来るのは初めてです」

 百鬼丸の否定がきた。

 

 

 「えっ、そうなのか?」

 

 「そうです。大体おれは、人目につかない山とかでサバイバルして暮らしてきたので、こんな人の真ん中で生活なんてしたことがなくて、おれ自身が困ってます」

 肩を竦めながら弁解した。

 

 「――そうか、だがまあ住所はここだし、いいよな」

 

 「はい、助かりました」 

 百鬼丸は頷くと、車のドアを開き飛び降りた。

 

 「今日は楽しかったです。明さん、ありがとう」

 

 ハンドルに凭れて前傾姿勢になりながら、明は胸ポケットから一本取り出して、悠々と煙草を銜えて一服する。

 「いや、なに。オレの方こそ気分が楽になった。助かった。――今度は仕事場で合うとはいえ、気が重いな、お互い」

 

 苦笑いしながら百鬼丸も「ですね」と応じた。

 

 「しかし、また時間があれば飯でもいこう」

 

 明は親指を立てる。

 

 つられて百鬼丸も親指を立てて、

 「――ええ、必ず行きましょう。この、こんな日々を……おれは絶対に終わらせたりはしたくないんで」

 ――じゃあ、

 と言いニィ、と不敵な笑みで言うが早いか、踵を返して玄関ホールへと姿を消していく。

 

 (こんな日々……か)

 

 短くなった煙草にも気がつかず、明は暫く物思いにふけった。

 

 ◇

 「確か、この部屋でいい……んだよな」

 携帯端末の画面に表示された部屋番号を頼りに百鬼丸は、扉の前に佇んでいた。

 

 (このインターフォンを押せばいいんだよな?)

 謎の緊張を伴いながら、百鬼丸は震える指先でチャイムを押す。

 

 ピンポーン、という電子音と共に扉の奥から人の歩く気配がした。

 

 ガチャリ、と金属の音が響く。扉が半開きになり、胡乱な片目が百鬼丸を窺う。

 

 「――おかえり、にいさん」

 

 「や、やあ」

 愛想笑いを頬に浮かべながら、百鬼丸は小さく手を挙げる。

 

 「……ここは、真庭本部長が用意したにいさん専用の部屋。今から使い方説明するから、入って」

 眠たげな、不機嫌な声で双葉が告げる。

 

 「う、うむ」と、気圧されながら百鬼丸は自分の部屋へと入った。

 

 

 

 ◇

 一人で住むには大きすぎる、と百鬼丸は第一印象からそう思った。高級な家具や調度品は、すべて支給されたものだろう。間接照明や、ベッドにも似たソファーも中々凝った感じのデザインだ。

 

 戸惑う百鬼丸をよそに、双葉をポケットからカードを取り出す。

 「はい、これにいさん」

 

 「うむ? なんだこれは?」

 

 「カードキイ。これで扉を開けるの。オートロックだから」

 

 「ふ、ふむ?」

 首を斜めに、双葉の言葉を吟味している。

 

 「要するに、鍵。カードの鍵。わかる? おじいちゃん?」

 

 「お、おい! 誰がじいさんだ! お兄さんだろ!?」

 

 「あ~はいはい、そんなことよりわかった?」

そう、と軽く受け流しながら双葉はリビングと直接繋がったキッチンに移動する。

 

 

 「うむ。理解した!」

 偉そうに胸を張る百鬼丸。どこか自身満々でドヤ顔なのが、若干双葉をムカつかせた。

 

 「ま、いいや。それでコッチが台所。電子レンジは、IHの後ろの棚にあるから……それで、洗濯機は……」

 

 「う、うむ? うむむ?」

 百鬼丸は、まるで宇宙人の言葉でも聞くような様子で、更に困惑していた。

 

 「…………はぁ~、にいさん」

 

 「な、なんじゃい!」

 

 「にいさんは原始人かなにか?」

 呆れた様子で双葉はため息をつく。まさかここまで何も知らないとは思わなかったのだ。

 

 「冷蔵庫って知ってる?」

 

 「知らん」

 

 「即答するな」

 軽い眩暈を覚えながら、双葉は義兄のダメさ加減に呆れを通り越していた。

 

 (まさかここまでダメだとは……)

 

 「説明終わったら、わたし鎌府の寮に帰るつもりだったけど予定変更。寮にはあとで連絡するから今日はここに泊まって、にいさんに一から現代の生活を教えるから。いい?」

 

 「や!」

 

 「や! ……じゃないの! にいさんは小さい子供なの?」

 

 「嫌なものはいや!」

 

 つかつか、とフローリングを強く踏みしめながら百鬼丸に近づき、額に青筋を浮かべる双葉。

 「ねぇ、にいさん?」

 優しい声音が逆に怖い。

 

 「な、なんだ?」

 

 「お ぼ え て?」

 笑顔で、百鬼丸の両頬を思い切り引っ張りながら恫喝する。

 

 

 「―――――はい」

 結局、百鬼丸が折れた。妹は強かった。というか恫喝が怖かっただけである。

 

 

 ◇

 「すーーっ、すーーっ」

 リビングの大きなソファーで眠っている双葉。

 壁掛け時計は既に深夜二時を示している。

 

 結局、百鬼丸にはすべて家電から現代生活の基礎を教えた双葉は、力尽きたようにソファーに身を投げて眠りだしてしまった。

 

 こんがらがる頭を整理しながら、百鬼丸は寝ている双葉の足元のソファー部分に腰を下ろして俯いた。

 「現代人は覚えることが多すぎるだろう……」

 危うく目が回りそうだ、と百鬼丸は愚痴った。

 

 しかし、どこか満足げな義妹の顔を一瞥すると、百鬼丸は嬉しく思えた。

 

 かつて、こんな風に普通の兄妹として生活してみたいと空想したことが今実現しているのだから……。

 (おれの寿命でも削った甲斐があったな……)

 微笑みながら、百鬼丸はもう一度あの数ヶ月前の激闘の日々を思い返す。いまでもあの血肉沸き踊る経験をしたいと渇望している。――一方で、こうした生活を続けたいとも願っている矛盾した自分に、百鬼丸は行き場のない蟠りを抱えていた。

 

 「寒そうだな……」

 百鬼丸は寝ている義妹のために寝室から薄い毛布を取ってきて、妹にかけてやった。鎌府の制服を着ているが、恐らく急いでこの部屋に駆けつけたのだろう。靴下は色違いだし、普段はキチンとした制服も所々ルーズになっている。

 

 夜遅くに電話をして呼び出したことを今更後悔した。

 

 「ありがとうな、双葉」

 黒い髪を軽く撫でる。昔と同じように、優しく撫でる。

 

 「うぅん……おにーちゃん」

 緩んだ顔で、双葉が寝言をつぶやく。

 

 むかしの呼び方で、自分を呼んでくれたのだ。

 

 百鬼丸は深く瞑目する。

 

 ――もう、こんな大切な日々を失いたくはない。刀使を傷つけさせたくない。

 

 深く胸の奥に刻まれた覚悟を、改めて口の中で反芻する。

 

 どんな強大な敵であろうと、必ずこの手で葬ってやる。

 百鬼丸は覚悟と共に、己の力に課せられた対価にも思いを馳せて……甘い感傷の類を切り捨てた。その感情は不要だから。修羅道をゆく者にはまったくの不要物であるからだった。

 

 

 

 ◇

 

 「おはよう、百鬼丸。どうだ? よく眠れたか?」

 真庭紗南が、皮肉っぽく聞いた。

 

 本部に朝から呼ばれた百鬼丸は眠そうな顔で、仏頂面で彼女の前に佇んでいる。

 「――元気です」

 明らかに不機嫌な返事をした。

 

 実をいえば、朝に双葉の携帯端末に呼び出しがかかったようで、用件は百鬼丸を本部へと連れてくることだった。朝食は冷凍食品で終わらせたふたりは、そのまま本部へと向かった。(双葉は結局、兄を案内した後は鎌府へと戻った。)

 

 

 「ったく、薫といい、お前といいなんでウチの連中はこんなロクでもないヤツばかりなんだ……まったく」

 愚痴をこぼしながら、椅子に座ったまま紗南は百鬼丸を見上げる。

 

 「今日は――そうだな。お前にぜひ会いたい――という変わったヤツの申し出があってな。心当たりはあるか?」

 

 「ふむ? ないですな」

 

 百鬼丸の案の定の返事に紗南は「だろうな」と小さくこぼしながら、彼の背後へ視線を送っていた。

 

 「……入室を許可します」

 紗南がそういうと、自動のドアが開いた。

 

 

 恐る恐る、百鬼丸は肩越しに目をやると、二つの影があった。

 

 厳しそうな顔の女性が、パンツスーツ姿でドアの境界線辺りに佇んでいた。

 「初めまして――だな。私は綾小路武芸学舎の学長、相楽結月だ……それから、」と、結月は言葉を区切った。

 

 『やっほ~~~~百鬼丸おに~さん! 元気っ?』

 聞き覚えのある声だった。

 

 「お、おう」

 思わず狼狽した。――なぜ彼女がここに?

 

 扉から半身だけ斜めに傾かせた少女。

 

 親衛隊第四席、燕結芽が相楽学長の隣にいた。

 

 「なんでお前がここにいるんだ?」

 事情をうまく飲み込めずに、百鬼丸はただ驚愕するばかりだった。

 

 むぅ~~~~~、と白い肌を餅のように膨らませながら結芽は細い眉を怒らせる。

 「〝お前〟じゃなくて、結芽、って呼んでっ!! 百鬼丸おにーさん!」

 撫子色と、薄青の毛先の二層のグラデーションが美しい髪を外気に翻らせながら結芽は注文をつけた。

 

 「……お、おう」

 少女の謎のこだわりに圧倒されながら、紗南に事情を問うような視線を送ると、

 「事情は後から説明してもらえるそうだ。じゃあ、がんばれ」

 と、無責任に説明を投げ出した。あまりの豪快な職務放棄に百鬼丸は開いた口がふさがらず、イロイロと脳内の処理が追いつかずにいた。

 

 「ねえ百鬼丸おにーさんっ!!」

 弾んだ声音で、軽やかなステップを繰り返して、百鬼丸に近づく結芽。

 

 「な、なんだ?」

 

 ただただ困惑する百鬼丸を、立ち止まって眺める。

 

 (――なんだ、おれがなにかしたか?)

 

 心当たりなんて……昨日、双葉に隠れて酒を飲んでいたことしかない。……うん? それかな?

 

 やましいことしか思い浮かばない百鬼丸。

 

 百鬼丸の胸板より下の華奢な影が、忍び笑いを漏らす。

 「百鬼丸おにーさんっっ!」

 上目遣いで、熱っぽい視線を送る結芽は、頬をほんのりと赤く染めた。

 

 (まずい、バレた。完全に酒がバレた)

 

 百鬼丸は冷や汗をかきながら、ごくりと生唾を飲んだ。

 

 「どどど、どーした?」

 

 「えへへ~、なんでもないよー」

 

 しかし、そんなアホな百鬼丸の葛藤を知らず、結芽の純粋な浅縹色の瞳はキラキラと輝いていた。

 

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